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津山城は江戸時代初期に藩主森忠政が13年の歳月をかけ完成させた日本三大平山城のひとつで、石垣の石が大きく、城門と櫓の数が多い特徴があります。<br />城の東は宮川を天然の堀とし、残りの三方には人工的に水堀を掘ってその排土を用いて土塁を築いて外郭の防備としました。<br />明治になって津山城は廃城となり、すべての城郭建築が取り壊され、本丸・二の丸・三の丸は石垣や土居(土塁)がほぼ残っていますが、外郭は堀が埋め立てられ市街地化しています。<br /><br />津山城の鶴山公園は岡山県内で唯一、全国桜名所百選に選ばれている桜の名所です。<br />この桜の植樹に尽力したのが福井純一。大正から昭和初期にかけて約二千本が植樹され、全山が桜で覆われるようになりました。<br />2019年の「津山さくらまつり」は、3月29日~4月14日に開催。訪れた4月4日が五分咲き、翌日満開になりました。<br />桜の種類はソメイヨシノが大半ですが、枝垂れ桜、陽光、神代あけぼのも咲き誇ります。<br /><br />今日は津山駅付近から城下町の町並みを散策しながら津山城のお花見をします。<br />町なかを歩いていると、昔旅館だった木造の建物、お洒落な写真館や赤レンガの建物、堀の跡などに出会います。<br />津山城では城門・櫓跡の多さと石段の一つづつの高さには驚きました。<br />津山城の桜は、青空と共に見上げたり、本丸から見下ろすと一面が真っ白に染まり、贅沢なお花見ができます。<br /><br />表紙の写真は「津山城本丸を彩る枝垂れ桜」。<br /><br />なお、旅行記は下記資料を参考にしました。<br />・津山瓦版「アルネが出来る前の吹屋町界隈の写真」「旅館お多福」「旧西村旅館」「津山城外濠跡」「赤レンガのお洒落な建物ランプ」「桜の植樹に心血を注いだ福井純一」「津山城(鶴山公園)の石垣について」<br />・江見写真館HP<br />・瀧澤商店「日本の洋燈(石油ランプ)の歴史」<br />・日本マンホール蓋学会「津山市のマンホール」<br />・津山市「津山城について」「国指定文化財、津山城址」「日本有数の櫓の数を誇る津山城」「城東地区が国から重要伝統的建造物群保存地区に選定されました」<br />・tigersharkさんブログ「お城へ行こう!津山城」<br />・三好貴之/近田陽子著「津山城案内図」<br />・津山市中心市街地活性化協議会「津山城下地区まちづくりプラン」、平成27年8月<br /> 寄稿:広島大学大学院教授 三浦正幸氏「津山城跡の歴史的価値」<br />・津山市観光協会「津山城見取図」「津山さくらまつり」<br />・underZeroの城用語集「合坂」<br />・城西まちづくり協議会「津山市城西地区」<br />・Wikipedia「ジンダイアケボノ」<br />

津山の城下町歩きと津山城桜まつり2019 ~古い建物と贅沢なお花見~(岡山)

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2019/04/04 - 2019/04/04

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津山城は江戸時代初期に藩主森忠政が13年の歳月をかけ完成させた日本三大平山城のひとつで、石垣の石が大きく、城門と櫓の数が多い特徴があります。
城の東は宮川を天然の堀とし、残りの三方には人工的に水堀を掘ってその排土を用いて土塁を築いて外郭の防備としました。
明治になって津山城は廃城となり、すべての城郭建築が取り壊され、本丸・二の丸・三の丸は石垣や土居(土塁)がほぼ残っていますが、外郭は堀が埋め立てられ市街地化しています。

津山城の鶴山公園は岡山県内で唯一、全国桜名所百選に選ばれている桜の名所です。
この桜の植樹に尽力したのが福井純一。大正から昭和初期にかけて約二千本が植樹され、全山が桜で覆われるようになりました。
2019年の「津山さくらまつり」は、3月29日~4月14日に開催。訪れた4月4日が五分咲き、翌日満開になりました。
桜の種類はソメイヨシノが大半ですが、枝垂れ桜、陽光、神代あけぼのも咲き誇ります。

