2017/03/18 - 2017/03/18
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プラハ。個人的には、数か月前の夜のクリスマスマーケットで訪問以来、2回目。今回は、本格的に観光です。目的の1つ、ムハ(ミュシャ)の絵を見ることだったのですが、なんと、大作の「スラブ叙事詩」が日本で展示されており、プラハにないとのこと。国外に持ち出すことは遺言で禁止されていたはずなのに。結果、日本での展示が終わり、チェコに戻ってきても展示する予定がないまま(ブルノで一部あったのですが)、見るチャンスがないまま、現在2019年に至っている。
<追記>---------------
2019年に「スラヴ叙事詩」はモラフスキー・クルムロフ城に展示されることが議会にて決定。2020年7月から公開予定。
https://news.expats.cz/weekly-czech-news/confirmed-alfons-muchas-slav-epic-will-return-to-moravsky-krumlov-for-at-least-five-years/
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プラハはチェコの首都で、街はヴルタヴァ川によって二分されています。「百塔の街」という愛称で親しまれ、歴史地区の中心部にある旧市街広場で知られています。この広場は色彩鮮やかなバロック建築、ゴシック様式の教会、1 時間ごとにからくりが動き出す中世時代の天文時計で有名です。1402 年に完成したカレル橋は、歩行者専用になっており、橋の欄干に沿ってカトリック教の守護聖人の彫像が並んでいます(Wikiより)。
写真は、旧市街広場にあるティーンの前の聖母教会。
この旅行記では、旧市庁舎のガイドツアー中心で。少し写真が多いですが。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
国立博物館
Národní muzeum
国立博物館の前に広がるヴァーツラフ広場から観光スタート。
旧市街の歴史地区を目指します。
チェコの近代歴史を語るに欠かせない、プラハ随一の目抜き通り。1968年の民主化運動「プラハの春」の際には、ソ連が民主化阻止の為に軍事介入、戦車を乗り入れた場所。さらに、1989年の共産党体制の崩壊をもたした無血革命「ビロード革命」の歴史的な舞台。聖ヴァーツラフの騎馬像 モニュメント・記念碑
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聖ヴァーツラフ像
Pomník svatého Václava
「プラハの春」
1968年、共産主義時代のチェコで民主的改革を唱えたドプチェク政権は、検閲廃止、集合・結社の自由など人間の顔をした社会主義を進めようとした。しかし、これをソ連への反抗とみなしたワルシャワ条約機構軍は、このヴァーツラフ広場に戦車を乗り入れ、チェコ全土を制圧した。「プラハの春」がもろくも崩壊した瞬間。聖ヴァーツラフの騎馬像 モニュメント・記念碑
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ヴァーツラフ広場
この通りに、そのプラハの春の際に、ソ連の武力侵攻に抗議の焼身自殺した若者2人の記念碑がある。青年の名前は大学生ヤン・パラフ(Jan Palach)とヤン・ザイーツ(Jan Zajíc)の二人。
ところで、彼らの名前同様、チェコにはファーストネームにヤンが多い。中世の宗教改革者ヤン・フスや、フス戦争の隻眼の英雄、ヤン・ジシュカに影響されているのかな。ヴァーツラフ広場 広場・公園
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火薬塔を目指して適当に歩いていたら、通りの向こうの方にそれらしい黒っぽい塔が。
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インドジシュスカー塔 (Jindrisska vez)
近づいてみると実際には火薬塔とは違う塔でした。。。インドジシュスカー塔 (Jindrisska vez) 建造物
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The Powder Tower
Prašná brána
火薬塔
こちらが本当の黒い火薬塔。旧市街を守っていた門のひとつ。もともと1475年にゴシック様式で建てられたもので、17世紀に火薬庫として使用されていたためのこの名がついた。65m。隣にあるのが、市民会館。火薬塔 (火薬門) 建造物
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The Powder Tower
Prašná brána
火薬塔火薬塔 (火薬門) 建造物
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The Powder Tower
Prašná brána
火薬塔火薬塔 (火薬門) 建造物
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The Powder Tower
Prašná brána
火薬塔 -
