ヴァッハウ渓谷周辺旅行記(ブログ) 一覧に戻る
旅程<br />1.オ-ストリア旅行最初はメルク・ヴァッハウ渓谷の電車と遊覧船の周遊券のコンビチケットをウィ-ン西駅の窓口で購入して、ウィーンからメルクへ電車で移動。<br />2.マリ-・アントワネットが結婚でパリへ行く途中に寄ったメルク修道院を見学。<br />3.ドナウ川遊覧船でメルクからデュルンシュタインまで移動し街歩き。<br />4.同じコンビチケットの券で再び遊覧船でクレムスへ。<br />クレムス船着場から通行人に道を尋ねて1.6km位徒歩でクレムス駅迄。<br />5.クレムス駅から電車でウィーンへ戻りクラシックの音楽家の彫刻の肖像を見にウィ-ン市立公園へ行った。<br />感想<br />1.メルク修道院の高台からのドナウ川の景色は美しく、付属の図書館はウンベルト・エーコが1980年に発表した小説で映画化された「薔薇の名前」の図書館のモデルとなっていて見る価値がある。<br />付属の教会の内部は豪華で必見。<br />2.ドナウ川は青くなかった、濃い緑で美しき青きドナウではなかった。<br />3.デュルンシュタインの街で試飲できるワイン店へ行った。その店の酒好きそうなマダムは英語で話しかけても返事は全てドイツ語、閉口したが有料で飲んだリ-スリングと地産のブドウ品種の白ワインはとても美味しく二本ともお土産に買った。買ったワインは40ユ-ロ位。<br />4.ウィ-ン市立公園へ行くまでの地下鉄は冷房なし、ウィ-ンは涼しいと思っている人がいるかもしれないが初夏は日本と同じく蒸し暑いので要注意。夕方でも日が落ちないので体感温度は35度以上が午後8時頃迄続いた感じで疲れた。<br />初日泊まったホテルには冷房はなく扇風機が置いてあった。<br /><br />画像はドナウ川クル-ズの遊覧船から<br /><br />旅程表<br />■ 7/2(木) ウィ-ン泊 <br />午前 日本航空(JL413便)成田空港→フィンランド ヘルシンキ空港<br />夕方 乗継ぎ フィンエア共同運行日本航空(JL6837便)→ウィ-ン空港 <br />■ 7/3(金) ウィ-ン泊<br />午前 メルク修道院、ドナウ川クル-ズ :メルク→ デュルンシュタイン <br />午後 デュルンシュタイン 観光,クレムスへ遊覧船で移動<br />夕方 ウィ-ン市立公園 <br />□ 7/4(土) ザルツブルク泊<br />午前 ウィ-ンからザルツブルクへ移動<br />午後 ザルツブルク旧市街観光 <br />□ 7/5(日) ウィ-ン泊 <br />午前 レオポルツクローン宮殿,フローンブルク宮 殿, ミラベル広場 <br />午後 ザルツカンマーグート観光 <br />7/6(月) ウィ-ン市内観光: ウィ-ン泊<br />□ 午前  ザルツブルクからウィ-ンへ移動                                           <br />□ 午後  美術史美術館、<br />□ ホ-フブルク宮殿、聖ペーター教会、夜 楽友協会ホール <br />□ 7/7(火) ウィ-ン市内観光: ウィ-ン泊<br /> 午前 シュテファン寺院、ウィ-ン国立歌劇場<br /> 午後 ベ ルヴェデ-レ宮殿<br /> 夕方 シェ-ンブルン宮殿<br /> 7/8(水) 機内泊<br /> 午前 フィンエア共同運行日本航空(JL6836便)ウィーン空港発<br /> 午後  フィンランド ヘルシンキ空港   乗継ぎ 日本航空(JL414便)<br />  7/9(木) <br />午前 成田空港着<br /><br /><br /><br />

2015年 オ-ストリアの旅(1) 濃緑色のドナウ川のクル-ズとヴァッハウ渓谷周辺の街歩き、ウィ-ン市立公園

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2015/07/02 - 2015/07/03

41位(同エリア130件中)

