2018/09/22 - 2018/09/25
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この旅行記のスケジュール
2018/09/22
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千葉ー京都移動(新幹線)
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京都駅から東本願寺へ徒歩移動。東本願寺参拝。
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東本願寺から渉成園へ徒歩移動。渉成園見物。
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渉成園から智積院に徒歩移動。智積院見物。
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智積院から三十三間堂に徒歩移動。三十三間堂見物。
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三十三間堂から京都駅へ徒歩移動。京都駅からJR新快速で神戸へ。
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神戸で友人と会食。神戸泊
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この旅行記スケジュールを元に
2年に1回、秋のお彼岸頃に、神戸で高校の同窓会が開催されている。仕事をしている頃は時々関西出張があったので、それほど同窓会出席の機会が有用とは思わなかったが、昨年6月に退職した後には関西旅行の絶好の機会となった。神戸生まれで学生時代も京都にいたので、京都も奈良もそれほど珍しい訳ではないが、それでも写真を撮るのが楽しみとなった現在では年に一回程度は、京都・奈良の社寺や庭園に行ってみたくなる。そのためにわざわざ行くのも大儀だが、同窓会出席と古都観光の2つのイベントを組み合わせると、交通費・宿泊費の負担感が軽くなる(笑)。一昨年は同窓会のない年だったが、11月の関西出張に合わせて友人達との会食や京都・滋賀の観光を行っている。
同窓会を含めての今回の関西旅行の行程は、以下のものだった。
1日目:千葉‐京都移動、京都観光(東本願寺・渉成園・智積院・三十三間堂)、神戸泊
2日目:神戸での同窓会出席、神戸泊
3日目:奈良の長谷寺見物、奈良の友人と会食、京都泊
4日目:京都観光(醍醐寺・無鄰菴・知恩院)、京都‐千葉移動
今回のシリーズの第1回目は、1日目の京都観光(東本願寺・渉成園・智積院・三十三間堂)の模様となる。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 新幹線 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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JRの大人の休日倶楽部を利用すると新幹線は「ひかり」になるため、京都駅に着いたのは11時過ぎ。駅から徒歩で東本願寺へ行く途中で、軽く昼食を済ませる。
西本願寺は世界遺産「古都京都の文化財」のひとつなので以前に訪れていたが、東本願寺は初めてとなる。正確に言うと幼い頃の京都観光で訪れていたかも知れないが、記憶にはない。実は東本願寺にはそれほど興味があった訳でないが、飛地境内地(別邸)の渉成園に行きたかったので、ついでにというのが本音だ。 -
大きな門を潜って境内に入る。
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境内の案内図。
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正式には、浄土真宗東本願寺派本山とのこと。写真は、御影堂。
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立派な門だ。向こうには、京都タワーが見えている。
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内側から門を正面に見る。
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御影堂に上がってみた。
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向こう側は阿弥陀堂。
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お堂の中は撮影出来ないので、ざっと見物しただけだった。
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ここからも京都タワーが良く見える。
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正面に門。
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門のクローズアップ。
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右側の御影堂から渡り廊下で、左の阿弥陀堂に行くことが出来る。
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手水舎の龍神。
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東本願寺には20分程いただろうか、そそくさと本命の渉成園に向かった。
東方向へ徒歩数分で、渉成園入口に到着。ここは、写真仲間から「撮影に行ってきた」と聞いていたので、詳細は不明ながらも訪れたことになる。 -
庭園案内板。
渉成園は、池泉回遊式庭園をもつ東本願寺(真宗本廟)の飛地境内地(別邸)。1641(寛永18)年に三代将軍・徳川家光から当地(約一万坪)が寄進され、石川丈山の趣向を入れた作庭がなされた。園内の諸殿は1858(安政5)年、1864(元冶元)年の二度にわたって焼失。現在の建物は明治初期から末年ごろに至る間に順次再建されたもの。庭園には四季折々の花が咲きほこり、変化に富んだ景観は「十三景」と称されて、高い評価がなされている。(渉成園ホームページより) -
園内に入ると珍しい形をした建物が目に入る。「傍花閣」と名付けられた楼門作りの建築物だ。
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横から見た形。
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階上には4畳半の部屋がある。
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小さな池の畔には、臨地亭。左奥には、滴翠軒。
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池の畔の松が、姿良く立派だ。
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臨地亭には廊下があった。
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大きな印月池に架かる侵雪橋。水面には蓮の葉が茂っている。
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橋の対岸には、小さな庵のような「漱枕居」。
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左側には、池の中にある島「臥龍堂」。
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侵雪橋の向こうに見える京都タワー。
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侵雪橋は渡ることが出来る。
春には桜、秋には紅葉が映える庭園のようだが、残念ながらその季節ではない。 -
庭園を眺めた後、出口に向かうと高石垣が現れる。
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ミロの抽象画のようだ。
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40分ほど庭園を見物していたことになる。ただ、花の時期でなかったこともあり、やや期待外れの感だった。