市民会館のツアーに参加すべく、時間があったので、前の広場でやっている屋台で腹ごしらえ。キリル文字に戸惑いながらも、何か分からないが、指刺しでビールとサンドイッチを購入。
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屋台前の小さいテーブルに地元の人と交じりながら、食べる。美味しい。
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Municipal House
Obecní dům
市民会館市民会館 建造物
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Municipal House
Obecní dům
市民会館
ツアーのチケット売り場。ここで日本語のパンフを忘れずにゲットすること。 -
Municipal House
Obecní dům
市民会館 -
Municipal House
Obecní dům
市民会館 -
Municipal House
Obecní dům
市民会館
もちろん、ガイドはチェコ語。日本人だと言うと、日本語でかかれた説明文を最初の切符売り場で頂く。各部屋に説明はないので、これがないときつい。 -
Municipal House
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市民会館
スメタナホール
市民会館の中央に位置するこのスメタナ・ホールには1200名を収容できる客席があり、作曲家であるベジドフ・スメタナにちなんでこの名前がついており、プラハ交響楽団の本拠地でもある。
スメタナホールのその価値は、芸術的装飾や音響のみにとどまらず、当時としては斬新な建築方法を試みたことにもよる。それは巨大なアーチ型の天井を支える鋼鉄のリベットによる建築方法である。中央の天井には、色ガラスと装飾格子で形作られた曲線を描く大きなステンドグラスの装飾窓があり、ホール全体に美しい光の帯を注いでいる。
<説明文から抜粋> -
Municipal House
Obecní dům
市民会館
スメタナホール -
Municipal House
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市民会館
スメタナホール -
Municipal House
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市民会館
スメタナホール。天井のステンドグラス。 -
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市民会館
カフェ
スメタナホールの客席の左出口から廊下に出ると、すぐそこにカフェの入り口がある。ここは主にバロック様式(または、ネオ・バロック)であるが(直線的デザインの椅子など)、各所にアール・ヌーボー様式も見つけることができる(金を使用した装飾、ランプやエアコンの格子部分の花柄など)。
主な装飾の特徴は、柱と壁に見られる漆喰の装飾加工とその表面に施された金めっきであり、大きな窓と白い壁の為に室内が上品に明るく作られている。
いくつかのテーブル、ソファ、ガラス製キャビネット、カウンターの一部、照明器具などは本来のままである。次のサロンに続く手前のスペースには、V・ヤンサによる絵画「ターボルの街の眺め」が掛けられている。
<説明文から抜粋> -
Municipal House
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市民会館
カフェ -
Municipal House
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市民会館
カフェ -
Municipal House
Obecní dům
市民会館
カフェ
V・ヤンサによる絵画「ターボルの街の眺め」。 -
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市民会館
カフェ -
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市民会館
スロヴァーツコ・サロン
カフェからのドアを抜けると、そこは、スロヴァーツコ・サロンである。
ここは小さなサロンで、モラヴィア地方の一地域である「スロヴァーツコ」の民族模様が装飾のモチーフとなった為に、この名前がつけられた。そのモチーフは壁の模様やカーテンの刺繍、麻や皮でできた装飾に見ることができる。このサロン全体は、ブルジョアの住居スタイルの影響を受けている。
<説明文からの抜粋> -
Municipal House
Obecní dům
市民会館
スロヴァーツコ・サロン -
Municipal House
Obecní dům
市民会館
スロヴァーツコ・サロン
ここにあるインテリアでユニークなのは、金属製カタツムリのミニ噴水のついた水槽で、現在の展示では作動させていないが、1909年のアール・ヌーボー様式のものである。
<説明文からの抜粋> -
Municipal House
Obecní dům
市民会館
スロヴァーツコ・サロン
ここにあるインテリアでユニークなのは、金属製カタツムリのミニ噴水のついた水槽で、現在の展示では作動させていないが、1909年のアール・ヌーボー様式のものである。