今日は津山駅付近から城下町の町並みを散策しながら津山城のお花見をします。
町なかを歩いていると、昔旅館だった木造の建物、お洒落な写真館や赤レンガの建物、堀の跡などに出会います。
津山城では城門・櫓跡の多さと石段の一つづつの高さには驚きました。
津山城の桜は、青空と共に見上げたり、本丸から見下ろすと一面が真っ白に染まり、贅沢なお花見ができます。

表紙の写真は「津山城本丸を彩る枝垂れ桜」。

なお、旅行記は下記資料を参考にしました。
・津山瓦版「アルネが出来る前の吹屋町界隈の写真」「旅館お多福」「旧西村旅館」「津山城外濠跡」「赤レンガのお洒落な建物ランプ」「桜の植樹に心血を注いだ福井純一」「津山城(鶴山公園)の石垣について」
・江見写真館HP
・瀧澤商店「日本の洋燈(石油ランプ)の歴史」
・日本マンホール蓋学会「津山市のマンホール」
・津山市「津山城について」「国指定文化財、津山城址」「日本有数の櫓の数を誇る津山城」「城東地区が国から重要伝統的建造物群保存地区に選定されました」
・tigersharkさんブログ「お城へ行こう!津山城」
・三好貴之/近田陽子著「津山城案内図」
・津山市中心市街地活性化協議会「津山城下地区まちづくりプラン」、平成27年8月
 寄稿:広島大学大学院教授 三浦正幸氏「津山城跡の歴史的価値」
・津山市観光協会「津山城見取図」「津山さくらまつり」
・underZeroの城用語集「合坂」
・城西まちづくり協議会「津山市城西地区」
・Wikipedia「ジンダイアケボノ」

同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
徒歩
利用旅行会社
個別手配
旅行の満足度
5.0
観光
5.0

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  • 津山駅周辺の案内図<br /><br />岡山県北部のJR津山駅の下側(北方向)には吉井川が流れ、さらに進むと津山城跡と城下町があります。<br /><br />城下町の町名は、吹屋町、船頭町、材木町、元魚町、二階町など、かつて町人町だったことがわかります。<br /><br />これから、吉井川に架かる城見橋を渡り、吹屋町から町並みを歩き、津山城の桜まつりへ向かいます。<br />

    津山駅周辺の案内図

    岡山県北部のJR津山駅の下側(北方向)には吉井川が流れ、さらに進むと津山城跡と城下町があります。

    城下町の町名は、吹屋町、船頭町、材木町、元魚町、二階町など、かつて町人町だったことがわかります。

    これから、吉井川に架かる城見橋を渡り、吹屋町から町並みを歩き、津山城の桜まつりへ向かいます。

  • 高瀬舟で賑わった吉井川(城見橋)<br /><br />江戸時代に吉井川の水運を利用して美作(みまさか)各地と備前金岡(現在の西大寺)を結び、物資の大量輸送に活躍したのが高瀬舟でした。<br /><br />高瀬舟の運航には営業許可証となる船株が必要で、津山藩では54隻の船が輸送にあたりました。<br /><br />さらに他領の船も津山藩内の運航に加わることができたため、津山藩全体では、最多で186隻が輸送に携わっていました。<br /><br />

    高瀬舟で賑わった吉井川(城見橋)

    江戸時代に吉井川の水運を利用して美作(みまさか)各地と備前金岡(現在の西大寺)を結び、物資の大量輸送に活躍したのが高瀬舟でした。

    高瀬舟の運航には営業許可証となる船株が必要で、津山藩では54隻の船が輸送にあたりました。

    さらに他領の船も津山藩内の運航に加わることができたため、津山藩全体では、最多で186隻が輸送に携わっていました。

  • 吹屋町の町並み<br /><br />城見橋を渡ると吹屋町。<br /><br />古くは鋳物師の住む町として鋳物師町でしたが、後に吹屋町となりました。<br /><br />吹屋とは鋳物師の別称なので。<br />