旅行記グループ 2015年オ-ストリア旅行

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94

MK988さん

旅程
1.オ-ストリア旅行最初はメルク・ヴァッハウ渓谷の電車と遊覧船の周遊券のコンビチケットをウィ-ン西駅の窓口で購入して、ウィーンからメルクへ電車で移動。
2.マリ-・アントワネットが結婚でパリへ行く途中に寄ったメルク修道院を見学。
3.ドナウ川遊覧船でメルクからデュルンシュタインまで移動し街歩き。
4.同じコンビチケットの券で再び遊覧船でクレムスへ。
クレムス船着場から通行人に道を尋ねて1.6km位徒歩でクレムス駅迄。
5.クレムス駅から電車でウィーンへ戻りクラシックの音楽家の彫刻の肖像を見にウィ-ン市立公園へ行った。
感想
1.メルク修道院の高台からのドナウ川の景色は美しく、付属の図書館はウンベルト・エーコが1980年に発表した小説で映画化された「薔薇の名前」の図書館のモデルとなっていて見る価値がある。
付属の教会の内部は豪華で必見。
2.ドナウ川は青くなかった、濃い緑で美しき青きドナウではなかった。
3.デュルンシュタインの街で試飲できるワイン店へ行った。その店の酒好きそうなマダムは英語で話しかけても返事は全てドイツ語、閉口したが有料で飲んだリ-スリングと地産のブドウ品種の白ワインはとても美味しく二本ともお土産に買った。買ったワインは40ユ-ロ位。
4.ウィ-ン市立公園へ行くまでの地下鉄は冷房なし、ウィ-ンは涼しいと思っている人がいるかもしれないが初夏は日本と同じく蒸し暑いので要注意。夕方でも日が落ちないので体感温度は35度以上が午後8時頃迄続いた感じで疲れた。
初日泊まったホテルには冷房はなく扇風機が置いてあった。

画像はドナウ川クル-ズの遊覧船から

旅程表
■ 7/2(木) ウィ-ン泊
午前 日本航空(JL413便)成田空港→フィンランド ヘルシンキ空港
夕方 乗継ぎ フィンエア共同運行日本航空(JL6837便)→ウィ-ン空港
■ 7/3(金) ウィ-ン泊
午前 メルク修道院、ドナウ川クル-ズ :メルク→ デュルンシュタイン
午後 デュルンシュタイン 観光,クレムスへ遊覧船で移動
夕方 ウィ-ン市立公園
□ 7/4(土) ザルツブルク泊
午前 ウィ-ンからザルツブルクへ移動
午後 ザルツブルク旧市街観光
□ 7/5(日) ウィ-ン泊
午前 レオポルツクローン宮殿,フローンブルク宮 殿, ミラベル広場
午後 ザルツカンマーグート観光
7/6(月) ウィ-ン市内観光: ウィ-ン泊
□ 午前 ザルツブルクからウィ-ンへ移動
□ 午後 美術史美術館、
□ ホ-フブルク宮殿、聖ペーター教会、夜 楽友協会ホール
□ 7/7(火) ウィ-ン市内観光: ウィ-ン泊
午前 シュテファン寺院、ウィ-ン国立歌劇場
午後 ベ ルヴェデ-レ宮殿
夕方 シェ-ンブルン宮殿
7/8(水) 機内泊
午前 フィンエア共同運行日本航空(JL6836便)ウィーン空港発
午後 フィンランド ヘルシンキ空港 乗継ぎ 日本航空(JL414便)
7/9(木)
午前 成田空港着



旅行の満足度
5.0
観光
5.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
鉄道 徒歩
旅行の手配内容
個別手配

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  • 7月2日(木)15:00<br />7月2日 日本航空(JL413便)<br />成田空港 10:30発 ヘルシンキ空港 14:50着<br />画像はヘルシンキ空港の女性に人気の雑貨店 マリメッコ。<br />

    7月2日(木)15:00
    7月2日 日本航空(JL413便)
    成田空港 10:30発 ヘルシンキ空港 14:50着
    画像はヘルシンキ空港の女性に人気の雑貨店 マリメッコ。

  • 15:12<br />フィンランド航空共同運行便 日本航空(JL6837便)に乗り継ぎ<br />ヘルシンキ空港17:10発、ウィ-ン空港 18:35着<br />

    15:12
    フィンランド航空共同運行便 日本航空(JL6837便)に乗り継ぎ
    ヘルシンキ空港17:10発、ウィ-ン空港 18:35着

  • 7:39<br />ホテルはウィ-ン西駅に近い地下鉄U6線グンペンドルファー・シュト<br />ラーセ駅Gumpendorfer  Straßeから150m位の 3星アルトヴィーナー<br />ホフ Altwienerhof。<br />フロントはアジア系で浅黒い顔をした中年の男性、愛想が良く名前を覚<br />えていてくれてフレンドリ-。<br />スィ-トル-ムの部屋でベットとリビングル-ムは別室、バスタブもあり<br />広さは申し分がない。<br />写真では一見雰囲気がありそうだが、リニュ-アルしていない古い日本の<br />旅館といったところ。

    7:39
    ホテルはウィ-ン西駅に近い地下鉄U6線グンペンドルファー・シュト
    ラーセ駅Gumpendorfer Straßeから150m位の 3星アルトヴィーナー
    ホフ Altwienerhof。
    フロントはアジア系で浅黒い顔をした中年の男性、愛想が良く名前を覚
    えていてくれてフレンドリ-。
    スィ-トル-ムの部屋でベットとリビングル-ムは別室、バスタブもあり
    広さは申し分がない。
    写真では一見雰囲気がありそうだが、リニュ-アルしていない古い日本の
    旅館といったところ。

