2019/05/15 - 2019/05/20
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tono202さん
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全州4日目、夜半からの雨にも負けず動き出します。
全州周辺で簡単にバスで行ける行楽地を探していると、バス路線79番の最終地に金山寺があります。
この寺は国宝の木造三層の本堂に、大きな弥勒立像が立っているといいます。
会いたくなったので、出かけることにします。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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5月中旬の土曜日、空は小雨模様。朝の8時前にゲストハウスから歩いてやって来たのは豊南門のロータリーのバス停です。ここには市外バス乗り場があり、南部市場で買い物を終えたおばさん達が荷物を提げて帰りのバスに乗るために集まってきます。
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ここから79番のバスに乗って終点の金山寺に御参りに行きます。
「金山寺にいくには、ここで待っていればいいのか?」とスマホで翻訳したハングルを見せて叔母さん達に示すと、大きく頷いてくれました。
そして、この表示板を示して後10分で来ると教えてくれます。
心強いアドバイスです。 -
バスは、南部市場の側を通って市街を抜けていきます。
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30分ほど走ると郊外に出て、田園が広がり始めます。
田圃には水が張られて、田植え準備が進む季節です。 -
南東方面の峠を越えると終点の金山寺の広い駐車場に到着。料金は230円。
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地図で確認すると母岳山道立公園の入口に「金山寺(クムサンサ)」は位置するようです。駐車場からは1,6㎞ 20分程度の道のりです。
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5分ほどで橋を渡ります。
雨模様ですが、はるかに聖山・母岳が見えてきました。
聖山に南面して寺社が建立されるのは道教・風水の教えで古代東アジアに共通する当時の「グローバル・スタンダード」のようです。 -
橋の向こうに料金所のようです。
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入場料は他の施設と同じ300円。
しかし、歩いて参拝している人たちはいません。
車が何台も側を通過していきます。 -
もともと寺院があった周辺が公園化されていて、歩いても苦痛にはなりません。
韓国の寺院は禅宗が伝わって以来、大部分が山の中に位置する伽藍になりました。
日本の山岳密教の寺院と同じように、境内に至るまでにいくつかの門が迎えてくれます。 -
境内や周辺の公園化整備に併せて近年に建立された門のようです。
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新緑の中に美しく立っています。
柱が横に一列に並んでいるでこれも一柱門でしょうか?
一柱門には「煩悩のために乱れた心を一つにして浄土に足を踏み入れる」という意味が込められているとかつて教わりました。
こころひとつにして入山です。 -
オオルリやキビタキの鳴き声が響く渓谷沿いの道を歩いてくると・・・
境内の入口に到着したようです。
一柱門の後は、金剛門、天王門、不二門、解脱門などが順番に迎えてくれるのがセオリーなのですが、さてここではどうでしょう。 -
金剛門の扁額が掲げられています。
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四体の極彩色の金剛達が二対ずつ並んで向けてくれます。
その向こうにもうひとつ門があります。
しかし、伽藍配置上から見ると、この門と次の門とが一直線には並んでいません。
主軸にズレがあるようです。 -
今度は天王門です。
ここには四天王が迎えてくれます。 -
日本の四天王さんとは、またちがう趣があります。
こんな違いを感じるのが海外旅行の楽しみなのかもしれません。 -
天王門は仏法を守護するために東西南北を守る四天王を安置した門です。
日本の四天王達は、近寄る外敵を威嚇するように忿怒の表情がおおいようですが、、ここの四天王は何かしらユーモラスさも感じます。 -
さて、あの巨大な長屋門を抜けると境内のようです。
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境内に入ると・・・
華やかな提灯の向こうに本堂が見えてきました。 -
しかし、連れ添いの目が移ったのはこちらの建物です。
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本堂には見向きもせずに、東にある三層の木造建築物に近づいていってしました。
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近づいていくと迫力を感じます。
国宝の弥勒堂です。
弥勒殿は、秀吉の朝鮮侵略による国土回復を願って1635年に建立されたもので、韓国唯一の三層法堂です。写真通り法堂外部1層と2層は正面5間、側面4間で、2層は正面3間、側面2間の八造屋根多包形式です。 -
