2018/10/27 - 2018/10/30
486位(同エリア1321件中)
いちごさん
平泉で世界遺産【中尊寺】【毛越寺】を参拝したあと、同じ平泉にある【達谷窟(たっこくのいわや)毘沙門堂】へ。
2日目のお宿は、平泉から車で北上すること30分強、奥州市【みずさわ北ホテル】
平泉町の宿泊施設は選択肢が限られていてどこも高額だったからと、夫がネットで探してきた所。
奥州市は、奥州藤原氏 清衡生誕の地であり歴史公園【えさし藤原の郷】もあるからと。
奥州市は行ったことがないし、【えさし藤原の郷】も興味を惹かれたので、、、と足を延ばしましたが、時間が無くなって、結局、泊るためだけの奥州市になりました。
3日目は宮城県の松島へ。
松島湾を船で遊覧する前に、お隣りの【瑞巌寺】に参詣。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
最初、読めもしなかった【達谷窟(たっこくのいわや)毘沙門堂】は、平泉の観光案内を検索している時に初めて知りました。
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歴史は古く平安時代、1200年前に蝦夷(えぞ・えみし)を征伐した坂上田村麻呂が勝利のお礼にと建てたお堂。
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蝦夷は、大和朝廷から続く中央政権から見て、北方に住む人々の呼称。
悪路王、赤頭、高丸等の蝦夷がこの窟に塞を構えて、女・子どもを掠(かす)めるなど暴略の限りを尽くしていていたが、征夷大将軍に任じられた坂上田村麻呂がこれを征伐したと【達谷窟毘沙門堂】の縁起に。 -
京都の清水寺の舞台をまねて作られ、108体の毘沙門天が祀られたそうです。
が、度重なる火災で現在は昭和33年に建てられた第5代目。
ここを参詣したかったひとつの理由は、崖造りと呼ばれる建築になぜか惹かれるから。
写真を見ると、行ってみたくなります。 -
高所は苦手なのですが、階段を上って舞台に立ちたくなります。
清水の舞台ほど高くないので、抵抗もなく。 -
ここに呼び寄せられたもうひとつの理由は、お堂の横の岩壁。
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その岩に彫られた「磨崖仏」
私は「崖造り」とともに、「磨崖仏」好きでもあります。 -
【岩面大仏】は、約33mの大岩壁に刻まれています。
大仏の高さは約16.5m、お顔の長さは約3.6mもあります。
明治29年の地震で胸から下が崩落してしまい、今も磨滅が進んでいるそうです。
磨崖仏はモロに自然にさらされているので、保存が大変です、、、だからこそ尊く思えます。
大岩壁にお顔の部分だけが残された大仏様。
大きい岩壁の上の方にお顔があるので、ちょっと探さないと分かりません。 -
参道を、先でぐるっと回って
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お堂の向かい側にある通路に立つと、岩窟にへばりつくように建てられているのが実感できます。
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手前のお堂は、慈覚大師が建立したと伝えられる【辯天堂(べんてんどう)】
昔、満面の水をたたえていた達谷川や北上川を美しい「浮嶋」が行き来するのを見て、五色のガマの姿で貧乏をもたらす「貪欲神」が化けていると見破った慈覚大師さま。
嶋をとらえて、窟毘沙門堂の前まで引きいてきました。
再び逃げ出さないようにお堂を建立し、ガマの天敵シロヘビ、すなわち宇賀神王を冠に抱く辯財天女をお祀りされたのだそうです。 -
辯天さまは、「生けるが如し」と賞される美人で、嫉妬深い天女さま。
仲の良い男女がお参りすると、辯天さまの逆鱗に触れるので、一緒にはお参りしない習わしがあるそうです。
【蝦蟆ヶ池(がまがいけ)】は神の池で、ここに住む生き物は古来から辯天さまのお使いであり、特に蛇は最も尊いものとされているそうです。
この池の中にヘビが、もしやウジャウジャと?・・・退散しよう~ -
順路に沿って進むと参道の傍に【大オッコウ】があります。
樹齢500年。
「オッコウ」は「イチイ」の木だそうです。 -
【姫待(ひめまち)不動堂】は、窟の上流にある「姫待瀧(ひめまちのたき)」の本尊として祀ったものが、1789年にここへ移されました。
その昔、暴虐の限りを尽くしていた悪路王らが、京から姫君をさらってきて窟上流の「籠(かご)姫」に閉じ込めていました。
で、しばしば、嫌がる姫君(←想像です)と花見を楽しんだりしていました。
