2018/12/31 - 2019/01/01
46位(同エリア942件中)
.さん
初詣は松陰神社へ。その後、フェリーに乗って見島へ向かう。島巡りは予定通りにはいかなかったけど、偶然が重なり感動的な出来事が起きた。
1/6に改めて山陰本線に乗車した。この時車窓から撮った写真もここで公開する。
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新年あけましておめでとうございます。この通り、辺りは真っ暗。最前列にたどり着くまでに20分もかかった。
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まさか萩でここまで混雑するとは。新型iphoneの発売日か!と突っ込みたくなるほどの大行列。ざっと見たところ、萩に帰省したと思われる若者が目立つ。それにベトナム人の団体。萩も随分と様変わりしたな。
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よし、あと少しで最前列にたどり着く!
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今年もいい年になりますように。無事に見島へ行けますように。5円玉を持っていなかったので50円玉を投げた。が、投げた50円玉は賽銭箱に入らず何処か遠くに落ちてしまった‥神主にこの件を伝えると後で賽銭箱に入れておくと約束してくれた。
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神社の出入り口で甘酒と銀杏を貰う。さて、また20分歩いてゲストハウスに帰る。
ゲストハウスの中に入るとまだオーナーと一人旅の男性が話し込んでいた。新年の挨拶をしてまた軽い気持ちで会話に加わった。その後自分の部屋に戻ったけど、さっきの男性とまたしても話しこんでしまった。結局、会話が終わったのは1時半頃。いい出会いだった。今年の末もこのゲストハウスに泊まればまた会うことになりそうだ。 -
7時前後に目が覚める。スマートフォンを確認すると、去年の9月にウクライナのリヴィウで会ったフィンランド人の男性からメッセージが届いていた。「あけましておめでとう。私達は後6時間待たないといけない。」とのこと。返信メッセージを送った。「あけましておめでとう。今は萩に来ていて、初詣をしてきた。これは日本の習慣だ。」という文面に松陰神社で撮った写真を添えて。これまで、フィンランドのサウナや別荘の写真が送られてくるたびに羨む気持ちになっていたので、やっと日本文化で返答でき気分がいい。
昨日会話を交わした男性は既に出発している。キッチンに行くとオーナーがいた。新年の挨拶をして食事をとった。パスタを食べるつもりだったけど、オーナーがパンとみかんをキッチンに置いていてくれたのでこれを食べた。この後、朝の準備を済ませ船の乗り場へ向かった。 -
少し道に迷ったけど無事に港に到着。船内から萩の海岸を望む。
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以前、長崎の黒島という離島へ小型船で行ったことがある。見島行きの船もあのとき乗ったものと同程度だろう、と思ったら予想よりずっと広く地下には雑魚寝部屋まである。眠気もしっかりと取れていないので見島へ着くまでの間ここで眠ることにした。ところで、こんな広い部屋があるのに何で他の乗客は降りて来ないのか?それに、この部屋にはステンレス製の器が沢山並んでいるけどこれは一体‥気になる点はあるけどとにかく休むことにした。
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仮眠をとった。その為か船酔いもしていない。見島への到着時間が迫ってきていたので上の階へ移ることにする。上へ行って、どうして下の雑魚寝部屋に人が来なかったかがすぐにわかった。今日の乗客が極端に少ないからだ。
この写真は窓から見渡した日本海の荒波。 -
しばらくの間椅子に座っていると、二人の乗客が前の席に座りにきた。一人は年配の男性で孫を連れて自分が住んでいる見島に帰るとのこと。この男性に「貴方は自衛隊?」と聞かれたので「観光で来ました。」と答えると、困惑の表情を浮かべ驚かれた。元旦に見島へ観光で行く人ってそんなに珍しいのか‥この時点で嫌な予感はした。たった一人の観光客のために貸自転車屋や飲食店は営業してるか?昨日、ゲストハウスで会った人のアドバイス通りに昼食を予め用意しておけばよかった。
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見島に到着。さっき船内で会った二人は港で家族と再会していた。ここからは完全に一人だ。
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見島へようこそ!
