2019/04/21 - 2019/05/08
21位(同エリア73件中)
ヤマネコさん
○船 名 : Tamr Henna
○総トン数 : 1,500t
○喫 水 : 1.7m・・・(水面下に沈んでいる深さ)
○最高速度 : 15kt (約28㎞/時)
○就航年月 : 2008年
操舵室で聞いた話が印象に残っている。
船長は三交代制で、ナイル川クルーズの船長職は代々受け継がれる“家業”のようなもの。操船は幼いころから実地で鍛えられ、浅瀬を避けながら川を遡るには何より経験がものを言うという。
この時期の水深は船着き場こそ25m以上あるものの、流域は3~4mほどが一般的。流れの強さや水深の変化を読む力がなければ川を遡上することはできない。
海とはひと味違う、“川の船旅”ならではの緊張とゆるさ。
お気楽派には、きっとたまらない世界だと思う。
――Tamr Henna の操舵席から。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 交通手段
- 観光バス 船 飛行機
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
まずは航路。
カイロからアスワンまで(990㎞:旅行社試算)ナイルの本流を15日(航行10日)かけて遡る。
4/22 昼食から入船 カイロ停泊
4/23 ------------- カイロ停泊
4/24 カイロ→ベニスエフ ベニスエフ停泊
4/25 観光中に移動 ミニヤ停泊
4/26 観光中に移動 テル・エル・アマルナ停泊
4/27 テル・エル・アマルナ→アシュート アッシュート停泊
4/28 アシュート→ソハーグ ソハーグ停泊
4/29 観光中に移動バリア→ナグ・ハマーディ ナグ・ハマーディ停泊
4/30 ナグ・ハマーディ→ケナ ケナ停泊
5/01 ケナ→ルクソール ルクソール停泊
5/02 ------------- ルクソール停泊
5/03 ルクソール-コムオンボ コムオンボ停泊
5/04 コムオンボ-アスワン アスワン停泊
5/05 ------------- アスワン停泊
5/06 夕刻に退船
*旅行社パンフから転載 -
ナイル川を初めて目にした瞬間、胸の奥で旅が静かに動き始めた。
多層のデッキを重ねた船体は移動手段としてだけではなく、これからの日々を預ける“小さなホテル”のように見える。
乗客26名に対してクルー55名。この手厚い体制を聞いたとき、この川の上で過ごす時間が物語になる、そんな予感がふっと胸に灯った。 -
桟橋から続くタラップを進む。乗船口は外観からは2階にあたる。
一歩足を踏み入れると、そこには“1階”と船内表記された、ヨーロピアンスタイルの落ち着いたロビー空間が広がっていた。
エジプトの大地にいながら、どこかに異国の歴史が静かに息づいているようで、時代の層がふと重なり合う感覚に包まれる。 -
「設備の老朽化はともかく、クルーズ環境の整備には全力で取り組みます。なんなりとご指摘を…」
そう語る白い民族衣装の男性――この船の船長は2階デッキから乗客を見守るように立っていた。穏やかな口調の奥に“船の顔”としての誇りと責任が静かに宿っていた。 -
航行は昼間のみで、夜は必ず船着き場に停泊する。浅瀬や治安への配慮を含む危機管理の一環なのだろうか。観光警察が対応できる範囲に留まることで、旅の安心感が保たれている。
停泊中は“快眠サービス”の一環としてか、エンジンも完全に停止される。
しかし、ここはイスラム教の国。夜明け前、まだ空が群青色のうちから街のミナレットに取り付けられたスピーカーが祈りの声を響かせる。
静かな川面に反射する街の灯りと、遠くから届くアザーン。…異国の朝。 -
夜が明け、船が再びゆっくりと動き出す。
対岸に建物が続く中流域へと進むあいだ、二隻のパトロール艇が船と寄り添うように並走していた。
その距離は決して近すぎず、しかし確かに“見守っている”と感じられる絶妙な間合い。
ナイルを行く船旅が、どれほど多くの人の手によって静かに守られながら成り立っているのかを思い知らされる。 -
出入口から1階分降りた、吃水上のフロアにはレストランと土産物店が並んでいる。
外観では“1階”にあたる場所だが、旅人にとっては船旅の拠点となる、いちばん生活の匂いがする空間だ。 -
川面は深い青緑に染まり、対岸の椰子が風に揺れていた。砂色の大地と濃い緑の境界には、ナイルらしい豊穣の気配が漂っている。
レストランの窓から外を眺めていると、思わず岸へ泳いで行きたくなるほど水面が近い。手を伸ばせば触れられそうな距離にあるその流れも、この暑い国ではひとつの“ごちそう”のように思えてくる。 -