<説明文からの抜粋> -
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市民会館
ボジェナ・ニェムツォヴァーの小サロン
このサロンは、チェコにおける重要な女流作家であるボジェナ・ニェムツォヴァー(1820-1862)の名を持ち、スロヴァーツコ・サロンとオリエンタル・サロンの間の角に位置する。
そこには、現在も使用可能なオスヴァルト・ポリーフカの提案で作られた噴水がある。その噴水はカラフルなガラスをはめ込んだモザイクで覆われており、白い陶器でできた真ん中の階段状の小さな滝部分は、アール・デコ調である。受け皿部分は大理石製で、噴水の上部には光沢加工を施したボジェナ・ニェムツォヴァーの小さな像が飾られている。これは修復工事の際に、写真をもとに作られたレプリカである。壁部分は人口の大理石で覆われており、細い木をはめ込んだ床の中心部分は、楕円形に細工が施されている。ブロンズ製の暖房の覆いもまた、巧みな手細工である。
<説明文から抜粋> -
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市民会館
オリエンタル・サロン
このオリエンタルサロンは、アール・ヌーボーとオリエンタルな装飾が見事に調和しているところであり、主にチェスやカードなど、ゲームを楽しむ目的で作られたサロンである。
壁の模様は、元来の色のパターンを受け継いでしっくいに色をつけたもので、さらに上部の壁の装飾は、弧を描いて交差するトリネコの木である。
このサロンは元来のインテリアを完全に保っており、その配置は1912年のものである。
<説明文抜粋> -
Municipal House
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市民会館
オリエンタル・サロン -
Municipal House
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市民会館
オリエンタル・サロン -
Municipal House
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市民会館
オリエンタル・サロン -
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市民会館
オリエンタル・サロン -
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市民会館
オリエンタル・サロン -
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市民会館
オリエンタル・サロン -
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市民会館
オリエンタル・サロン -
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市民会館
グレーグル・ホール
このホールは19世紀における重要な政治家で、チェコ青年団の創始者の一人であり、「国民新聞」の創始者であったユーリ・グレーグル博士にちなんでこの名がつけられた。
主な装飾としては、壁に据え付けてあるフランチシェク・ジュニーシェクの絵画(1911年作)で、それらの絵は生命の誕生から死に至るまでの過程を表している。三つの物語(左から)、「慈悲の歌、戦争の歌、弔いの歌」。天井の壁画もジェニーシェクの作で、それぞれ、「生命、詩、死」の名がついている。
壁は人工の大理石と漆喰で覆われており、窓と窓の間にはグレーグル博士の胸像がある、このホールはもともとパーティや社交のための娯楽施設として作られたため、ホールには音楽家のためのステージとギャラリーが設けられている。大きなシャンデリアはフランチシェク・クシジークの作品で、カーテンや、ステージの幕などは、当時の写真から作ったレプリカである。
<説明文抜粋> -
Municipal House
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市民会館
グレーグル・ホール、天井画。中央にあるので、「詩」。 -
Municipal House
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市民会館
グレーグル・ホール、天井画拡大。 -
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市民会館
グレーグル・ホール、中央壁画。「戦争の歌」 -
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市民会館
グレーグル・ホール、左壁画。「慈悲の歌」かな? -
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市民会館
グレーグル・ホール、右壁画。「弔いの歌」
これは絵の内容から何となく、弔いの場面とわかる。 -
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市民会館
グレーグル・ホール、出口側。 -