    吹屋町の町並み

    城見橋を渡ると吹屋町。

    古くは鋳物師の住む町として鋳物師町でしたが、後に吹屋町となりました。

    吹屋とは鋳物師の別称なので。

  • 木造三階建ての旅館だった建物(小姓町)<br /><br />看板の文字が消えかかっていますが、「小姓町(こしょうまち)」に建つ「旧西村旅館」です。<br /><br />ガラス窓、窓の欄干、雨戸など、昔の旅館らしさが残されています。<br />旅館をやめて25年くらいになるそうです。<br /><br />「小姓町」の由来は、津山城築城当初、住居がまだ完成していなかった「中小姓(ちゅうごしょう)」身分の武士を、仮にこの地に住まわせたことからその名が付いたといわれています。<br />「中小姓」とは侍と足軽の中間に位置する下級武士で、諸藩の用務を分担していました。<br />

    イチオシ

    木造三階建ての旅館だった建物(小姓町)

    看板の文字が消えかかっていますが、「小姓町(こしょうまち)」に建つ「旧西村旅館」です。

    ガラス窓、窓の欄干、雨戸など、昔の旅館らしさが残されています。
    旅館をやめて25年くらいになるそうです。

    「小姓町」の由来は、津山城築城当初、住居がまだ完成していなかった「中小姓(ちゅうごしょう)」身分の武士を、仮にこの地に住まわせたことからその名が付いたといわれています。
    「中小姓」とは侍と足軽の中間に位置する下級武士で、諸藩の用務を分担していました。

  • ソシオ一番街(堺町)<br /><br />アルネ津山・天満屋から鶴山通りまでのアーケードが「ソシオ一番街」です。<br /><br />この商店街を横切ります。<br />

    ソシオ一番街(堺町)

    アルネ津山・天満屋から鶴山通りまでのアーケードが「ソシオ一番街」です。

    この商店街を横切ります。

  • 旅館「お多福」(山下)<br /><br />創業以来、80年を越える「お多福」には、郷土の偉人・先人の遺墨や書簡など、多数の作品を収蔵する「作州維新文庫」があり、貴重な書画を中心として館内に展示保管されています。<br /><br />山下(さんげ)地区は、津山城の堀より内側にあり、藩主の一族や重臣たちの広大な屋敷が建ち並び、その一角には学問所や米蔵なども設けられていました。<br />

    旅館「お多福」(山下)

    創業以来、80年を越える「お多福」には、郷土の偉人・先人の遺墨や書簡など、多数の作品を収蔵する「作州維新文庫」があり、貴重な書画を中心として館内に展示保管されています。

    山下(さんげ)地区は、津山城の堀より内側にあり、藩主の一族や重臣たちの広大な屋敷が建ち並び、その一角には学問所や米蔵なども設けられていました。

  • 江見写真館(山下)<br /><br />建物は昭和4年(1929)、材木町で写真館を営んでいた江見家が現在地に写真館兼住宅を新築したものです。<br /><br />2階建てで、玄関南脇には半円形の応接間が西側に張り出した状態で配されています。<br />応接間の屋上ベランダの背後には、上部が半円状の大型窓が並んでいます。<br /><br />正面からの外観を大きく特徴づけているのは立ちの高い2階部分で、これは2階に設けられた写真スタジオの天井高を十分に取るためのものです。<br /><br />国登録有形文化財(建造物)に指定されています。<br />

    江見写真館(山下)

    建物は昭和4年(1929)、材木町で写真館を営んでいた江見家が現在地に写真館兼住宅を新築したものです。

    2階建てで、玄関南脇には半円形の応接間が西側に張り出した状態で配されています。
    応接間の屋上ベランダの背後には、上部が半円状の大型窓が並んでいます。

    正面からの外観を大きく特徴づけているのは立ちの高い2階部分で、これは2階に設けられた写真スタジオの天井高を十分に取るためのものです。

    国登録有形文化財(建造物)に指定されています。

  • 舳先(へさき)のようなベランダ(江見写真館)<br /><br />半円状の大型窓は写真スタジオの光取りに使われていたのでしょう。<br /><br />創業約140年の歴史を持つ江見写真館は今も現役です。<br /><br />また、大正末期から昭和初期の津山の風景や建物などを鮮明にとどめている貴重な古写真が約10,000点所蔵されています。<br />江見写真館のHPを開くと写真の一部が閲覧できます。<br />

