2018/08/11 - 2018/08/11
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エンリケさん
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2018年夏休みのギリシャ旅行3日目後半。
アテネの国立考古学博物館を見学した後はアクロポリス周辺の古代遺跡巡り。
アドリアノスの図書館やローマン・アゴラ、ケラミコス遺跡、古代アゴラなど、人口300万人の大都市圏の中心にあるとは思えない広々とした古代遺跡ぶりで、歴史を尊重した土地の使い方に感心。
雲一つない青空の下、汗だくになりながらも、この街の古代の姿に思いを馳せることのできた、貴重なひとときとなりました。
<旅程表>
2018年
8月 9日(木) 成田→ソウル
8月10日(金) ソウル→アブダビ→アテネ
〇8月11日(土) アテネ
8月12日(日) アテネ(エーゲ海ミニクルーズ)
8月13日(月) アテネ→ミケーネ→ナフプリオン
→エピダヴロス→アテネ
8月14日(火) アテネ→デルフィ→アテネ
8月15日(水) アテネ→アブダビ→
8月16日(木) →成田
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- エティハド航空 アシアナ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
8月11日(土)
14時、国立考古学博物館の見学を終え、アクロポリスのあるアテネ中心部に戻ります。
帰りは地下鉄は使わず、博物館前のパティシオン大通りをてくてく。
・・・途中通るオモニア広場周辺は治安が悪いと聞いていましたが、日中ならまともそうな人も多く、大丈夫そうです。
それでも、建物への落書きが目につくところですが。 -
歩いてみると案外近く、博物館から20分ほどでアクロポリス手前の古代遺跡、“アドリアノスの図書館”(Hadrian's Library)に到着。
その名のとおり、古代ローマの五賢帝の一人、ハドリアヌス帝(在位:117-138年)が紀元132年に建設した図書館の跡です。アドリアノスの図書館 博物館・美術館・ギャラリー
-
入場料は夏季4ユーロ(約530円)ですが、前日購入したアクロポリスとの共通チケット(30ユーロ、約4,000円)で入ることができます。
写真は共通チケットで入れる施設の位置関係で、1番がアクロポリス、2番が古代アゴラ、3番がローマン・アゴラ、4番がアドリアノスの図書館、5番がオリンペイオン(ゼウス神殿)、6番がケラミコス遺跡で、7番がアリストテレスの学校(リュケイオン)となっています。 -
さて、“図書館”といっても、現在建物のかたちをして残っているのはこちらの壁くらいのもの・・・。
その隣に見える八角形の屋根をした建物は“ツィスタラキス・モスク”。
オスマン帝国時代の1759年に建てられたもので、現在はモスクでなく、ギリシャ郷土芸術博物館の分館として使われているとのこと。
ちなみにギリシャはトルコやエジプトに隣接しているにもかかわらず、その首都アテネは意外にも“モスクがない欧州の唯一の首都”だそうです。
【ギリシャ、モスク建設法案を可決(2016年8月5日)】
http://www.trt.net.tr/japanese/shi-jie/2016/08/05/girisiya-mosukujian-she-fa-an-woke-jue-545627
ギリシャは第一次世界大戦後の1923年にトルコとの間で強制住民交換を行ったそうですし、それほど旧宗主国であるトルコへのアレルギーが強いのでしょうね。 -
話を元に戻すと、“アドリアノスの図書館”の方は、入口付近にある壁のほかは、敷地内にはこんな遺跡然としたものが残っているだけ・・・。
