2019/05/11 - 2019/05/12
205位(同エリア3848件中)
ローマ人さん
5月11日(土)の午後に、JR大阪駅の近くの式場で、宝塚に住んでいる姪の結婚式が行われることになり、折角なので午前中と1泊して翌日に大阪を観光することにしました。
大阪には、昨年、たまたま関西空港経由になったバンコクからの帰りに戎橋に立ち寄って以来です。
大阪には、高校生の頃に靱公園で行われた全日本ジュニア選手権出場のために立ち寄ったのを初め、京都観光などで何度か立ち寄ることはありましたが、戎橋以外に本格的に観光したことはありません。
今回は、初日に一人で四天王寺、2日目は妻と娘、孫の4人で大阪城と戎橋を巡ります。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- JALグループ 私鉄
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今回の旅はJALサクララウンジからスタート。
空港ビルの1階で買ったマックとビールで朝食です。
これが羽田からの朝出発のいつものパターンです。 -
搭乗予定のゲートには先発の飛行機がいます。
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プッシュバック。
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これから離陸します。
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新たに飛行機が到着。
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これが搭乗する飛行機です。
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伊丹空港行き、JL107便に搭乗します。
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搭乗順に変更があり、私は右の列に並びます。
それにしてもJMCダイヤモンドは多いです。 -
教の機種はB767-300型です。
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定刻に少し遅れてプッシュバック開始。
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東京国際空港第1ターミナル。
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離陸してすぐに「海ほたる」と東京湾アクアラインが見えました。
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静岡県焼津市付近を通過。
御前崎が見えます。 -
浜名湖上空。
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愛知県伊良子崎付近を通過。
写真右側は三重県伊勢市付近?
天気が良く遠くまではっきり見ることが出来ます。 -
奈良盆地上空。
周囲を山に囲まれているのが確認できます。
確かに盆地になっています。 -
この山を越えると大阪です。
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大阪府八尾市にある八尾空港です。
大阪の南部から伊丹空港にアプローチします。 -
大阪上空。
ランドマークの超高層ビル「あべのハルカス」が見えます。 -
大阪湾が見えます。
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大阪城上空を通過。
ここは明日観光予定です。 -
淀川が見えてきました。
大阪は川が多いですね。 -
淀川を越えて最終アプローチ。
沢山の橋が架かっています。 -
新大阪駅上空通過。
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定刻より少し遅れて伊丹空港に着陸。
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ゲートにスポットイン。
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荷物は機内持ち込みだったのですぐに出口を出て、空港リムジンバスで梅田に向かいます。
ホテルに荷物を預けるために、10:10発「大阪マルビル」行に乗車します。
今日宿泊するホテルは「大阪マルビル」にあります。
バス乗り場の向こうには大阪モノレールの駅があります。 -
バス乗り場に後ろ側にある切符売り場でチケットを購入します。
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バスに乗車し、定刻に出発。
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料金は640円です。
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バスの車窓から、奇抜な建物見えました。
「梅田スカイビル」というそうです。 -
バスはJR大阪駅前を通過。
駅前は大掛かりな工事中でした。 -
終点の「大阪マルビル」に到着。
伊丹空港を出てから渋滞もなく25分くらいで到着しました。
伊丹空港は大阪市内から近く便利ですね。 -
今回宿泊する大阪第一ホテルです。
結婚式場へ徒歩圏という利便性で選びました。 -
右側ドアを入るとホテルのフロントです。
荷物を預けて観光です。 -