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市民会館
グレーグル・ホール。パノラマ。 -
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市民会館
グレーグル・ホール。
グレーグル博士の胸像。 -
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市民会館
グレーグル・ホール。入り口側。 -
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市民会館
グレーグル・ホール。
出口側にあるので、「死」だと思われるが、、、よくわからないなあ。 -
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市民会館
パラツキー・ホール
このホールは、19世紀における国民の文化生活のための重要な活動的人物で、チェコの歴史学者、政治家でもあったフランチシェク・パラツキー(1798-1876)の名をもっている。主にホールを飾るのは、壁や天井のヤン・プレイスレルによる絵画(1910-1912)で、天井画には「少女と飛翔する鳥たち」という題がつけられている。壁にある二つの絵画は、彼の想像による風景画である。一つ目は水浴びをする女たちで、二つ目は槍を手に白馬にまたがり勝利に浸る青年の姿である。
壁は人工大理石で、そこにはよく磨かれた大きな鏡があり、シャンデリアはクシジーク社製である。窓際にはヨゼフ・ヴァーツラフ・ミスルベク作のフランチシェク・パラツキーの胸像が飾られている。長椅子の木製の柱にはそれぞれ小さな女性の彫刻が施されており、ホールのドアの取っ手はエキゾチックなエジプト風の装飾である。
<説明文から抜粋>
写真は天井画の「少女と飛翔する鳥たち」 -
Municipal House
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市民会館
パラツキー・ホール -
Municipal House
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市民会館
パラツキー・ホール
ヤン・プレイスレルによる絵画(1910-1912)で、壁にある二つの絵画は、彼の想像による風景画である。一つ目は水浴びをする女たちで、二つ目は槍を手に白馬にまたがり勝利に浸る青年の姿である。
<説明文抜粋> -
Municipal House
Obecní dům
市民会館
パラツキー・ホール
Municipal House
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市民会館
パラツキー・ホール
ヤン・プレイスレルによる絵画(1910-1912)で、「水浴びをする女たち」
<説明文抜粋> -
Municipal House
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市民会館
パラツキー・ホール
Municipal House
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市民会館
パラツキー・ホール
Municipal House
Obecní dům
市民会館
パラツキー・ホール
ヤン・プレイスレルによる絵画(1910-1912)で、「槍を手に白馬にまたがり勝利に浸る青年の姿」。
<説明文抜粋> -
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市民会館
パラツキー・ホール
部屋に入る扉の上に、金色のパラツキーの文字。 -
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市民会館
そして、いよいよ本命の市長ホール。ここはムハの世界。
市長ホール
ちょうど正面玄関の真上に位置するこの市長ホールは、市民会館の中でも造形美術的にもっとも印象的な内装を持つ。その装飾はすべて、アルフォンス・ムハ(ミュシャ)のものである。
ホールの上部全体、壁から天井にかけては、国民の根底にある伝統や歴史を彷彿とさせる、スラヴ民族の団結がテーマになった絵画で覆われている。
<説明文抜粋> -
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市民会館
市長ホール
その天井に向かって描かれている8つの人物画は、チェコの歴史上の重要人物で、絵の下にはそれぞれの人物の性格を象徴する言葉が、ムハ独特の飾り文字で書かれている。
①ヤン・ジシカ=戦いに臨む勇者(Bojovnost)
②ヤン・アモス・コメンスキー=忠誠(Vernost)
③ペルンシュテインのヴォイチェフ=力強さ(Sila)
④ホツコ人(南西ボヘミアの国境を守っていた俗に”ドック・ヘッド”と呼ばれた民族)=番人(Ostrazitost)
⑤ドゥバーのヤン・ロハーチ=厳格さ(Nepoddajnost)
⑥ポチェプラトのイジー=独立(Samostatnost)
⑦ヤン・フス=正義(Spravedlnost)
⑧ブシェミスロヴェフの女王エリシカ=母性的叡智(Moudrost matefska)
<説明文抜粋>
グーグルストリートビューのリンク貼り付け。※初期画像は天井になっています。