    舳先(へさき)のようなベランダ(江見写真館)

    半円状の大型窓は写真スタジオの光取りに使われていたのでしょう。

    創業約140年の歴史を持つ江見写真館は今も現役です。

    また、大正末期から昭和初期の津山の風景や建物などを鮮明にとどめている貴重な古写真が約10,000点所蔵されています。
    江見写真館のHPを開くと写真の一部が閲覧できます。

  • 重厚な石塀(山下)<br /><br />通り沿いにある民家の石塀です。<br /><br />昔の「津山城跡外堀配置図」を調べてみると、この場所は堀のあったところを明治期に埋め立てています。<br /><br />石材は堀の橋や門に使われていたものかも知れませんね。<br />

    重厚な石塀(山下)

    通り沿いにある民家の石塀です。

    昔の「津山城跡外堀配置図」を調べてみると、この場所は堀のあったところを明治期に埋め立てています。

    石材は堀の橋や門に使われていたものかも知れませんね。

  • 水路(山下)<br /><br />山下児童公園に突き当たると、その横を南北に流れる水路があります。<br /><br />この水路は津山城の堀の名残りで、近くには城に入る二階町門がかつてありました。<br />

    水路(山下)

    山下児童公園に突き当たると、その横を南北に流れる水路があります。

    この水路は津山城の堀の名残りで、近くには城に入る二階町門がかつてありました。

  • 水路脇に残る石柱(山下)<br /><br />下の方が地中に隠れていますが、「明治三十二・・石工小西・・」と彫られています。<br /><br />明治20年(1887)頃までに土塁を崩して堀を埋め立てており、その後、水路に架けた橋の親柱でしょうか?<br />

    水路脇に残る石柱(山下)

    下の方が地中に隠れていますが、「明治三十二・・石工小西・・」と彫られています。

    明治20年(1887)頃までに土塁を崩して堀を埋め立てており、その後、水路に架けた橋の親柱でしょうか?

  • ややっ、お洒落な赤レンガの建物(二階町)<br /><br />昭和40年代にお好み焼き屋があったようですが、現在は営業していません。<br /><br />水路の西側は堀の外にあたり、かつて町人町だったところです。<br />

    イチオシ

    ややっ、お洒落な赤レンガの建物(二階町)

    昭和40年代にお好み焼き屋があったようですが、現在は営業していません。

    水路の西側は堀の外にあたり、かつて町人町だったところです。

  • 看板には「Lamp 洋灯」(赤レンガの建物)<br /><br />三階の屋上にある看板は「Lamp 洋灯」。<br /><br />洋灯とは石油ランプのことで、石油ランプの全盛期は明治~大正初期なので、その頃の建物と思えます。<br /><br />レンガの積み方は、フランス積みやイギリス積みではなく、レンガの長手のみを一段ごとにずらした長手積み。<br />長手積みは強度的に弱いと言われているので、レンガ造りではなくレンガ張りの建物のようです。<br />

    看板には「Lamp 洋灯」(赤レンガの建物)

    三階の屋上にある看板は「Lamp 洋灯」。

    洋灯とは石油ランプのことで、石油ランプの全盛期は明治~大正初期なので、その頃の建物と思えます。

    レンガの積み方は、フランス積みやイギリス積みではなく、レンガの長手のみを一段ごとにずらした長手積み。
    長手積みは強度的に弱いと言われているので、レンガ造りではなくレンガ張りの建物のようです。

  • 津山市のデザインマンホール(山下)<br /><br />津山城跡の石垣、清流吉井川に住むといわれる伝説の河童(ごんご)、市のサクラをデザインしています。<br /><br />「作州」とは岡山の東北部の旧「美作の国」で、津山市もその一部です。<br />