大きなシャンデリアが黄金色の光を落とし、曲線を描く階段が優雅に伸びている1階ロビー。停泊すれば人の動きが集まる場所でありながら、航海中はどこかのんびりとした空気が漂っていた。
-
2階はロビー(ネット可)やカクテルバー付きの客室階。
-
ロビーの奥にはラウンジが併設されている。日本人の感覚では“ミーティングルーム”に近い、落ち着いた空間だ。
しかし夜になると、この静けさは一変する。ここではベリーダンスのショーが開かれ、今回は平成から令和へ移り変わる節目の祝いも、この場所で行われた。
昼と夜でまったく違う表情を見せる、船内でも印象深い場所のひとつだった。 -
3階はいきなりの客室階。ロビーはなく後方にフィットネスとマッサージルーム。
-
今旅の客室。なんと外壁面はすべてミラーガラスになっている。
外からの視線をやわらかく遮りつつ、室内にはしっかりと光が入り川沿いの景色が静かに流れ込んでくる。
ベッド脇のランプの灯りと小さなバルコニーへ続くガラス扉の向こうに広がる明るさが昼と夜でまったく違う表情を見せてくれる。旅の拠点となるこの部屋にもナイルの時間がゆっくりと染み込んでいくようだった。 -
スペースは外洋船なみ。ゆったりとした造りで、荷物を広げても窮屈さを感じない。
ただ――上のデッキから響くドタバタ音だけはいただけない。毎夜行われるデッキチェアの片付けが、なかなか盛大なのだ。パノラマビューのガラス造りゆえに音がよく通るのか、あるいは周囲がそれだけ静かだからこそ際立つのか。 -
この時期の上エジプトは、気温が50度を超える日もしばしばだったらしい。
外に出れば、空気そのものが熱を帯びて押し寄せてくるようで日差しの強さが肌ではなく“空間”として迫ってくる。
旅の途中で目にした温度計の数字がこの土地の過酷さと、そこで暮らす人々のたくましさを静かに物語っていた。 -
日本にいる時は、「川風に吹かれてのんびり航海だろうなあ」と、どこかお気楽な情景を思い描いていた。けれど、実際にエジプトへ来てみるとその想像はあっさり裏切られる。
容赦なく照りつける日差しと空気そのものが熱を帯びて迫ってくるような暑さの中では文明の利器というものがどれほどありがたいか、しみじみと身に染みる。
ジャグジー越しに眺めるナイルの景色も涼しい空調があってこそ楽しめる“贅沢”なのだと気づかされる。 -
朝酒はともかく、朝寝・朝湯――そして、ぼーっと昼寝はもっと好きな私。
そんな自分にとって、この旅の朝はまさに天国だった。
クーラーをしっかり利かせた部屋で熱めのジャグジーに身を沈める。
外では容赦ない日差しが川面を照らしているのに、ここだけは別世界のように静かで涼しい。 -
屋上は全面がデッキになっている。
後方には天蓋付きのスペースがあり、バーベキューランチや、毎日のティータイムの会場として使われていた。
強い日差しの下でもここだけは風がよく通り、川面を渡る光と影がゆっくりと流れていく。旅のあいだ、自然と足が向く場所だった。 -
中間には、いくつか個別の日除けテントが並んでいる。昼間は強い日差しを避けつつ、川風を感じられる心地よい場所だ。
星空観察にも最適だろう――と最初は思った。
ところが、夜になると砂埃が舞い、さらにサーチライトの光が空に散って、夜空は東京並みに乱反射してしまう。
ナイルの上でも、思い描いた“満天の星”にはなかなか出会えない。 -
船首にはプールがある。
航行中でも水面が揺れすぎることはなく、川風を受けながら過ごすには心地よい場所だった。 -
幅はせいぜい10メートルもないだろう。だから泳ぐというより、ぽけーっと水に浮かんでいる感じに近い。ナイルの流れを眺めながら、ただ水に身を預けているだけで十分だった。
船の揺れと川風が、ゆっくりと体の力を抜いていく。 -
そんなプールサイドの長椅子ががら空きなのは――
太陽光が、とにかく痛いからだ。
見た目はお気楽そのものでも、タオルの内側ではまるでサウナのような苦行。じっと横になっているだけで体の芯まで熱が染み込んでくる。
ナイルの風が吹いていてもこの国の陽射しの強さだけはごまかせない。 -
観光は早朝からが基本。
そのぶん、プールにつかるのはどうしても夕暮れが近い時間になる。
一日の熱気がまだ残る水面に沈みかけた太陽の光がゆっくりと溶けていく。
昼の喧騒が遠のき、旅の時間がふっと緩むひとときだった。 -
ラグジュアリー船並みのクルー人数だったが、お掃除の評価は正直いま一つ。
ただ、彼らの名誉のために書いておくと――