  • ベッド<br />

    ベッド

  • 7:40<br />バスタブ

    7:40
    バスタブ

  • 7:44<br />通路にはテ-ブルと椅子

    7:44
    通路にはテ-ブルと椅子

  • 7:45<br />壁には王室の人物のような19世紀位の肖像画。<br />左はマリア・テレジア、右はフランツ・ヨ-ゼフ1世か。

    7:45
    壁には王室の人物のような19世紀位の肖像画。
    左はマリア・テレジア、右はフランツ・ヨ-ゼフ1世か。

  • ドアの飾りがウィ-ンらしさを感じる

    ドアの飾りがウィ-ンらしさを感じる

  • 7:45<br />食堂もあるがバラの花が咲いている雰囲気の良い中庭で朝食。<br />韓国人らしい家族と我々以外は西洋人、食事は3星クラスそのもので<br />可もなく不可もなく、オ-ソドックスな朝食メニュ-。<br />

    7:45
    食堂もあるがバラの花が咲いている雰囲気の良い中庭で朝食。
    韓国人らしい家族と我々以外は西洋人、食事は3星クラスそのもので
    可もなく不可もなく、オ-ソドックスな朝食メニュ-。

  • 7:46<br />ホテル近くには中華食堂、日本の巻物のテイクアウトの店、トルコの食堂<br />などイラン人が多かったころの上野界隈に雰囲気が似ている街。<br />あとで調べると作曲家ハイドンが住んでいた家から1km位で驚く。<br />ハイドンの家はシェ-ンブルン宮殿とホ-フブルク王宮の中間にあり、い<br />ずれも3km位で場所的には便利そうだ。<br />ハイドンは交流のあったモ-ツァルトやベ-ト-ヴェンほど日本では人気<br />が今一つないようだがモ-ツァルトと親交がありベ-ト-ヴェンを弟子に<br />した先輩の偉大な作曲家、現代人の曲の好みからずれていて損をしている。<br />何より当時のオ-ストリア国歌ホフマン作詩で「神よ、皇帝フランツを守<br />りたまえ」を作曲しており現在はドイツ国歌に準じた扱いの『ドイツの<br />歌』3番に曲が使われている。<br />

    7:46
    ホテル近くには中華食堂、日本の巻物のテイクアウトの店、トルコの食堂
    などイラン人が多かったころの上野界隈に雰囲気が似ている街。
    あとで調べると作曲家ハイドンが住んでいた家から1km位で驚く。
    ハイドンの家はシェ-ンブルン宮殿とホ-フブルク王宮の中間にあり、い
    ずれも3km位で場所的には便利そうだ。
    ハイドンは交流のあったモ-ツァルトやベ-ト-ヴェンほど日本では人気
    が今一つないようだがモ-ツァルトと親交がありベ-ト-ヴェンを弟子に
    した先輩の偉大な作曲家、現代人の曲の好みからずれていて損をしている。
    何より当時のオ-ストリア国歌ホフマン作詩で「神よ、皇帝フランツを守
    りたまえ」を作曲しており現在はドイツ国歌に準じた扱いの『ドイツの
    歌』3番に曲が使われている。

  • 8:01<br />ウィ-ン西駅に到着。<br />メルク修道院往復の電車,遊覧船,メルク修道院入場券3点のコンビ<br />チケット(Wachau Kombiticket)は前日駅窓口で購入。<br />コンビチケットはメルク以外のプランもあるようなので注意。

    8:01
    ウィ-ン西駅に到着。
    メルク修道院往復の電車,遊覧船,メルク修道院入場券3点のコンビ
    チケット(Wachau Kombiticket)は前日駅窓口で購入。
    コンビチケットはメルク以外のプランもあるようなので注意。

  • 構内で昼食用のパンを購入。

    構内で昼食用のパンを購入。

  • 8:08<br />オーストリア連邦鉄道ÖBB (Österreichische Bundesbahnen )<br />国際特急列車レイルジェット(RJ)<br /> ウィ-ン西駅 8:30発ミュンヘン行きに乗る。<br /><br />因みにオ-ストリアは英語表記でAustria,現地でオ-ストリアは<br />Österreich エスタライヒというのでジャパンJapanとニッポン<br />Nipponくらい言葉の違いがある。<br />

    8:08
    オーストリア連邦鉄道ÖBB (Österreichische Bundesbahnen )
    国際特急列車レイルジェット(RJ)
    ウィ-ン西駅 8:30発ミュンヘン行きに乗る。

    因みにオ-ストリアは英語表記でAustria,現地でオ-ストリアは
    Österreich エスタライヒというのでジャパンJapanとニッポン
    Nipponくらい言葉の違いがある。

