2019/04/27 - 2019/05/04
3169位(同エリア5147件中)
ミズ旅撮る人さん
- ミズ旅撮る人さんTOP
- 旅行記692冊
- クチコミ161件
- Q&A回答23件
- 1,031,083アクセス
- フォロワー48人
2019年のGWは、令和天皇即位の恩恵で、大型連休となりました。
これは遠くまで周遊旅が出来るぞということで、中国地方のSLを巡って来ました。
山陽・山陰をぐるっと巡った今回の旅も最終回となります。
中海にある大根島の牡丹園を見学した後、東に渡って鳥取県境港市に入ります。
南下して再び島根県に戻って、安来(やすぎ)のD51を訪ねました。
それから鳥取県の大山をぐるっと海側から周ります。
米子のD51と倉吉のC11を訪ねると今回のSL探訪の旅も終わりです。
倉吉線鉄道記念館が併設されていたので、見学しました。
途中、道の駅大栄に立ち寄ると、「名探偵コナン」の作者「青山剛昌ふるさと館」に来た親子連れで大盛況でした。ついでにちょっと見て来ました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
大根島から江島を経て鳥取県境港市に入りました。
この時に渡った江島大橋が、すごく急勾配で、空に上る橋のように見えると言われていますが、実際に走ってみたら普通の橋でした。
境港市は、長さ約20kmの大砂州である「弓浜半島」の
北半分にあります。
元々砂州なので土地が平らなため、市全域が開けています。
境港市の北に覆いかぶさるように長く伸びる半島の島根県松江市美保関町は対照的に山地ばかりで住民は少ないようです。
境水道を隔てた南北の町の極端な対象が目を引きます。
県道を南下すると鬼太郎の絵が現れました。空港への案内表示です。
米子鬼太郎空港は「米子」という名称が付いていますが、
鳥取県境港市にあります。 -
空港の周辺を回り込むと、自衛隊の輸送機が現れました。
-
6月2日に、航空自衛隊美保基地で航空祭があるようです。
先日(2019年9月28日)の茨城国体の開会式では、
ブルーインパルスが航空ショーを展開しました。
11月3日には入間航空祭があります。
こういう物が見えると、そわそわしてしまいます。 -
長い直線の道沿いには、鬼太郎に因んだクイズがあって、
単調な道のりを楽しませてくれます。 -
米子から安来に向かう国道9号線が渋滞していたので、
別な道を通ろうとしたところ、特急列車がやって来ました。
先頭の表示板には「Lやくも」とありました。
「特急やくも」は、伯備線経由で岡山と山陰地方を結ぶ特急です。
山陽線(岡山駅~倉敷駅間)
伯備線(倉敷駅~米子駅間)
山陰線(米子駅~出雲市駅間) となります。
1972年3月に山陽新幹線が岡山まで延長された際に誕生しました。
当初は181系気動車でしたが、現在では振り子式の381系で
運転しています。
2010年3月13日には「エル特急」の指定が解除されましたが、
先頭の表示にはLの文字があります。
出雲市側が1号車でパノラマ型グリーン車になっています。
4両編成のうち2・3号車が普通指定席、4号車が自由席です。
多客期には増結します。
乗る時はパノラマ型グリーン車がいいのだろうけど、
撮る時はヘッドマークを電光表示している4号車の方がいいな。
運転席が上にあるのも好きだなあ。
現在は、「ゆったりやくも」として営業運転しているので、
大山の冠雪の「白」と、出雲大社の巫女の「赤」をイメージしたカラーになっています。 -
機関車の前が駐車場になっているのは、「和鋼博物館」です。
和鋼博物館は、平成5年4月にたたら製鉄とその歴史・流通、
さまざまな匠(タクミ)の技を紹介する施設として開館しました。
「和鋼」とは、たたら吹きにより製造された日本刀の原料等になる
玉鋼(たまはがね)のことです。
この日は何かのイベントがあるようで、広い駐車場はあっという間に
満杯になりました。
「どじょうすくい」で有名な安来節は、当地の民謡です。 -
D51488。昭和15(1940)年3月30日国鉄郡山工場製造。
昭和50(1975)年4月30日廃車。 -
珍しい青い説明板が設置されています。詳細はこちらで。
当初、米子駅前に設置されましたが、後に移設されました。
