2019/02/26 - 2019/03/01
72位(同エリア98件中)
マンサフさん
羽田を発って12時間、カタ-ル・ド-ハでの乗り継ぎ時間は65分
幸いなことに少し早着した
ド-ハからラルナカは4時間半、到着小1時間ほど前から雪景色が暫く続く
写真はレバノンのクルナ・アッサウダ-山3083米と思われるがヘルモン山2814米かも知れない
どちらかな、どちらでもないのかな?
レバノンの首都ベイル-トは嘗ては中東のパリと言われ美しいビ-チもありスキ-も楽しめたそうで雪があってもおかしくない
しかし、ヨ-ロッパからの観光客で賑ったのも今は昔(8年前も内戦の傷跡がそこかしこにあった)だ
キプロスでは
マリ-ン・レジャ-、古代遺跡、トロ-ドス地方の教会・修道院群が売りだろうが「マリ-ン」は無理として何が楽しめるのだろうか・・・
私にはもう一つ「グリ-ンライン」と呼ばれるキプロスと北キプロス境界線に展開されているキプロス国連平和維持隊(軍)なるものをこの眼で見てみたかった
最初の目的地ニコシアはキプロス、北キプロスの軍事境界線が走り、双方の首都と言う世にも珍しい首都だ
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 航空会社
- カタール航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ラルナカ空港からはエアポ-ト・シャトルバスで首都ニコシア(レフコシア)に小一時間
出発時間真近になってもバスは現れない
何のことはない、目の前の小型バス(大型バン?)に手荷物用カートを曳いているのがシャトルバス・・・
普通のバスを想像していたので危うくミスするところだったが自分で手荷物積み込んで出発 -
バスタ-ミナルはニコシアの郊外(Skirt)にあり、B・Tから旧市街近くのお宿までタクシ-で13ユ-ロ
キプロス島内に鉄道はなく頼りは路線バスだが、路線網・運航本数とも十分とは言えず、レンタカ-を使わない貧乏旅行者には優しくない
街中は容易にタクシ-が見つかるが高い! 日本と同等或いはヤヤ高か?
イギリスの植民地だった所為で、左側通行と言うのは要らぬ注意を払わなくて良いのは助かった -
どなたの霊廟?
-
タクシ-で15分、昼頃に着いた屋敷は
電動鉄扉、敷地が千坪(イヤ,もっとかな)はあろうか
今夜から3泊の我らがお宿
オ-ナ-は日本の大手企業の現法のエグゼクティブと思われる品の良いジェントルマン(追ってUP)
日本人宿泊者は我等で創業以来3組目、本社(?)から何人も食事には見えたが一人も泊てってないと・・オーナ-談 -
階段上がって二重玄関を入ると50畳ほどのリビングル-ム
7歳にしては老けてる2匹のゴ-ルデンレトリバ-、猫25匹、オーム1羽が住んでいる
この階段を上がったところに我らの部屋があった -
時差があり眠かったが寝るには未だ早い
先ずは博物館ヘ、と言うには可愛いいくらい小さな「キプロス考古学博物館」
宿から徒歩6~7分の旧市街を囲む城壁の外側にあり、こじんまりと陳列物が並び鑑賞し易いがキプロス最大の博物館とのこと
キプロスではこの種の入場料には65歳以上「シニア-料金・半額」が設定されている
改札でシニア-料金の有無を尋ね、Yesと・・・でお願してみたら
中年女性係員が日本人老夫婦二人の顔を交互に見比べ、疑わしそうに更にジーッと家内を見つめているので
パスポ-トありますよ、お見せしましょうか?
との私の問いに
不審そうな顔をしてたが、マア良いかと言った感じでOKに・・・・ -
BC30世紀(もっと昔だったかな?)頃のフィギュア-
良く見ると確かに人物像の様です -
鳥獣人?
いつ頃の作だったかな? -
戦士像(BC11世紀頃)、兵馬俑ではありませんゾ
-
古代コインがザック・ザック・・・一枚欲しい!
