2018/05/28 - 2018/05/29
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frau.himmelさん
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プラハの春とは、1968年社会主義体制下のチェコスロヴァキアで起きた民主化のこと。8月にソ連とワルシャワ同盟軍との軍事介入により弾圧され、プラハの春は終わりを告げた。
それから長い間チェコスロヴァキアは抑圧された冬の時代を過ごしていました。しかしそれから21年後の1989年11月17日、ビロード革命により、ようやくプラハに春がやってきました。
・・・・・
私たちがプラハを訪れた2018年はプラハの春から50年目の節目の年でした。ちょうどプラハ訪問時に「プラハの春音楽祭」が開催されることを知り、チケットを取って記念すべき年のコンサートに行ってまいりました。
「プラハの春」という名前は知っていても、半世紀も前の出来事で詳しくは理解していなかった私。これをきっかけに改めて勉強しようと思ったのも、この4トラベルで旅行記を発表するため。
動機が不純で申し訳ありません(笑)。
☆★
来週より3週間ほどヨーロッパ旅行のため、2018年の旅行記を中断いたします。ほんとにいつも中途半端でお恥ずかしい。
-
5月28日
時間が交錯しますが、ウ・フレクーで名物黒ビールを楽しんだ後、街歩きを再開しました。
プラハと言えば「プラハの春」。
そこで思い出すのはヴァーツラフ広場。プラハの銀座通りです。
約700mの細長い広場。オシャレなお店が軒を並べ、若者にも観光客にも人気のスポットです。 -
建築物も素敵です。
アールヌーボーの繊細な鉄細工の入り口や・・・ -
三軒並んだアールヌーボーのホテル。
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広場の花壇は、通る人を和ませてくれます。
-
正面に見えるのは国立博物館。
その前の広場には聖ヴァーツラフの大きな騎馬像。
広場ではなにやらパネルが展示されています。
もしかして探し求めている「プラハの春」のパネル? -
1648年、30年戦争終結の年。
スウェーデン軍のプラハ包囲の様子。 -
ラデツキー行進曲のラデツキー将軍ですね。
チェコ生まれ。1858年に亡くなっています。 -
そして1918年は、ハプスブルク帝国よりチェコとスロヴァキアが独立し、チェコスロヴァキアとなった年。
-
あれぇ~「プラハの春」は?
このパネル展は「歴史的エイト(8)」。
1348-1918までの'8'が付く年のいろんな歴史的出来事が展示してあるのでした。 -
ところで「プラハの春」とは。
1968年、社会主義体制下のチェコスロヴァキアで起きた民主化運動のこと。その年の8月にソ連などの軍事介入によって弾圧されました。 -
1968年1月に共産党第1書記に就任したドプチェクは「人間の顔をした社会主義」を目指した。
今までの抑圧されたソ連主導の社会主義では考えられなかった改革、つまり表現の自由、新しい史上経済の導入、メディア検閲の廃止など・・、ドプチェクは多くの民衆の支持を得ます。
しかし、ソ連にとってはそれは容認できないことだった。
(写真はネットから) -
1968年8月20日、ソ連軍とワルシャワ機構軍の戦車5000台と20万もの軍隊がチェコスロヴァキアに侵攻した。
突然の軍事介入で、チェコの人々は抗議のデモで対抗した。
あるものは戦車の前に立ち、あるものは座りこんで戦車の侵入を阻もうとした。
また人々は放送局を守るために路面電車やバスでバリケードを作って抵抗した。
それに対しソ連およびワルシャワ同盟軍は、バリケードを突破しようとして市民との間に攻防が続いた。
ついにソ連軍の戦車から市民に向かって銃撃が始まった。
ドプチェクは彼らを扇動したとしてソ連に捕らえられた。
こうして「プラハの春」を突然終わりを告げた。
(写真はネットから) -
軍事介入から1週間後、ドプチェクはチェコに帰された。
ドプチェクの目に映ったのは荒れ果てたプラハの街。
市民の抵抗はその後も続いていたが、ドプチェクはチェコ市民に犠牲者が出ることを恐れ、ソ連軍に抵抗しないように、耐えるようにとチェコの人民に要請した。
そして、プラハの春に関係した多くの人々が職を追われ、ドプチェクも政治の舞台から消された。
日ごとに市民生活から自由が失われ、国民は全てに絶望した。 -
1969年1月19日、そのような不甲斐ない状態に抗議して一人の大学生が焼身自殺をした。ヤン・パラフ。
また2月25日には18歳の大学生ヤン・ザイツが、後を追って同じ場所で焼身自殺をした。 -