準鉄道記念物に指定されています。 -
屋根は近年に設置されたので、車体は風雨による損傷が見られます。
山陰側だと冬も結構厳しい環境なのかな? -
この部分を黒く塗るとは。「たたらの里」らしい心意気かな・・・
-
ナンバープレートの下には、「昭15郡工」とあります。
郡山工場のことなんですね。 -
運転席を覗き見します。
-
後ろ姿は、体裁が整えられています。
-
この機関車は柵は無いのですが、上れないので精一杯の背伸びです。
-
覗き込んだ運転席は、結構綺麗でした。
-
車体自体の損傷はひどくないので、この雨だれが無くなれば、
もうちょっと見られるのにな。 -
ほら、ここからだとなかなか格好いいよ。
-
もっと格好いいポスターがありました。
「たたらの聖地に、真神現る」日本遺産に認定された時の物のようです。
ちゃんと(c)永井豪と書いてありました。 -
さて、同じ後ろ姿でも、こちらはしょぼくれ君。
ここは米子市の湊山公園です。
450本のソメイヨシノが咲く花見の名所だそうです。
中海に面した広い公園のちょうど真ん中に機関車が置かれています。米子城跡 (湊山公園) 公園・植物園
-
しかし、すぐ近くに保存されたD51同士なのに、これは可哀想。
-
安来のD51も、屋根がなかったら、そのうちこうなるんだろうな。
ここは中海まで数mだから、風雨や雪の影響をモロに受けるだろうし。 -
D51195。ああ、痛ましや。
隣の綺麗な遊具で遊んでいる子供たちは、
こんな鉄くずなど見向きもしない。
保管場所によっては、子供たちが毎日機関車に乗って
遊んでいるというのに。 -
桜の花見に来た人達は、このD51を見てどう思うんだろうか。
-
昭和51年に機関車を設置した時の説明板です。
「米子市は山陰鉄道の発祥の地であり、鉄道との結びつきも非常に深く、
鉄道の発達とともに発展して来ました。」
時代は変わって「令和」となり、鉄道との結びつきも
だいぶ薄くなりました。 -
足回りにも錆が出て来ています。
-
運転席は結構綺麗です。
ただ、木製の屋根が朽ちて穴が開いて来ているので、
補修しないと内部も傷んでしまいます。 -
車体が朽ちてもナンバープレートって持つんだなあ。
-
あとどれくらい、ここにいればいいんだろう。
息の長い溜息が聞こえて来ます。 -
こんな状態なのに、天気がいいからなのか、
この機関車は写真写りがいいんです。 -
そういえば説明板には、この車体のことは何も書いていなかったね。
1939年大宮工場製造。1973年廃車。 -
ナンバープレートの下には「昭14大工」と書かれていたのかな?
-
ここは中海の細くなった先なので、大根島はうすぼんやり見えているのかいないのか。
これから鳥取県のシンボル大山の周りを周って行きます。 -
湊山公園の南側には米子城跡の山があります。
1591年に四重の天守が造られていた隣に、
1601年中村一忠が五重の天守を築城しました。
しかし明治の初めの頃わずかな金銭で売却され、
今は石垣しか残っていません。
それでも礎石や石垣は良く残っているし、展望もいいので
訪れる価値は高いと思われます。 -
さて、道の駅大栄に来たのですが、すごい人と車で駐車するのが
たいへんでした。
原因はこれ。道の駅の真裏に「青山剛昌ふるさと館」があるのです。 -
これが「青山剛昌ふるさと館」です。
まったくもってすごい人と車でごった返しています。青山剛昌ふるさと館 美術館・博物館
-
建物の前には「あがさ博士の愛車」が展示されています。
どうしてもピースしたまま動いてくれなかったので、
もうご出演いただきました。青山剛昌ふるさと館 美術館・博物館
-
「ふるさと館」からJR由良駅までの一本道がコナン通りです。
以前は橋の欄干に彫刻があるくらいでしたが、
いつの間にか「米花商店街」などが出来たようです。 -
「コナンの家米花商店街」に近付きました。
道の駅から延々、この人の列が続きます。
トイレの男女のマークが、新一(高校生の時のコナン)と
彼女(頭に角の生えた女子高生)のシルエットになってるね。
(主人公たちの名前がわからなくてスミマセン) -
「コナンの家パン工房」と「喫茶ポアロ」が見えます。
コナン・ドイルなのにポアロは変?
