2019/05/31 - 2019/05/31
311位(同エリア402件中)
いいちゃんさん
- いいちゃんさんTOP
- 旅行記248冊
- クチコミ0件
- Q&A回答0件
- 173,618アクセス
- フォロワー9人
2019年、春のバルカン半島7か国+1か国10日間の旅、第七日目はクロアチアからボスニア・ヘルツェゴビナに移動します。
モスタルからサラエボへ回り、ここで宿泊となります。
【旅程】
5月25日(土)・26日(日) 成田~ドーハ~スコピエ (泊)
5月27日(月) スコピエ~オフリド~ティラナ (泊)
5月28日(火) ティラナ~クルヤ~プリズレン (泊)
5月29日(水) プリズレン~ペヤ~ポドゴリツァ (泊)
5月30日(木) ボドゴリツア~コトル~ドブロヴニク (泊)
5月31日(金) ドブロヴニク~モスタル~サラエボ (泊) ●
6月1日(土) サラエボ~ベオグラード (泊)
6月2日(日) ・3日(月) ベオグラード~ドーハ~成田
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
ホテルは山の斜面に建っているので見晴らしがよく、眼下にドブロヴニクの港が見えます。
クルーズ船はこの港に入り、バスなどで旧市街に向かいます。 -
朝食です。
このツァーでは定番?となった目玉焼きもあります。 -
7時50分、ボスニア・ヘルツェゴビナへ向けて出発します。
予定より20分遅れです。
ほんのわずかな遅れですが、これが何かの予兆となるのでしょうか? -
クルーズ船が入って来ました。
-
こちらの港に入ります。
ホテル・ラマダは左の斜面にあります。 -
MSCの大型クルーズ船です。
クルーズ船は、朝港に入り、午後から夕刻にかけで出港し、次の寄港地に向かいます。 -
アドリア海に浮かぶ小島
-
青い海と木々の緑が奇麗でした。
-
石灰岩地帯なので、石灰石を運搬するベルコンでしょうか?
-
浮島が見えます。
-
9時15分、クロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナとの国境に来ました。
通過してボスニア・ヘルツェゴビナに入ります。 -
9時20分、ボスニア・ヘルツェゴビナのネウムで一旦休憩します。
-
地下にあるスーパーマーケットです。
クロアチア、特にドブロヴニクの物価は高いので、ここで買い物をする観光客が多いそうです。
但し、当ツァーの人によるとコソボのプリズレンでのスーパーマーケットの方が同じものが安く買えたと言っていました。
30分のショッピングタイムがありました。 -
港町ネウム、大きな港ではありません。
-
10時、国境の検問所に来ました。
クロアチアに戻ります。 -
再び、クロアチアです。
天気が良く、眺めも最高です。 -
海岸戦を離れ内陸部へと向かいます。
-
10時55分、クロアチアの国境検問所です。
バスが並んでいて通過に時間がかかりました。 -
トランクを開けて調べられています。
かなり入念に調べられていました。 -
ボスニア・ヘルツェゴビナの国境検問所です。
こちらは、クロアチアの検問所より多くのバスが通過待ちをしていました。
ネウムの休憩からかなり時間が経ってしまい困った人も出ました。
困った人のみ検問所のトイレを借りることが出きて一件落着でした。 -
13時、ようやっと通過です。
クロアチアの検問所と合わせて通過に2時間を要しました。
出発が20分遅れなかったら? -
13時15分、国境を過ぎてとりあえず休憩です。
-
この山並みを越えてきました。
六番目の国、ボスニア・ヘルツェゴビナです。
面積5.1万平方キロメートル、人口353万人の国です。山形・宮城より北の東北5県の総面積が5.3万平方キロメートルですのでほぼ同じ広さです。
住民はボシュニャク人が48%、クロアチア人が14%、セルビア人が37%などで、宗教はそれぞれイスラム教、ローマ・カトリック、正教です。
ユーゴスラビアからの独立時、独立の可否や国のあり方をめぐってボシュニャク人、クロアチア人、セルビア人がそれぞれ民族ごとに分かれてボスニア・ヘルツェゴビナ紛争を1992年から1995年にかけて戦いました。 -
ブドウ畑が広がっていました。
-
14時15分、モスタルに到着です。
聖ペーター教会
駐車場の脇にあるカトリック系のこの教会は、紛争中に破壊され、2000年に再建されました。
塔の高さは、モスタルの街のどこからも眺めることができるように、100mもあります。 -
聖ペーター教会わきの駐車場はネレトヴァ川の東側にあり、歩いてスタリ・モストを目指します。
途中、ファサードだけを残した建物に遭遇します。 -
スタリ・モストへの入口です。
-
狭い道の両側に土産物屋さんが並びます。
-
スタリ・モストの東側の監視塔ヘレヘヤ塔が見えてきます。
-
ネレトヴァ川にかかるスタリ・モスト
スタリ・モスト(古い橋)はオスマントルコの時代、16世紀に造られた橋です。
紛争の際、クロアチア系の民兵により破壊されましたが、現在ある橋はその後再建されたものです。
「モスタル旧市街の古い橋の地区」としてユネスコの世界遺産に登録されています。 -
橋の幅は4.5m、長さが30m、川面からは24mあります。
正面は西の監視塔タラ塔です。 -
橋の途中から見る1618年に建てられたコスキ・メフメット・パシナ・モスク
スタリ・モストを見るビューポイントして有名です。 -
中央の裸の青年は、お金を取って橋から飛び込んで見せるのですが、ここにいる間に見ることが出来ませんでした。
-
橋の東側から西側へ渡ってきました。
-
西側にやってきました。