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港の近くにあった見島牛のモニュメント。
この近くに生活用品や貸自転車を扱う店があったけど予想通り閉まっていた。もう、食べ物も買えないし自転車も借りられない。到着して早々散々な目に‥
もう一度船の乗り場に行き、その場にいたオバちゃんに幾つか質問した。歩いて見島最北の場所へ行けるかを聞いたけどそれは無理だとのこと。地図とビニール傘を受け取り見島を歩くことにした。 -
自転車には乗れないし天気も悪い、せっかく見島に来たのに散々だ。バードウォッチング用の地図を頼りにどうにかジーコンボ古墳群の看板の建てられた場所まで来た。
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遺跡や古墳はそれなりに好きなので期待したけど、見渡しても何処に何があるかわからない。
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波の音のする方向に向かって歩くと海岸に辿り着いた。ゴミが散乱してるのはちょっと残念だなと思いつつ足下を確認しながら歩く。って、ここの漂着物は中国や朝鮮半島から流れてきたものなのか。
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この遥か彼方に萩や長門がある。随分と遠いところまで来た。足を滑らせて水浸しになりそうだった!
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水遊びも済んだしまた古墳の場所まで戻る。
この古墳が築造されたのは7~10世紀頃で、朝鮮との軍事的緊張の際に派遣された武人のもの、とのこと。
※後で本やネットで調べたところ、築造された年代や誰が葬られているかについては諸説あるらしい。 -
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奥まで行ってみるか。
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正面から古墳を捉える。
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この後、地図を頼りに見島牛の放牧場へ行った。門を開けて中に入るも誰もいない。人もいなければ牛もいない。元旦だし牛だって忙しいよな、と思いつつ門を閉めて放牧場を後にした。今になって考えてみると、この時行った場所は放牧場ではないのかもしれない。まあ、今更それはいい。そろそろ食事の時間だ。
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田んぼの奥にダムが見える。この島ではどうやって飲み水を確保してんのかな、と疑問に思っていたけどこのダムが役に立っているのかもしれない。
歩いて観光するには限界がある。一旦船の乗り場に戻り、ビニール傘を返して今後のことを考えた。まだ見島のあちこちを見て廻りたかったけど、それとは別に何か食べたいという気持ちもある。菓子パン一つにでもありつければそれでいい。適当に歩きながら飲食店かスーパー、それにヒッチハイクに応じてくれそうな人を探すことにした。見島で一番栄えてそうな場所を歩いていた。飲食店を見かけたけど当然のように閉まっていた。その傍らを街の静けさとは不釣り合いな速度で軽トラが横切った。元旦だし皆忙しいんだろう。そろそろ諦めて、船の乗り場に戻り食事代わりにジュースでも飲もうかと考えていた。
当てもなく歩いていると道端で女性二人に挨拶をされた。まさか船ではるばる離島に来て、現地の人から声をかけられると思ってもなかったので気分がよかった。僕も挨拶を返し、この辺りに食事ができるところはないかと聞いた。結局、近所の食料品店まで同行することになった。ただ、その店は当然のように閉まっていたので、更に厚意に甘えてこの親切な女性たちの自宅に行くことになった。
ほんの10分前まではこんな展開になると思ってもいなかったので、どう反応を示したらいいかわからなかった。ちょうど正午に差し掛かる頃だった。たった一つの菓子パンでもいいから食べたい、と願っていただけなのに親切な人に助けられ食事もとることができた。ここに来るまでの経緯だとか、お互いの近況を話した。会ったばかりの人を自宅にまで招待し(しかも元旦に)親切にもてなしてくれる人がいることにただただ感動した。
