2019/04/14 - 2019/04/14
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worldspanさん
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2016年、19年と吉野の桜を堪能したときの旅行記。大阪に引っ越してきて20年経つが、吉野の桜は1度は見に行きたいと思っていたが4月は仕事が忙しくなかなか桜の時期に休むことができず、ようやく初めて2016年に訪れることができた。
吉野の千本桜の話は良く聞いていたが、まさかここまで綺麗なものだったとは思わなかった。豊臣秀吉もわざわざこんな山奥まで訪れるはずだ。また、南朝の御所が吉野にあったことを知ったのも恥ずかしながら訪れて初めて知った。
千本桜だけでなく、寺院や御所など見所も多い吉野は関西のおすすめスポットだろう。
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近鉄阿部野橋駅から特急も走っているが、なんと満席!
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仕方ないので急行電車で吉野を目指すことに。
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吉野駅を下車すると大勢の観光客が。
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吉野に初めて訪れたのは2017年。
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駅から少し歩いただけで山桜を見ることができる
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まさかこんなに綺麗な桜を見ることができるとは。
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散策していても気持ちが良い
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もう少し天気がよければ良かったのだが。。。
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吉野の中心の通り。
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先ず吉野に到着して通る場所は、金峯山寺 黒門。名前からするととても立派なもんかと思いきや、大きな宿坊の門ほどしかない簡素なもんだ。しかし金峯山寺の総門に当たり、お武家様もお公家様もこの門を通る際には馬を下り槍を伏せて通ったといわれている。
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金峯山寺 黒門から坂を上った場所に銅の鳥居。銅の鳥居は発心門という門で、山上ケ岳までの間に4つの門があるがそのうちの最初の門に該当する。広島の厳島神社の大鳥居、四天王寺の石の鳥居と並んで日本三鳥居に数えられるという。大本は東大寺の大仏の鋳造に使われた同で建立したといわれる古い鳥居だ。現在の鳥居は室町時代に再建されたといわれている。
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続いて歩いていると目の前には国宝の金峯山寺 仁王門が立ちはだかるように建てられている。現在の仁王門は上層部分は1455年から1457年に作られた門といわれている。山門としては日本屈指の建造物とも言われており、圧倒的な威圧感を持っている。現在改修をしているようだ。
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金峯山寺の下には様々なお店が軒を連ねている。
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金峯山寺 仁王門をくぐると、現れるのが金峯山寺 蔵王堂。木造建築としては東大寺の大仏殿に次ぐ大きさを誇るといわれている。645年から710年ごろに最初に作られ、その後消失と再建を繰り返し、現在の蔵王堂は1592年に建設されたものだ。写真の人の大きさと比べると、以下にこの蔵王堂が大きいかよくわかる。
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仁王門は少し離れた場所から出もよく見える。
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途中、吉水神社に行く分岐点があるがその周辺から千本桜がよく見える。
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吉水神社は天武天皇の時代、645年~710年ごろには吉水院として金峯山寺の僧院であったといわれている。明治時代に神仏分離が行われたために、明治8年に吉水神社となった。南北朝の時代には南朝の後醍醐天皇の皇居があったことでも知られる。吉野の観光名所としては金峯山寺と双璧を成す寺社仏閣だ。
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拝観料が必要だが、それだけの価値がある。
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源義経・静御前潜居の間
源頼朝に追われた源義経、静御前、弁慶が吉野に逃げ込み、この場所に5日間住んでいたといわれている。吉野に義経たちは身を寄せていたことは知っていたが、まさかこの神社に身を潜めていたとは思わなかった。 -
書院には後醍醐天皇の玉座がある。つまり、この場所が南朝の皇居であるのだ。後醍醐天皇は北朝と対立し、結局京の都に戻ることなくこの地で亡くなった。この書院に驚かされるのか壁の絵のすばらしさと金が張られた絢爛さ。こんな吉野の山の中にこのようなものがあるとは思いもしなかった。
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役行者像
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こちらの屏風は1594年に豊臣秀吉が吉野で花見をした。この時秀吉は吉水院を本陣として滞在した。この時に様々な会を催していたが、この金屏風は秀吉がこの地で愛用していたのだとか。
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山の緑に桜の色が映える。
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続いて訪れたのは喜蔵院。金峯山寺の子院で834~837年ごろに作られたの最初といわれている。現在は宿坊旅館として使われている。江戸時代には儒学者でもある熊沢蕃山が滞在した名門の宿坊としても知られている。現在はこの宿坊にユースホステルが入っているのだからさらに驚かされる。
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枝垂桜
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桜本坊をちらっと訪れた。桜本坊は天武天皇の治世、645年~710年ごろに作られ、当時は勅願寺となっていた。この場所は修業の場であった。現在は宿坊として観光客を受け入れており、宿泊は可能となっている。
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千本桜
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そして訪れたのは竹林院。竹林院は元々聖徳太子が創建したとも伝わる格式ある寺院でもあった。現在は宿坊として旅行客を受け入れており、館内はとてもよく整備されている。今回は残念ながら宿泊はせず庭を散策した。竹林院の庭園でもある群芳園の庭園は何とあの千利休が作ったといわれているので、葦の観光の見どころの一つといえるだろう。
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竹林院の庭園
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宿坊の竹林院
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東南院は二重の塔がランドマークとなっている。二重の塔はさほど大きいわけではないがこのエリアでは二重の塔はこの寺院しか見当たらなかった。小さな二重の塔とはいっても歴史は古く13000年の歴史をもつ。何と松尾芭蕉がここ個に滞在していたのだ。訪れて初めてその事実を知ってこれまた驚かされた。
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お土産店には立ち寄らず、二回ともそのまま吉野駅に向かった。
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吉野駅まで戻るときにも山上まで伸びる千本桜を楽しむことができる
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千本桜は、ほんとに良かった。また訪れてみたいと思わせる場所
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