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2017年11月27日(月)朝の7時40分頃、パラグアイ(Paraguay)アスンシオン(Asuncion)から3時間40分ほどのフライトでペルー(Peru)リマ(Lima)のホルヘ・チャベス国際空港(Aeropuerto Internacional Jorge Chavez)に予定通り到着。リマ市内から西へ約12㎞、車で約30分のカヤオ(El Callao)と云う古くから主要な貿易港として栄えた港町にある空港で、3500m級滑走路1本を持つ。1960年にリマ-カヤオ国際空港(Aeropuerto Internacional Lima-Callao)としてオープン。65年に現在名称に改名されたが、その名は航空黎明期のパイロットで、当時の高度記録を打ち立てたホルヘ・チャベスにちなんでいる。南米のゲートウェイ空港の一つで18年には2400万人近い乗降客数を記録している。<br /><br />ここも問題なくイミグレを通過、荷物もちゃんと届いてる。到着ロビーに出ると、まずは空港バスの受付を探す。ここは事前にチェックしたところ、空港バスのバス停の一つがわりと宿に近いので、事前にネットでチケットを購入済。8US$(913円)と安かった。空港バス受付も簡単に見つかり、話も問題なく通る。で、バスに乗る前にATMに寄りたいと云ったら、そこにも案内してくれた。久しぶりのキャッシングで400S/をゲット。あとの清算では14,000円余りだったので、1S/が36.5円。<br /><br />係員がバスまで送ってくれて、すごくいい感じでペルー訪問はスタート。バスは日本の空港バスと変わらない大型バスで、きれいだし、車内Wifiもあり云うことなし。そんなに待つこともなくバスはいよいよリマ市内に向かう。客はガラガラではないが、そんなに多くはない。<br /><br />リマはペルーの首都で、人口1000万人を越える南米有数の世界都市。町の名前はインカ以前から神託所があった市の東部にあるリマック渓谷(Valle del Rio Rimac)から来ているものと云われる。RとLを区別できないのは日本人だけかと思ってけど、スペイン人でもRがLに変わるんだ。なお、Rimacは沿岸ケチュア語で「話者」を意味する。神託所があったのでこう呼ばれてたんだ。また、1535年にスペイン人がこの町を創設した時には「副王たちの都(La Ciudad de los Reyes」と名付けたそうだが、この名は定着せず、リマになった。<br /><br />ペルー中部、太平洋岸のコスタ(Costa)もしくはチャラ(Chala)と呼ばれる海岸砂漠地帯にあり,東のアンデス山脈(Cordillera de los Andes)から流下するリマック川(Rio Rimac)の河口近くに位置し、外港カヤオを持つ。なお、リマック川は市の真ん中を東から西へ流れている。年間を通してほとんど雨は降らない。市街地は、植民地時代に建てられた建物が多く残るセントロ地区(Lima Centro)、それより海岸側の新市街(Lima Sur)、それらの新旧市街地を取り巻く複数の人口密集地域(Lima Este、Lima Norte、Callao)、3つ(5つ)に分類されている。<br /><br />この辺りは3世紀頃から人々が暮らしており、パチャカマック(Pachacamac)、ワリ(Wari)、イシュマ(Ichma)などの文化の遺跡、遺構が残されている。15世紀にインカ帝国(Imperio Inca)の支配下となったが、インカ帝国は16世紀にスペイン人により滅ぼされる。スペイン人は当初はインカの首都クスコ(Cusco)に植民地政府を置いたが、1535年スペイン本国との連絡に便利な沿岸部にリマを建設、首都をここに移した。これがこの町の起源となる。<br /><br />1542年ペルー副王領(Virreinato del Peru)の設置とともにその首都とされ、太平洋沿岸の交易と内陸部からの鉱産物により繁栄した。発達と共に都市文化が栄え、華やかな建築物が建造された。1687年と1746年の大地震は多くの建築物を破壊したが、リマの栄華は失われなかった。また、しばしば海賊の攻撃を受けたため、1680年代市壁が築かれ、1770年には外港カヤオに要塞が建設された。<br /><br />1821年ペルーがスペインから独立するとともにその首都となった。1879年に勃発した太平洋戦争ではチリ軍に2年間占領された。19世紀末にはカヤオと約150㎞東のアンデス山中のラオロヤ(La Oroya)まで鉄道が通じて、太平洋岸、内陸部両方面と結ばれ、また農村部からの人口流入により安価な労働力が得られ工業が発達した。1940年には大地震で大きな被害を受けたが、現在もペルーの工業生産の大半を生産する工業中心地で、織物、プラスチック、製材、医薬品、化学、合成繊維などの工業が立地し、重工業も発達している。<br /><br />市内には近代的なビルに混じって植民地時代の古い建築物も数多く保存され、特に碁盤状に設計された旧市街は当時の面影を色濃く残しており、1988年世界遺産の文化遺産に登録された。ペルーの文化中心地でもあり、市内には1551年南アメリカ最初の大学として創設されたサンマルコス大学(Universidad Nacional Mayor de San Marcos, UNMSM)をはじめとして10以上の大学があり、博物館、美術館、図書館、劇場などの文化施設が多い。<br /><br />南緯12度に位置し、私の今回の旅では、南半球で赤道に一番近い。ただし、南米で最初に行ったベネズエラ(Venezuela)のエンジェルフォール(Salto Angel)は北緯5度だったので、そちらの方が赤道には近い。飛行機で横切っているが、それ以上赤道の近くに行ったことはない。<br /><br />空港からレンガ造りの家々や露天商の集まる道をすり抜けると、目の前に高層ビルが現れる。しかし、渋滞がひどい。今回の旅で最初の経由地のロサンゼルス(Los Angels)を除くと、唯一渋滞を感じた町だった。この日の宿は新市街のミラフローレス地区(Miraflores)に取っており、空港から南下してコスタベルデ(Costa Verde)から海岸沿いを走るが、断崖の下の大通りは混んでいるが景色は素晴らしい。<br /><br />正確には覚えてないが渋滞で結構時間掛かり多分9時半頃宿に到着。降りたバス停からはさほど遠くなく、道も良かったので、スーツケースを転がして歩いてもそんなに大変ではなかったが、宿の入口に何のサインもなく、非常に分かり難かった。住所を信じてインターフォンを鳴らしたら、正解だった。中に入ると結構立派な宿。Bed &amp; Breakfast - La Casa De Ceci、1泊40US$(4,559円)で、リーズナブルでいい宿だった。<br /><br />宿代を払って、部屋に荷物を置いて、さっそく出掛ける。まずは、10分ほど東に歩いて、メトロポリターノ(Metropolitano)という専用レーンを走る高速市内バスの停留所へ。2010年運行開始で、市内を33㎞南北に貫き、38停留所で旧市街と新市街をつないでいる。リカルドパルマ駅(Ricardo Palma)へ到着。専用レーンなので、バス停と云うより駅。まずは券売機でプリペイドカードを購入。10S/で、カード代が多分4.5S/だったので、2乗車(1乗車2.5S/)出来る。チャージ式なので、足りなくなったら追加できる。バスは混んでる。とにかくリマは人も車も多い。11駅乗って、ラウニオン通り(Jiron de la Union)駅で下車(表紙の写真)。朝11時過ぎ、いよいよセントロ地区旧市街観光を始める。<br /><br /><br />続く。

