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クィーンエマ橋(Koningin Emmabrug)をプンダ(Punda)地区に渡るとセント・アナバーイ(Sint Annabaai)海峡に面したハンデルスカーデ通り(Handelskade)が絵葉書にぴったしの光景。パステルカラーであることを無視するとまるでアムステルダム(Amsterdam)の運河沿いを彷彿とさせると云うが、本当にそう思った。ただし、表紙の写真はハンデルスカーデ通りの南端、クィーンエマ橋のたもとに建つペンハ(Penha)と云う1708年築の建物だが、このカナリア色の壁に赤いタイル屋根倉庫兼家屋のたくさん設けられている典型的な切妻をよく見ると、優雅な曲線や装飾、渦巻き模様はオランダ的ではなく、スペインやポルトガルなど、他の植民地大国の影響も受けていることが分かるそうだ。なるほど、云われればそう見える。<br /><br />12時40分頃、早目に空港に戻ると云う韓国人の彼と別れ、私はプンダ地区をしばしうろつく。橋から少し入ったところに現オランダ国王の曾祖母のウィルヘルミナ女王(Wilhelmina der Nederlanden)の生誕50周年記念の銅像(下の写真1)が立つクイーンウィルヘルミナ公園(Queen Wilhelmina Park)があり、サンタさんなどクリスマスの飾り付けがきれい。銅像の奥にあるのはエマニュエル寺院(Temple Emanu-El)跡で、1867年に完成したもの。現在は検察庁(Public Prosecutor&#39;s Office)として使われている。手前の橋に近い方にはフォートチャーチ(Fort Church=下の写真2)。アムステルダム砦(Fort Amsterdam)の一部として1769年に建てられたもの。またその南側に建つ合同裁判所(Joint Court of Justice=下の写真3)も立派なファサード( facade)を持っている。土産物屋(Souvenir Station)もあり、ちょっと覗く。結局はこの店でないところでTシャツ購入。<br /><br />公園から歩行者専用の道を北側に入って行くと、少し先の左側にアメリカで最古のシナゴーグであるキュラソーシナゴーグ(Curacao synagogue)がある(下の写真4の真ん中の通りの先に白く切妻が飛び出ている建物)。元々は1674年に建てられたが、今の建物は1730年に建て直されたもの。まあ、この時には全然分かってなくて、たまたま写ってただけなのだが。とにかく通りの雰囲気はいい。<br /><br />さらに北に行くと、ワーエガト(Waaigat)と云う小さな入江へ続く水路に突き当たり、水路沿いに船が停泊し、市が並んでいる。そんな中に水路の向こう岸へ続く歩行者専用の小さな跳ね橋がある(下の写真5)。クィーンエマ橋を造ったアメリカ人の名前からレオナルド・B・スミス橋(Leonard B Smith Bridge)と命名されている。その奥(東側)にも1928年に掛けられたクイーンウィルヘルミナ橋(Queen Wilhelmina Bridge)と云う、こちらは車も通れる跳ね橋があるのだが、気付かなかった。こちらはワーエガトのドックが閉鎖された後に跳ね橋でない普通の橋に改造されたそうだ。<br /><br />1時過ぎにハンデルスカーデ通りの北の端に戻って来たところで、上に書いたように橋が開いてるのに気付いた。10分足らずで橋が元に戻ったので、橋を渡ってブリオン広場(Brionplein)に戻る。そろそろ昼食を食べようと思ったのだが、なかなか店が見つからない。あとで調べると、前に書いたように広場の周りにいくらでもあるのだが、リフ要塞(Riffort)跡のモールの近くまで行ったのに、結局見つけられない。で、再度橋を渡ってプンダ地区に戻る。プンダ地区の中もしばらく探したのだけど、なかなかこれと云った店が見つからない。と云うのも特別な料理を探していたから。それは何かというと、なんとイグアナ料理。そう、この国はあのイグアナ(Iguana)を食べる世界唯一の国らしい。シチューや唐揚げで食べられるそうだ。ここに寄ることを決めてから短い予習の間にそんな話を読んで、是非食べたいと思っていた。私は旅先ではその地の名物を出来るだけ食べたい派だし。