観光の前に、阪神百貨店名物の「いか焼き」を食べに行きます。
ホテル前から地下道に入り、「スナックパーク」を目指します。
大きな表示が出ています。
案内図では、阪神百貨店の中を通っていくようになっていますが、店内の通路は大混雑で時間がかかります。
百貨店の手前の通路を通れば早く行けることが後でわかりました。 -
阪神百貨店の入口です。
17年前に「いか焼き」をここで買った記憶をたどると、イカ焼きの売り場は百貨店内にあったような気がします。
その当時も老若女性の長蛇の列でした。 -
「スナックパーク 65m先」の表示。こまめに案内があります。
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5メートル先にもこの表示がありました。
奥にも表示が・・・。
親切なのか、お節介なのかわかりません。 -
おかげで迷わずに「スナックパーク」に到着。
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中に入ると・・・。
立ち食いの魚料理の店。
おでんは欠かせないみたいです。 -
天ぷらの店。
エビ天丼が500円。
豚ネギ天丼というのもあります。
そばもあります。
どれも値段が安いです。 -
焼肉の店。
タレ焼肉丼が580円。
「タレの魔球」だそうです。
流石に阪神だけのことはあります。 -
ラーメンのお店です。
私は全く知りませんでしたが「カドヤ食堂」は有名店らしいです。 -
いか焼きのお店は、入口から一番奥にがありました。
マグネット効果を狙っているのでしょうか。
店名はずばり「阪神名物 いか焼き」です。 -
店内マップを見ると、大阪で有名な飲食店が集まっているようです。
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現在の時間は11時くらいですが、既に行列が出来ています。
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従業員の方が一生懸命「いか焼き」を作っています。
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てきぱきとしているので、列の長さの割には待ち時間はそれほどでもありません。
丸く焼いた「いか焼き」の片面にソースを塗り、半円形に折っています。 -
「いか焼き」を、イカと小麦粉を混ぜて焼いただけと、侮ってはいけません。
バリエーションが多く用意されています。
これはオーソドックスな「いか焼き」です。 -
ネギが入ったもの。
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卵が入ったデラックス版。
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デラックス版にネギを加え、特製しょうゆダレをつけたもの。
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イカが小さめでジュレポン酢で食べるもの。
これは平日午前中のみの限定品です。
今日は土曜日ですので、当然に販売していません。 -
総合メニューが貼ってありました。
流石に食にこだわる大阪だけに、保温バッグも売っています。
確かに10枚単位で大量に買っていくお客さんがいたので、必要なのかもしれません。 -
「いか焼き」と「デラバン」を一枚ずつ購入。
イートインするときはお皿に盛ってくれます。
お店ではドリンク類は売っていないので、他の店で買ったビールと一緒に食べます。 -
「いか焼き」と「デラバン」を入れ替えて写真撮影。
刻んだイカがたくさん入っていてとてもおいしいです。
食べに来た甲斐がありました。
好みによると思いますが、私は、卵が入った方がふんわりして更においしく感じました。 -
お皿は、かわいいイカの形をしています。
捨てるのに忍びないです。 -
「いか焼きを食する」目的は達成。
これから四天王寺の観光に向かいます。
結婚式の参列に間に合うように、14:30までにはホテルに戻って礼服に着替える必要があるので、あまり時間はありません。
「スナックパーク」を出て写真の通路を右に曲がったところに駅があります。 -
大阪メトロ谷町線の東梅田駅から乗車。
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天王寺駅で下車。
広い谷町筋に沿った参道を真っ直ぐ進んで行きます。 -
四天王寺の塀が見えてきました。
かなり広い敷地を占めているようです。 -
参道の先に「石鳥居」が見えてきました。
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この「石鳥居」は高さが9mあり、鎌倉時代の永仁2年(1294)に建立されたといわれ四天王寺で現存する建物で最も古い建築物だそうです。
お寺なのに何故に「鳥居」なのかと考えてしまいますが、古くからの歴史がある寺院ですので「神仏習合」のなごりのようです。 -
「大日本仏法最初」の表示があります。
四天王寺(してんのうじ)は、大阪市天王寺区四天王寺にある寺院。聖徳太子建立七大寺の一つとされている。山号は荒陵山(あらはかさん)、本尊は救世観音(ぐぜかんのん)である。
『日本書紀』によれば推古天皇元年(593年)に造立が開始されたという。当寺 周辺の区名、駅名などに使われている「天王寺」は四天王寺の略称である。ま た、荒陵寺(あらはかでら)・難波大寺(なにわだいじ)・御津寺(みとで ら)・堀江寺(ほりえでら)などの別称が伝えられている
*Wikipediaより
聖徳太子が鎮護国家と衆生救済のため、仏教の守護神である四天王(持国天、増長天、広目天、多聞天)を安置し建てたことで四天王寺と呼ばれるようになったようです。 -