ペルー リマ(Lima, Peru)

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2017/11/27 - 2017/11/27

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ちふゆ

ちふゆさん

2017年11月27日(月)朝の7時40分頃、パラグアイ(Paraguay)アスンシオン(Asuncion)から3時間40分ほどのフライトでペルー(Peru)リマ(Lima)のホルヘ・チャベス国際空港(Aeropuerto Internacional Jorge Chavez)に予定通り到着。リマ市内から西へ約12㎞、車で約30分のカヤオ(El Callao)と云う古くから主要な貿易港として栄えた港町にある空港で、3500m級滑走路1本を持つ。1960年にリマ-カヤオ国際空港(Aeropuerto Internacional Lima-Callao)としてオープン。65年に現在名称に改名されたが、その名は航空黎明期のパイロットで、当時の高度記録を打ち立てたホルヘ・チャベスにちなんでいる。南米のゲートウェイ空港の一つで18年には2400万人近い乗降客数を記録している。

ここも問題なくイミグレを通過、荷物もちゃんと届いてる。到着ロビーに出ると、まずは空港バスの受付を探す。ここは事前にチェックしたところ、空港バスのバス停の一つがわりと宿に近いので、事前にネットでチケットを購入済。8US$(913円)と安かった。空港バス受付も簡単に見つかり、話も問題なく通る。で、バスに乗る前にATMに寄りたいと云ったら、そこにも案内してくれた。久しぶりのキャッシングで400S/をゲット。あとの清算では14,000円余りだったので、1S/が36.5円。

係員がバスまで送ってくれて、すごくいい感じでペルー訪問はスタート。バスは日本の空港バスと変わらない大型バスで、きれいだし、車内Wifiもあり云うことなし。そんなに待つこともなくバスはいよいよリマ市内に向かう。客はガラガラではないが、そんなに多くはない。

リマはペルーの首都で、人口1000万人を越える南米有数の世界都市。町の名前はインカ以前から神託所があった市の東部にあるリマック渓谷(Valle del Rio Rimac)から来ているものと云われる。RとLを区別できないのは日本人だけかと思ってけど、スペイン人でもRがLに変わるんだ。なお、Rimacは沿岸ケチュア語で「話者」を意味する。神託所があったのでこう呼ばれてたんだ。また、1535年にスペイン人がこの町を創設した時には「副王たちの都(La Ciudad de los Reyes」と名付けたそうだが、この名は定着せず、リマになった。