ところが、そんな料理を提供している店が全然見つからなかったと云うこと。あとで調べてみると、プンダ地区をクイーンウィルヘルミナ公園からもう少し奥に入ったところにあるオールドマーケット(Old Market)の中のフードコートのようなところの一つの店でしか食べられないとのこと。事前調査不十分だったなあ。バレンタイン選手の好物と云うような記述もよくあったけど、一般的でないものらしいし、本当だろうか?<br /><br />で、結局2時前にイグアナ料理は断念。ハンデルスカーデ通りのフェリー乗り場のすぐ前にある名前だけイグアナカフェ(Iguana Cafe)のテラス席に落ち着く。何か地元のものがないかと聞いたらカルニストーバ(Karni Stoba)(US$16.95)と云うので、地元のビールだと云うDino&#39;s Draft(US$6.80)と一緒に食べたが、なかなか美味しかった。カルニは牛肉のことで、ストーバとはシチューのことだが、肉汁も調味料もリッチで汁がどろっとした炒め煮。イグアナ料理は食べられなかったが地元料理を食べられたので、良しとする。もうこの日は空港に戻るだけなので、白のグラスワイン(US$5.10)も追加で。残念ながらキュラソーで一番有名かも知れないキュラソー酒(curacao)は飲まなかったが、日本を出て約1週間、初めて町のレストランでの食事を満喫した。ただ、娘が南米は食べ物は安いよと云ってたけど、結構高いやん! まあ、ここは分類的には中米、カリブ海地域だけど。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.1873954706007878&amp;type=1&amp;l=3938c794c3<br /><br /><br />あとで振り返るとまだ見るところあったんだけど、とにかく事前調査不足で、見たかった町の光景と橋を見たので、まだ2時半で6時半のフライトには早いけど空港へ戻ることにする。クィーンエマ橋のたもとにツーリストインフォメーションがあったので、空港へのバスに乗れるところを聞く。そう云えば、この国は基本的に英語でほとんど問題はなかった。で、聞いた通り、また橋を渡ってオットロバンダ(Otrobanda)地区へ戻り、レストランを探して歩いたブリオン広場の南のリフ要塞から少し西にあるバスターミナルへ。歩いて10分も掛からない。空港へのバス(ワンボックスカー)も分かった。一応「Airport?」と確認して乗り込む。バスは観光客用ではなく本当に地元民の足で、住宅地に入り、次々と客を下ろして行き、本当に空港に行ってくれるのか多少不安になる。でもまあ、20分くらい掛かったかな、3時10分頃、無事に空港に戻る。<br /><br />ここで、またちょっと問題。まだ出発まで3時間以上あるのではあるが、預けていたスーツケースを回収しようとしたら、預かり所に誰もいない。ドアのところに連絡用の電話番号はあるが、ローミングしてないので掛けようがない。Wifi通じてもこれはどうにもならないんだよなあ。で、すぐに帰ってくるだろうと思ったのだが、なかなか現れず、近くの到着ゲートに行って、係員の人に聞いてみる。幸いなことにその時に預かり所の人が戻って来て、あの人だと教えてくれて無事回収できた。確か、出発ゲートまで荷物を持って行ってたようなことを云っていた。ちなみに預かり料金は10US$だった。<br /><br />と云うことで、最後も30分くらい待たされたが、結果オーライで、すぐにチェックイン出来て、出発ゲートに入る。キュラソーとお別れ。到着から約9時間半の滞在。短い滞在だったが、ヨーロッパの小国、バチカン市国(Cite du Vatican)とかサンマリノ(San Marino)、リヒテンシュタイン(Liechtenstein)、あとそれらに比べると大きいが、ルクセンブルク(Letzebuerg)やチェコ(Ceska)、それにアフリカのモロッコ(Morocco)滞在時間に比べれば長かった(ちなみにモナコ(Monaco)も小国だが、二度行ったし、モンテカルロ(Monte-Carlo)に泊ってもいるので、滞在時間は長い)。まあ、今になってはどうしようもないが、来るのが決まったのが遅かったとは云え、事前調査不足の訪問だった。<br /><br /><br />以上で、2か国目のキュラソー編終了。