  • 8:18<br />RJの車内、日本の新幹線より席席はゆとりがある。

    8:18
    RJの車内、日本の新幹線より席席はゆとりがある。

  • 9:16<br />メルク駅に到着。<br />

    9:16
    メルク駅に到着。

  • 9:17<br />教会入口みたいな駅の出入り口

    9:17
    教会入口みたいな駅の出入り口

  • 9:17<br />カフェ レストラン Gricht<br />

    9:17
    カフェ レストラン Gricht

  • 9:18<br />アジサイの花が並んでいて綺麗。

    9:18
    アジサイの花が並んでいて綺麗。

  • 9:21<br />メルク修道院が右手に見えてきた

    9:21
    メルク修道院が右手に見えてきた

  • 9:20<br />バーンホフ通り (メルク)Bahnhofstrasse Melk<br />メルク修道院に近づく

    9:20
    バーンホフ通り (メルク)Bahnhofstrasse Melk
    メルク修道院に近づく

  • 9:25<br />商店街<br />

    9:25
    商店街

  • 9:28<br />ハウプト通り Hauptplatz Melk<br />きれいな建物のカフェが数軒ある

    9:28
    ハウプト通り Hauptplatz Melk
    きれいな建物のカフェが数軒ある

  • 9:28<br />メルヘンチックな屋根のカフェ レストラン Jimmer<br />

    9:28
    メルヘンチックな屋根のカフェ レストラン Jimmer

  • 9:24<br />修道院近くの街並み<br />

    9:24
    修道院近くの街並み

  • 9:38<br />メルク修道院<br />スペインやポルトガルの修道院は外観の色彩は地味だったがここは宮殿<br />みたいに豪華で派手な外観の修道院。<br />オーストリア屈指のバロック建築。東西320mの修道院が65mの尖塔を<br />もつ教会を取り囲んでいる。ドナウ川を見下ろす高台に立ち、修道院か<br />らは周囲の美しい景色が見られる。<br />11世紀にバーベンベルク家の城がベネディクト派(カトリックの修道会)に寄進され創設された。<br />マリー・アントワネットがフランス王家ルイ16世へ嫁ぐ際に宿泊した場所として有名。

    9:38
    メルク修道院
    スペインやポルトガルの修道院は外観の色彩は地味だったがここは宮殿
    みたいに豪華で派手な外観の修道院。
    オーストリア屈指のバロック建築。東西320mの修道院が65mの尖塔を
    もつ教会を取り囲んでいる。ドナウ川を見下ろす高台に立ち、修道院か
    らは周囲の美しい景色が見られる。
    11世紀にバーベンベルク家の城がベネディクト派(カトリックの修道会)に寄進され創設された。
    マリー・アントワネットがフランス王家ルイ16世へ嫁ぐ際に宿泊した場所として有名。

  • 9:38<br />上部

    9:38
    上部

  • 9:42<br />修道院の中庭<br />奥の左に修道院内部への入口

    9:42
    修道院の中庭
    奥の左に修道院内部への入口

  • 9:46<br />長い廊下

    9:46
    長い廊下

  • 9:51<br />屏風のような形のキリストにまつわる宗教画が展示されていた

    9:51
    屏風のような形のキリストにまつわる宗教画が展示されていた

  • 中央上の2枚の絵<br />キリストが捕えられた情景と裁判の様子か

    中央上の2枚の絵
    キリストが捕えられた情景と裁判の様子か

  • 中央下の2枚の絵<br />キリストが磔にされる前の情景か。

    中央下の2枚の絵
    キリストが磔にされる前の情景か。

  • 9:55<br />大理石の間<br />祝賀の際の客間で,主に宮廷の祝賀用食堂として使われていた。<br />出入り口の枠と上の頭飾りだけが大理石。

    9:55
    大理石の間
    祝賀の際の客間で,主に宮廷の祝賀用食堂として使われていた。
    出入り口の枠と上の頭飾りだけが大理石。

  • 天井にあるフレスコ画は1731年トローガー作、フレスコ画の周辺の建物<br />が見る位置で垂直に見える、だまし絵になっている。

    天井にあるフレスコ画は1731年トローガー作、フレスコ画の周辺の建物
    が見る位置で垂直に見える、だまし絵になっている。

  • 9:56<br />メルクの街が一望できる。

    9:56
    メルクの街が一望できる。

  • 9:56<br />ドナウ川の支流(メルク川)

    9:56
    ドナウ川の支流(メルク川)

  • 9:58<br />ドイツのロマンチック街道沿いのロ-テンブルクなどと似た古風な家並み<br />

    9:58
    ドイツのロマンチック街道沿いのロ-テンブルクなどと似た古風な家並み

  • 拡大

    拡大

  • 9:58<br />教会の西側正面部分<br />

    9:58
    教会の西側正面部分

  • 10:03<br />眺めの良いバルコニ-

    10:03
    眺めの良いバルコニ-

  • 10:03<br />映画化された小説「薔薇の名前」で有名な図書館(写真撮影禁止)を見た後<br />にバロック様式の教会へ導かれる。<br />画像は教会の主祭壇