法堂内部は層が分けられていなく通層構造です。
建物中央の最も高い柱は、一つではなくいくつかの柱を連結して造られています。このような柱の様式は、木造塔の様式からきているようです。
建築から400年近い風雪を経ており、建材が腐り、建物が傾いたために、1988年から1993年まで5年間に渡って、全面解体補修を行ったと英文説明版には書かれていました。ちなみにここにも、日本語の説明文はありませんでした。
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内部は撮影禁止。
中には中央に弥勒菩薩立像が左右に、法華林菩薩、そして大妙相菩薩の三尊像が金色に輝く立ち姿で迎えてくれました。弥勒菩薩像が11.82メートル、左右の仏像は8.8メートルの大きさということです。 -
解体修理されて20年ほどですので、あでやかな朱や青が残ります。
17世紀の建立でも柱は丸木柱が使われています。
江戸時代になると日本では、京都などで進められた大寺院建立には角柱が使われたのとは対照的です。
何か古代の寺院を見ているような気になります。 -
弥勒堂の周りを歩いていると、一段高い壇上にある石塔が目に入ってきました。
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弥勒堂を後にして、行ってみることにします。
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大きなサルスベリの木が迎えてくれます。
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反り返り飛び立つような屋根のお堂の向こうには・・
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弥勒堂と並ぶように仏頭が立っています。
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この寺は新羅末期の後三国時代には、全州を都とした後百済の官寺的な存在であったようです。そのため、後百済末期の王位継承をめぐって父と子が争った際には、後百済始祖である甄萱が長男神剣によって捕らえられ、この金山寺に幽閉されるという舞台にもなりました。その後、後百済は南下してきた高麗の王建に、この地で降服したます。
このあたりのことは韓ドラでも何度も取り上げられ、韓国ではよく知られたエピソードのようです。 -
以後、王建の保護を受け高麗王朝下で、弥勒信仰の聖地となっていきます。
この寺で国の宝物指定を受けている物をあげると
?柱(宝物22号)、石?台(宝物23号)、慧徳王師真応塔碑(宝物24号)、金山寺五層石塔(宝物25号)、?山寺方等戒檀(宝物26号)、?山寺?角多層石塔(宝物27号)、?山寺幢竿支柱(宝物28号)、深源庵北崗三層石塔(宝物29号)、?山寺大藏殿(宝物827号)、?山寺石燈(宝物828号)
と、ほとんどが石造物です。今に残るこれらの石造物は、この時代が国家的な保護を受けた高麗時代のもののようです。 -
この仏頭も高麗時代の物
韓国では五重塔のような塔は木造物としては発展することがありませんでした。
今でも韓国の寺院を訪れて木造の三重塔や五重塔を見かけることはありません。
それは戦火で焼けたのではなく、もともと建立されなかったのです。
韓国では木造ではなく石塔が発達したようです。 -
仏塔の戒壇の上から境内を見下ろしてみると・・・
広い境内に南面して、この戒壇があります。そして、その西側にあるのが・・ -
韓国の大きなお寺さんの境内には、お堂がいくつかあります。お堂はそこに安置されている本尊の名によって、名称が異なります。先ほどの弥勒堂は、弥勒さまを安置しているからです。大雄殿は釈迦牟尼仏、大寂光殿は毘盧舍那仏、極楽殿は阿弥陀仏を奉安するお堂です。
さて、この寺の本堂は?
下りて御参りしましょう。 -
やはり「本堂」よりも向こうの弥勒堂に目が行ってしまします。この境内の主役は向こうのようです。
中国では中心になる建物は「大雄宝殿」(日本の本堂)と呼ばれます。
本殿のところを「大雄宝殿」と呼ぶのは、ベトナムの寺院でもよく見かけます。
また東南アジア各地の華人系寺院においても仏殿や本殿はそう呼ばれることが多いようです。大雄宝殿というのが、アジア一帯に広がる呼称のようです。
しかし、韓国では「大雄殿」の方が一般的です。ここでも「大雄殿」です。
日本では黄業宗寺院の一部が本殿を「大雄宝殿」と呼びますが、他の宗派ではこの名称を見ることはありません。 -
さて、安置されているのは・・・・?
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境内には高麗時代の石塔がいくつか残されています。
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聖山・母岳を背景に最後の記念撮影
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雨模様の土曜日で、朝早かったせいか人影も少なく静かな御参りが出来ました。
感謝 -
来た道を駐車場まで引き返し、すぐにやって来た79番バスに乗り込みました。
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12時前には全州の宿に帰り着くことが出来ました。
4時間少々の郊外へのミニ巡礼でした。
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