鳥居の上には、他の鳥居ではあまり見かけない扁額があります。
扁額には「釈迦如来・転法輪処・当極楽土・東門中心(四天王寺は釈迦如来が説法された聖地であり、境内の西の端である西門は極楽浄土の東の門に当たる)」と「仏教」の思想が書かれているそうです。 -
「石鳥居」の端は、横の建物とぶつかるくらいに接近しています。
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「石鳥居」をくぐって直ぐ右側に石柵で囲まれた「引導石」があります。
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引導とは、お釈迦様が「生者必滅・会者定離」の人生無常の迷いの世界より人々を究極の悟りの世界へと導かれたことを指しているそうです。
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古い記録によれば、葬送の時に棺を「引導石」の前に置き、無常院(北引導鐘堂)の鐘を3度鳴らすと聖徳太子がこの引導石の上に影向(ようごう:貴人などが現れること)され、亡魂を極楽浄土の世界にお導き下さるという伝説があり、聖徳太子信仰と浄土信仰とを結ぶ重要な霊跡になっているのだそうです。
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「引導石」です。
周囲を囲む石が、棺の形をしているのも納得?です。 -
境内に四天王寺学園があります。
学園入口もお寺風の造りです。 -
学園創立30周年記念に建立された「慈母観音」だそうです。
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境内は広く、屋台も出ています。
奥には「西大門(極楽門)」が見えます。 -
「西大門」に向かって進みます。
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途中の右手にお堂があり「乳布袋尊」が祀られています。
布袋尊は、幸福をもたらしてくれるという七福神の一人として知られていますが、この「乳布袋尊」は、更に、母乳が出ない人には母乳を授け、出過ぎる人にもご利益があるとのことです。
ご本尊の写真撮影は禁止です。 -
「西大門」に向かって左側に「見真堂」があります。
浄土真宗の祖である、親鸞聖人(見真大師)を顕彰し、建立されたそうです。
本尊は阿彌陀如来で、 向かって右に聖徳太子像、左に六字名号の掛け軸が祀ってあります。 -
「見真堂」の横には 親鸞聖人の像が安置されています。
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親鸞聖人像です。
親鸞聖人は聖徳太子を深く信仰し、たびたび四天王寺に詣でられたことが縁でここに祀られることになったのだそうです。 -
「西大門」はもう眼の前です。
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「西大門(極楽門)」です。
四天王寺が建つこの場所は、古代から夕日が美しいところで知られていたそうです。
この立地が、平安時代後期から隆盛になる西方極楽浄土信仰(沈む夕日を眺めながら念仏すると極楽浄土へいける)と重なり、四天王寺の西門は「日想観(極楽浄土するための修行)」の聖地となったのだそうです。
これ以降、四天王寺の西門は特別な意味を持つこととなったのだそうです。
それは、「石鳥居」は極楽浄土と現世との結界であり、その手前にある「西大門」は極楽浄土の入り口である「極楽浄土東門」へ通じる門だということで、それで「西大門」は「極楽門」と呼ばれるようになったのだそうです。 -
「西大門」の内側の柱に「転法輪」があります。
「転法輪」には「お釈迦様の教え」の意味があり、お釈迦様の尊い教えが車輪のように回転して遠くまで広がる様を表しているのだそうです。
手のひらで軽く右に回すと良いようです。 -
門の右側内部には「観音菩薩」の漆絵が描かれています。
写真はありませんが左側には「勢至菩薩」が描かれています。 -
天上は格子状になっています。
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門をくぐりながら「五重塔」を眺めます。
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ここからは、手前の「西重門」の後ろに、右手に五重塔、左手に金堂を一望することができます。
四天王寺の伽藍の姿がとても美しいです。 -
「五重塔」のアップです。
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「西大門」を過ぎて左側にあるのは「義経よろい掛けの松」だそうです。
そんな古い時代の松には見えませんが・・・。 -
「西大門」の右手には、真言宗の開祖「弘法大師」の修行像が祀られています。
像のまわりに敷きつめられた砂は、四国八十八ヶ所霊場の砂を集めたものだそうです。 -
写真はありませんが、「弘法大師」修行像の左隣には、 弘法大師をお祀りしている「大師堂」があります。
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「弘法大師」修行像です。
弘法大師は若き日、「西大門」で「日想観」を修行されたとされているそうです。 -
続いて伽藍に向かって右側(南方向)に進みます。
正面に見えてきたのは「阿弥陀堂」です。
その後ろには「あべのハルカス」が見えています。 -
「阿弥陀堂」は、浄土宗開祖の法然上人霊場の第6番札所となっていて、 阿弥陀三尊が祀られています。