    10:03
    映画化された小説「薔薇の名前」で有名な図書館(写真撮影禁止)を見た後
    にバロック様式の教会へ導かれる。
    画像は教会の主祭壇

  • 10:04<br />拡大<br />王冠の上に父なる神、一番上に勝利のシンボルの十字架が配置されている。<br /><br />

    10:04
    拡大
    王冠の上に父なる神、一番上に勝利のシンボルの十字架が配置されている。

  • 上に勝利の王冠<br />中央下にペテロとパウロ

    上に勝利の王冠
    中央下にペテロとパウロ

  • 拡大<br />ペテロとパウロの2人の聖人が共に手を取り合って別れの情景

    拡大
    ペテロとパウロの2人の聖人が共に手を取り合って別れの情景

  • 10:06<br />ド-ムのフレスコ画は1717年ロットマイヤー作。<br />この天井にもロットマイヤーによるフレスコ画1722年作がある。

    10:06
    ド-ムのフレスコ画は1717年ロットマイヤー作。
    この天井にもロットマイヤーによるフレスコ画1722年作がある。

  • 10:07<br />12:00から12:15の間にパイプオルガンが演奏されるらしい。

    10:07
    12:00から12:15の間にパイプオルガンが演奏されるらしい。

  • 10:15<br />教会を出る。<br /><br />

    10:15
    教会を出る。

  • 10:22<br />修道院の初めに来た所へ戻ってきた。

    10:22
    修道院の初めに来た所へ戻ってきた。

  • 11:02<br />ドナウ川遊覧船の船着場から見たメルク修道院、船着場は離れているので<br />通行人に場所を尋ねる。<br />遊覧船の会社はBrandner Schiffahrt GmbH

    11:02
    ドナウ川遊覧船の船着場から見たメルク修道院、船着場は離れているので
    通行人に場所を尋ねる。
    遊覧船の会社はBrandner Schiffahrt GmbH

  • 11:02<br />ここはドナウ川の支流で川幅は狭い。手前の上から下へ赤白赤の旗は<br />オ-ストリア国旗。

    11:02
    ここはドナウ川の支流で川幅は狭い。手前の上から下へ赤白赤の旗は
    オ-ストリア国旗。

  • 11:23<br />船の上には水着の老人が日光浴<br /><br /><br /><br /><br />

    11:23
    船の上には水着の老人が日光浴




  • 11:24<br />色々な観光船が行き交う

    11:24
    色々な観光船が行き交う

  • 11:26<br />バラの絵柄の船の船体に A&#39;ROSA DONNAの表記

    11:26
    バラの絵柄の船の船体に A'ROSA DONNAの表記

  • 11:32<br />オ-ストリアでよく見かけるねぎ坊主型の教会の尖塔、民家の外壁はカラフル

    11:32
    オ-ストリアでよく見かけるねぎ坊主型の教会の尖塔、民家の外壁はカラフル

  • 11:37<br />アックシュタイン城 Burgruine Aggstein <br />12世紀初め頃マーネゴルト3世によって築城されたらしい。<br />1429年にハプスブルグ家のアルブレヒトV世がこの城を入手し宮廷<br />財政長官ゲオルク・フォン・ヴァルトJörg von Waldが船の通行税<br />を徴収。その後、船を襲う盗賊騎士となる。<br />フォン・ヴァルトが崖から身代金が払われなかった捕虜を突き落と<br />したというローゼンゲルトラインの詩による伝説がある。<br />1477年にはハプスブルグ家のレオポルド3世が所有<br />1529年のオスマントルコの第1次ウィーン包囲の時に焼き払われた<br />が再建される。<br />1606年以降城の所有者は何回か変わり、1930年オスヴァルト・フ<br />ォン・ザイラーン=アスパンクOswald von Seilern-Aspangが購入<br />し現在もザイラーン家が所有。<br />この城は国道33号線で行くことができ、観光場所となっている。<br />この城からバッハウ渓谷の間を流れるドナウ川の景色が見られる。<br />

    11:37
    アックシュタイン城 Burgruine Aggstein
    12世紀初め頃マーネゴルト3世によって築城されたらしい。
    1429年にハプスブルグ家のアルブレヒトV世がこの城を入手し宮廷
    財政長官ゲオルク・フォン・ヴァルトJörg von Waldが船の通行税
    を徴収。その後、船を襲う盗賊騎士となる。
    フォン・ヴァルトが崖から身代金が払われなかった捕虜を突き落と
    したというローゼンゲルトラインの詩による伝説がある。
    1477年にはハプスブルグ家のレオポルド3世が所有
    1529年のオスマントルコの第1次ウィーン包囲の時に焼き払われた
    が再建される。
    1606年以降城の所有者は何回か変わり、1930年オスヴァルト・フ
    ォン・ザイラーン=アスパンクOswald von Seilern-Aspangが購入
    し現在もザイラーン家が所有。
    この城は国道33号線で行くことができ、観光場所となっている。
    この城からバッハウ渓谷の間を流れるドナウ川の景色が見られる。

  • 11:37<br />山あいのバッハウ渓谷の間を遊覧船は進む。<br />ドナウ川は濁った青緑の川で美しき青きドナウというヨハン・シュトラ<br />ウス2世の曲のタイトルは見た印象ではなく心の風景ということになる。