    津山市のデザインマンホール(山下)

    津山城跡の石垣、清流吉井川に住むといわれる伝説の河童(ごんご)、市のサクラをデザインしています。

    「作州」とは岡山の東北部の旧「美作の国」で、津山市もその一部です。

  • 菜の花と桜の斜面<br /><br />大手町交差点で鶴山通りに入り、鶴山西口交差点からから津山城をとり囲む道に出ました。<br /><br />ちょっと遠回りでしたが、斜面に綺麗な花が咲き誇っています。<br />

    菜の花と桜の斜面

    大手町交差点で鶴山通りに入り、鶴山西口交差点からから津山城をとり囲む道に出ました。

    ちょっと遠回りでしたが、斜面に綺麗な花が咲き誇っています。

  • 桜のオンパレード(斜面)<br /><br />ソメイヨシノとピンクの陽光です。<br />

    桜のオンパレード(斜面)

    ソメイヨシノとピンクの陽光です。

  • 冠木門<br /><br />ここは津山城の表門です。<br /><br />入園料は300円。さくらまつり期間中の開園時間は7:30~22:00です。<br />

    冠木門

    ここは津山城の表門です。

    入園料は300円。さくらまつり期間中の開園時間は7:30~22:00です。

  • 城内の案内図<br /><br />本丸・二の丸・三の丸の曲輪(くるわ)は雛段状に三段重ねになっており、各々が曲がりくねった経路と石段で結ばれています。<br /><br />茶色の表示は敵の侵入を防ぐ門や櫓のあったところで、その数の多さには驚きます。<br /><br />備中櫓は平成17年(2005)に復元されたものです。<br />

    城内の案内図

    本丸・二の丸・三の丸の曲輪(くるわ)は雛段状に三段重ねになっており、各々が曲がりくねった経路と石段で結ばれています。

    茶色の表示は敵の侵入を防ぐ門や櫓のあったところで、その数の多さには驚きます。

    備中櫓は平成17年(2005)に復元されたものです。

  • 桜の咲く備中櫓(鶴山館付近から)<br /><br />入園時にもらった「津山城見取図」に「備中櫓」撮影ポイントが記載されているので、最初に鶴山館の近くに来ています。<br /><br />本丸の備中櫓と、その下に石垣と二の丸、三の丸が雛段状に見えます。<br />

    イチオシ

    桜の咲く備中櫓(鶴山館付近から)

    入園時にもらった「津山城見取図」に「備中櫓」撮影ポイントが記載されているので、最初に鶴山館の近くに来ています。

    本丸の備中櫓と、その下に石垣と二の丸、三の丸が雛段状に見えます。

  • セクシーポーズの一本桜(鶴山館付近)<br />

    セクシーポーズの一本桜(鶴山館付近)

  • 三の丸の桜は見頃<br /><br />でも、二の丸より上にある桜はまだ五分咲きです。<br />

    三の丸の桜は見頃

    でも、二の丸より上にある桜はまだ五分咲きです。

  • グルメテント(つるまる広場)<br /><br />美作ご当地グルメと友情出店のあかし玉子焼の屋台が並んでいます。<br />

    グルメテント(つるまる広場)

    美作ご当地グルメと友情出店のあかし玉子焼の屋台が並んでいます。

  • 津山ホルモンうどん(つるまる広場)<br /><br />昼食は勿論コレ。<br /><br />つるまる広場に机とイスが用意されており、飲食ができます。<br />

    津山ホルモンうどん(つるまる広場)

    昼食は勿論コレ。

    つるまる広場に机とイスが用意されており、飲食ができます。

  • ばななかすてら(つるまる広場)<br /><br />岡山発祥の「ばななかすてら」は、食後のおやつ。<br />

    ばななかすてら(つるまる広場)

    岡山発祥の「ばななかすてら」は、食後のおやつ。

  • 青空に映える鮮やかな桜(つるまる広場)<br /><br />平成24年に記念植樹した「神代あけぼの」です。<br />

    青空に映える鮮やかな桜(つるまる広場)

