1995/12/13 - 1995/12/20
15669位(同エリア20609件中)
milouchatさん
- milouchatさんTOP
- 旅行記182冊
- クチコミ11件
- Q&A回答133件
- 121,661アクセス
- フォロワー9人
離婚したのは銀婚式も過ぎた熟年だったが
(マトモではない関係なので) 別れて1ヶ月ほどで
気分転換に長期旅行でもしたら?
と元パートナーを誘惑する。
彼女はツアーでは何度か1人でヨーロッパに行ったが
個人旅行をしたことはない。
そこで (すぐ辞めるが、まだ僕は会社員だったので)
最初の1週間のみ同行し個人旅行のノウハウを
色々教え、彼女は残って1か月香港に滞在…
言葉の問題もあり香港か台湾が選択肢だったが
(僕が) 台湾には行ったことがなかったので香港に決定。
写真は関西空港旅客サービス施設使用料、
俗に言う空港税のチケット。
現在は航空券に含まれているので、何も気にせず
搭乗券があれば直接出国ゲートに入れるが
一時期は施設使用料として空港の自販機で買う形だった。
磁気カード式なので乗り物の改札のようなゲートが
あったはず (全然覚えてないが…) 。
でも施設使用料って、非常に高いし何か理不尽…
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
飛行機は当時一番安かった Air India
AI315、KIX 17:30 発。
(ここにも自動改札を通せとあるから
自分で改札を通ったのか…)
禁煙席になっているが、まだ喫煙席があった時代。
最初は当然 全席喫煙可、その後 (あまり意味ないが)
前半分が禁煙、後が喫煙可。 そしてついに…
喫煙席は最後尾数列のみに。 といっても
座席数が少ないから吸うときは最後部の通路で
立ったまま乗務員と一緒に? -
宿はバックパッカーに評判の良かったゲストハウス、
銅鐸湾の高富旅館 (Noble Hostel) 。
97年に泊まったときは 17階だったが、
上のカードでは7階になっている。
実は下のカード裏面で分かるように高富旅館は
5カ所に部屋を持っている。僕は1カ所しか知らないが
彼女は何回か宿を替わったらしい。
この地図では大丸と同じ建物だったようだ…
見ての通り MTR も Airbus も同じ一角で非常に便利。
(斜め向かいに松坂屋もあるね。銅鐸湾には、
ほかにも日本の百貨店がたくさんあった。
昔は僕も立ち読みしに百貨店の本屋によく行ったな…)
さらに向かいには翡翠、明珠と2つの戯院 (映画館) がある好立地 -
と思いきや、こんなものが出てきた。
尖沙咀の New Astor Hotel 604号室に
12月13日から 2泊していた !!
この日付で香港にいたのは 95年しかない。
つまり、当時は個人でホテルを予約するのは
一般的ではなく (国際電話しかない)、
直接 高富旅館に行って泊まれなかったら困るので
最初の2泊だけ旅行社にホテルを頼み、
高富が取れなくても探す時間が3日あるから
安心ということだったからだろう…
現在ホテルは存在しないが、現在 K11がある場所のようだ -
それはともかく
これは彼女が泊まった領収書の一部。 上は 22日1泊分 240ドルだが
下は 23-27日 5泊分で2000ドル、1泊 400ドルになっている。
つまり高い部屋に移ったようだが、当時のレートは 13.58なので
1泊 5400円ほど。 ゲストハウスにしては高いが
ゲストハウスと言っても個室で、
とにかく女性でも安心して泊まれる
清潔な宿なので高過ぎはしない。
そして何より…
下の領収書が日本語で書いてあるように御主人は
かなり日本語が話せる。彼女は日本語しか話せないので、
これはかなりのポイントアップ。
でもまあ、それでも1か月も1人で香港にいて、
離島やマカオにも行ったと言うし、当然ながら何とかなるもんだ…
ちなみに上の領収書は中国語でサインは Pam になっている。