    11:37
    山あいのバッハウ渓谷の間を遊覧船は進む。
    ドナウ川は濁った青緑の川で美しき青きドナウというヨハン・シュトラ
    ウス2世の曲のタイトルは見た印象ではなく心の風景ということになる。

  • 11:38<br />

    11:38

  • 11:48<br />ヒンターハウス城 Hinterhaus  別称 モンテの城砦<br />ヘルマン・フォン・ニーダーアルタイクの城砦として1243年の記録<br />がある。<br />1620年の30年戦争と1805年、1809年のナポレオン軍に破壊され廃城。<br />手前の川岸はワイン用のブドウ栽培が盛んでホイリゲやワイナリーが沢<br />山ある。<br />画像はシュピッツ Spitz an der Donau の郊外。<br /><br />

    11:48
    ヒンターハウス城 Hinterhaus 別称 モンテの城砦
    ヘルマン・フォン・ニーダーアルタイクの城砦として1243年の記録
    がある。
    1620年の30年戦争と1805年、1809年のナポレオン軍に破壊され廃城。
    手前の川岸はワイン用のブドウ栽培が盛んでホイリゲやワイナリーが沢
    山ある。
    画像はシュピッツ Spitz an der Donau の郊外。

  • 11:51<br />シュピッツ船着場から右の風景<br />右の塔のある建物は聖マウリシウス・シュピ-ツ教会 <br />Kirche Spitz - Hl. Mauritius<br />左の黒い建物はレストラン Terrassen - Restaurant Strandcafé<br />

    11:51
    シュピッツ船着場から右の風景
    右の塔のある建物は聖マウリシウス・シュピ-ツ教会
    Kirche Spitz - Hl. Mauritius
    左の黒い建物はレストラン Terrassen - Restaurant Strandcafé

  • 11:56<br />手前にシュピッツの船着場、丘の上にヒンターハウス城

    11:56
    手前にシュピッツの船着場、丘の上にヒンターハウス城

  • 12:16<br /> ヴァイセンキルヒェン Weißenkirchenの街<br />尖塔は「マリアの昇天教会」要塞教会Wehrkirche Mariae Himmelfahrtか?

    12:16
    ヴァイセンキルヒェン Weißenkirchenの街
    尖塔は「マリアの昇天教会」要塞教会Wehrkirche Mariae Himmelfahrtか?

  • 12:24<br />デュルンシュタイン城 Burgruine Dürnstein 別称 ケーンリンガー城<br />山の頂上の廃城がデュルンシュタイン城<br />イギリスのリチャード獅子親王がオーストリア、バーベンベルクのレオポ<br />ルド5世に捕らえられ、1192~1193年に幽閉されていた。<br />石段を片道25分位で登れるらしくドナウ川の景色が素晴らしいようだが帰<br />りの遊覧船のスケ-ジュ-ルに間に合わせるのと疲れるので登らなかった。<br />

    12:24
    デュルンシュタイン城 Burgruine Dürnstein 別称 ケーンリンガー城
    山の頂上の廃城がデュルンシュタイン城
    イギリスのリチャード獅子親王がオーストリア、バーベンベルクのレオポ
    ルド5世に捕らえられ、1192~1193年に幽閉されていた。
    石段を片道25分位で登れるらしくドナウ川の景色が素晴らしいようだが帰
    りの遊覧船のスケ-ジュ-ルに間に合わせるのと疲れるので登らなかった。

  • 12:25<br />デュルンシュタインに近づく。<br />聖堂参事会修道院教会 Chorherrenstiftの青い建物が見える。<br /><br />

    12:25
    デュルンシュタインに近づく。
    聖堂参事会修道院教会 Chorherrenstiftの青い建物が見える。

  • 12:37<br />メルクから乗った遊覧船

    12:37
    メルクから乗った遊覧船

  • 12:54

    12:54

  • 12:55<br />聖堂参事会修道院教会は坂道沿いにある。<br />

    12:55
    聖堂参事会修道院教会は坂道沿いにある。

  • 13:04<br />聖堂参事会修道院教会

    13:04
    聖堂参事会修道院教会

  • 13:05<br />聖堂参事会修道院教会入口

    13:05
    聖堂参事会修道院教会入口

  • 13:06<br />主祭壇<br />メルク修道院の教会に似て豪華な雰囲気<br />

    13:06
    主祭壇
    メルク修道院の教会に似て豪華な雰囲気

  • 13:09

    13:09

  • 13:35<br />デュルンシュタインの街<br />

    13:35
    デュルンシュタインの街

  • 13:37<br />2階の窓にある赤い花と窓枠の白が印象に残る。黄色の壁がオ-ストリアの雰囲気。

    13:37
    2階の窓にある赤い花と窓枠の白が印象に残る。黄色の壁がオ-ストリアの雰囲気。

  • 13:37

    13:37

  • 13:38

    13:38

  • 14:39<br />Altes Presshaus付近<br />この付近のワイン酒屋(Vinothek Dürnstein?)でグラスワインが立飲み<br />でき、地産のワインを買った。<br />酒屋のマダムは英語で話しかけても返事は全てドイツ語、やや閉口した<br />が有料で飲んだリ-スリングと地産のブドウ品種のワインはとても美味<br />しく二本ともお土産に買った。