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渉成園から徒歩で東大路通りにある智積院に向かって、鴨川に架かる七条大橋を渡る。
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20分程で、智積院入口に到着。
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真言宗智山派 総本山智積院と書かれている。
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境内案内板。
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このお寺の見どころは、長谷川等伯の国宝の障壁画と庭園だ。
まずは拝観料支払い所の右手にある、別棟(収蔵庫)の障壁画から見物することになった。内部は撮影禁止なので写真はないが、等伯の息子の久蔵の描いた国宝「桜図」や、その息子の突然の死の後に等伯が描いた国宝「楓図」等が所蔵されていた。この他に「松に秋草図」(国宝)、「松に黄蜀葵図」(国宝)、「松に梅図」(重要文化財)、「松雪の図」(国宝)が収蔵され、そのすべてに豪華絢爛な桃山文化の息吹が感じられる。
なお、これらの図のレプリカがこの後見物した庭園に面する大書院に置かれていた。 -
名画鑑賞の後は庭園見物で、「利休好みの庭園」と書かれた名勝庭園に入場。
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入ってすぐに高浜虚子の句碑があり、「ひらひらと つくもをぬひて 落花かな」と書かれている。智積院の池にはつくもという背の高い草が生えていて、その間に花びらが落ちる様が詠まれている。
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講堂の角を曲がって行くと・・・。
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名勝庭園が現れる。
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庭園に面した大書院に上がって、庭園を眺める。
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大きくせり出した軒と石のつくばいが、庭園の切り取り(枠組み)へのアクセントになっている。
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大きくせり出した軒と石のつくばいが、庭園の切り取り(枠組み)へのアクセントになっている。
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築山にはつつじ。花の季節には見事だろう。
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庭に面する大書院の奥には、当時はここにあった長谷川等伯・久蔵の障壁画の複製が並べられていた。
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等伯の「楓図」。
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久蔵の「桜図」。
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久蔵の「桜図」。
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久蔵の「桜図」。
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一段と高くなった床の間には、「松に葵図」。
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「松に葵図」。
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「松に葵図」。
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「桜図」と「楓図」。
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「利休好みの庭園」の石橋方向。
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「利休好みの庭園」の石橋方向。
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「利休好みの庭園」の石橋方向。
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「利休好みの庭園」の石橋方向。
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大書院の少し奥から庭園を眺める。
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「楓図」のアップ。
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「桜図」のアップ。
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「松に葵図」のアップ。
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講堂をグルリと回ってみる。
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講堂内の襖絵。
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講堂内の襖絵。
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講堂廊下。
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再び大書院に戻ってきた。案内板には、「立って見る庭、歩いて見る庭、座って見る庭があるが、ここは座って見る庭」とあり、なるほどと思いながら座って庭園を眺めた。この頃には人が増えており、座っている人が少し多いなと思いながら撮影。
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座って庭園を見ている人が多い。
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庭園にも堪能して、その他の建物を見物することに。これは、智積院金堂。
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智積院金堂。
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金堂の隣の明王殿から、金堂を眺める。
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境内には、大仏の足を描いた石碑もあった。ここ智積院にはゆっくりと1時間半ほど滞在したことになるが、国宝の長谷川等伯父子の障壁画と庭園は見応えがあった。
夕方までには神戸に行く必要があり、京都駅まで徒歩で移動することに。 -
駅への途中に三十三間堂があり、小学生以来の拝観のために立ち寄った。
多くの観音像がある堂内は撮影禁止なので写真は残っていないが、千体ともいわれる像をゆっくりと見て回った。 -
観音像拝観の後は、外に出て外周りを一周。
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「通し矢」射場の案内板。
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この長いお堂の端から向こうの端に向かって、通し矢が行われていたようだ。
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長い!
この後は、京都駅からJR新快速に乗って神戸へ。三宮駅近くのホテルに17時頃にチェックイン。神戸在住の友人と会食のために、18時の待ち合わせだった。
翌日は、11時半からの同窓会前座の世界遺産講演、12時半からの同窓会本番の予定だ。
(続く)
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