    平成24年に記念植樹した「神代あけぼの」です。

  • ソメイヨシノに似ています(神代あけぼの)<br /><br />母親がソメイヨシノであるためエドヒガン系の特徴を持ち、ソメイヨシノと同じ傘状の樹形ですがやや小型です。<br /><br />ソメイヨシノとほぼ同時期に開花し、よく似た形状の花をつけますが、花弁のピンク色が濃くグラデーションがあります。<br />

    ソメイヨシノに似ています(神代あけぼの)

    母親がソメイヨシノであるためエドヒガン系の特徴を持ち、ソメイヨシノと同じ傘状の樹形ですがやや小型です。

    ソメイヨシノとほぼ同時期に開花し、よく似た形状の花をつけますが、花弁のピンク色が濃くグラデーションがあります。

  • 美しいピンクのグラデーション(神代あけぼの)<br /><br />てんぐ巣病に強い「神代あけぼの」は、ソメイヨシノの代替品種として植樹する機会が増えています。<br />

    美しいピンクのグラデーション(神代あけぼの)

    てんぐ巣病に強い「神代あけぼの」は、ソメイヨシノの代替品種として植樹する機会が増えています。

  • 二の丸と備中櫓の桜(見付櫓付近から)<br /><br />五分咲きですが、今日の暖かさで明日には一気に咲きそう。<br />

    二の丸と備中櫓の桜(見付櫓付近から)

    五分咲きですが、今日の暖かさで明日には一気に咲きそう。

  • 三の丸は満開(見付櫓付近から)<br /><br />石段は一段一段の高さが高すぎ、登るのに一苦労です。<br /><br />なお、左側には石段と石段の間に板を敷き、高さを低くして歩きやすくしています。<br />

    三の丸は満開(見付櫓付近から)

    石段は一段一段の高さが高すぎ、登るのに一苦労です。

    なお、左側には石段と石段の間に板を敷き、高さを低くして歩きやすくしています。

  • オドリコソウ(石段の途中)<br />

    オドリコソウ(石段の途中)

  • 桜に覆われる備中櫓<br /><br />二の丸から備中櫓を見上げています。<br />

    桜に覆われる備中櫓

    二の丸から備中櫓を見上げています。

  • 津山の町並み(二の丸から)<br /><br />南側に商業地帯、その先に吉井川が見えます。<br />

    津山の町並み(二の丸から)

    南側に商業地帯、その先に吉井川が見えます。

  • 二の丸と備中櫓<br /><br />二の丸と本丸の中間の高さにある弓櫓跡からの眺め。<br /><br />冠木門から本丸までは、石段と升形の道を三の丸・二の丸を経由して行きます。<br /><br />その間に、長屋門・表中門・四足門・切手門・表鉄門などがあったので、縄張りの厳重な城と言えます。<br />

    二の丸と備中櫓

    二の丸と本丸の中間の高さにある弓櫓跡からの眺め。

    冠木門から本丸までは、石段と升形の道を三の丸・二の丸を経由して行きます。

    その間に、長屋門・表中門・四足門・切手門・表鉄門などがあったので、縄張りの厳重な城と言えます。

  • 城東地区の眺め(弓櫓跡から)<br /><br />城下町の商家町として発展した城東地区です。<br /><br />江戸時代に形成された町割をよく残し、江戸時代の町家を主体として昭和戦前期までの建物が並び、重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。<br /><br />手前には天然の堀となった宮川が流れ、左側に高台があります。<br /><br />城東地区の町歩きは、次の旅行記で紹介します。<br />

    城東地区の眺め(弓櫓跡から)

    城下町の商家町として発展した城東地区です。

    江戸時代に形成された町割をよく残し、江戸時代の町家を主体として昭和戦前期までの建物が並び、重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

    手前には天然の堀となった宮川が流れ、左側に高台があります。

    城東地区の町歩きは、次の旅行記で紹介します。

  • コケで着飾る古木(弓櫓跡)<br />

    コケで着飾る古木(弓櫓跡)