https://www.google.de/maps/@50.0876449,14.4281516,2a,75y,242.58h,179t/data=!3m6!1e1!3m4!1sMeNFobVHV48AAAQvyAVLjg!2e0!7i13312!8i6656?hl=ja -
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市民会館
市長ホール
「スラヴの団結」という名をもつ天井の壁画は、スラヴ民族の人々の営みが円形に描かれており、その空の中央には翼を盾にしてその人々を守っている大きな鷲の姿が見える。
<説明文抜粋> -
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市民会館
市長ホール
それでは1枚1枚じっくりと。入ってきた入り口から右上にある絵から時計まわりに。
①ヤン・ジシカ=戦いに臨む勇者(Bojovnost)
その天井に向かって描かれている8つの人物画は、チェコの歴史上の重要人物で、絵の下にはそれぞれの人物の性格を象徴する言葉が、ムハ独特の飾り文字で書かれている。
<説明文抜粋>
①ヤン・ジシカ=戦いに臨む勇者(Bojovnost)
②ヤン・アモス・コメンスキー=忠誠(Vernost)
③ペルンシュテインのヴォイチェフ=力強さ(Sila)
④ホツコ人(南西ボヘミアの国境を守っていた俗に”ドック・ヘッド”と呼ばれた民族)=番人(Ostrazitost)
⑤ドゥバーのヤン・ロハーチ=厳格さ(Nepoddajnost)
⑥ポチェプラトのイジー=独立(Samostatnost)
⑦ヤン・フス=正義(Spravedlnost)
⑧ブシェミスロヴェフの女王エリシカ=母性的叡智(Moudrost matefska) -
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市長ホール
②ヤン・アモス・コメンスキー=忠誠(Vernost) -
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市長ホール
③ペルンシュテインのヴォイチェフ=力強さ(Sila) -
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市長ホール
④ホツコ人(南西ボヘミアの国境を守っていた俗に”ドック・ヘッド”と呼ばれた民族)=番人(Ostrazitost) -
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市長ホール
⑤ドゥバーのヤン・ロハーチ=厳格さ(Nepoddajnost) -
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市長ホール
⑥ポチェプラトのイジー=独立(Samostatnost) -
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市長ホール
⑦ヤン・フス=正義(Spravedlnost) -
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市長ホール
⑧ブシェミスロヴェフの女王エリシカ=母性的叡智(Moudrost matefska) -
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市長ホール
壁を覆う3つの壁画は左から「犠牲(過去)」、「自身の力(未来)」、「男らしさ(現代)」という題をもち、ムハの国を愛する心から、チェコ民族の歩んだ暗い歴史と、これから訪れるであろう明るい未来を夢見て描かれたものである。
<説明文抜粋>
写真中の絵は「犠牲(過去)」。 -
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市長ホール
壁を覆う3つの壁画のひとつ、中央にある「自身の力(未来)」。 -
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市長ホール
壁を覆う3つの壁画のひとつ「男らしさ(現代)」。 -
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市民会館
市長ホール
窓にはムハのアイデアをもとに作られたステンドグラスの効果によって、ホール全体に魅惑的な雰囲気が醸し出されている。8つの人物画の下にそれぞれ飾られている女性の頭も、孔雀をモチーフに贅沢に刺繍を施したカーテンも、ムハの典型的な装飾デザインである。
ムハは自国を離れて生活していたが、チェコに対する愛国心がとりわけ強く、この市民会館建設に関わる作品・デザイン制作の依頼も、あまりに大きな作業にもかかわらず、まったくの無償で引き受けたという。
<説明文抜粋> -
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市長ホール
窓側におかれた長椅子の背もたれのデザイン。 -
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市長ホール
窓側に配置された椅子。 -
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市民会館
市長ホール
