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南米旅行6日目、2017年11月14日(火)。時差があるので7日目と云う方が正確かも。現地時間、朝の8時過ぎ、ベネズエラ(Venezuela)の首都カラカス(Caracas)の北約30㎞にあるシモン・ボリバル国際空港(Aeropuerto Internacional de Maiquetia Simon Bolivar=通称カラカス空港)を飛び立つ。このベネズエラからのアウトは、今回計画時に一番悩んだところで、かつそれとは別の理由で最後までアタフタしたところ。まずは計画時だが、ベネズエラのホテルや移動はすべてネットで見つけたベネズエラの旅行社はアレンジしてくれたので、結果的にカラカスに泊った訳ではないのだが、とにかくカラカスは危険と云うことで、出来ればこの空港はトランジットですぐに出国したかった。でも、エンジェルフォールの飛行機がなかなかスケジュールも出ないし、予約も出来ないし、ちょうどいい接続便もなかったので、諦めて1泊することにした。<br /><br />で、昼頃に出るコロンビア(Columbia)のボゴタ(Bogota)行のフライトを取っていたのだが、出発の半月前になって、突然真夜中にアメリカの旅行社から電話が入り、この便がキャンセルでなくなったと。で、代替えはないと云うので、困った、困った。それから慌てて別の便探し。翌日以降のフライトもホテルも決まってるので、何とかうまく代替えを見つけなければならないのだが、当然コストも抑えたい。いろいろ探して、いったんはパナマ(Panama)経由にしようと思う。その心算でパナマの観光も検討してた。でも、何度も書いてるようにエンジェルフォールのフライトの日程が決まらなかったので、それならそれが決まるまで予約を待つことにした。で、出発の4日前になってようやくエンジェルフォールの日程が決まり、再度フライトを探したところ、パナマ経由よりも安いキュラソー(Curacao)経由を発見。と云うことで、出発の4日前まで、実際に行った時点から考えても約10日前まで、行こうともしてなかった国へ行こうとしている。<br /><br />余談になるが、出発前の話だが、キャンセルされたボゴタ行のフライト、コネクションフライトを一緒に取ってたので、それをキャンセルするのに苦労した。自動的にキャンセルされるのではなくて、手続きが必要と云われ、日本からの電話でなんかあちこちの部門に電話回され、その指示で飛行機会社のウェブサイトにアクセスしてキャンセル処理をしたりして、確か1時間半くらい掛かった。もちろんアメリカとのやり取りでとても疲れた。さらにこれは後日談だが、この返金、クレジットカードで決済してたので、そのまま返金処理されると思ってたら、何か月待ってもカードの明細に出て来ず、翌年(去年)、ジャマイカに移ってからその旅行社、飛行機会社とクレジットカード会社と、これはメールベースだがやり取りをして、ようやくクレジットカードの返金処理ではなく、口座に別途返金されてたことが分かった。返金の方法ってクレジットカード会社によって違うんだ。別の会社のカードの時は、同じようなことがあった時に、返金処理普通に明細に載って確認出来てたので、まさか明細に載らない直接口座振り込みとは思わなかった。いろいろあるもんだ。あと、このゴタゴタの結論としては、最初に取ったフライトより、実際に乗ったフライトの方が多少だが、安くついた。ラッキーだったかもしれないが、精神的には疲れた。<br /><br />キュラソーまでの便はアセルカ航空(Aserca Airlines)だったのだが(表紙の写真はカラカス空港で出発前のアセルカ航空便)、今(2019年)調べてみたら既になくなった航空会社になってて驚いた。去年(2018年)の5月に業務停止している。68年に設立された会社で、91年に小型飛行機での運航を開始、92年から国内定期航路の運航を始め、97年から国際線にも進出しており、シェアを拡大していたそうなのだが・・・<br /><br />ベネズエラの北約60kmのカリブ海に浮かぶキュラソー島まではあっという間。カリブ海をゆっくり眺める暇もなく島が見えて来る。今回の旅で唯一の、そして私に取って初めての中米国。まあ、国と云っても、独立国ではなくオランダ領。13年と17年の野球のWBC(World Baseball Classic)でオランダ(Koninkrijk der Nederlanden)代表はベスト4となったが、多くの選手がキュラソー出身。代表チームの中心選手で東京ヤクルトスワローズ(Tokyo Yakult Swallows)の強打者ウラディミール・バレンティン(Wladimir Balentien)もこの島の出身。<br /><br />1499年にヨーロッパ人によって見つけられる以前はアラワク諸族(Arawakan)のカケティオス族(Caquetio)が住んでいたが、1527年スペイン人によりイスパニョーラ島(Ispayola=現在ハイチとドミニカ共和国のある島)へ労働奴隷として連れて行かれた結果、ほぼ絶滅してしまった。その後スペイン人が住んでいたのだが、1634年にオランダが力づくで奪い取る。1954年からはオランダ領アンティル(Nederlandse Antillen)に組み込まれたが、2010年に解体されキュラソーは単独の王国構成国となった。<br /><br />種子島とほぼ同じ大きさの島で、近くに並ぶ同じくオランダ領のアルバ島(Aruba)、ボネール島(Bonaire)と併せてABC諸島(ABC-eilanden)と呼ばれる。ほぼ平坦な島(最高峰は375m)で、1年中貿易風が吹いている。下の写真は空港の少し北にある風力発電。最高気温は30℃前後、最低気温は25℃前後。キュラソーとはポルトガル語で「聖心」という意味。アフリカ系黒人とオランダ系白人を始めとして、さまざまな民族で構成され、公用語はオランダ語(Nederlands)だが、島民は混成語のパピアメント語(Papiamento)を幅広く話す。スペイン語(Espanol)や英語(English)も話す。主都はウィレムスタット(Willemstad)。<br /><br />東洋のシンドラー(Oriental Schindler)としても知られるリトアニア(Lithuania)の在カウナス(Kaunas)日本国領事だった杉原千畝が日本国通過ビザを発給した人たちが持っていたのは、リトアニアにいたオランダ亡命政府の非常勤領事ヤン・ズヴァルテンディク(Jan Zwartendijk)が発行したキュラソー島へのビザで、キュラソー・ビザ(Curacao visa)と呼ばれるようになった。<br /><br />ほぼ定刻の9時にキュラソー国際空港(Curacao International Airport)に到着。この空港は1934年に島の北海岸のハトプランテーション(Hato plantation)に造られ、その名を取ってハト国際空港(Hato International Airport)としてオープンした。1954年にその数日前に亡くなったこの空港を提唱したKLMオランダ航空(KLM Royal Dutch Airlines)の創始者の名前を取ってドクター・アルベルト・プレスマン国際空港(Dr. Albert Plesman International Airport)に改称されたが、現在はキュラソー国際空港が正式名称となっている。滑走路は1本だが、全長3,410mとカリブ地域で3番目に長い。<br /><br />コネクションフライトが夕方の6時半なので、残念ながらスルートランジットとはならず、いったん入国し、荷物のスーツケースを受け取る(乗換時間が短くてもスルートランジット出来るかどうかは分からないが)。チェックイン手続きも一応聞いてみるが早過ぎると云うことで無理で、スーツケースも預かってもらえない。しゃあないので、荷物預かりできるとこを聞いて、有料で預かってもらった。この旅の最初、やはりトランジット時間が長かったロサンゼルス空港はスルートランジットではないが、荷物はすぐに預けれたし、親切だったと感じる。<br /><br /><br />と云うことで、主都の世界遺産の町、ウィレムスタット(Willemstad)にようやく向かうが、続く。

