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広島のメイン 厳島神社から姫路城へそして帰途。<br />朝、一番に 厳島神社へ向かいました。<br />私達が乗ったフェリーは行きも帰りもはガラガラでしたが、帰るときに出港したフェリーは 団体客で超満員でした。<br /><br />平清盛によって寝殿造り様式を取り入れ現存の規模に造営された<br /><br />厳島神社の創建は推古元年(593年)、その後、仁安3年(1168年)、平清盛によって寝殿造り様式(平安時代貴族の邸宅建築様式)を取り入れ現存の規模に造営された。 <br />厳島神社の背後にそびえる弥山は神体山であるため、手つかずの原始林が残っている。山頂付近には弘法大師が開いたという弥山本堂(求聞持塔)、霊火堂などが建立されている。<br /><br />神をいつきまつる島<br /><br />社殿が海にせり出すように築かれたのは、「神をいつきまつる島」として崇められていた神聖な土地に建てるのを避けたためだと伝えられている。<br /> 鎌倉時代からは宮島全体が神社地として保護され、農耕が禁じられてきたことから、当時のままの姿で保存されてきた。<br /><br /><br />姫路城 平成の修理が終わって時が経ちますが 見ようと思い立ち寄りました。<br /><br />姫路城のはじまりは、さらに昔の貞和2(1346)年、南北朝時代の武将である赤松貞範が姫山と呼ばれていたこの姫路の地に築いたものとされています。しかし当時は城といっても砦のような小規模なもので、後に戦国時代の武将、黒田重隆が城郭として拡張。さらにその後、あの豊臣秀吉となる羽柴秀吉など、さまざまな武将や大名によって治められ、建て替えや拡張が行われてきました。<br /><br />今の形を築いた池田氏の後も、城主を変えながら明治時代になるまでお城として活躍。赤松氏のころから数えると実に670年以上の歴史あるお城ということになります。<br /><br />さて、さきほどさらりとご紹介した戦国時代の武将、黒田重隆。<br />歴史通の方はこの名前だけでピンとくるかもしれませんが、実はこの人「軍師官兵衛」として有名な豊臣秀吉の家臣、黒田官兵衛の祖父。<br /><br />秀吉の命により官兵衛が築いたとされる「官兵衛ゆかりの石垣」<br /><br />現在でも大河ドラマの題材となるなど、日本の歴史上の人物として人気の高い黒田官兵衛。<br />ご存知の方も多いと思いますが、官兵衛はこの姫路城で生まれたとされているほか、毛利攻めに向かう秀吉に姫路城を献上した張本人。<br /><br />たとえば、お城を囲う東面のこの石垣は、秀吉が居城している時代、秀吉の命により官兵衛が築いたものなんだとか。姫路城は「黒田官兵衛ゆかりの城」としても、官兵衛ファンならぜひ押さえておきたいスポットなんです。<br /><br />ほかにも徳川家康の孫娘であり、戦国一の美女といわれるお市の方の孫として知られる千姫が暮らした城としても有名な姫路城。日本の歴史の舞台として、さまざまなドラマを紡いできた姫路城は、歴史に思いを馳せるにはピッタリの場所です。<br /><br />写真ばかりになりました。

厳島神社から姫路城へ

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2019/06/17 - 2019/06/17

298位(同エリア1975件中)

旅行記グループ 厳島神社 道後温泉 2019.6

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この旅行記のスケジュール

2019/06/17

広島のメイン 厳島神社から姫路城へそして帰途。
朝、一番に 厳島神社へ向かいました。
私達が乗ったフェリーは行きも帰りもはガラガラでしたが、帰るときに出港したフェリーは 団体客で超満員でした。

平清盛によって寝殿造り様式を取り入れ現存の規模に造営された

厳島神社の創建は推古元年(593年)、その後、仁安3年(1168年)、平清盛によって寝殿造り様式(平安時代貴族の邸宅建築様式)を取り入れ現存の規模に造営された。
厳島神社の背後にそびえる弥山は神体山であるため、手つかずの原始林が残っている。山頂付近には弘法大師が開いたという弥山本堂(求聞持塔)、霊火堂などが建立されている。

神をいつきまつる島

社殿が海にせり出すように築かれたのは、「神をいつきまつる島」として崇められていた神聖な土地に建てるのを避けたためだと伝えられている。
鎌倉時代からは宮島全体が神社地として保護され、農耕が禁じられてきたことから、当時のままの姿で保存されてきた。


姫路城 平成の修理が終わって時が経ちますが 見ようと思い立ち寄りました。

姫路城のはじまりは、さらに昔の貞和2(1346)年、南北朝時代の武将である赤松貞範が姫山と呼ばれていたこの姫路の地に築いたものとされています。しかし当時は城といっても砦のような小規模なもので、後に戦国時代の武将、黒田重隆が城郭として拡張。さらにその後、あの豊臣秀吉となる羽柴秀吉など、さまざまな武将や大名によって治められ、建て替えや拡張が行われてきました。

今の形を築いた池田氏の後も、城主を変えながら明治時代になるまでお城として活躍。赤松氏のころから数えると実に670年以上の歴史あるお城ということになります。

さて、さきほどさらりとご紹介した戦国時代の武将、黒田重隆。
歴史通の方はこの名前だけでピンとくるかもしれませんが、実はこの人「軍師官兵衛」として有名な豊臣秀吉の家臣、黒田官兵衛の祖父。

秀吉の命により官兵衛が築いたとされる「官兵衛ゆかりの石垣」

現在でも大河ドラマの題材となるなど、日本の歴史上の人物として人気の高い黒田官兵衛。
ご存知の方も多いと思いますが、官兵衛はこの姫路城で生まれたとされているほか、毛利攻めに向かう秀吉に姫路城を献上した張本人。

たとえば、お城を囲う東面のこの石垣は、秀吉が居城している時代、秀吉の命により官兵衛が築いたものなんだとか。姫路城は「黒田官兵衛ゆかりの城」としても、官兵衛ファンならぜひ押さえておきたいスポットなんです。

ほかにも徳川家康の孫娘であり、戦国一の美女といわれるお市の方の孫として知られる千姫が暮らした城としても有名な姫路城。日本の歴史の舞台として、さまざまなドラマを紡いできた姫路城は、歴史に思いを馳せるにはピッタリの場所です。

写真ばかりになりました。

同行者
家族旅行
交通手段
自家用車
利用旅行会社
個別手配
旅行の満足度
5.0
観光
5.0
グルメ
5.0

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