土産物屋さんの前に大きな犬が寝そべっています。 -
西側も細い路地の脇に多くの土産物さんが並んでいます。
-
今日の昼食はスタリ・モストを見上げる川辺のレストランでいただきます。
-
14時50分、遅い昼食です。
前菜のサラダとメインのマスのグリル -
ビールは初めてジョッキで出てきました。
値段は控えがありませんが、ユーロでの支払いです。 -
デザートも可愛らしいのが付いてきました。
-
西側の町の奥へと行ってみました。
ここでもテーブルクロスを売っていましたが、アルバニアのクルヤの方が質も良く安いと思います。 -
1557年に建てられたカラジョズ・ベゴヴァ・モスクまで行って戻りました。
ネレトヴァ川を挟んで西側はボシュニャク人が居住しているのでモスクがあります。
反対の東側はクロアチア人の居住地域なのでカトリックの聖ペーター教会があります。
教会の塔が異様に高いのもこんなところに理由があるのかもしれません。 -
16時10分、モスタルからサラエボへ。
山の中を走ります。
水面を見るとダム湖のように思えます。 -
17時05分、ヤブラニツァのレストランで途中休憩です。
-
展望台がありました。
第2次世界大戦中の1943年、チトー率いるパルチザンとドイツ軍が戦闘を交えた「ネレトバの戦い」の舞台の一つです。
ネレトヴァ川を背後にした谷間に押し込められ進退窮まっていたパルチザンは、川に架かる唯一の橋を自ら爆破し敵を欺くというチトーの巧みな計略により、圧倒的多数の枢軸軍を出しぬいて壊滅を免れ、最終的な勝利への道を開いたといわれます。
その橋があったところだそうです。
その爆破された橋があった個所を見下ろす場所にある展望台です。 -
虹が出ました。
-
サラエボの町に入ります。
-
18時55分、サラエボに到着です。
バスを降りて現地ガイドさんの案内で、徒歩での観光です。
路面電車が走ります。
ラッピング電車です。 -
違う塗装の路面電車です。
-
サラエボ市庁舎
市庁舎はミリャツカ川沿いにあります。 -
ラテン橋に向かいます。
路面電車がひっきりなしに行き交います。 -
ラテン橋は、かつて木造だった橋は水害によって破壊され、現在の石橋は1798年に再建されたものです。
1914年、この橋の北で、オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子フランツ・フェルディナント大公夫妻大公夫妻が暗殺されるというサラエボ事件があり、第一次世界大戦のきっかけとなりました。 -
ラテン橋から旧市街に向かいます。
-
旧市街を歩きます。
-
ガジ・フスレヴ=ベグ・バザールは、1542年から1543年にかけて建設された屋根で覆われた市場です。
-
長さ109メートルにわたって、50を超える店舗が立ち並んでいます。
-
バザールの脇にあるタシュリハンという、オスマントルコ時代に作られた隊商宿です。
今は壁など一部が残るのみです。 -
旧市街を先に進みます。
-
1本向こうの通り(フェルハディヤ通り)にカトリックの大聖堂が見えました。
-
生神女誕生大聖堂
セルビア正教会の大聖堂です。
1863年から1868年にかけて建造され、聖堂は3つのバシリカと、十字架を備えた5つのドームを有しています。 -
サラエボの中心街にある歩行者天国フェルハディヤ通り。
-
イエスの聖心大聖堂
1884年から1889年にかけて建築されたネオ・ゴシック様式の建築です。
ボスニア・ヘルツェゴビナで最大のカトリックの大聖堂です
る。 -
バザールが見えてきました。
フェルハディヤ通り側の入口です。 -
まだ、フェルハディヤ通り
ガジ・フスレヴ=ベグ・モスクのミナレットが見えます。 -
ガジ・フスレヴ=ベグ・モスク1531年に建てられたモスクです。
-
モスクの前で飲み物と一口ほどの食べ物が用意されています。
今はラマダンで、時間も日没が過ぎたので信者に振舞われます。 -
通りはサラツィ通りと名を変えてバシュチャルシヤへ向かいます。
-
バシュチャルシヤは、サラエボの旧市街のメイン・ストリートで、16世紀にアラブのスークをモデルに建造された商業地区です。
1551建てられたドーム状の屋根がついたブルサ・バザール
ここでは、トルコのブルサから持ち込まれた絹製品が売られていました。 -
1891年に建てられ、サラエボの代表的なシンボルとなっているセビリは独特の形状をした水汲み場で、バシュチャルシヤの中央に位置しています。
-
水がちゃんと出ます。
-
金属細工の店が並ぶカザンズィリュク通り
大きな水差しが見られます。 -
20時、バシュチャルシヤのレストランで夕食です。
-
店内はウナギの寝床です。
-
前菜はスープ
-
メインはボスニア料理の棒状のハンバーグ「チェヴァプチチ」
ピタパンと生の玉ねぎが付きます。 -
デザート
-
21時30分、宿泊は空港傍のハリウッドです。
★★★★です。 -
ロビー
ボーリング場などもあってレジャーランドのようなホテルです。 -
室内はいたってシンプルですが広々としています。
-
ジェットバスが付いたバスタブがありました。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
サラエヴォ(ボスニア・ヘルツェゴビナ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
サラエヴォ(ボスニア・ヘルツェゴビナ) の人気ホテル
ボスニア・ヘルツェゴビナで使うWi-Fiはレンタルしましたか?
フォートラベル GLOBAL WiFiなら
ボスニア・ヘルツェゴビナ最安
766円/日~
- 空港で受取・返却可能
- お得なポイントがたまる
0
80