オランダ領キュラソー (Curacao)

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2017/11/14 - 2017/11/14

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旅行記グループ オランダ領キュラソー

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ちふゆ

ちふゆさん

南米旅行6日目、2017年11月14日(火)。時差があるので7日目と云う方が正確かも。現地時間、朝の8時過ぎ、ベネズエラ(Venezuela)の首都カラカス(Caracas)の北約30㎞にあるシモン・ボリバル国際空港(Aeropuerto Internacional de Maiquetia Simon Bolivar=通称カラカス空港)を飛び立つ。このベネズエラからのアウトは、今回計画時に一番悩んだところで、かつそれとは別の理由で最後までアタフタしたところ。まずは計画時だが、ベネズエラのホテルや移動はすべてネットで見つけたベネズエラの旅行社はアレンジしてくれたので、結果的にカラカスに泊った訳ではないのだが、とにかくカラカスは危険と云うことで、出来ればこの空港はトランジットですぐに出国したかった。でも、エンジェルフォールの飛行機がなかなかスケジュールも出ないし、予約も出来ないし、ちょうどいい接続便もなかったので、諦めて1泊することにした。

で、昼頃に出るコロンビア(Columbia)のボゴタ(Bogota)行のフライトを取っていたのだが、出発の半月前になって、突然真夜中にアメリカの旅行社から電話が入り、この便がキャンセルでなくなったと。で、代替えはないと云うので、困った、困った。それから慌てて別の便探し。翌日以降のフライトもホテルも決まってるので、何とかうまく代替えを見つけなければならないのだが、当然コストも抑えたい。いろいろ探して、いったんはパナマ(Panama)経由にしようと思う。その心算でパナマの観光も検討してた。でも、何度も書いてるようにエンジェルフォールのフライトの日程が決まらなかったので、それならそれが決まるまで予約を待つことにした。で、出発の4日前になってようやくエンジェルフォールの日程が決まり、再度フライトを探したところ、パナマ経由よりも安いキュラソー(Curacao)経由を発見。と云うことで、出発の4日前まで、実際に行った時点から考えても約10日前まで、行こうともしてなかった国へ行こうとしている。