ついに耐え切れず(←想像です)、逃げ出した姫君を待ち伏せしていた瀧を人々は「姫待瀧(ひめまちのたき)」と呼んだのだそうです。 -
別当【達谷西光寺(たっこくせいこうじ)】【金堂】
神仏習合が行われていた時代に、神社を管理するために創建されたお寺です。
毘沙門堂境内の入り口から壱、弐、参と3っつの鳥居をくぐって入るので神社のようだけど・・・・・
順路は出口へと向かっています。
では、次へ~ -
夕暮れが近づいて来ています。
今宵のお宿がある奥州市へ向かいますが、その前に・・・・・
【道の駅 厳美渓】へ。
一関市にあります。
昼間買った「道の駅スタンプラリー帳 東北編」に、2つ目のスタンプゲット!! -
今宵のお宿【みずさわ北ホテル】
いつかきたホテル・・・・・またきたホテル(と、パンフレットに)
JR水沢駅から徒歩3分、商店街の中にあるビジネスホテルです。
「歴史公園えさし藤原の郷」へ行く時間が無くなったのは、返す返すもザンネン。 -
「北ホテル」で3日目の朝を迎えました。
岩手県の奥州市まで北上して来たけれど、今日は、Uターンして再び宮城県へ。
松島を目指します。 -
東北自動車道を「松島海岸IC」で降ります。
黒ぉ~い色の雲が心配。 -
日本三景のひとつ【松島】へやって来ました。
京都の天の橋立は我が滋賀の隣りだし、広島の厳島は夫の実家である香川からなら結構近いし、、、ということで何度か行ったけれど、松島は遠すぎて、なかなか日本三景を制覇することができませんでした。 -
ついに、とうとう、松尾芭蕉がその美しさに言葉を失ったという絶景が見られます。
楽しみ~♪
島巡り観光船で遊覧するのでチケットを。 -
と思ったのですが、
乗船時間まで、まだ間があるので目の前の【瑞巌寺】へ参詣。 -
【瑞巌寺】正式名称は【松島青龍山瑞巌円福禅寺】
前身は昨日参詣した毘沙門堂建立から約20年後、慈覚大師により天台宗「延福寺」として開創されたと伝えられています。
その後、鎌倉時代中期に「円福寺」と改称し、禅寺に。
関ヶ原の戦いが終わったあとは、伊達政宗公の厚い庇護を受けて隆盛を極めたのだそうです。 -
広い参道には杉並木がありましたが、「東日本大震災」での津波の塩害で立ち枯れが目立ち、約300本が伐採されたのだそうです。
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柿葺き(こけらぶき)屋根の【中門】
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くぐり抜けることは出来ません。
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でも、こちらから【本堂】の全容が見てとれます。
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本堂に向かって右手に紅梅、左手に白梅があります。
伊達政宗公が朝鮮出兵の際に鉢植えにして持ち帰った「臥龍梅(がりゅうばい)」
地面を這うような姿と、八重咲で7~8個かたまって実をつける事から「臥龍八房」とも言われるそうです。 -
本堂拝観は【中門】を右に進んだ、この門から。
本堂には10の部屋がありますが、金箔貼りに描かれたふすま絵、天井の格子模様や欄間などの意匠を凝らした彫刻は、安土桃山文化を伝えるもので豪華絢爛。
10の部屋、それぞれにふすま絵が違うそうです。
内部は撮影出来ないので、目と心で撮影・・・・・もうボヤけてきていますが。 -
小学生の時、発表会で、エンヤートット♪の「斎太郎(さいたら)節」「松島ぁ~の、サ~ヨ~瑞巌寺ほどの~(アーコリャコリャ)、てぇ~らも無いとエ~♪」
と踊ったので、松島の瑞巌寺ってどこのお寺か知らないけれど、小さい時から名前だけは知っていました。
今回、本堂内部の煌びやかで豪華な装飾に圧倒され、歌の意味が理解できました。 -
【法身窟(ほっしんくつ)】
岩窟内部には多くの供養塔が納められています。 -
帰り道、総門を出て左手方向にある小路を行くと、【洞窟遺跡群】があります。
洞窟の前の道沿いには西国三十三観音さまが並んでいます。
三井寺、石山寺の観音さまも。 -
洞窟内は石仏・塔婆・五輪塔・戒名等が無数に刻まれていて、供養場として使用されていたのだそうです。
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唐傘が彩りを添えているけれど、ちょっと、違和感が・・・・・
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