  • 石塁の包櫓跡<br /><br />本丸東側に造られた石塁*の南端です。<br /><br />左へ行くと表鉄門跡があり、さらに石段を登ると本丸に入れます。<br /><br />右へ行くと仕切門跡(十四番門)があり、石塁下の「もみじの小道」を通ると、本丸北側の仕切門跡(十一番門)に出ます。<br /><br />*石塁(せきるい)とは石を積み上げて作った防御用の土手のこと<br />

    石塁の包櫓跡

    本丸東側に造られた石塁*の南端です。

    左へ行くと表鉄門跡があり、さらに石段を登ると本丸に入れます。

    右へ行くと仕切門跡(十四番門)があり、石塁下の「もみじの小道」を通ると、本丸北側の仕切門跡(十一番門)に出ます。

    *石塁(せきるい)とは石を積み上げて作った防御用の土手のこと

  • 「もみじの小道」を歩きます<br /><br />ひと際高く築かれた石塁は、宮川東側の高台から城内への見通しを防いでいます。<br />

    「もみじの小道」を歩きます

    ひと際高く築かれた石塁は、宮川東側の高台から城内への見通しを防いでいます。

  • 粟積櫓跡(本丸北側)<br /><br />仕切門跡(十一番門)から本丸に入ると、粟積櫓跡(小天守)があります。<br />

    粟積櫓跡(本丸北側)

    仕切門跡(十一番門)から本丸に入ると、粟積櫓跡(小天守)があります。

  • 美しい彩りの枝垂れ桜(本丸東側の石塁)<br />

    美しい彩りの枝垂れ桜(本丸東側の石塁)

  • 枝垂れ桜の佇む石塁(本丸東側の石塁)<br />

    枝垂れ桜の佇む石塁(本丸東側の石塁)

  • 津山城本丸を彩る枝垂れ桜(本丸東側の石塁)<br /><br />石塁の上にはかつて四つの櫓(月見櫓、走櫓、太鼓櫓、包櫓)がありました。<br /><br />石塁の側面には、登り降りに使う「合坂(あいさか)の石段」(V字型の向き合う石段)が造られています。<br />

    イチオシ

    津山城本丸を彩る枝垂れ桜(本丸東側の石塁)

    石塁の上にはかつて四つの櫓(月見櫓、走櫓、太鼓櫓、包櫓)がありました。

    石塁の側面には、登り降りに使う「合坂(あいさか)の石段」(V字型の向き合う石段)が造られています。

  • 天守台(本丸西側)<br /><br />本丸に石塁で区画した天守曲輪と、その内側に独立した天守台が築かれています。<br />

    天守台(本丸西側)

    本丸に石塁で区画した天守曲輪と、その内側に独立した天守台が築かれています。

  • 天守台の真下(本丸西側)<br /><br />ここに五重五階、地下一階の天守が建てられていました。<br />

    天守台の真下(本丸西側)

    ここに五重五階、地下一階の天守が建てられていました。

  • ハートの石(天守台)<br /><br />天守台の石塁には「愛の奇石」が積まれています。<br /><br />「この奇石に触れたカップルは恋が成就する」密かな恋愛スポットになっているとか・・・<br />

    ハートの石(天守台)

    天守台の石塁には「愛の奇石」が積まれています。

    「この奇石に触れたカップルは恋が成就する」密かな恋愛スポットになっているとか・・・

  • 復元された七番門(天守台)<br /><br />二の丸から天守曲輪へ至る最も近いルートが、この七番門。<br /><br />そのため防備を厳重にすることが必要で、門の前の石段をあえて造らず、木の階段のようなものが取り付けてあったようです。<br /><br />いざ敵が攻めてきたときは、この階段を外してしまうのです。<br />

    復元された七番門(天守台)

    二の丸から天守曲輪へ至る最も近いルートが、この七番門。

    そのため防備を厳重にすることが必要で、門の前の石段をあえて造らず、木の階段のようなものが取り付けてあったようです。

    いざ敵が攻めてきたときは、この階段を外してしまうのです。

  • 城西地区の眺め(天守台から)<br /><br />津山城跡の西にある地区は、17の寺が集まった寺町と城下町鎮守の神社があります。<br /><br />大正時代には商業で栄えたので、大正ロマン漂う建築物があります。<br /><br />城西地区は明日、町歩きの予定です。<br />