余談になるが、出発前の話だが、キャンセルされたボゴタ行のフライト、コネクションフライトを一緒に取ってたので、それをキャンセルするのに苦労した。自動的にキャンセルされるのではなくて、手続きが必要と云われ、日本からの電話でなんかあちこちの部門に電話回され、その指示で飛行機会社のウェブサイトにアクセスしてキャンセル処理をしたりして、確か1時間半くらい掛かった。もちろんアメリカとのやり取りでとても疲れた。さらにこれは後日談だが、この返金、クレジットカードで決済してたので、そのまま返金処理されると思ってたら、何か月待ってもカードの明細に出て来ず、翌年(去年)、ジャマイカに移ってからその旅行社、飛行機会社とクレジットカード会社と、これはメールベースだがやり取りをして、ようやくクレジットカードの返金処理ではなく、口座に別途返金されてたことが分かった。返金の方法ってクレジットカード会社によって違うんだ。別の会社のカードの時は、同じようなことがあった時に、返金処理普通に明細に載って確認出来てたので、まさか明細に載らない直接口座振り込みとは思わなかった。いろいろあるもんだ。あと、このゴタゴタの結論としては、最初に取ったフライトより、実際に乗ったフライトの方が多少だが、安くついた。ラッキーだったかもしれないが、精神的には疲れた。

キュラソーまでの便はアセルカ航空(Aserca Airlines)だったのだが(表紙の写真はカラカス空港で出発前のアセルカ航空便)、今(2019年)調べてみたら既になくなった航空会社になってて驚いた。去年(2018年)の5月に業務停止している。68年に設立された会社で、91年に小型飛行機での運航を開始、92年から国内定期航路の運航を始め、97年から国際線にも進出しており、シェアを拡大していたそうなのだが・・・

ベネズエラの北約60kmのカリブ海に浮かぶキュラソー島まではあっという間。カリブ海をゆっくり眺める暇もなく島が見えて来る。今回の旅で唯一の、そして私に取って初めての中米国。まあ、国と云っても、独立国ではなくオランダ領。13年と17年の野球のWBC(World Baseball Classic)でオランダ(Koninkrijk der Nederlanden)代表はベスト4となったが、多くの選手がキュラソー出身。代表チームの中心選手で東京ヤクルトスワローズ(Tokyo Yakult Swallows)の強打者ウラディミール・バレンティン(Wladimir Balentien)もこの島の出身。

1499年にヨーロッパ人によって見つけられる以前はアラワク諸族(Arawakan)のカケティオス族(Caquetio)が住んでいたが、1527年スペイン人によりイスパニョーラ島(Ispayola=現在ハイチとドミニカ共和国のある島)へ労働奴隷として連れて行かれた結果、ほぼ絶滅してしまった。その後スペイン人が住んでいたのだが、1634年にオランダが力づくで奪い取る。1954年からはオランダ領アンティル(Nederlandse Antillen)に組み込まれたが、2010年に解体されキュラソーは単独の王国構成国となった。

種子島とほぼ同じ大きさの島で、近くに並ぶ同じくオランダ領のアルバ島(Aruba)、ボネール島(Bonaire)と併せてABC諸島(ABC-eilanden)と呼ばれる。ほぼ平坦な島(最高峰は375m)で、1年中貿易風が吹いている。下の写真は空港の少し北にある風力発電。最高気温は30℃前後、最低気温は25℃前後。キュラソーとはポルトガル語で「聖心」という意味。アフリカ系黒人とオランダ系白人を始めとして、さまざまな民族で構成され、公用語はオランダ語(Nederlands)だが、島民は混成語のパピアメント語(Papiamento)を幅広く話す。スペイン語(Espanol)や英語(English)も話す。主都はウィレムスタット(Willemstad)。

東洋のシンドラー(Oriental Schindler)としても知られるリトアニア(Lithuania)の在カウナス(Kaunas)日本国領事だった杉原千畝が日本国通過ビザを発給した人たちが持っていたのは、リトアニアにいたオランダ亡命政府の非常勤領事ヤン・ズヴァルテンディク(Jan Zwartendijk)が発行したキュラソー島へのビザで、キュラソー・ビザ(Curacao visa)と呼ばれるようになった。

ほぼ定刻の9時にキュラソー国際空港(Curacao International Airport)に到着。この空港は1934年に島の北海岸のハトプランテーション(Hato plantation)に造られ、その名を取ってハト国際空港(Hato International Airport)としてオープンした。1954年にその数日前に亡くなったこの空港を提唱したKLMオランダ航空(KLM Royal Dutch Airlines)の創始者の名前を取ってドクター・アルベルト・プレスマン国際空港(Dr. Albert Plesman International Airport)に改称されたが、現在はキュラソー国際空港が正式名称となっている。滑走路は1本だが、全長3,410mとカリブ地域で3番目に長い。

コネクションフライトが夕方の6時半なので、残念ながらスルートランジットとはならず、いったん入国し、荷物のスーツケースを受け取る(乗換時間が短くてもスルートランジット出来るかどうかは分からないが)。チェックイン手続きも一応聞いてみるが早過ぎると云うことで無理で、スーツケースも預かってもらえない。しゃあないので、荷物預かりできるとこを聞いて、有料で預かってもらった。この旅の最初、やはりトランジット時間が長かったロサンゼルス空港はスルートランジットではないが、荷物はすぐに預けれたし、親切だったと感じる。


と云うことで、主都の世界遺産の町、ウィレムスタット(Willemstad)にようやく向かうが、続く。

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