2019/04/26 - 2019/05/03
46位(同エリア322件中)
PROGRESさん
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<関西空港→上海浦東空港→桂林空港>GWを利用し、今月で83歳になる父と行ってきました。
上海で入国の際、指紋と顔写真データ収集をセルフで行いました。対象は14歳~70歳とのことで、父は指紋データ収集はなしでしす。上海での乗継時間にリニア駅近くのフードコートへ。父は「片道7分半で往復80元なら、リニアに乗ってみたい」と元気なところを見せましたが、430km/h出るのはほんの一瞬だし、わざわざ乗ってみるものではないということで素直に桂林行きの国内線ゲートへ。桂林空港には30分遅れて22時頃到着。タクシーで宿泊先へ128元。ホテルからは杉湖の真ん中にある日月塔が見えました。銅と瑠璃瓦の二つ並ぶ塔です。日塔は金色で9階建、月塔は銀色で7階建、地下で二つは繋がっていて中も見学できます。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 3.5
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- タクシー
- 航空会社
- 中国東方航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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上海で入国の際、指紋と顔写真データ収集をセルフで行いました。対象は14歳~70歳とのことで、父は指紋データ収集はなしでしす。
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<桂林西駅→貴陽北駅>ホテルから高速鉄道の桂林西駅まではタクシーで30分余り(70元)で到着。
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駅前の店で、桂林米粉の朝食です。
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この駅は3年前に開設された新しい駅なので、エレベーターも完備。
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ホームへ上がると既に入線していました。
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指定された席に行くと男性4人組が横で椅子を転換して麻雀の最中。父が「横は騒がしいから向こうへ行こう」と。幸い空いていたので、前の方へ移動しました。途中の従江で麻雀の4人組は下車。我々も元の座席に戻り、2時間40分後、貴州省の州都である貴陽に着くころには車内は満席になっていました。
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<貴陽北→凱里南>貴陽北で高速鉄道を乗り換えます。キップはtrip.comで予約しており、駅窓口でパスポートを見せると発券してもらえます。
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貴陽北駅は高速鉄道の駅ですが、(ここ貴州省が中国で最も1人当たり所得が最低か?と疑いたくなる)巨大な規模でプラットホームはなんと28番線まであります。
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分刻みで高速鉄道が定時に発着していきます。
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乗り換える広州行きは26番線と一番端から出発するため、結構端まで歩きました。
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40分ほど乗車して一つ目の駅、凱里南へ到着。この駅は貴州省黔東南ミャオ族トン族自治州に在り、2年前に開通した高速鉄道専用の新しい駅です。
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<凱里→鎮遠>高速鉄道の凱里南駅から在来線の凱里駅までタクシー移動し(57元)、在来線の普通列車で鎮遠に行きます。在来線の駅は昔ながらの中国で、混沌としていて、ある意味安心します。凱里駅の時刻表を見ると一番遠くまで行く直通列車はロシアに近いハルピン行きでした。朝6時に出発し北上、2晩寝た後、3日目の14時に着くとのことです。
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入口で「ニンニクを買わないか」とおばさんに声をかけられます。
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さて乗った列車は、凱里の町へ農産物を売りに行った人たちを順番に降ろし(写真で見えますが、線路と線路の間の隙間を通って村へ帰ってゆくよう)、
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鎮遠に到着。2時間近く乗って12元(約200円)と格安でした。
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25G客車でエアコン完備でした。昔は北京-上海の特急列車で運用されていた赤い客車の格下げです。
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鎮遠駅は在来線の駅ですが、外観はなかなか渋いです。
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紀陽銀行ならぬ貴陽銀行です。
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宿泊した宿のテラスからは、紀元前3世紀に開かれた川沿いの古鎮が展望できます。
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夜は写真のようにライトアップされます。
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ライトアップされます。
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<鎮遠>写真の青龍洞は明時代の古建築群です。
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「儒釈道」の三教合一のもと、仏教の大仏殿、道教の玉皇閣、儒教の紫陽書院など代表的な見所があります。
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入場料は80元(約1350円)ですが、
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パスポートで確認し父が80歳以上ということで付き添いの私も無料(傷害保険の3元のみ)になりました。
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山をくり抜いたように立つ堂からは川沿いに古い建物が並ぶ鎮遠の町を見下ろすことができます。
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その後、下へ降り、古民居群を見学。古民居群の間には細い石畳の道(写真)があります。
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明清時代の古民家が集まるエリアの中に、かって清の上官だった屋敷を革命博物館として展示している建物がありました。内容は抗日戦争・・で頂けないですが住居はいい雰囲気でした。
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夕食は貴州の名物である酸辣(すっぱくてからい)味で、鯉の鍋料理を注文しました。ミャオ族料理の店ですが、かなりの激辛と油濃さでした。
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<鎮遠>続いて和平村を見学します。ここは、かつての「在華日本人民反戦同盟和平村」で700人ほどの日本人捕虜が居て反戦教育を受けた場所です。
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当時の収容所が残っています。日本人が造った浴場や農場跡も残っています。捕虜となった方は終戦の翌年日本に帰国後も交流を続け、日中友好に寄与されたとのことです。
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