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「阿弥陀堂」から見る「五重塔」と「金堂」です。
この位置から見る、廻廊越しの姿も美しいです。 -
「相輪」のアップ。
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屋根の細かな造作と彩色が美しいです。
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「阿弥陀堂」の左隣にあるのが「万灯院」です。
「万灯院」のお堂の前には、臼と沢山の木槌が置いてあります。
この小槌で臼を3度叩いてから体の病のあるところを3度叩くことを2回繰り返せば、病気の人は治り丈夫な人はますます健康になるのだそうです。 -
「西重門」に戻って、ここから伽藍内に入ります。
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「西重門」を入って直ぐ、正面に「金堂」と「五重塔」の全景が見えてきます。
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「西重門」を入って左方向(北側)の眺めです。
写真右が「金堂」で、左が「講堂」です。 -
「講堂」には、十一面観世音菩薩像と阿弥陀如来座像が安置されています。
建物は昭和36年(1961年)に再建されたものだそうです。 -
「金堂」です。
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「西重門」を入って右方向(南側)の眺めです。
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「五重塔」は、昭和34年(1959年)に再建されたものです。
この見事な塔が、鉄筋コンクリート造りといから驚きです。とてもそうには思えない美しさです。
高さが37mあり、各屋根が緩やかに傾斜している優雅でしなやかな姿が印象的です。 -
「五重塔」の右側(南側)に見えるのが「中門(仁王門)」です。
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伽藍内から見る「西重門」です。
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西側から南側の「廻廊」です。
「廻廊」は「中門」の左右から出て「講堂」の左右までを結んでいます。
柱は法隆寺廻廊の柱と同じくエンタシス様式というそうです。 -
正面(五重塔側)から見た「金堂」です。
本尊である救世観音菩薩を安置し、周囲に四天王が配置されています。
建物は昭和36年(1961年)に再建されたものだそうです。 -
「五重塔」から見る「西重門」です。
奥には「西大門」が見えています。 -
「金堂」の前にある「転法輪石」です。
「四天王寺四石(しせき」(転法輪石、引導石、伊勢神宮遥拝石、熊野権現礼拝石)と呼ばれる霊石の一つだそうです。 -
東側から見た「金堂」です。
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東側から見た「五重塔」です。
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「東重門」です。
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東側から見た「中門(仁王門)」です。
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「東重門」の右横、東側の「廻廊」には沢山の灯篭が吊るされています。
揃った柱と灯篭で風情があります。 -
「東重門」から見る「太子殿」の奥殿です。
「太子殿」は聖徳太子をお祀りしています。
奥殿の前にある門には猫の彫刻があり、「猫の門」というそうです。 -
もう一度「金堂」を眺めてから、伽藍を出ます。
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これは「北引導鐘堂」です。
「講堂」の後ろ(北側)にあります。 -
「北引導鐘堂」の向かって右側にある「太鼓楼」です。
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「北引導鐘堂」と「太鼓楼」の間にある、この建物は「楽舎」というそうです。
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「六時堂」です。
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「六時堂」の前には「石舞台」があります。
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「石舞台」は、 江戸時代の文化5年(1808年)に再建されたもので日本の三舞台(四天王寺石舞台・住吉大社石舞台・厳島神社板舞)の一つに数えられ重要文化財に指定されているそうです。
聖徳太子の命日とされる4月22日(旧暦2月22日)に聖霊会舞楽がこの舞台で奉納されるのだそうです。 -
「石舞台」の下は、「亀ノ池」という名の池になっています。
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「六時堂(六時礼讃堂)」は、天台宗を起こした最澄が弘仁7年(816年)に四天王寺に居住したときに創建したといわれています。
現存の建物は、江戸時代初期の元和9年(1623年)に再建されたもので重要文化財に指定されています。 -
扁額には「六時礼讃堂」と書かれています。