つまり日本語はできない奥さんの書いたものだろう -
その彼女が1人でマカオに行った時のチケットだが
僕と違い早起きなので朝7時半のフェリーに乗っている。
同じ遠東噴射船だが、やはり帰りのほうが
25ドル (350円ほど) 高い -
さて、いつ どこに行ったかなどの記録や記憶はないが
基本的に香港島中心。 と言うことで、まずはいつもの
僕が好きな銅鐸湾、怡和街の円形歩道橋から。
糖街あたりからの南方向だが
右のビルや、その向こうのビルはそのままだが
左奥の白いビルなどは変わったような…
(SVでは確認できない)
しかし歩道橋の隙間から見える質屋 (押の看板) は
変わっていないようだ…
2階建てトラムに乗って中環方面に向かいます -
当時は銅鐸湾・湾仔が根城だったので
トラムも嫌と言うほど乗っている。
オクトパスなんてない時代だから
当然現金だが、とにかく安いから
時間に追われていなければ最高の移動手段。
トラムは これでもか、というほど短い間隔で走る。
左側には 5台ぐらい連なっている -
だから1メートルぐらいの間隔で
後ろから来るトラムの運転席もはっきり見える。
つまり この時は前ではなく最後尾に座っていた -
本当にトラムすれすれに看板が張り出している
-
バスも現在のものとデザインが違う。
今はない CMB (中華巴士) ですね。
でも香港島では急ぐときは MTR に乗るし
あまりバスに乗った記憶がない -
298 と言っても肉のレストランじゃない。
湾仔の軒尼詩道にある 298電脳特區と言う
割と有名な PC関係の店が集まった雑居ビル、
番地が 298 なだけです。
現在は知らないが、このあたりには
安い DVD の店などオタク向けの店が多かった -
これも (真ん中の右) 香港らしい建物、
298 の向かい、史釗域道との
交差点にあるゴチャゴチャしたビル。
現在も同じだが角のビルの
4階ぐらいから上がピンク (?) 色に -
左にさっきのビルが見えている。
当時は張り出し看板が たくさんあったが
現在はほとんど消えている… -
この湾仔道と合流 (?) する角のビルも面白い。
上の丸いヒサシの色が 2009年のSVでは黄色、
2011年は青、現在は黒になっている。
今回SVを見て気づいたが、このビルは
2008年の旅行記に載せた古い古い
London Itman Centre だった -
と言うわけで再掲になるが
2008年の London Itman Centre 全景 -
ヒサシの上の安心保、じゃなく保心安の看板。
(タイガーバームのような軟膏で有名)
次の、帰りの夜景にも写っていた -
2008年の写真で分かるように
線路が左にカーブしているので…
まるでビルが線路上に立っているかのよう -
さてクリスマス直前なのでサンタさんが見える。
場所は中環 (金鐘) のシンボルで、
"風水戦争" の主役だった中国銀行タワー正面です。
バスが走る 花園道に平行する歩道橋から南西 (山側) 方面。
ただ…現在右隣にある長江集団中心の大きなビルがない。
調べると 1999年完成なので納得。
そのうち同じ場所から撮ってみよう -
ついでに、別のサンタさんも出演
-
中国銀行タワーの左は
奇抜なデザインの力寶中心 -
力寶中心は1つに見えるが、
実は2つの双子ビルが繋がっている -
少し先の左手に見えるのは香港終審法院
-
その向かいには狛犬みたいに2つの獅子の石像がある。
中国銀行香港の旧本店です。 住所が銀行街1番地であるように、
1917年に中国の銀行として初めて香港に開かれた支店で
まだ高層ビルではないが風格があります。
(現在は中国との直接の関係はない) -
ちょっと脱線して獅子つながりで、
香港に行く人なら誰でも知っているだろうが
日本と違い紙幣発行銀行が3つもあるので
同じ額面でもデザインが違う。
(紙幣なので一応モノクロに)
手持ちを調べると現行 20ドル札が 4種類あった。
左の2枚は本社ビルの前に獅子ではなく (?)