-
今付けても斬新なピアス、ブレスレットってキット評価されるヨ、とカミサン
羨ましそうに眺めていた -
ミケ-ネ時代(BC13~11世紀)の文様
この色使いは南米・古代(中世じゃなく)インカ時代の土器にもみられます、TV・BSでやってました -
銅産出量が多く近隣諸国に狙われた不幸な歴史もあった
-
お目当てのアフロディ-テ像が展示室「壁塗り替え」養生の為スッポリ
なんじゃい、こりゃ! -
ファマグスタ門
周囲4.5kmの旧市街を囲む城壁に3つある門(出入口)の一つで幅45mと最大の門で、16世紀ヴェネツィア時代のもの
各種刊行物でもニコシアと言うと巻頭を飾っているのがこの門、そんなに大したモンかな~ -
他の国でも偶に見かける黄色いポスト
-
聖ヨハネ教会の隣に立つ大主教の館、キプロス正教本部
大主教&初代大統領マカリオス三世の住まいだったそうな
ケネディ-大統領から贈られたというキャデラックがある筈だが、見つけられなかった
50年以上経ってるから錆びだらけかな? -
聖ヨハネ教会
見事なイコンの数々・・・中は撮らせて呉れません -
ビザンティン美術館
イコンの数々、ヤッパリ撮影禁止でした
男女織り交ぜた制服姿、皆さん和やかなんですが・・・・キプロス兵士、それとも国連平和維持軍?
何してんだろ~ -
聖ヨハネ教会
-
聖母マリア母子像の傍らに、ややユ-モラスな両掌に釘を打ちこまれてるイエスの姿が???
-
未だ境界線は通過してないからオメリエ・モスク(?)
-
国境検問所
左側掘立小屋で先ずキプロス側オフィサア-(ギリシャ語Polisのプレ-トが光る)から型どおりのパスポ-ト・チェックを受けキプロスを出国、その10メ-タ-ほど先の掘立小屋で北キプロスの入国審査を受ける
右のプレハブは逆の北キプロス→キプロスの出入国管理事務所(こういう言いかたで良いのかどうかは解りませんが)
帰路は逆側(写真右側)を北キプロス、キプロスと審査を受け入国と相成る
別々の国(?)が同じ首都を使ってる稀有な例だったが、昨年「トランプ大明神」のエルサレムのイスラエル首都承認でイスラエル&パレスチナ間で似た様な事になってきた・・・一寸違うけどネ
この先から「北キプロス」だけど何処にも「国連軍」と思しき兵隊さんは見当たりませんナ -
検問所(?)を過ぎると一変、アラブと言うか中東・北アフリカと言うか「イスラム世界」に飛び込むことになる
左にある「金銀財宝」屋さんが現れる、ホボ金製品ばっかしです、それも店頭には22金(純金の22/24)を扱う店が多くオシャレより財産として持つのかナ・・・ -
この雰囲気ネ・・
-
左は時計・貴金属屋さん
-
セリミエ・モスク
フランス・ルイ9世により建設が始まり、第7次十字軍遠征にも利用された
13世紀ビザンティン時代には聖ソフィア大聖堂(1208~1326)として使われていたがオスマントルコ治世下モスクに改修された -
何とかマ-ケットだった
売られてるものが中東っぽいデス、どう見てもヨ-ロッパじゃないネ
でもこの種のお店群好きなんですよ、ワタスは -
ナッツやお菓子の量り売り
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ビュック・ハ-ン(1576年造)
旅する商人(隊商)達の宿・・馬やラクダ、ロバが大きな荷物を背に行き交ったキャラバンサライの入口 -
入ってゆくと・・・
-
当時は
交易所・商店・飯屋・宿屋・遊女屋(?)が雑多に在って、活気に満ちた色んな人種が行き来し、色んな言葉が交わされてたのでしょう -
祈りの場(?)も・・・
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角度を変えて
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イスラム圏で男たちが真剣にやってるゲ-ム
2個のサイコロ振って、手早く平べったい碁石擬きの白12、黒13を動かす
全く訳(ルール)解らないス
ここまで「北キプロス」です -