六時礼讃とは、浄土教の法要の一つで、一日を六分割し、その六分割の時刻が到来ごとに読経・礼拝・念仏を行うことのようです。 -
「和宗宗務所」です。
関係者以外立ち入り禁止です。
「四天王寺」の宗派は、「和宗」というそうです。
創建当時には宗派という概念自体がなかったのですが、その後、最澄の天台宗では聖徳太子と同じ法華経を重要視していたことや、最澄が聖徳太子を誰よりも師と崇拝していたこともあって、四天王寺は徐々に天台宗との関係を深くしていき、天台宗に属するようになりました。
1946年(昭和21年)に、建立当初の基本に戻るべく、どの宗派の方でも四天王寺をご参詣いただける様にと願いを込めて天台宗から独立し、十七條憲法の第一條「和を以って貴しとなす」の「和」をいただいて1949年(昭和24年)「和宗」となったのだそうです。 -
本坊庭園「極楽浄土の庭」を拝観します。
拝観料金は、大人300円です。 -
正面が「客殿」で、左に進むと庭園入口があります。
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正面に「五智光院」が見えます。
文治三年(1187)後白河法皇が四天王寺で灌頂を受ける為に灌頂堂として建立されたお堂です。現在の堂は、元和九年(1623)徳川秀忠の再建です。本尊は五智如来で、堂内には徳川幕府により祀られた将軍の位牌を安置しています。
*Wikipediaより -
「五智光院」の向かって右側、ここが庭園入口です。
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客殿の渡り廊下をくぐって進みます。
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「極楽浄土の庭」に到着。
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庭園の案内板です。
自然のわき水を利用した2つの小川「水の河」と「火の河」および2つの池「瑠璃光の池」と「極楽の池」を配し白砂の廻遊路を「白道」という広さ1万m?の池泉廻遊式庭園である「極楽浄土の庭」と、幾度の戦災を免れて現在に至る湯屋方丈(江戸時代初期建立、国の重要文化財)、そしてその前庭である座視式庭園「補陀落の庭」からなる。 造園の着工は江戸時代初頭とされ、現在の庭は明治時代初期に、火災による焼失から復興されたものである。このときに「二河白道」の喩話に基づいた作庭がなされた。
「極楽の池」の畔に建つルネッサンス様式の西洋建築「八角亭」は第五回内国勧業博覧会(明治36年・1903年開催)で出品された現存唯一のパビリオンで、後年移建されたものである。
長らく特定日のみの公開であったが、平成15年(2003年)8月より通年の公開が行われるようになった。
*Wikipediaより -
順路に従って石橋を渡ります。
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左側に滝が見えてきました。
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この滝が「釈迦の滝」です。
滝の下の3つの石が「釈迦三尊石」です。 -
左右を川に挟まれた、この廻遊路のことを「白道」というそうです。
廻遊路の左側の川が「火の河」で、右側の川が「水の河」というそうです。
この庭園は、中国の僧侶である「善導」が「散善義」で説いた、「二河白道」のたとえ話を基に改修、造園されているそうです。
二河は「水の河(人生の順境にあるときの貪(むさぼること))」と「火の河(逆境にあるときの瞋(怒り恨むこと))」を指しています。
二河は生き地獄であり、二つの河に挟まれた「白道」を極楽浄土への道とたとえているのだそうです。 -
静寂な庭園です。
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「瑠璃光の池」です。
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「瑠璃光の池」の奥には「薬師の滝」があります。
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「瑠璃光の池」を過ぎると「臨地亭」があります。
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一輪の花が可憐に咲いています。
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「和松庵」です。
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「極楽の池」に来ました。
畔に「八角亭」が見えます。 -
松の枝が見事です。
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足元には水仙が咲いています。
写真の奥には「あべのハルカス」が見えています。 -
写真右側の3つの石が「阿弥陀三尊石」です。
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石橋を渡ります。
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石橋を渡った先は「一心大神」というようです。
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「極楽の池」を振り返って見ます。
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拝観順路の最後に重要文化財の「方丈」がありました。