隣の部屋に続く仕切りにあるカーテンも独特。 -
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リーグル・ホール
堂々とした雰囲気が漂うこのホールは、チェコの重要な政治家で新聞記者でもあった、熱烈な愛国心の持ち主フランチシェク・ラヂスラフ・リーグル(1818-1903)の名がついている。
主な装飾は壁にあるふたつの絵画で、チェコの作家を始め画家、作曲家のポートレートが一同に描かれている。「チェコの春」と名付けられたこの写実的な絵画は、1913年のマックス・シュヴァビンスキーの作品で、左の絵には5人の作家(左から) スヴァトプルク・チェフ、ヤン・ネルダ、ヤロスラフ・ヴルフリツキー、ポジェナ・ニェムツォヴァー、ユリウス・ゼイェル。右には彫刻家ヨゼフ・ヴァーツラフ・ミスルベク、2人の画家ミコラーシュ・アレシュとヨゼフ・マーネス、そして大作曲家であるベドジフ・スタメナとアントニーン・ドヴォジャーク(ドヴォルザーク)が描かれている。
<説明文抜粋> -
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市民会館
リーグル・ホール
1913年のマックス・シュヴァビンスキーの作品、「チェコの春」。
左の絵には5人の作家(左から) スヴァトプルク・チェフ、ヤン・ネルダ、ヤロスラフ・ヴルフリツキー、ポジェナ・ニェムツォヴァー、ユリウス・ゼイェル。 -
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市民会館
リーグル・ホール
1913年のマックス・シュヴァビンスキーの作品、「チェコの春」。
右には彫刻家ヨゼフ・ヴァーツラフ・ミスルベク、2人の画家ミコラーシュ・アレシュとヨゼフ・マーネス、そして大作曲家であるベドジフ・スタメナとアントニーン・ドヴォジャークが描かれている。
それぞれの人物が生きた年代や地域はバラバラで、同時にひとつの芸術作品としての絵に一同が揃うというのはおかしなことであるが、例えば、世界的に見ても最も重要な作曲家に挙げられるスメタナとドヴォジャークが、ひとつの絵にそろって描かれているのは世界中でここだけであり、非常にめずらしく興味深い絵といえる。
<説明文抜粋> -
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市民会館
リーグル・ホール
その絵画の間には、ヨゼフ・ヴァーツラフ・ミスルベク作のリーグルの胸像がある。その横の壁には(左の絵の下)大理石製のボードが掲げてあり、1867年のボヘミア王国集会でのリーゲルの演説が刻まれている。このボードは、チェコがドイツの保護下にあった1940年に、保護国庁の命令によって隠蔽されており、50年後の1990年に日の目を見たものである。
本棚には「プラハの寓話」というJ.ベカーレク作の彫刻があり、白い壁から天井にかけては見事な漆喰の装飾加工が施されている。窓の間にある鏡のところには、「国民よ、くじけるな」という言葉が掲げられている。
<説明文抜粋>
チェコは、中世より長い間、周辺の大国に征服されてきていた。ハプスブルグ家、ナチス・ドイツ、そして、ソ連。そして、1989年、ビロード革命による自由を勝ちとる。 -
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市民会館
ツアー最後の大ホール。 -
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市民会館 -
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市民会館 -
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市民会館
ツアー後もしばらく、内部をぶらぶら。 -
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市民会館 -
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市民会館 -
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市民会館
壁に埋め込まれているタイルによる装飾もおしゃれ。 -
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市民会館 -
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市民会館 -
市民会館を後にして、ツェレトゥナー通りを通って、旧市街広場まで。通称、王の道。火薬塔の門をくぐって、川を渡って丘の上の王宮まで、ここをパレードしたらしいです。
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ツェレトゥナー通り。道沿いに赴きのある建物が続きます。
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旧市街広場につきました。
ティーンの前の聖母教会
Chrám Matky Boží před Týnem