ライオンがいる香港上海銀行 (上は1つ前のデザイン)。
右上は、さすがの中国銀行タワーをデザインに。
右下は架空の魚のスタンダード・チャータード銀行。
4つに共通しているのは端の紙幣番号が
上から下に活字が大きくなっていること。
ちなみ 10ドル紙幣だけは、なぜか銀行ではなく
香港特別行政区政府の発行なので1種類 -
裏面のデザインも面白い。
香港上海銀行の上はピークタワーとピークトラム。
下は中秋節の遊ぶ子供たち。
右上の中国銀行はレパルスベイだが
敢えて (?) 穴あきビルは外しザ・リリーがある。
そしてスタンダード・チャータードは
7つ玉の古いそろばん -
さて、さらに西に進んで徳輔道西の朝光街という
香港らしくない (?) 美しい名前の角から東方面。
永益建築材料という看板が見える。
検索すると徳輔道西294號に現存するようだが看板はない。
そして右隣に空間があるが、現在は白いビルが建っている。
さらに奥に見えるビルは… -
正面から見ると、いかにも香港らしい集合住宅。
ただし前の赤い部分は現在と違う -
さらに西に行くと、海側を拡張するための
毎度の大々的な工事現場 -
右のビルは香港商業中心。
工事中の場所は市場になり貨物用の埠頭がある。
当時の高架道路は見える 1つだけだが
現在は縦方向 (東西) にも2本走っている。
それにしても、相変わらず工事現場と
道路の間に柵すらない。
子供が遊びに入ったら、どうする?
(さすがに最近の工事現場では柵や塀の仕切りがある) -
しかし山側はあまり変化がなく
香港商業中心の奥のビルや右側のビルも健在 -
竹組みの設置工事中。
ちゃんとゴム (?) 手袋をしていますね。
感心感心 (ヘルメットはなくて当然??) -
次は西營盤、徳輔道西の忠正街あたりから湾仔方面。
左の太和佛具神樓や、その手前の
十方縁佛具商行は現存。 突き当たりに上が三角の
湾仔、中環廣場ビルが見えている -
中環干諾道中1號にあった Hotel Furama Kempinski
(富麗華酒店)、2001年に消滅している -
帰りに蘭桂坊にも案内します
-
噂通り (?) 西洋人だらけ。
もちろん店内ではなく路上で飲んでいます -
荷李活影視會 (Hollywood Video Club) の看板が。
ビデオレンタルの店です。
検索すると、荷李活影視會自体は今もあるようで
荃灣、大埔、沙田の 3店が、多分 系列店だったんでしょう -
当然 ヒルサイド・エスカレーターにも乗ります。
今もどこかに掲示しているかもしれないが、
停留所のように (途中で降りる) 目安になる
道路などが書かれている -
大大ヒットした『恋する惑星』の日本公開は
1995年 7月15日なので、多分すでに見ていたから来たはず。
これで見ると、今より外が よく見えるようです -
こんな感じで
映画のように通りの部屋の中も見える -
Tycoon Court (麗豪閣) という文字が見える。
検索すると 中半山干徳道8號に現存、
つまり夜なのに (?) エスカレーター終点まで登っていた。
記憶にはないが当然帰りはバスだったのだろう。
(日本も含め、原則タクシーは使わない)
ちなみに建物は現在 築25年で
1000万から 3600万HKD、お買い得だそうです -
当然 帰りもトラムです
-
金都餐應 は灣仔莊士頓道 78號にあったが
現在はマクドナルド、Under Armour に
なっている -
同じく莊士敦道 137-139 の海皇粥店も
現存するが張り出し看板が縦に替わっている -
その並びすぐ Telecom CSL Mobile Centre は
消えたが、その奥の時計店 馮良記表行 は現存。
1943年創業の老舗らしい -
もちろんスター・フェリーで半島側にも渡ります。
中環の尖沙咀行きの乗り場。
ただし、どんどん埋め立てて広くなる (?) 香港、
当然乗り場も現在の7番埠頭ではない。
(右端に見える一番高いビルは湾仔の中環廣場中心、
つまり当然見えるはずの香港會議展覽中心も
まだ存在しない) -
これは 1995年の地図だが
スター・フェリーの乗り場は7番埠頭ではなく
右下の引っ込んだ★印の場所にあり、
1~7番までの埠頭の下は工事中で
Work In Progress や Reclamation In Progress
と表示されている -
それが現在に近い 2011年の地図では
スター・フェリーは出世して (?)