その下には文字が薄くて読めませんが、「共産主義犠牲者たちの記憶」とチェコ語と英語と、ドイツ語で記してあるそうです。
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プラハの春弾圧以降もソ連の介入は続いていた。
長い間抑圧されていたチェコ、あれから21年ようやくプラハに春がやってきました。
ビロード革命です。
1989年11月17日、民主化を求める学生たちのデモがきっかけでした。
プラハの春でソ連の戦車が占拠したヴァーツラフ広場は、民主化を要求するチェコの人々で埋め尽くされた。 -
そのころの東側ヨーロッパはと言うと・・・。
1985年にゴルバチョフが共産党書記長に就任しペレストロイカを推し進め、ドイツでは1989年11月9日に東西ドイツを隔てていたベルリンの壁が崩壊した。 -
そしてついにチェコスロヴァキアは1948年から続いた共産党体制は崩壊し、民主化の道を歩み始めたのです。
この革命は大きな流血もなく、ビロードのように柔らかく平和的に終結したことからビロード革命と呼ばれています。 -
明日の夜、市民会館で開催されるプラハの春音楽祭のチケットがとってあります。
道に迷わないように今日のうちに下調べをしておきましょう。
心配性のシニア達は市民会館に行ってみることに。
地下鉄MUZEUM駅。 -
ヴァーツラフ広場から地下鉄で一駅だけ乗って、降りたった大通りには両脇に美しい建築物が並んでいます。
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丸屋根の美しい彫像、テラスの飾り鉄細工の繊細なこと・・・。
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赤い窓枠が象徴的な豪華な館。
ファサードのギリシャ神話の彫像に目を奪われます。 -
火薬庫とそのお隣は市民会館。
お目当ての場所にたどり着けてほっと一安心。 -
市民会館が見渡せるオープンカフェでちょっと一息つきましょう。
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歩き疲れて少し甘いものが飲みたい私、ラテ・マキアート。
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I女史はミルクたっぷりのメランジェ。
ミルクで花の絵が描かれています。 -
向かいの映画館の建物も、アールヌーボー。
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ではホテルに帰りましょう。
トラム1本でホテルに帰れるのは嬉しい。
さあこれで、明日は道に迷わないでコンサートに来れるわね。 -
5月29日。
「ハイドリヒを撃て」の聖キリルとメトディウス教会を出た後、K氏と私はユダヤ人街へ行きました。ここも私が行きたかった場所です。
この項は別旅行記にて。
今夜はプラハの春音楽祭のチケットを予約してありますので、疲れて観光を中断して休憩しているI女史の待つホテルへ戻ります。
シャワーなど浴びて、少しこざっぱりした服装に着替えて出かけます。
写真はホテル近くのキリスト教会、聖パドヴァのアントニウス教会です。3日間朝夕眺めた教会です。 -
市民会館。
ホテルから乗り換えなしでトラム1本だけ、と言うのは嬉しい。 -
アールヌーボー建築で有名な市民会館。
窓のテラスの繊細な鉄細工のアールヌボー。 -
その下では、何やらリズミカルに太鼓みたいな楽器をたたいている女性。
民族楽器なのでしょうか。 -
市民会館はガイドツアーもやっているのです。
ブダペストではオペラ劇場のガイドツアーに参加しましたが、ここではコンサートを聴くのだからいいか~と。
でも他の方の旅行記を拝見して、やっぱり行くべきだったかな~と思っています。 -
市民会館の中には至る所にアールヌーボー。
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タイルの絵
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さて、市民会館のレストランで夕食を摂るのも楽しみでした。
豪華なシャンデリア、白いテーブルクロスの落ち着いた席、客もまだ少なく席も空いています。
ここにしましょう。 -
中に入ろうとすると、係の女性がやってきて、「予約はありますか?」と。
ないと答えると、その女性あまりやる気なさそうに入り口のメニューを指さし、
ここから一つ、ここから一つ、デザートはここから選んで・・と。
要はコースで頼まなければダメってことね。そんなに食べられないし、じゃあいいわ、他を探します。
私たち、決断は早いです。 -
ここなんかどう?