    城西地区の眺め(天守台から)

    津山城跡の西にある地区は、17の寺が集まった寺町と城下町鎮守の神社があります。

    大正時代には商業で栄えたので、大正ロマン漂う建築物があります。

    城西地区は明日、町歩きの予定です。

  • 高い石塁の天守台(天守曲輪)<br />

    高い石塁の天守台(天守曲輪)

  • 五番門(天守曲輪)<br /><br />備中櫓から天守曲輪へ入る表入口が五番門。<br /><br />天守に入るはさらに六番門があります。<br />

    五番門(天守曲輪)

    備中櫓から天守曲輪へ入る表入口が五番門。

    天守に入るはさらに六番門があります。

  • 二の丸を埋め尽くす桜(本丸南側から)<br />

    イチオシ

    二の丸を埋め尽くす桜(本丸南側から)

  • 一番下の三の丸まで白く染まります(本丸南側から)<br />

    一番下の三の丸まで白く染まります(本丸南側から)

  • 鐘撞堂(本丸東側の石塁)<br /><br />本丸を後にし、表鉄門跡に来ています。<br /><br />これから二の丸へ降り、桜並木を歩きます。<br />

    鐘撞堂(本丸東側の石塁)

    本丸を後にし、表鉄門跡に来ています。

    これから二の丸へ降り、桜並木を歩きます。

  • 雪が舞ってるような感じ(桜並木)<br /><br />桜並木を歩きながら、一段下の桜並木(三の丸)を眺めています。<br />

    雪が舞ってるような感じ(桜並木)

    桜並木を歩きながら、一段下の桜並木(三の丸)を眺めています。

  • 青空に映えるエドヒガン(色付櫓跡)<br /><br />桜並木の北側に、見事な大木のエドヒガンが花を咲かせています。<br />

    イチオシ

    青空に映えるエドヒガン(色付櫓跡)

    桜並木の北側に、見事な大木のエドヒガンが花を咲かせています。

  • 思いっきり枝を伸ばすエドヒガン(肘櫓跡)<br /><br />色付櫓跡と道を挟んだ向かい側の肘櫓跡にもエドヒガンがあります。<br />

    思いっきり枝を伸ばすエドヒガン(肘櫓跡)

    色付櫓跡と道を挟んだ向かい側の肘櫓跡にもエドヒガンがあります。

  • シロバナタンポポ(桜並木)<br />

    シロバナタンポポ(桜並木)

  • 肘櫓跡でお花見の二人(桜並木)<br />

    肘櫓跡でお花見の二人(桜並木)

  • 家族連れの花見客で賑わう津山城(三の丸桜並木)<br /><br />裏下門の石段を降り、三の丸へ通じる桜並木を歩きます。<br /><br />今日は平日ですが、午後には花見客でいっぱい。<br />

    家族連れの花見客で賑わう津山城(三の丸桜並木)

    裏下門の石段を降り、三の丸へ通じる桜並木を歩きます。

    今日は平日ですが、午後には花見客でいっぱい。

  • 彩りを添える陽光(三の丸桜並木)<br />

    彩りを添える陽光(三の丸桜並木)

  • 菜の花畑と桜(三の丸桜並木)<br /><br />このあたりは石垣ではなく、菜の花の咲く斜面です。<br /><br />津山城の桜は、青空と共に見上げたり、本丸から見下ろすと一面が真っ白に染まり、贅沢なお花見になりました。<br /><br />この後、城東の古い町並み散策に向かいます。<br />

    菜の花畑と桜(三の丸桜並木)

    このあたりは石垣ではなく、菜の花の咲く斜面です。

    津山城の桜は、青空と共に見上げたり、本丸から見下ろすと一面が真っ白に染まり、贅沢なお花見になりました。

    この後、城東の古い町並み散策に向かいます。

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