-
こちらは敷地内にあった掲示板。
“Tetraconch church”とありますが、こちらは5世紀に中庭部分に造られたキリスト教の聖堂。
現在は残っていませんが、この場所は紀元前の昔から、古代ギリシャ、古代ローマ、キリスト教、イスラム教、そして観光客があふれる現代ギリシャと、様々な時代の変遷を見てきたのですね。 -
14時40分、アドリアノスの図書館を後にし、すぐ近くにあった“ローマン・アゴラ”へ。
こちらは名前のとおり、“ローマ時代のアゴラ”(広場)。
入口にはアテネの守護神であるアテナに捧げられた“アテナ・アルケゲテス門”がそびえ、背後に見えるアクロポリスの丘と相まって、何ともフォトジェニックな景色です。ローマン アゴラ 史跡・遺跡
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敷地内は“アゴラ”だけあって、広々とした空間。
そのため日光を遮るものがなく、午後の灼熱の日射しを浴びて、汗がどくどくと流れ出てきます(笑)。 -
入口から広場を抜けて100mほど行ったところにはこんな列柱群。
その先に見える八角形をした建物は・・・。 -
“アンドロニコスの時計塔”(Horologion)、別名“風の神の塔”と呼ばれる時計塔です。
BC50年頃にアンドロニコスという天文学者が建てたもので、塔の八面はそれぞれ正確に東西南北、北東、南東、南西、北西の方向を指し、日時計、水時計、風見の役割をこなしていたとのこと。風の神の家 (公衆浴場跡) 史跡・遺跡
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塔の内部はこんな感じ。
この場所にアクロポリスから流れ落ちてくる水力で動く水時計があったとのこと。
その後、キリスト教の時代になると、この塔は正教会の鐘楼として使われたそうですが、このエピソードは“水時計”という“科学”が“宗教”によって“退化”してしまう一事例を表しているようで、何だか興味深いですね。 -
さて、このローマン・アゴラの敷地の中ほどには遺跡ではない展示室があって、このアテネとも大きな関わりのあったローマ皇帝、ハドリアヌスの展示が組まれていました。
(といっても、わずかばかりの出土品とパネルの展示だけでしたが。)
ローマ皇帝史上、初めて髭を伸ばしたというこの皇帝、映画“テルマエ・ロマエ”では市村正親が演じていましたよね。
【映画『テルマエ・ロマエⅡ』予告編】
https://www.youtube.com/watch?v=c7RAfLhTd3g -
こちらはハドリアヌス帝が即位した紀元117年のローマ帝国の版図。
そのうち茶色(メソポタミア、アルメニア、ダキアの一部)は、彼が皇帝になってから放棄した領土。
矢印はこのアテネを含め、帝国内をあまねく視察したという彼の視察ルート。
ハドリアヌス帝は現場主義の観点から現実路線に立ち、広がり過ぎた領土を縮小して防備を固め、ローマをそれまでの拡張路線から安定路線へと転換させた、まさに国家のターニングポイントとなるきっかけを作った皇帝でした。
国土を縮小するという決断、現在のロシアや中国を見ていても、なかなかできないことですよね。 -
さて、ローマン・アゴラは15時で閉館となり、展示をゆっくり見ている時間もなく追い出されます。
この後はお腹が空いてきたのでタヴェルナ(レストラン)を求めて近くをぶらぶら。
途中、こんな廃墟然とした立入禁止のスポットがあちらこちらに。
アクロポリスの周りは、まだこんな発掘途中の遺跡も多いようです。
人口を多く抱える大都市の中心部だというのに、遊んでいる土地が多い様子で・・・なんだかのんびりしている感じですね。 -
こちらの通りには壁面アート、と思いきや、ただの落書きがアートっぽく見えるだけかな?