    14:39
    Altes Presshaus付近
    この付近のワイン酒屋(Vinothek Dürnstein?)でグラスワインが立飲み
    でき、地産のワインを買った。
    酒屋のマダムは英語で話しかけても返事は全てドイツ語、やや閉口した
    が有料で飲んだリ-スリングと地産のブドウ品種のワインはとても美味
    しく二本ともお土産に買った。

  • 14:43<br />この街では白ワイン以外にあんずジャムをお土産に買う。<br />街並みは綺麗でワインを飲んでゆっくりと過ごすには良い場所だ。

    14:43
    この街では白ワイン以外にあんずジャムをお土産に買う。
    街並みは綺麗でワインを飲んでゆっくりと過ごすには良い場所だ。

  • 15:32<br />同じコンビチケットの周遊券で再び遊覧船に乗りクレムスへ。

    15:32
    同じコンビチケットの周遊券で再び遊覧船に乗りクレムスへ。

  • 15:32<br />拡大

    15:32
    拡大

  • 15:41<br />クル-ズで乗った船とクレムスの船着場

    15:41
    クル-ズで乗った船とクレムスの船着場

  • 15:42<br />クレムスの船着場 <br />看板には Krems Brandner Schiffahrt の表記<br />

    15:42
    クレムスの船着場
    看板には Krems Brandner Schiffahrt の表記

  • 15:44<br />船着場付近<br />ここからクレムス駅まで1.6km位離れている。<br />グ-グルで印刷した地図を見ながら移動。<br />遊覧船に一緒に乗船した2人の日本人の若い女性はスマホで地図を見なが<br />ら移動し我々より迷わず早くクレムス駅に着いていた。

    15:44
    船着場付近
    ここからクレムス駅まで1.6km位離れている。
    グ-グルで印刷した地図を見ながら移動。
    遊覧船に一緒に乗船した2人の日本人の若い女性はスマホで地図を見なが
    ら移動し我々より迷わず早くクレムス駅に着いていた。

  • 16:09<br />シュタイナー門  Steinertor<br />道がわからず北にある大学の方へ行ってしまい通行人の女性に東にある<br />クレムス駅の道を尋ねて30分ほど歩きクレムスの中心街の入口シュタイ<br />ナー門に着く。

    16:09
    シュタイナー門 Steinertor
    道がわからず北にある大学の方へ行ってしまい通行人の女性に東にある
    クレムス駅の道を尋ねて30分ほど歩きクレムスの中心街の入口シュタイ
    ナー門に着く。

  • 16:11<br />クレムスの街はメルクやデュルンシュタインと違い観光地の雰囲気はない。

    16:11
    クレムスの街はメルクやデュルンシュタインと違い観光地の雰囲気はない。

  • 19:02<br />電車でクレムスからウィ-ンへ戻る。<br />音楽家の像を見るため市立公園に行った。<br />ウィ-ン市内を地下鉄で移動したが東京と違い冷房がなく非常に暑い。<br /><br />ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン<br /> 1770年12月16日頃 - 1827年3月26日<br />ベートーヴェンはドイツ・ボン出身でウィ-ンに住んでいた、祖父は<br />ベルギ-ブリュッセル近郊出身だが偉大な作曲家のせいか像は芸術的だ。<br />

    19:02
    電車でクレムスからウィ-ンへ戻る。
    音楽家の像を見るため市立公園に行った。
    ウィ-ン市内を地下鉄で移動したが東京と違い冷房がなく非常に暑い。

    ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
    1770年12月16日頃 - 1827年3月26日
    ベートーヴェンはドイツ・ボン出身でウィ-ンに住んでいた、祖父は
    ベルギ-ブリュッセル近郊出身だが偉大な作曲家のせいか像は芸術的だ。

  • 拡大<br />顔が白と黒のまだらになっており気難しい顔をして、いかにも対人関係で<br />問題があったベ-ト-ベンらしい。<br />“引越し魔”で、ウィーン滞在の35年間で79回も転居しているからベ-ト<br />-ベンの住んでいた住居は稀少価値がなくなる。<br />マイナスの要素があっても作品が素晴らしいと称賛されるのはモ-ツァル<br />トと同じ。酒好き肝硬変で亡くなる。<br /><br />

    拡大
    顔が白と黒のまだらになっており気難しい顔をして、いかにも対人関係で
    問題があったベ-ト-ベンらしい。
    “引越し魔”で、ウィーン滞在の35年間で79回も転居しているからベ-ト
    -ベンの住んでいた住居は稀少価値がなくなる。
    マイナスの要素があっても作品が素晴らしいと称賛されるのはモ-ツァル
    トと同じ。酒好き肝硬変で亡くなる。

  • 19:15<br />ヨハン・シュトラウス2世 1825年10月25日-1899年6月3日<br />「美しき青きドナウ」の作曲家、指揮者、ヴァイオリン演奏家。<br />ヨハン・シュトラウス2世は3度の結婚をしていてユダヤ系ハンガリー人<br />の先祖を持つといわれている。<br />ウィ-ンに生まれたせいか扱われ方が特別で金色の像。<br />生前は自作の曲を楽団の指揮をしながらヴァイオリンを演奏。<br />日本なら葉加瀬太郎と演奏スタイルが似ている?