2本の塔がひときわ目に引く教会。ゴシック様式。その全身は1135年に建てられた外国の商人たちの為の宿泊施設に付属する教会だったという。今の姿は1365年に改築されたもの。ティーンは税関を表し、裏側に税関があったのでその名がついたらしい。教会の前の建物は、ティーン学校でゴシック様式のアーケードとルネッサンス様式の美しい飾り屋根をもつ。この教会は15世紀前半にはフス派の本拠地として機能していた。(歩き方から)ティーン教会 寺院・教会
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キンスキー宮殿
Národní galerie, Palác Kinskýcゴルツ キンスキー宮殿 城・宮殿
-
それらをバックに広場の中央にあるヤン・フス像。
ボヘミアの歴史で欠かすことのできない宗教改革者。結局、処刑されてしまう。マルティン・ルターよりも1世紀前の人。フスは処刑される直前に、もし異端であることを認めれば命は助けるという要請を拒否し、処刑されたが、彼の最期の言葉は「真実は勝つ(チェコ語: Pravda vítězí)」だったとチェコ人の間に伝わり、外国支配の続いたチェコ人のよりどころとなり、1920年にチェコスロバキアが独立すると国の標語となった。(Wikiから)ヤン フス像 モニュメント・記念碑
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聖ミクラーシュ教会
Chrám svatého Mikuláše
白壁の教会。バロック様式のファザードが荘厳な雰囲気。現在はフス派の教会とのこと。聖ミクラーシュ教会 寺院・教会
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旧市庁舎
Staroměstská radnice
右側が空き地になっているが、本来はここまで建物があったらしい。第二次世界大戦でナチス・ドイツにより破壊された。その記憶を忘れないようにと空き地のままになっているらしい。(歩き方から)プラハ旧市庁舎の塔 建造物
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ティーンの前の聖母教会
Chrám Matky Boží před Týnem -
ティーンの前の聖母教会
Chrám Matky Boží před Týnem -
旧市庁舎
Staroměstská radnice -
旧市庁舎とティーンの前の聖母教会
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プラハの天文時計
Pražský orloj
旧市庁舎にある天文時計。縦に文字盤が並んでおり、それぞれが作られた当時の宇宙観(天動説)に基づいた天体の動きと時間を表している。上が地球を中心に回る太陽と月、その他の天体の動きを示し、年月日と時間を示しながら1年かけて一周するものでプラネタリウムと呼ばれている。下は、黄道12宮と農村における四季の作業を描いた暦で、1日に一目盛り動く。こちらはカレンダリウム。(地球の歩き方より)天文時計 建造物
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プラハの天文時計
Pražský orloj
毎時ちょうどに仕掛け時計が動き出します。見ましたが、15世紀のものとして暖かい目で見てやってください。 -
プラハの天文時計
Pražský orloj -
スグラフィット装飾を引く建物。こちらも市庁舎の一部らしい。
(2層の対照的な色からなる漆喰の、表面の湿った層を掻き落として線画を描く壁の装飾技法。) -
さて、カレル橋まで、カレル通りを行きます。この写真は広場を振り返ったところ。
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旧市庁舎
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ところどころにあるこのお菓子の看板。
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Trdelník(チェコ語)というお菓子。
60Kc、チョコーレートを入れてもらうと、70Kc。
もともとの由来は、現在のルーマニアらしい。ハンガリーでは、Kürtőskalács。チェコで広まったのはつい最近とのこと。従って、チェコの伝統菓子でも何でもない。 -
でも、チョコレート入りをいただく。
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カレル橋。
Charles Bridge
Karlův most
ドイツ語だとカール。英語読みだとチャールズなんだ。
遠くにプラハ城が見える。カルルーフ橋 建造物
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カレル橋。
Charles Bridge
Karlův most -
城に行くのは明日。小雨も降っているので、途中でレストランを探しながら、ホテルの方向へ引き返す。
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再度、旧市街広場、時計塔。
-
夜の旧市街広場。ティーンの前の聖母教会。
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