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白いテーブルクロスはないけれど、椅子も木製の椅子であっちのレストランの方が座り心地はいいかも知れないけど、こちらは私たちが入ってもイヤミな対応はされないみたい。
齢をとると僻みっぽくていけません(笑)。 -
まずはワインで乾杯ね。
部屋の奥からはピアノの生演奏が聞こえてくる。
それがまた素晴らしい演奏なのです。期せずして客の間から拍手が沸き起こる。 -
3人ともそんなに食べられないし、K氏はまだお腹の調子が悪いみたい。
それぞれにサラダのセットをいただくことにする。 -
小食であまり売り上げに貢献しない私たちにもこちらのウェイター氏はニコニコと愛想よく接してくれる。
そして、何と日本語で私たちに話しかけてきた。
「日本人は私のお友達です」ですって。
すっかり嬉しくなったK氏はウェイター氏と記念撮影していました。 -
窓の外の観光客もさっきより増えてきた。
素晴らしいピアノを聞かせてくれたピアニストも休憩の時間です。
コンサートの時間も近づいたのでそろそろスメタナホールに向かいましょうか。 -
赤いカーペットの上を進みます。
さすが、プラハの春音楽祭ともなると、ドレスアップした人も多く見られます。 -
ネットで取ったeチケットを見せて中に入ります。
日本で予約して、それをプリントアウトして見せるだけでいいのですから、世界一流のクラッシック音楽を聴くのも、便利になりましたね。
ホールの入り口も素敵な装飾。 -
これがあのスメタナホールなのです!
チェコの国民的作曲家スメタナの名を冠したスメタナホール。
舞台の中央にはスメタナの横顔のレリーフが・・。 -
「プラハの春」音楽祭はスメタナの命日5月12日から始まります。
そして初日は必ずスメタナの代表作「わが祖国」で始まるのです。
今日は初日ではないから「わが祖国」はないけれど、私たちがプラハに滞在中、プラハの春音楽祭が開催されると知って、急遽ネットでチケットを取りました。空いていてよかった。 -
しかも何と私たちの席は一番前のかぶりつき。
ネットでチケットを取るときに一番前が空いていた。そんなに高い席ではない。
もしかして音響が悪いのかも知れないけれど、そんなの構わない。
プラハの春音楽祭が見れて、そのすばらしい雰囲気に浸れるのだから。 -
オーケストラの椅子の背に「スメタナ」って書いてあるのもばっちり見えるし、楽譜の文字まで読める。
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一部が終わった。
心配したほど悪い席ではなかった。首も痛くならなかったし、何より弦楽器の指遣いまではっきり見えてむしろラッキー。
東洋系の女性(もしかして日本人?)が真剣な表情で弦楽器を演奏している姿がとても印象的だった。 -
☆プログラム
指揮:アンドレイ・ボレイコ プラハ交響楽団
曲目:チャイコフスキー「眠れる森の美女」、
シュトラヴィンスキー「ディベロプメント」他 -
休憩時間にはみんなゾロゾロ外に出ます。
私たちも・・。
それにしても豪華なホールですね。 -
幕間に優雅に飲み物を楽しむ人々。
私たちもちょっと1杯、といきたいけれど、やらなければならないことがあるのです。 -
休憩の間にスメタナホールの写真を撮らねばなりません。
何と言っても、圧巻はこの丸天井。
美しい青い色のステンドグラス。優しい光が射し込んでいます。 -
ホール内の美しいアールヌーボーの装飾の数々。
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細部にまで心にくいほどに考えられた装飾
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テラス席
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ボックスシート。
ここにはどなたがお座りになるんだろう。 -
演奏が終わりました。合唱の人も楽団員もみな退場しました。
素晴らしかった~! -
市民会館の外に、美しい音楽に酔いしれた人々が、皆さん満足げな顔をして出て参ります。
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市民会館の横はどっしりとした武器庫。
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美しくライトアップされたホテル。
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美しくライトアップされた市民会館。
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私たちも、スメタナホールの「プラハの春音楽祭」の余韻を楽しみながら、トラムでホテルに帰ります。
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この旅行記へのコメント (11)
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- salsaladyさん 2019/09/23 09:33:29
- 再びのプラハ&ウィーン? I envy you~
- ☆おやまあ!又中欧へ出掛けられる?素晴らしい人生です事~
☆こちらの歴史的裏付けを再度拝見しつつ、一也『プラハの春』でも読み直すしか手が無い私にとっては、悔しい位(あのシャンデリアの元で”我が祖国”を聞けるのであれば一番お気に入りのドレスを着て最前列へ座りたい!)。。。団体は後ろだもん!