ペルー中部、太平洋岸のコスタ(Costa)もしくはチャラ(Chala)と呼ばれる海岸砂漠地帯にあり,東のアンデス山脈(Cordillera de los Andes)から流下するリマック川(Rio Rimac)の河口近くに位置し、外港カヤオを持つ。なお、リマック川は市の真ん中を東から西へ流れている。年間を通してほとんど雨は降らない。市街地は、植民地時代に建てられた建物が多く残るセントロ地区(Lima Centro)、それより海岸側の新市街(Lima Sur)、それらの新旧市街地を取り巻く複数の人口密集地域(Lima Este、Lima Norte、Callao)、3つ(5つ)に分類されている。

この辺りは3世紀頃から人々が暮らしており、パチャカマック(Pachacamac)、ワリ(Wari)、イシュマ(Ichma)などの文化の遺跡、遺構が残されている。15世紀にインカ帝国(Imperio Inca)の支配下となったが、インカ帝国は16世紀にスペイン人により滅ぼされる。スペイン人は当初はインカの首都クスコ(Cusco)に植民地政府を置いたが、1535年スペイン本国との連絡に便利な沿岸部にリマを建設、首都をここに移した。これがこの町の起源となる。

1542年ペルー副王領(Virreinato del Peru)の設置とともにその首都とされ、太平洋沿岸の交易と内陸部からの鉱産物により繁栄した。発達と共に都市文化が栄え、華やかな建築物が建造された。1687年と1746年の大地震は多くの建築物を破壊したが、リマの栄華は失われなかった。また、しばしば海賊の攻撃を受けたため、1680年代市壁が築かれ、1770年には外港カヤオに要塞が建設された。

1821年ペルーがスペインから独立するとともにその首都となった。1879年に勃発した太平洋戦争ではチリ軍に2年間占領された。19世紀末にはカヤオと約150㎞東のアンデス山中のラオロヤ(La Oroya)まで鉄道が通じて、太平洋岸、内陸部両方面と結ばれ、また農村部からの人口流入により安価な労働力が得られ工業が発達した。1940年には大地震で大きな被害を受けたが、現在もペルーの工業生産の大半を生産する工業中心地で、織物、プラスチック、製材、医薬品、化学、合成繊維などの工業が立地し、重工業も発達している。

市内には近代的なビルに混じって植民地時代の古い建築物も数多く保存され、特に碁盤状に設計された旧市街は当時の面影を色濃く残しており、1988年世界遺産の文化遺産に登録された。ペルーの文化中心地でもあり、市内には1551年南アメリカ最初の大学として創設されたサンマルコス大学(Universidad Nacional Mayor de San Marcos, UNMSM)をはじめとして10以上の大学があり、博物館、美術館、図書館、劇場などの文化施設が多い。

南緯12度に位置し、私の今回の旅では、南半球で赤道に一番近い。ただし、南米で最初に行ったベネズエラ(Venezuela)のエンジェルフォール(Salto Angel)は北緯5度だったので、そちらの方が赤道には近い。飛行機で横切っているが、それ以上赤道の近くに行ったことはない。

空港からレンガ造りの家々や露天商の集まる道をすり抜けると、目の前に高層ビルが現れる。しかし、渋滞がひどい。今回の旅で最初の経由地のロサンゼルス(Los Angels)を除くと、唯一渋滞を感じた町だった。この日の宿は新市街のミラフローレス地区(Miraflores)に取っており、空港から南下してコスタベルデ(Costa Verde)から海岸沿いを走るが、断崖の下の大通りは混んでいるが景色は素晴らしい。

正確には覚えてないが渋滞で結構時間掛かり多分9時半頃宿に到着。降りたバス停からはさほど遠くなく、道も良かったので、スーツケースを転がして歩いてもそんなに大変ではなかったが、宿の入口に何のサインもなく、非常に分かり難かった。住所を信じてインターフォンを鳴らしたら、正解だった。中に入ると結構立派な宿。Bed & Breakfast - La Casa De Ceci、1泊40US$(4,559円)で、リーズナブルでいい宿だった。

宿代を払って、部屋に荷物を置いて、さっそく出掛ける。まずは、10分ほど東に歩いて、メトロポリターノ(Metropolitano)という専用レーンを走る高速市内バスの停留所へ。2010年運行開始で、市内を33㎞南北に貫き、38停留所で旧市街と新市街をつないでいる。リカルドパルマ駅(Ricardo Palma)へ到着。専用レーンなので、バス停と云うより駅。まずは券売機でプリペイドカードを購入。10S/で、カード代が多分4.5S/だったので、2乗車(1乗車2.5S/)出来る。チャージ式なので、足りなくなったら追加できる。バスは混んでる。とにかくリマは人も車も多い。11駅乗って、ラウニオン通り(Jiron de la Union)駅で下車(表紙の写真)。朝11時過ぎ、いよいよセントロ地区旧市街観光を始める。


続く。

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