ここ以外にも、アテネの街には落書きが至るところにあり、アテネは“落書きだらけの街”という印象です。 -
地下鉄モナスティラキ駅のあるモナスティラキ広場にやってきました。
さすがにアテネの中心部だけあって、行き交う人も多く、大賑わいです。
アクロポリスの丘をバックに正面に構えているのが、先ほどアドリアノスの図書館で裏側を見た“ツィスタラキス・モスク”。
それにしても雲一つない青空が眩しい・・・。モナスティラキ駅 (地下鉄) 駅
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15時40分、片言の日本語を操るフレンドリーな店員に誘導され、モナスティラキ駅近くの“MAIANDROS”というタヴェルナへ。
このお店、暑さ対策のため扇風機を使ってミストを噴出させています。
【Maiandros~トリップアドバイザーより】
https://www.tripadvisor.jp/Restaurant_Review-g189400-d2315343-Reviews-Maiandros-Athens_Attica.html -
注文したのはギリシャ名物のスブラキ(肉の串焼き)のセット(9.5ユーロ=約1,250円)とMythos Beer(4.5ユーロ=約600円)。
観光客向けだからそうでもないかなと思ったら、なかなかの味です。 -
17時、ビールを飲んで気分が良くなったところで観光再開。
次はアクロポリスなどとの共通券で入れる“ケラミコス遺跡”を目指します。
モナスティラキ広場から、人通りの寂しくなった西側に向かって歩いて行くと、道路端のやや低くなった部分に、柵に囲まれた広大な遺跡が見えてきました。ケラメイコスの遺跡 史跡・遺跡
-
ここがケラミコス遺跡。
紀元前12世紀頃から紀元前1世紀頃にかけて、墓地として使われていたそうです。
現代のアテネよりも数段低くなったところに広がっていて、土が堆積する間の遥かなる時の流れを感じさせます。 -
遺跡の中に入ってみると、こんな古代の通路が残っていて、ちょっとしたポンペイ気分(笑)。
【ナポリの休日(6)ポンペイの街並み】
https://4travel.jp/travelogue/10793098#photo_link_29881120 -
ケラミコス遺跡はさすがに墓地だけあって、発掘された墓碑のレプリカ(本物は博物館)もこんなふうにあちこちに立っていました。
・・・このような墓碑や、レキュトス(陶器)などの副葬品を造る必要から、当時このあたりには数多くの陶工が住んでいたようで、それで土地名の“ケラミコス”が“セラミック”(陶器)の語源となったとのこと。 -
ケラミコス遺跡の一角にはこんな平屋建ての小さな博物館もあります(入場料はアクロポリスとの共通券に込み)。
せっかくなので入ってみると・・・。 -
午前中に国立考古学博物館で見たような、この遺跡から発掘された墓碑や陶器などの出土品がいっぱい。
こちらはBC500年代のレキュトスなどの黒絵式の陶器。 -
こちらはBC325-310年頃の墓碑で、解説には“DemetriaとPamphile姉妹の墓碑”と書かれています。
死者に言うのも失礼な感じがしますが、なんだか叶姉妹のようなゴージャス感を醸し出していますね(笑)。 -
18時、ケラミコス博物館は午前中の国立考古学博物館でお腹いっぱい感があったので、早々に切り上げて、20時で閉館してしまうという“古代アゴラ”を目指します。
まだまだ青い空の下にはリカヴィトスの丘がくっきり。 -
18時20分、アクロポリスの丘の北西にある“古代アゴラ”に到着。
先ほど見た“ローマン・アゴラ”が古代ローマ時代(紀元前1世紀~紀元後2世紀)のアゴラだったのに対し、こちらはあのソクラテスやプラトンも通った、正真正銘、古代ギリシャ時代のアゴラです。
ただ、当時の建物は、古代からの長い年月の間、異民族の侵入などによってほとんどが失われてしまっており、写真に見える場所には市場や音楽堂などがあったのですが、現在ではこのとおり、基礎ぐらいしか残っていません。
まあ、この“基礎ぐらい”でも、とてつもなく貴重なんですが・・・。古代アゴラ 史跡・遺跡
-