☆丁度秋のコンサート用に『モルダウ』の練習を始めたので、格別に羨ましい~
- frau.himmelさん からの返信 2019/09/23 23:29:03
- RE: 再びのプラハ&ウィーン? I envy you?
- salsaladyさん、コメントありがとうございます。
明日朝の出発なのに、今やっとパック詰めが終わったところです。
今回は中欧はウィーンだけです。
夫と二人旅なので、何かワクワク感がありません。
まあ、ケンカしないように行ってまいります。
salsaladyさんは、秋のコンサートでモルダウをおやりになるとのこと。
素敵ですね。頑張ってください。
では、行ってまいります。
himmel
-
- ペコリーノさん 2019/09/22 12:48:13
- 市民会館のカフェ
- frau.himmelさん、こんにちは
もうすぐヨーロッパ旅行なのですね。
9-10月のヨーロッパ、素敵ですね。
その前にプラハの春の記念コンサートなんて、とても素敵なイベント!
市民会館のカフェで日本語を話すウェイターさんに出会ったのですね。実は8年前、私もそこで、ケーキのワゴンを運んできたウェイターさんと日本語で話をしました。
同じ方かどうかはわかりませんが、名古屋に留学していたとの(奈良だったかな?)話でした。
支払いの金額も日本語で言ってくれました。遠いヨーロッパで日本語で話しかけてもらうと嬉しいですよね。
旅行、楽しんでいらしてください。
ペコリーノ
- frau.himmelさん からの返信 2019/09/22 23:22:40
- RE: 市民会館のカフェ
- ペコリーノさん、こんばんは。
ちょうど私たちがプラハに行くころに「プラハの春音楽祭」をやると調べて、これはもう行くっきゃない、と。
いつもペコリーノさんはベルリンフィルやウィーンフィルが現地でやっているころをよく調べて、いち早くチケットを手配していらっしゃいますよね。
私など、行くと決まってから、ベルリンフィルはやっていないか、ウィーンフィルは?
なんて「おっとり刀」ですから、もうチケットなど既に完売しているか、どこか違う街に遠征しているかなので、悔しい思いをしていました。
やっぱりフルオーケストラはいいですね。
市民会館のカフェのウェイター氏、たぶん同じ人だと思います。
そう言えば、関西の方の話をしていたような・・・。
背の高い感じのいい男性でしたよ。
やはり嬉しいですよね。日本語で話しかけられるって。
また今回もウィーン、ベルリンに行きます。
ほんとに何回目だろう。
行ってまいります。
himmel
- ペコリーノさん からの返信 2019/09/24 13:55:51
- RE: RE: 市民会館のカフェ
- frau.himmelさん
もう、お出かけでしょうか。
> 市民会館のカフェのウェイター氏、たぶん同じ人だと思います。
> そう言えば、関西の方の話をしていたような・・・。
> 背の高い感じのいい男性でしたよ。
> やはり嬉しいですよね。日本語で話しかけられるって。
旅行記、見直してみたら、ウェイターの人は小さく写っていました。背の高い人でした。
>
> また今回もウィーン、ベルリンに行きます。
オーストリアと日本との国交樹立150年のウィーンと、「壁の崩壊から30年」のベルリンですね。
どちらも記念の年ですね。
旅行、楽しんでください。
ペコリーノ
-
- ぶどう畑さん 2019/09/22 06:59:03
- 市民会館のレストラン
- frau.himmelさん
ぶどう畑です。
市民会館のレストラン、イマイチの対応でしたか。
シャンデリアの下がる、ステキな空間に憧れてランチしたのですが、店の人の対応は悪かった…。
プラハの見所のひとつなのに、レストランで印象が悪くなるって、残念です。
でも、代わりに入ったお店で、気持ちよくで食事できてよかったですね!
次の旅行も3週間ですか。いつもながらパワフルで感心します。
- frau.himmelさん からの返信 2019/09/22 23:00:26
- RE: 市民会館のレストラン
- ぶどう畑さん、こんばんは。
あのレストランでお食事なさったのですか?