真ん中あたりにある7番埠頭に★印がある。
そして工事中だった場所には
機場快速の香港駅や IFC モールなどが出来ている。
(もちろん新空港は返還後の 98年から)
昔のスターフェリー乗り場あたりは大幅に埋め立てられ
香港島はさらに広くなった (?)。
大地震はないが、IFCが埋め立て地の上とは…
ちょっと怖いね…
ちなみに地図では8番埠頭が紅磡行きだが
2011年3月で廃止に、また現在は 10番埠頭まである -
半島側に渡ります。
Motorola のビルは
尖沙咀スター・フェリー横の星光行、
その右はペニンシュラ・ホテルのタワーですね -
半島側のフェリー乗り場は今と同じだが
右端の鉄道駅、九龍車站と書いてある。
そう『ラヴソング』の冒頭、2人が到着する九龍駅は、
現在の紅磡駅です。
ちなみに現在の AEL九龍駅は地図で九龍公園の左上、
まだ埋め立て前の海の上、つまり AEL の
九龍駅、香港駅とも埋め立て地に造られた… -
●参考までに 82年に撮った
九龍車站 (現在の紅磡駅) です。
大混雑の九廣鐵路で国境近くまで行った時のもの -
尖沙咀のクルーズ船用 (?) ターミナル
-
かなり現在と違うので
正確なポイントは分からないが
まあフェリー・ターミナルの港威大道でしょう -
今度はスター-フェリーからの湾仔方面。
一番高いビルは、もちろん中環廣場で
まわりの建物も大体同じだが…
ちょうど船の向こうあたりにあるはずの特徴的な
香港會議展覽中心の姿はない。
返還の1年半前だから工事中でしょう… -
真ん中に見える香港商業中心の左右のビルは
現存するが、その両サイドには、さらに高いビルが
出来ている -
これです!!
わかりにくいが真ん中の看板に
"ぢ" という大きな文字が1つ。
スター・フェリーで香港島に近づくと
夜でもよく見えたヒサヤ大黒堂の広告。
恐らく日本人にしか意味は分からないだろうが…
ビルはフェリー・ターミナル3番埠頭あたりの後ろで
干諾道中 60號に現存し New York House と表示がある。
左右のビルも現存し左は中国農業銀行。
ただし工事中だった場所にIFCを筆頭に高いビルが増え、
すぐ前にはフォーシーズンズ・ホテルが建っているので、
仮にネオンが残っていてもフェリーからは見えない -
尾籠つながりで (?) どこかのトイレ。
右の写真 (?) は何の意味?
新聞が貼ってあったり、変なトイレ -
今度は夜の半島側。
彌敦道の堪富利士道との交差点あたりから
南方向。 右の鴻星海鮮酒家やその向こうの英皇珠寶、
左奥の FANDA などは今も存在する -
もちろん尖沙咀や油麻地、旺角の
有名どころは案内したはず。
祥龍茶餐應 という看板が見えるが
検索してもヒットしないので消えたのだろう。
雰囲気的には女人街あたりじゃないか… と思われる。
右の緑の特徴的なネオン、通菜街 61Aの
恭和堂亀苓膏の看板に似ている
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
香港(香港) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 1995年 香港
0
58