キプロスに戻りました
ムサカは旨いです
3泊で2度食べに行きました -
宿泊屋敷のダイニング(30畳ほど)に入ると食器棚
-
-
猫も一緒に
お前さんのお蔭で俺は定席を追い出された -
色々と置いてあります・・・
-
君の所為で、オレはコッチ
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一寸手入れの行き届かない庭
-
前日ビニ-ルカバ-がかかっていて「アフロディ-テ(ヴィーナス)」を見損なった日本の老夫婦
「歴史博物館」を通りかかった序に
「受付嬢」に自分を指さし「覚えてる?」、彼女「ハイ」
私達はアフロディ-テ像を見る為にここに来たのだが、昨日は観れなかったと理由を告げ再入場したいと頼むとあっさりと「ドーゾ」と
古代ギリシャで造られ、ル-ブル美術館にある方がよく知られているが「ヴィーナス」が生まれたのは「ギリシャ神話」によるとキプロス
ヴィ-ナスは「アフロディ-テのラテン語名」を「英語読み」にしたものだそうだ
アフロディ-テの泉やアフロディ-テの岩もあり、何でも「アフロディ-テ」だ
キプロスっ子の誇りなのだ -
想像していたより素直な立ち姿、小ぶりな像だった
-
ロ-マ皇帝セプティムウス・セウエルス像
アフリカ出身、AD146-211、在位193-211
47歳(当時ならもう立派な老人)で皇帝になったんだから、こんなにカッコ良くは無かったでしょう・・・日本老人のやっかみです -
再び北ニコシアヘ向かう
ニコシアのメインストリ-ト・リドラス大通りを行く -
越えると、やっぱりアラブでしょ?
もうグリ-ンライン(国境)越えてます -
何処だったかな?
-
イスタンブ-ルに似た様なカフェ街だよネ
勿論イスタンブ-ルの方が洒落てるけど -
セリミエ・モスクが見えてきました、この前と同じ道をたどっています
-
今日はモスク拝観デス
-
ミラ-ブ(メッカの方向を示す)の前で信徒4,5人が説教を聴いている
この地も宗教離れの波がヒタヒタと・・・? -
上手に撮れない、持ってきたレンズは18-300mm一本なもんで広角度狭くて・・・不精したから仕方ないです
-
左のイラスト画ではなく中央の「ブツブツ丸いもの」はナ~ンだ?
売りものじゃないだろうし
イヤ、売り物なのだろうか? -
ボタンでした
好き(必要な)なものを持ってゆけば良いのかな~ -
ベネチア柱?(Venetian Column)1489年Salamisから移築
手前の建物は
英国植民地裁判所?(British Colonial Raw Courts)1901年築 -
左右から迫る土手はニコシアを囲む城壁
中央はGirne Gate,中に「観光案内所あり」とあったが無人だった
木曜日・日中ですよ・・・トルコよ、シッカリせんかい! -
時計屋、両替、上はホテル
アラブですネ(トルコはアラブじゃないけど) -
CYPRUS EVFAF ADMINISTRATION 1571と
あった・・・Evfafって? -
またもやキャラバン・サライ(全景です)に舞い戻りました・・・中央の建物
-
商人・旅人ではなく、今いるのは観光客です
-
左ひげの若者がチャンピオンだって、強いらしい
一勝負終わっても私がしつこく見ているもので
チャンピオンが一所懸命ル-ルを教えてくれるのですが、全く理解できない
多分、歳の所為でしょう -
3泊お世話になった我らの部屋
-
大きなバスル-ム、湯量も豊富、バスタブもちゃんと使えます
-
右から2,3番目がこの家の老犬達の幼少時、7年前です
何時もお迎えをサンキュ-
バイバイ! -
人も一緒で、歳食うとアカンね
-
君もネ、俺もネ
-
ホント、猫がやたらと多いのです
-
ギリシャ語と英語の併記ですから助かりました
左上オレンジ帯の下11:00発でPafosに向かいます、2時間ほどです
このバスタ-ミナルまで宿のオ-ナ-氏に送って貰いました
つぎはパフォス
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