そして広大な敷地の東側には、現在は博物館として使われている復元された古代の柱廊、“アッタロスの柱廊”が。
この建物は紀元前2世紀、小アジアにあるペルガモンの王アッタロス2世が、アテネで学問を学んだことに対する謝礼として寄贈したもの。
267年にローマ帝国に侵入したヘルール族(ゲルマン人の一派)により破壊され、その後はアテネの城壁の一部として使われていたそうですが、現代ギリシャの1950年代になって、観光用に“古代アゴラ博物館”として再築されたとのこと。アッタロスの柱廊 (古代アゴラ博物館) 博物館・美術館・ギャラリー
-
回廊は上下2階あり、途中には3世紀のローマ帝国時代の彫刻も。
しかし横から射す夕日が眩しい・・・。
気温はこの時間でもまだまだ高く、日なたにいると汗がダラダラと流れ出てきます。 -
今度は古代アゴラの敷地の東側にある高台へ。
ここからはアクロポリスの丘と、先ほどまでいたアッタロスの柱廊(写真左の細長い建物)が一望。
しかし、この古代アゴラ、アテネの中心部にありながら、こんなにたくさんの緑に囲まれているのですね。 -
高台の一角にはほぼ完全な姿で残っている古代の神殿、“ヘファイストス神殿”(Temple of Hephaistos)が。
パルテノン神殿とほぼ同時期のBC449年頃に建築が始まり、BC415年頃に完成した神殿で、陶工や鍛冶屋が集まる地区に建てられたため、“炎と鍛冶”を司るとされるオリンポス12神のひとり、ヘファイストス(ヘーパイストス、ローマ神話ではウルカヌス)を祀る神殿となりました。
なお、スキロス島で死んだアテネの創建者で伝説上の王テセウスの遺骨を、キモンがアテネに持ち帰ったことを記念して、“テセウス神殿”と呼ばれていたという説もあるとのこと。ヘファイストス (テセウス)神殿 史跡・遺跡
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夕日を浴びてほのかにオレンジ色に染まるヘファイストス神殿。
この神殿はビザンツ帝国(東ローマ帝国)時代の7世紀頃から1834年まではギリシャ正教会の教会として用いられ、“ゲオルギウス聖堂”と呼ばれていたとのことで、パルテノン神殿に比べ、建物がほぼ完全な形で残っているのは、“生きた建物”として使われ続けてきたからということなのでしょうね。 -
古代アゴラの敷地を散策していると、南側の端にこんな小さな教会が。
こちらは“聖アポストレス教会”(Church of the holy Apostles)。
典型的な姿をしたギリシャ正教会の教会で、ビザンツ帝国時代の11世紀に建築され、1954-56年に元の姿に修復されたものとのこと。 -
内部には自由に入れるようになっており、復元されたものと思われる新しめの柱の表面は、オリジナルのものと思しき壁画が。
そういえばこんな柱、ブルガリアでも同じようなものを見たなあ・・・。
【ブルガリア~イスタンブール紀行(4)ヴェリコ・タルノヴォの聖ペテロ・聖パウロ教会】
https://4travel.jp/travelogue/10714425#photo_link_26866426 -
イコノスタシス(聖所と至聖所を仕切るイコンで覆われた壁)は完全に復元できていないようですが、在りし日の姿を想像させます。
-
天井にはキリストの絵。
現在は正式な教会としては使用されていないのでしょうが、古代遺跡の国ギリシャで、ちょっぴりだけ現代のギリシャの姿を感じることができました。 -
19時30分、古代アゴラの見学を終え、もう一つ、共通券で入れる“オリンペイオン”(ゼウス神殿)を訪れるべく、アクロポリス北側の坂の多い地区“プラカ地区”をくぐり抜けていきます。
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プラカ地区は思っていた以上にアップダウンが激しく、アクロポリスの東側にあるオリンペイオンに着く頃にはすでに20時5分前。
残念ながら入場は締め切られ、外から眺めるだけとなってしまいました・・・。ゼウス神殿 建造物
