2019/05/02 - 2019/05/02
177位(同エリア850件中)
naoさん
京都府久世郡久御山町東一口(ひがしいもあらい)は、中央部に京滋バイパス久御山ジャンクションのある広大な田園地帯に位置する町です。
およそ京阪神地域のイメージとかけ離れたこの広大な田園地帯は、かつて伏見から宇治にかけて広がっていた「巨椋池」の干拓によって産み出されました。
東一口の位置する所は、元々「巨椋池」西畔に浮かぶ大きな島の様な自然堤防だったと言われ、後鳥羽上皇の時代に与えられた特権的な漁業権の恩恵で、「巨椋池」の七割余りを占有する中核的な漁業集落として存在していました。
昭和初期に行われた干拓事業で、宇治川から引いた水を干拓地内の農地へ流す用水路が造られ、その排水は全て東一口の排水路から宇治川に戻す方式が採られています。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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国道1号線に面する、東一口の東側の入口に立てられた玉田神社御旅所跡の石碑。
お祭りのときにはここまで神輿が来たんですかね・・・。 -
国道1号線から入った東一口の町並みです。
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少し小ぶりの久御山町の汚水桝の蓋。
町の花「サツキ」とお茶目なカエルが描かれています。 -
まるで城塞の石垣を連想させる石積みです。
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大小の自然石を見事に組み合わせています。
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こちらは通常の汚水桝の蓋です。
基本的には先ほどの物と同様の図案が描かれています。 -
恵比須様が微笑みかけています。
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ベンガラ塗の名残が見える町家です。
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銅板葺の板塀をめぐらせた町家です。
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板塀の化粧幕板には、木目の美しい自然の虫食い板が使われています。
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ここにもベンガラ塗の名残が見られる町家がありました。
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道路をふさぐかのようにそびえる巨木。
東一口のシンボルツリーとしての風格が感じられます。 -
伝統様式を全て身にまとったかのような町家です。
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どこから見ても非の打ちどころがありません。
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写真では判りにくいかもしれませんが、右側の大きな庭石と、左側の自然の玉石積みの塀との取り合い部分に、スリットが開けられています。
これは、大きな庭石の挙動が玉石積みの塀に影響しないように考えられたものだと思われます。
建築屋として、興味深い方式に出会うことが出来ました。 -
2階建ての土蔵。
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東一口の町並みです。
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重厚な土蔵が連なる姿は、重連の蒸気機関車を彷彿とさせる雰囲気があります。
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東一口の町並みです。
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ひと際大きなお屋敷が現れました。
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こちらは、後鳥羽上皇から与えられた特権的な「巨椋池」の漁業権の総帥として、東一口の集落を取り仕切っていた旧山田家のお屋敷です。
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現在、その規模はかなり縮小されているようではあるものの、往時の格式高い姿は健在です。
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道路との結界。
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見越しの松が見事な町家です。
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単に斜めに傾いているだけのように見える木ですが・・・
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芯の部分が完全に腐って、幹の外皮だけで生きています。
凄まじい生命力を感じずにはいられません。 -
こちらの町家にも重連の土蔵が見られます。
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東一口の町並みです。
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主屋の厨子2階部分に虫籠窓が見えます。
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石燈籠の火口を透かして・・・。
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主屋まで石畳が続く町家です。
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東一口の町並みを見返したところです。
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厨子2階建ての町家が連なります。
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土壁の浅黄色と、ベンガラ塗りの朱色と、焼き杉板の黒色のハーモニーを奏でる町家です。
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背の低い厨子2階建ての町家です。
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煙出しの越屋根がある町家です。
この辺りが東一口の西端になります。 -
では、ここで引き返します。
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東一口の町並みです。
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旧山田のお屋敷辺りの道路は、宿場町などでよく見られる枡形状に曲がっています。
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きれいにお化粧されたお地蔵様。
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東一口のシンボルツリーをくぐって戻ります。
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