2019/08/26 - 2019/08/29
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Tetsuya Sugitaniさん
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8/26・0:20 S7航空6542便にてイルクーツク着→19:33シベリア鉄道087号にてタイシェットへ 8/27・07:04タイシェット駅着→ノボチェンカ方面に向かい、第七収容所各支部跡を墓参巡拝 8/28・タイシェット・キビトーク周辺 第七収容所各支部跡・野戦病院跡巡拝 8/29・タイシェット第七収容所各支部跡巡拝後 20:57シベリア鉄道208号にてイルクーツクへ戻る。訪問の時期は夏。隙を見せるとヤブ蚊が容赦なく襲って来る。防虫ネットが効力を発揮するも、顔と首筋だけ。少しの服の隙間を狙って来る。ヤブ蚊の襲来の中での作業は大変だっただろう。また、粗食の中でのマイナス40度にもなる極寒の冬の作業は言葉にはならないだろう。特にタイシェトでシベリア鉄道と接続、ヨーロッパ・ロシアと太平洋岸を結ぶバム鉄道(第2シベリア鉄道)の重要路線の建設には、日本人抑留者が当てられ、困難を極める工事には多数の犠牲者を出した。枕木1本に1人の死者とまで言われている。
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イルクーツクから直線で70キロ、車で90分の距離にグリシェフ村マリタ集落ある。3万年前にマンモスが住んでいたという。この地にはも収容所跡、労働大隊埋葬地跡が残る。
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この時期、野原には色とりどりの草が花を咲かし、訪問者の心を和ませる。奥の森の中に、慰霊碑が立つ。
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美しい花に魅せられて入り込むと、膝から腰辺り迄取り巻かれる。
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ヤブ蚊の歓迎も大変なもの。ちょっとの隙間からアッという間に刺されてしまう。
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森の中の慰霊碑。
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地域住民の墓地も隣接する。
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草原の中に残るレンガ工場跡も奇麗な野の花が包んでいる。
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左手後方の建物は、日本人抑留者が建てたロシア人のための住居。今も健在。すぐ側をバム鉄道(第2シベリア鉄道)が走る。
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草原の中に残るレンガ工場跡。ここでも、日本人抑留者が強制労働に従事させられた。
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日本人抑留者の苦役はイメージしにくくなっている。
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村の周辺にはトウモロコシ畑が広がる。
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日本人抑留者が敷設したバム鉄道の鉄橋。ロシア経済を支える重要路線。
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川は渡れないので、鉄橋を歩いて慰霊値へ向かう。
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この奥の森に慰霊碑が立つ。バム鉄道の列車が走る音が聞こえる。
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収容所・野戦病院跡。収容者を診療するといってもお粗末なものだったような気がする。
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慰霊地のすぐ側をバム鉄道が走る。
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日本人抑留者が敷設したバム鉄道の鉄橋を列車が渡る。
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墓地の周りは、村の人たちの手で整備されている。
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背丈ほどもある草木を分けながら進む。この奥に慰霊地がある。
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川を渡る唯一の手段、車と人を渡すフェリー。動力を使わず、速い川の流れを利用して、1本の太いオールを操り船を移動させる。10分の船旅。
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フェリーで川を渡り、40分歩く大変な道すがら、こんな光景に出くわすこともある。
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フェリーで川を渡り、40分歩いてたどり着いた。誰が立てたのだろうか、「永遠に安らかに眠れ」とある。
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バイカル湖を眺めれる慰霊碑の場所は観光スポット。
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バイカル湖を眺めれる風光明媚なところにも慰霊碑がある。バイカル湖を訪れる日本人観光客の観光コースになっているようだ。やりきれない・・・・。
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バイカル湖を眺めれる慰霊碑に刻まれている。
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墓地に竣工された碑文。平成29年。今、令和元年。
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