2019/04/06 - 2019/04/06
849位(同エリア1108件中)
はいさいさん
その2の続き。②網走刑務所について。
日本最北かつ最恐の刑務所と聞いていた。木造の刑務所として世界最古の「五翼放射状平屋舎房」を一目見ようと博物館網走監獄へ。
明治時代の日本。明治維新後の内乱のころ、本土各地の監獄で収容過剰となり1890(明治23)年に囚人を北海道の網走刑務所に移した。博物館での展示パネルを見ながら歴史を紐解いたが、当時ロシア帝国による脅威を防ぐために北海道の開拓が重要だったとのことで、にわかに囚人を労働力として使役させて北海道の防衛と開拓を進める政策を行ったようだ。無期懲役や懲役12年以上の重罪人1392人が収容され、過酷な労働条件下で、わずか1年間で網走-北見峠までの160kmを開通させる労役にあたった。その間、200人以上の死者を出した。
現代における人権の観点からすると考えられないことであり、かつ監督する刑務官も自分の職責のために極寒の地で任務を余儀なくされたわけでもある。多方面からの視点で考えさせられる貴重な遺産が「網走刑務所」である。
さまざまな犠牲のもとに、便利さが成り立っているのはいつの時代も同じなのか…
後の時代には、その既成事実を肯定や否定しながら歩んでいくのもまた真なのか…
善悪や白黒という明確な線引きができないことに、不甲斐なさを感じながら網走を訪ねてきた。
- 旅行の満足度
- 5.0
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まずはこの橋を渡る。
鏡橋。「我が身を見つめ自ら襟を正す」という意味が込められているのだとか。 -
到着してまずは昼食をいただく
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いろいろなメニューがあるようだが…
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やはりこころは、監獄食A(さんま)をいただくことにする
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思ったよりもボリュームがあり、かつおいしい!
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腹ごしらえを終え、監獄の見学へ
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奥へと進みまずは、庁舎に入った
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右手に店員かと思いきや、さっそく人形があらわれる
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床には囚人が開削した道路の総距離724kmとあった。
すさまじい距離数ではないか! -
庁舎をあとにして、看守長屋だったところを見学
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蝋人形が生きているように見えた
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長屋の様子。家屋の前には井戸や五右衛門風呂などがあった
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次にいったのは、「動く監獄」と言われた休泊所。
日帰りで帰ってこれないときは、現地にこのようなものを建てて仮の監獄としていた。 -
内部の様子。脱走できそうなものだが、極寒の地においては、一度脱走しても食事にありつけるため戻ってくるのだとか。
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外に出てさらに上に進むと農園にたどり着いた。
小麦や大根の収穫をしているとのこと。 -
二見ケ岡刑務支所。
網走湖、能取湖の二つの湖を願望できる位置にあるからこの名がついたのだとか。 -
ここは彫刻の作業室。
1 交談禁止
2 脇見禁止
3 無断離席禁止 -
食事の様子
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こちらは炊場。
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さらに奥に進むと浴場があった。
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こちらは、教誨堂。
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その後、舎房と中央見張所へ。
世界最古で最大の木造刑務所なのだとか。 -
中央見張所。
博物館網走監獄 名所・史跡
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舎房の壁は工夫されていて、廊下を歩く看守からは中を簡単に見ることができるが、囚人側からは向かいの囚人が見えないようにできていた。
また、暖房をたいたときに舎房に熱が入るようにもなっている。シンプルだが見事なつくりである。 -
脱獄を試みる蝋人形を発見
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極寒の地において、このストーブだけで暖は十分だったのだろうか。
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その後、監獄歴史博物館へ。
当時使用されていたものが展示されていた。 -
このようなものも
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教誨堂。
外観は和風、内部は洋風の和洋折衷の建物。
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