ああ、でも「あがさ博士」はアガサ・クリスティーなのか。
どうして米の花なのかと思ったけど、ベーカー街にしたかったのね。
どちらの作品もほぼ全作読んだけれど、こんなことになるとは
思ってもみなかったなあ。コナンズ キッチン グルメ・レストラン
-
街路灯に、スケボーに乗ったコナン発見。
-
コナン大橋。この辺りはコナンの彫像だらけ。
「ブロンズ像はみんなの宝。カメラで見守っています」
「監視カメラ録画中」よりはいいか。 -
ルーペか。名探偵の七つ道具だね。
-
橋には原画が嵌め込まれています。
-
車で通りすがりに撮っているので斜めっちゃった。
そのボール蹴らないでね。 -
北栄町役場の前にはこんな看板があります。
そういえば、どうして北栄町なのに道の駅は「大栄」なんだろう?
北栄町立大栄中学校というのも近くにあるから、元々の地名なのかな?
(この辺りの今の住所は北栄町由良宿です)
調べてみたら、2005年(平成17年)に 北条町と大栄町が合併して
北栄町が発足していました。 -
米子に向かう山陰本線キハ477。
-
山陰本線の線路を越えて倉吉に来ました。
「倉吉線鉄道記念館」です。
旧国鉄倉吉線「打吹駅」跡地に建てられています。倉吉線鉄道記念館 美術館・博物館
-
倉吉線は、昭和60年3月末で廃止となりました。
市内には廃線跡が多く残されています。泰久寺駅跡にはホームがあり、
その先の線路は竹林に飲み込まれつつあります。
更にその先にある山守トンネルは、廃線跡トレッキングツアーに
参加すれば中を歩くことが可能だそうです。 -
往時をしのぶベンチが置かれています。
-
「倉吉線に転車台施設が無い為に、SLは関金方面の下り列車は
逆向きで牽引していました。」 -
「さよならSL」のヘッドマークをつけて運行中のC11。
可哀想に、こんな時でも後ろ向きで走ってる。 -
記念館の真ん中にはこんなものが居座っています。
協三工業製貨車移動機「1020」型
貨車移動機は駅構内の貨物線などで貨車の入換え作業をするために
国鉄が開発した動力車です。
一般的な機関車と異なり「機械」扱いのため、
本線で貨車を牽引することはありませんでした。
倉吉線では打吹駅や西倉吉駅で貨車の入換え作業に活躍していました。
製造:1976(昭和51)年、重量:10t、最高速度:15km/h -
「転轍標識灯」。
いつもこうして廃線跡の遺構として見るものだから、
もう使われていないのかと思っていました。 -
すると先日(2019年8月)、大井川鐡道に機関車トーマスを
見に行ったら、
2016年製の新しい標識灯が使われていて、
自分の勘違いに気づきました。 -
かつての倉吉線の路線図です。
-
倉吉線の歴史。
1912(明治45)年倉吉軽便鉄道として発足しました。
1958(昭和33)年に全線開通。
1981(昭和56)年廃線が決定。
1985(昭和60)年に廃止。 -
記念館の横には、C11がいます。
その向こうのピンクの建物は交番です。
警察に守られているSLは初めてです。 -
なんだか転車台に乗っているように見えました。
現役時代には転車台は無かったんですよね。 -
機関車の前に記念館の看板があります。目立つけどね・・・
-
C1175。
-
C1175の説明板です。
昭和10年3月28日川崎車輌製造。昭和47年9月16日廃車。 -
階段は付いていますが、こちらからは上れません。
-
C11は炭水車一体型。後ろ姿は直線的で固い感じです。
-
華奢なスポ-ク型の動輪と小型の主連棒など。
-
「昭10川崎」。車体の雨だれの跡が悲しいね。
-
おや、安来と同じ塗装だね。もしかして同じ人が携わったのかな?
-
こちらの車体には個体番号が見られます。
-
おわ!光の加減で、雨だれの跡が光彩を放っている。
-
運転席には入れませんが、階段の最上段で開いている窓から
中が覗けます。 -
さすが交番に守られているSL。保存状態はかなりいい。
大抵は割れてしまうガラスも残っています。 -
不思議な輝きを持つC1175。
山陽・山陰のSL探訪の旅最後のSLです。
雨ざらしだとどうしても塗装が剥げ、錆が出るのが早いです。
でも、それで悲惨に見えるSLと、美しく見えるSLがあります。
光線の、天気の違いだけなんでしょうか? -
駐車場にあった倉吉観光案内板。
白壁土蔵群が有名で、街歩きをする観光客のために設置されていました。
時間があれば見て歩きたかったな。
これで、今回の旅は終了です。岡山・広島・島根・鳥取のSLは
すべて訪ねました。
後は山口県にちょっと・・・いつ行かれるかなあ?
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
この旅行で行ったグルメ・レストラン
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2019年山陽・山陰のSL
0
72