キュラソー ウィレムスタット プンダ地区(Punda, Willemstad, Curacao)

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2017/11/14 - 2017/11/14

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旅行記グループ オランダ領キュラソー

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ちふゆ

ちふゆさん

クィーンエマ橋(Koningin Emmabrug)をプンダ(Punda)地区に渡るとセント・アナバーイ(Sint Annabaai)海峡に面したハンデルスカーデ通り(Handelskade)が絵葉書にぴったしの光景。パステルカラーであることを無視するとまるでアムステルダム(Amsterdam)の運河沿いを彷彿とさせると云うが、本当にそう思った。ただし、表紙の写真はハンデルスカーデ通りの南端、クィーンエマ橋のたもとに建つペンハ(Penha)と云う1708年築の建物だが、このカナリア色の壁に赤いタイル屋根倉庫兼家屋のたくさん設けられている典型的な切妻をよく見ると、優雅な曲線や装飾、渦巻き模様はオランダ的ではなく、スペインやポルトガルなど、他の植民地大国の影響も受けていることが分かるそうだ。なるほど、云われればそう見える。

12時40分頃、早目に空港に戻ると云う韓国人の彼と別れ、私はプンダ地区をしばしうろつく。橋から少し入ったところに現オランダ国王の曾祖母のウィルヘルミナ女王(Wilhelmina der Nederlanden)の生誕50周年記念の銅像(下の写真1)が立つクイーンウィルヘルミナ公園(Queen Wilhelmina Park)があり、サンタさんなどクリスマスの飾り付けがきれい。銅像の奥にあるのはエマニュエル寺院(Temple Emanu-El)跡で、1867年に完成したもの。現在は検察庁(Public Prosecutor's Office)として使われている。手前の橋に近い方にはフォートチャーチ(Fort Church=下の写真2)。アムステルダム砦(Fort Amsterdam)の一部として1769年に建てられたもの。またその南側に建つ合同裁判所(Joint Court of Justice=下の写真3)も立派なファサード( facade)を持っている。土産物屋(Souvenir Station)もあり、ちょっと覗く。結局はこの店でないところでTシャツ購入。

公園から歩行者専用の道を北側に入って行くと、少し先の左側にアメリカで最古のシナゴーグであるキュラソーシナゴーグ(Curacao synagogue)がある(下の写真4の真ん中の通りの先に白く切妻が飛び出ている建物)。元々は1674年に建てられたが、今の建物は1730年に建て直されたもの。まあ、この時には全然分かってなくて、たまたま写ってただけなのだが。とにかく通りの雰囲気はいい。

さらに北に行くと、ワーエガト(Waaigat)と云う小さな入江へ続く水路に突き当たり、水路沿いに船が停泊し、市が並んでいる。そんな中に水路の向こう岸へ続く歩行者専用の小さな跳ね橋がある(下の写真5)。クィーンエマ橋を造ったアメリカ人の名前からレオナルド・B・スミス橋(Leonard B Smith Bridge)と命名されている。その奥(東側)にも1928年に掛けられたクイーンウィルヘルミナ橋(Queen Wilhelmina Bridge)と云う、こちらは車も通れる跳ね橋があるのだが、気付かなかった。こちらはワーエガトのドックが閉鎖された後に跳ね橋でない普通の橋に改造されたそうだ。

1時過ぎにハンデルスカーデ通りの北の端に戻って来たところで、上に書いたように橋が開いてるのに気付いた。10分足らずで橋が元に戻ったので、橋を渡ってブリオン広場(Brionplein)に戻る。そろそろ昼食を食べようと思ったのだが、なかなか店が見つからない。あとで調べると、前に書いたように広場の周りにいくらでもあるのだが、リフ要塞(Riffort)跡のモールの近くまで行ったのに、結局見つけられない。で、再度橋を渡ってプンダ地区に戻る。プンダ地区の中もしばらく探したのだけど、なかなかこれと云った店が見つからない。と云うのも特別な料理を探していたから。それは何かというと、なんとイグアナ料理。そう、この国はあのイグアナ(Iguana)を食べる世界唯一の国らしい。シチューや唐揚げで食べられるそうだ。ここに寄ることを決めてから短い予習の間にそんな話を読んで、是非食べたいと思っていた。私は旅先ではその地の名物を出来るだけ食べたい派だし。ところが、そんな料理を提供している店が全然見つからなかったと云うこと。あとで調べてみると、プンダ地区をクイーンウィルヘルミナ公園からもう少し奥に入ったところにあるオールドマーケット(Old Market)の中のフードコートのようなところの一つの店でしか食べられないとのこと。事前調査不十分だったなあ。バレンタイン選手の好物と云うような記述もよくあったけど、一般的でないものらしいし、本当だろうか?