こちらが要望を伝えさえすれば、一気に5~6人が集まって、わっしょいと全力投入してくれる。
その勢いと明るさはどこかエジプトらしいおおらかさでもあった。 -
万国共通の“レディーサービス”は、一応クリアしていた。
確かにボリューム勝負のところもあるけれど、良くも悪くも、船内の雰囲気には独特の“職人気質”が漂っていた。
細やかさより勢いと明るさで押し切るような、そんなスタイルがこの船らしさでもあった。 -
ベッドにはどう見ても乗り切れていないワニ君。その存在感だけで、部屋にちょっとした笑いが生まれる。
もしかすると――妻が持参したトリートメントボトルのサイズに合わせて作ってくれたのかもしれない。 -
でも、やっぱり一番人気はこの仔だったなあ。
部屋に戻るたび、思わず顔がほころぶ存在感。その夜はベッドの脇にそっと置いて、まるで千夜一夜の相棒のように過ごした。
ところが翌朝にはあっさりバスタオルへと変身していて、思わず「さらば…」と心の中で手を振った。 -
ナツメ椰子にバナナ園、ロバやヤギ、水牛に馬――そして手を振ってくれる人々の姿は、航行中によく目にした光景だった。
不思議と懐かしさを覚えるのが、毎朝、夜明け前に響き渡る超特大音量のアザーン。旅人の時間ではなく、“地元の時間”の中に自分がいることを思い知らされる。
観光客に合わせた旅ではなく、「地元を味わう旅」とでも書けば、
この空気感が少しは伝わるだろうか。
――アシュート近郊にて。 -
航行中は、三か所の水門を通過した。
それぞれ水位差は五~六メートルほど。
仕切られた空間の水位を上下させて船を通すいわゆる閘門式の運河で、パナマ運河の仕組みにも似ている。
水が満ちていく音やゆっくりと船が持ち上がっていく感覚は、観光とはまた違う“旅の実感”を与えてくれた。 -
旧い橋は、観光船がそのまま通過できるほど橋桁が高く造られていない。
そのため、人や車の通行を一時的に止め、一部の主桁を九十度――川の流れと平行になる方向へ回転させて船を通す仕組みになっている。
ゆっくりと橋が動きその下を船が静かに抜けていく光景は、どこか時代をまたぐような不思議な感覚を残した。 -
橋を回転させる作業は、人手が必要になる。
そしてその人手は、観光船側が自前で用意する仕組みだった。
思えば、ラグジュアリー船並みに多いクルーの人数は、このために必要だったのかもしれない。
橋がゆっくりと動き、その下を船が静かに抜けていく――そんな場面の裏には、
黙々と働く彼らの姿があった。 -
旧い橋には鉄道橋もある。ナイル沿いの線路は一本だけで、電車は頻繁に往来する。だから橋の開閉は、当然ながら終電後に行われるはずだった。
ところが、この夜は鉄橋がうまく開かず船は通過できないまま足止めを食ってしまった。
翌朝、観光から戻ってみると――なんと観光船が鉄橋を通過している。
相当な時間がかかっただろうに、まさか昼間に電車を止めてまで…?
思わず、
Arabian Nights ならぬ Arabian Day。
そんな言葉が頭に浮かんだ。 -
*https://www.youtube.com/watch?v=UNBZJar36Js
ナイル沿いの景色は、どこを切り取っても生命の気配に満ちている。
その一方で、土地に根づいた習慣や時間の流れは、旅人の感覚とはまるで別のリズムで動いている。
例えば――
好悪で選び取る文化ではなく、
“同じか違うか”をそのまま味わうような感覚。
そこに優劣はなく、ただ「そういう世界がある」という受け止め方。
アザーンの響きも、夜明け前の空気も、人々の暮らしの音も、その“違い”の中に身を置くことで、ようやく輪郭が見えてくるものだった。
――アシュート近郊にて。 -
*https://www.youtube.com/watch?v=Q_p-Uii46yo
アスワンの夕暮れを眺めていると、世界がどこかで静かに分岐していった、そんな感覚がふと胸をよぎる。
アイザック・ディネーセンが「最初の蒸気機関がつくられたとき、世界の歩む道が分かれた」と書いたのは、
技術がもたらした“時間の流れの違い”を象徴的に語ったものだろう。
速さを求める世界と変わらぬリズムで暮らす世界。
どちらが進んでいるとか遅れているとかではなく、ただ別の方向へ歩き始めたというだけのこと。
アスワンの光と影の中にいると、その“異なる時間”が確かに存在していて、そして互いに出会うことの難しさと、出会えたときの豊かさの両方を思い知らされる。
――アスワンにて。
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