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このオリンペイオン、オリンポス12神の最高神であるゼウスに捧げられた神殿として建設されたものですが、御神体のゼウス像が、古代オリンピックが開催されたペロポネソス半島の街“オリンピア”のゼウス神殿にあったもののコピーであったことから、この名で呼ばれるようになりました。
オリンペイオンの周囲は柵となっており、中に入らなくてもこのとおり、中央にあるゼウス神殿(残っているのは柱の一部)を眺めることができるようになっています。 -
ゼウス神殿から振り返るとアドリアノス門。
そしてその向こうにはアクロポリスの丘が。
この3つの遺跡が一直線に並んでいるのが何とも興味深いですね。
【永遠ブルーの空ギリシャ(1)反対側から見たアドリアノス門】
https://4travel.jp/travelogue/11402684#photo_link_55960504ハドリアヌスの凱旋門 史跡・遺跡
-
20時を回ってだいぶ日が陰ってきたので、帰途に就きます。
途中、日本でも人気の“ギリシャ・ヨーグルト”を味わってみるべく、“地球の歩き方”にも掲載されている“フレスコ・ヨーグルト・バー”という店に。
専門店らしく、ヨーグルトの種類やトッピングをいろいろと選ぶことができます。
わたしが選んだのは“リッチクリーム”と“グレープ”の組み合わせで、お値段も2.4ユーロ+0.4ユーロ=2.8ユーロ(約370円)と手頃。
肝心の味の方はというと、“リッチクリーム”というだけあって、ヨーグルト本体はしっかりした感じですが、トッピングのグレープの方は特にこれといった印象もなく・・・。
ほかにもトッピングはレモンやハニーなど数種類あったので、食べ比べてみると面白いかもしれませんね。
ちなみに通りに面してイートインスペースも設置されていて、ゆっくり座って食べることができました。
さて、前日この日とアテネ中心部の古代遺跡巡りを楽しんできたのですが、翌日は趣向を変えてエーゲ海ミニクルーズに参加。
青い空に加えて青い海の、さらなる青い世界を楽しんできます!
(ギリシャ旅行4日目~エーゲ海ミニクルーズに続く。)フレスコ ヨーグルト バー カフェ
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この旅行記へのコメント (2)
-
- 川岸 町子さん 2019/02/24 18:54:34
- 叶姉妹
- エンリケさん、おばんでした(^-^)
まず、叶姉妹らしきレリーフには、笑ってしまいましたわ!
ゴージャス感溢れるイメージですことよ(笑)
今回もエンリケさんの旅行記で初めて知ることがありました。
セラミックの語源は!こちらからなのですね~!
「ちなみにギリシャはトルコやエジプトに隣接しているにもかかわらず、その首都アテネは意外にも“モスクがない欧州の唯一の首都”だそうです。」
こちらも、「そうなんだー!」と思いました。
アテネ在住ムスリムは、どうしているのでしょうね?
途中お食事をし、その後も観光出来るほど、暑いながらも良い季節でしたね。
4トラの他のトラベラーさん数人もギリシャへお出かけで、ギリシャの魅力再確認ですね(^_-)
次回も楽しみにしています!
町子
- エンリケさん からの返信 2019/02/24 22:27:53
- 古代の芸能ユニット
- 川岸 町子さん
こんばんは。ギリシャ旅行記の続編に早速ご訪問いただき、ありがとうございます。
叶姉妹、我ながら的確なネーミングだと思いました(笑)。
もしかしたら遥か古代に二人で芸能ユニットを組んでいたかもしれませんね。
> 「ちなみにギリシャはトルコやエジプトに隣接しているにもかかわらず、その首都アテネは意外にも“モスクがない欧州の唯一の首都”だそうです。」
> こちらも、「そうなんだー!」と思いました。
> アテネ在住ムスリムは、どうしているのでしょうね?
ギリシャという国、調べていけば調べていくほど、他の国との関係で複雑なものを感じますね。
エルギン・マーブル返還問題での英国との関係然り、第二次世界大戦の賠償問題でのドイツとの関係然り。
アジアの某国と同じように、古い歴史をもっているとプライドが高くなりすぎてしまって、上手い妥協ができないのでしょうね・・・。
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