これで「極楽浄土の庭」の拝観を終わり、周辺のお堂を巡ります。 -
「英霊堂」です。
元は、聖徳太子の1300年御遠忌を記念して鋳造した巨大な梵鐘を吊るための柱間3間四方の巨大な鐘楼だったそうです。
第二次世界大戦中の金属供出により梵鐘は取り外され鐘楼としての役目を終え、戦後、柱間に外壁が付加されて、戦没者を慰霊する英霊堂として使用されているのだそうです。 -
「六時堂」の裏(北側)にある「大黒堂」です。
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大黒天、毘沙門天、弁才天の顔を持つ「三面大黒天」が祀られています。
子孫繁栄・福徳智慧・商売繁盛などにご利益があるとされているそうです。 -
お堂に吊るされている赤い提灯には大黒天とニ本の大根が描かれています。
これは大根が大黒天の使者である鼠の好物だからとも、あるいは女性の足を意味しているのだとも伝えられているとのこと。
また、大根の白色には、無病息災の願いが込められているとも言われているそうです。 -
「元三大師堂」の入口です。
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これが「元三大師堂」です。
元三大師(がんざんだいし)は第18代天台座主で、叡山中興の祖といわれる高僧で、角大師(つのだいし)などと呼ばれて様々な伝説が伝わり、強い霊力を持った存在として厚い信仰を集めてきたのだそうです。
歴史を感じさせるお堂でした。 -
「大黒堂」の左隣にある「無縁塔」です。
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「南鐘堂」です。
二重屋根六角形の建物で、同じ鐘堂でも「北引導鐘堂」とは建築様式がずいぶん違います。 -
「中門」と「五重塔」です。
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正面から眺める「中門」です。
「中門」には、伽藍の守護神である金剛力士(仁王)を安置することから「仁王門」とも呼ばれているそうです。
四天王寺の伽藍の内、一番南にあるのがこの「中門」で、ここから北に向かって「五重塔」、「金堂」、「講堂」と一直線上に並んでいるのだそうです。また、廻廊が「中門」左右から「講堂」左右を結んでいます。
これは飛鳥時代の代表的な一塔一金堂の伽藍配置で、四天王寺式伽藍配置と呼ばれているそうです。
確かに「中門」屋根の中央に、後ろに立つ五重塔の相輪が見えています。 -
金剛力士(仁王)像です。
仁王像の重さは1体1トンあり、奈良東大寺の仁王像に次ぐ大きさだそうです。 -
右にあるのが那羅延(ならえん)金剛力士(阿像)です。
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左にあるのが密迹(みっしゃく)金剛力士(吽形)です。
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「仁王門」から「五重塔」を眺めます。
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「南大門」です。
ここから外に出て、「庚申堂」に向かいます。
「庚申堂」は四天王寺の南側の飛地にあります。 -
「南大門」の前には「熊野権現礼拝石」があります。
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これが「熊野権現礼拝石」です。
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礼拝石のいわれが書かれています。
「この標石は熊野権現の礼拝石といい、四天王寺四石(転法輪石、引導石、伊勢神宮遥拝石、熊野権現礼拝石)の一つである。平安・鎌倉時代に盛んであった熊野詣りの道筋は、京都の宇治から大阪の天満まで淀川を船で下り、天満から四天王寺、住吉大社、和歌山の田辺を通るもので熊野街道と呼ばれた。四天王寺の西門信仰と同じく、熊野三山が極楽往生を願う浄土信仰の聖地として篤く信仰されたことから、人々はまず当山を詣でた後、ここで熊野の方向に礼拝し、熊野までの道中安全を祈ったといわれる。」ということらしいです。 -
門を出て、お寺の外から眺める「南大門」です。
他の門を見た後では貧弱に見えてしまいますが、造りがしっかりしていて立派な門だと思います。 -
門から少し離れた場所に、西門にもあった四天王寺を表示した石柱が建っています。
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四天王寺のご朱印をいただきました。
-
こちらは新天皇ご即位の特別バージョンです。
めったにない機会ですのですので、いただきました。 -
「庚申堂」の正面入口です。
「南大門」から歩いて5分位の場所にあります。 -
「庚申堂」です。
-
「庚申堂」入口です。
本尊は青面金剛童子(秘仏)です。
大宝元年(701年)正月七日庚申の日、豪範僧都が疫病に苦しむ多くの人々を救わんと一心に天に祈ったところ、帝釈天のお使いとして童子が出現し、除災無病の霊験を示され、以降1300年、庚申の日及びその前日(宵庚申)に本尊に祈れば、必ず願いが叶うと尊崇されているのだそうです。 -
「庚申堂」のご朱印です。
年配の女性の方で達筆でした。 -
天王寺駅に戻る途中、遠くに通天閣が見えました。
今回の旅では行くことが出来ませんが、いつかは上ってみたいものです。 -
天王寺駅に到着。
ホテルに戻り、結婚式に参列します。
最後までご覧いただきありがとうございました。
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