    19:15
    ヨハン・シュトラウス2世 1825年10月25日-1899年6月3日
    「美しき青きドナウ」の作曲家、指揮者、ヴァイオリン演奏家。
    ヨハン・シュトラウス2世は3度の結婚をしていてユダヤ系ハンガリー人
    の先祖を持つといわれている。
    ウィ-ンに生まれたせいか扱われ方が特別で金色の像。
    生前は自作の曲を楽団の指揮をしながらヴァイオリンを演奏。
    日本なら葉加瀬太郎と演奏スタイルが似ている?

  • ヨハン・シュトラウス2世の周囲には裸体に近い男女の像が配置され上に<br />はキスをしている恋人達がいて艶めかしい。

    ヨハン・シュトラウス2世の周囲には裸体に近い男女の像が配置され上に
    はキスをしている恋人達がいて艶めかしい。

  • 拡大<br />ヴァイオリン演奏のフォ-ムはきれい。

    拡大
    ヴァイオリン演奏のフォ-ムはきれい。

  • 19:17

    19:17

  • 19:18<br />アントン・ブルックナ- 1824年9月4日 - 1896年10月11日<br />作曲家、オルガン演奏者<br />リンツにほど近いアンスフェルデン村 生まれ<br />何回か求婚したが断られ生涯独身、ベ-ト-ヴェンと似ている。<br />肖像は普通の扱いだがここに像があり作曲家として地元では評価が高い<br />ということに違いない。<br />反復が多いため冗長さを与えとっつきの難しいブルックナ-の曲。<br />バッハと同じく長い曲を聴くには忍耐が要求される。<br />アルプスの景色を思わせるような壮大なスケ-ルを持った交響曲第8番。<br />テ・デウム、詩篇第150篇など宗教曲にも名曲がある。<br />ドイツ圏外でも次第に曲の魅力が理解されるようになり日本でも交響曲<br />が演奏されることが多くなった。<br />

    19:18
    アントン・ブルックナ- 1824年9月4日 - 1896年10月11日
    作曲家、オルガン演奏者
    リンツにほど近いアンスフェルデン村 生まれ
    何回か求婚したが断られ生涯独身、ベ-ト-ヴェンと似ている。
    肖像は普通の扱いだがここに像があり作曲家として地元では評価が高い
    ということに違いない。
    反復が多いため冗長さを与えとっつきの難しいブルックナ-の曲。
    バッハと同じく長い曲を聴くには忍耐が要求される。
    アルプスの景色を思わせるような壮大なスケ-ルを持った交響曲第8番。
    テ・デウム、詩篇第150篇など宗教曲にも名曲がある。
    ドイツ圏外でも次第に曲の魅力が理解されるようになり日本でも交響曲
    が演奏されることが多くなった。

  • 19:20<br />木に囲まれた池には水鳥が。

    19:20
    木に囲まれた池には水鳥が。

  • 19:22

    19:22

  • 19:24<br />作曲家 フランツ・シュ-ベルト 1797年1月31日 - 1828年11月19日<br />ウィーン郊外のリヒテンタール生まれ、31歳の若さで病死。<br />祖父は現在チェコのモラヴィアからのドイツ系の移住者。<br />地元出身でもありウィ-ンの人に愛されているのか花に囲まれ特別扱い。<br />

    19:24
    作曲家 フランツ・シュ-ベルト 1797年1月31日 - 1828年11月19日
    ウィーン郊外のリヒテンタール生まれ、31歳の若さで病死。
    祖父は現在チェコのモラヴィアからのドイツ系の移住者。
    地元出身でもありウィ-ンの人に愛されているのか花に囲まれ特別扱い。

  • 拡大<br />弱者から見た優しい気持ちの歌曲はドイツ人とオ-ストリア人から愛される。<br />マ-ラ-やブルックナ-のように遅咲きではなく30歳前後で歌曲の傑作を<br />残す。墓はベ-ト-ベンの隣にある。<br />

    拡大
    弱者から見た優しい気持ちの歌曲はドイツ人とオ-ストリア人から愛される。
    マ-ラ-やブルックナ-のように遅咲きではなく30歳前後で歌曲の傑作を
    残す。墓はベ-ト-ベンの隣にある。

  • 19:24<br />Franz Schubertの文字が刻まれている。<br /><br />翌日モ-ツァルトの故郷、ザルツブルクへ向う

    19:24
    Franz Schubertの文字が刻まれている。

    翌日モ-ツァルトの故郷、ザルツブルクへ向う

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