で、結局2時前にイグアナ料理は断念。ハンデルスカーデ通りのフェリー乗り場のすぐ前にある名前だけイグアナカフェ(Iguana Cafe)のテラス席に落ち着く。何か地元のものがないかと聞いたらカルニストーバ(Karni Stoba)(US$16.95)と云うので、地元のビールだと云うDino's Draft(US$6.80)と一緒に食べたが、なかなか美味しかった。カルニは牛肉のことで、ストーバとはシチューのことだが、肉汁も調味料もリッチで汁がどろっとした炒め煮。イグアナ料理は食べられなかったが地元料理を食べられたので、良しとする。もうこの日は空港に戻るだけなので、白のグラスワイン(US$5.10)も追加で。残念ながらキュラソーで一番有名かも知れないキュラソー酒(curacao)は飲まなかったが、日本を出て約1週間、初めて町のレストランでの食事を満喫した。ただ、娘が南米は食べ物は安いよと云ってたけど、結構高いやん! まあ、ここは分類的には中米、カリブ海地域だけど。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.1873954706007878&type=1&l=3938c794c3


あとで振り返るとまだ見るところあったんだけど、とにかく事前調査不足で、見たかった町の光景と橋を見たので、まだ2時半で6時半のフライトには早いけど空港へ戻ることにする。クィーンエマ橋のたもとにツーリストインフォメーションがあったので、空港へのバスに乗れるところを聞く。そう云えば、この国は基本的に英語でほとんど問題はなかった。で、聞いた通り、また橋を渡ってオットロバンダ(Otrobanda)地区へ戻り、レストランを探して歩いたブリオン広場の南のリフ要塞から少し西にあるバスターミナルへ。歩いて10分も掛からない。空港へのバス(ワンボックスカー)も分かった。一応「Airport?」と確認して乗り込む。バスは観光客用ではなく本当に地元民の足で、住宅地に入り、次々と客を下ろして行き、本当に空港に行ってくれるのか多少不安になる。でもまあ、20分くらい掛かったかな、3時10分頃、無事に空港に戻る。

ここで、またちょっと問題。まだ出発まで3時間以上あるのではあるが、預けていたスーツケースを回収しようとしたら、預かり所に誰もいない。ドアのところに連絡用の電話番号はあるが、ローミングしてないので掛けようがない。Wifi通じてもこれはどうにもならないんだよなあ。で、すぐに帰ってくるだろうと思ったのだが、なかなか現れず、近くの到着ゲートに行って、係員の人に聞いてみる。幸いなことにその時に預かり所の人が戻って来て、あの人だと教えてくれて無事回収できた。確か、出発ゲートまで荷物を持って行ってたようなことを云っていた。ちなみに預かり料金は10US$だった。

と云うことで、最後も30分くらい待たされたが、結果オーライで、すぐにチェックイン出来て、出発ゲートに入る。キュラソーとお別れ。到着から約9時間半の滞在。短い滞在だったが、ヨーロッパの小国、バチカン市国(Cite du Vatican)とかサンマリノ(San Marino)、リヒテンシュタイン(Liechtenstein)、あとそれらに比べると大きいが、ルクセンブルク(Letzebuerg)やチェコ(Ceska)、それにアフリカのモロッコ(Morocco)滞在時間に比べれば長かった(ちなみにモナコ(Monaco)も小国だが、二度行ったし、モンテカルロ(Monte-Carlo)に泊ってもいるので、滞在時間は長い)。まあ、今になってはどうしようもないが、来るのが決まったのが遅かったとは云え、事前調査不足の訪問だった。


以上で、2か国目のキュラソー編終了。

  • クイーンウィルヘルミナ公園

    クイーンウィルヘルミナ公園

  • フォートチャーチ

    フォートチャーチ

  • 合同裁判所

    合同裁判所

  • キュラソーシナゴーグ

    キュラソーシナゴーグ

  • レオナルド・B・スミス橋

    レオナルド・B・スミス橋

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