私も4トラであそこが素敵だとの旅行記などを見て(もしかして、ぶどう畑さんの旅行記?)行ってみたいと思ったのですが、ちょっと残念な対応でした。
あの時は客も極端に少なかったし、めんどうくさいなー、って表情が見て取れました。
でもあそこで食事をしていたら次のレストランには行かなかったわけで、結果正解でしたね。ペコリーノさんのコメントによると、ウェイター氏、日本に留学したことがある方のようで、とても親日的でした。
ところで先日はSimのことについてはありがとうございました。
スマホ用と、タブレット用の2つ買いました。
設定の仕方も教わりましたので、あちらに行ってから電源をいれれば通じるのですね。
旅の達人ならぬ、非(不?)達人なものですから(笑)。
3週間、長いですよね〜。
今頃になって長すぎたかなーって後悔しています。
では行ってまいります。
himmel
-
- ねもさん 2019/09/21 21:16:30
- プラハの春
- frau.himmelさん
frau.himmelさんは私より年上? ならばプラハの春とその顛末はリアルで体験されたと推測します。多感な中学生にはあまりにショッキングな出来事でした。
どれほど事実に史実か分かりませんが春江一也『プラハの春』によると、プラハ市民をはじめチェコスロバキア国民は絶望的な状況でよく闘ったことが書かれています。足りなかったのはソ連の蛮行を非難すべき国際世論じゃなかったのでしょうか?
そのようにして勝ち取った自由や民主主義の尊さを知っているはずの(チェコとスロバキアはまだ良いようですが)ハンガリーやポーランドで、トランプ大統領のようなまともじゃない政治家が権力を握っていることは本当に残念です。
ヨーロッパとはいずこに? 良いですね。どうぞ気をつけて楽しんできてください。
- frau.himmelさん からの返信 2019/09/22 22:51:14
- RE: プラハの春
- ねもさん、こんばんは。
はい、たぶん年上でございます(笑)。
>プラハの春、リアル体験したはず・・・。
そうですね、あの頃はニュースで盛んにやっていましたからね。もう半世紀も前のことなのですね。
「プラハの春」って言葉だけが先行して、あの当時の東側の民主化運動の一つだとは思っておりましたが、中身はすっかり抜けておりました。
>足りなかったのはソ連の蛮行を非難すべき国際世論じゃなかったのでしょうか?
はい、それについても今回勉強いたしました。
チェコスロヴァキアの侵攻に関しては国際安保理などで話し合われたそうなのですね。
しかし当時の冷戦下の世界情勢の中で西側は、対岸の火事として、火の粉が降りかかるのを恐れて、積極的な措置は講じなかったと。
いわばあの時代のチェコスロヴァキアは世界に見捨てられた状態だったのですね。
あの学生の焼身自殺が、そんな世界に抗議しての自殺だったのか、もう少し時代検証をしてみなければと思っております。
はい、行ってまいります。
2019年はベルリンの壁が崩壊してから30年、そんなところを少し回ろうと思っています。
himmel
-
- mistralさん 2019/09/21 20:33:18
- プラハの春。
- himmelさん
こんばんは。
プラハでのメインイヴェント?!
スメタナホールでのコンサートの旅行記。
丁度ご旅行の時期が 「プラハの春音楽祭」だったんですね。
それであれば行かなくてはなりませんね。
長いご旅行の期間で、まさに呼ばれたかのよう!
お写真からもはっきりとわかる格調高さ、
他所の国のオペラ座などから感じられます、ただただ豪華な、とは
やはりひと味違いますね。
最前列の席が取れたのはラッキーな事でした。
柔らかな音がホールに響き渡った記憶は、今でも鮮明に覚えています。
と、どうしてもプラハ贔屓の私です。
コンサートが終わり、ホテルまでの道すがら
余韻を楽しみながら歩くのに
ヨーロッパの街並みのライティングは、本当にぴったりくる雰囲気を
演出してくれていますね。
mistral
- frau.himmelさん からの返信 2019/09/22 22:39:24
- RE: プラハの春。
- mistralさん、こんばんは。
いつもありがとうございます。
そうなんです。ちょうどプラハの春音楽祭をやっていまして、これは行くっきゃない・・・と。さすがに感動いたしました。
ヨーロッパでも何度かコンサートに行きましたが、いつも行き当たりばったりなものですから、フルオーケストラって珍しいのです。しかもそれがプラハの春・・・でしたから。
mistralさんもよくコンサートに行ってらっしゃいますね、それも有名ホールで。
チェコではコンサートのハシゴをなさった・・・。凄いですね。
確かお泊りのホテルは、私の写真に出ていたアールヌーボーの素敵なホテルではありませんでしたっけ。
チェコ、ほんとにアールヌーボー建築、素敵ですね。
明後日からヨーロッパに行ってまいります。
バタバタしていて返信遅くなってごめんなさい。
himmel
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