食後、この女性たちの親切により叔父さんの家へ行くことになった。また歩くことになったけど、食事を済ませていたからか午前中とは気分も違う。途中、見島牛の飼育が行われている小屋へ寄った。まさか元旦から牛に餌をやるとは思わなかった。気分は職場体験学習の最中の中学生だ。見島は上空から見ると牛の形をしている。外部へ見島をアピールするのにも一番用いられているのはこの見島牛みたいだし、ここに来てたったの2時間程度でこの島の核心に触れたようで気分は良かった。
続いて、もうしばらく歩きさっき話した「叔父さんの家」へ行った。ここでも暖かくもてなしてもらえた。元旦から部外者が押しかけるわけだから申し訳ない気持ちでいっぱいだ。と言いつつ、ビールもご馳走になった。見島名物らしいおにようずという凧も見た。おにようずも見島牛と並んで見島の宣伝によく使われているようで、まだこの島に来てそう時間も経っていないのにここまで辿り着けたことが嬉しかった。まるで外国に来た気分だ。でも、ここは18年間住んでいた山口県の一部なんだから不思議な気分。世界のあちこちを旅して、その後山口に帰って、期待以上に珍しい体験をして更に世界の広さを実感した。耳をつねると夢が覚めるんじゃないか、と思ったくらいだ。
船の出航時間が迫ってきた。そろそろ行かないと。元旦から充実した時間を過ごせた。是非また見島に来たい。 -
この島にいたのはほんの数時間だったけど偶然の巡り合わせで貴重な体験ができた。今年中にまた来たい。お世話になった皆さん、ありがとうございました。
後で気がついたけど、おにようずは萩に来る前に長門市駅で既に見ていた。何か見覚えあるなと思った。 -
また船に乗る。萩行きの船は、初詣に行く見島の住民が乗り合わせているからかそれなりに混雑している。椅子に座って窓から日本海の荒波を眺めようかと思ったけどやめた。この激しい揺れには耐えられない‥
仕方なく地下の雑魚寝部屋に移る。萩につくまでの間、頭痛と吐き気にうなされひたすらのたうち回る。頭の中がぐるんぐるんと震える。ただただ苦しかった。次に見島に行くときは酔いどめの薬を持参することにした。
萩に着いてからも頭の中が震えていた。そんな中、預けた荷物を受け取りにゲストハウスに戻り、見島での出来事をオーナーに話した。僕の話には興味を示してくれたようだった。今回の旅で会った人は皆親切で印象がいい。また萩に来たときにはこのゲストハウスに泊まると伝え、東萩駅に向けて歩き出した。相変わらず頭の中は震えていた。 -
東萩駅に到着。バスで新山口駅まで行き、その後実家へ帰った。数カ月ぶりに歩いた新山口駅の周辺は萩よりもずっと栄えた都会に見えた。
振り返れば不思議な体験をしたものだと思う。宝くじの高額当選並みの確率で起きた出来事だろうな。山口県最北端の場所に行くという目標は果たせなかった。でも、親切な人たちに出会ったことから、見島にはほんの数時間の滞在だったのにその土地の風習や文化の核心に迫れた。こうなると、見島についてもっと知りたいという気持ちが沸き起こってくる。今年中にまた行こう。滞在時間だとか、船酔い対策だとか、宿泊先はどうするかとか、解決しなければならない点は幾つもあるけど、そこはどうにか解決できるはず。今までも世界のあちこちで問題が起きてもどうにか解決してきたから。 -
1/6に山陰本線を利用して北九州へ帰った。
この写真は長門市駅に寄って撮影したもの。
思ったとおり、おにようずは見島に行く前にここで既に見ていた。 -
駅前の売店にこんなポスターが!
プーチンが長門に来る前はピロシキなんか売ってなかった。 -
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山陰本線に乗り窓から日本海を見渡す。
萩・見島は実家に帰る前に寄る程度のつもりで正直そこまで期待もしていなかった。それが振り返ってみれば、会う人皆が親切で萩と見島に好感を持てたし、偶然が重なって貴重な体験もできた。会った人たち皆にお礼を言いたい。
まず初日の萩。商店街を歩くと殆どの店が閉まっていて若干寂しくもあったけど、次第にその状況にも慣れて萩の街を独り占めしているようで気分もよかった。200円のさしみ定食を食べそこねたのは残念。次回、また食べに行く。15年ぶりの松陰神社とその周辺の街並み、昔のことを思い出しつつも当時は気がつかなかった発見もあり印象深かった。萩の街はどれだけ歩いても飽きない。夏みかんの砂糖菓子も好きだし、これだけのためにもまた萩に行きたい。そして、ゲストハウスのオーナーと、同日に宿泊していた男性も親切だった。宿泊費が安くてこのゲストハウスを選んだのに、高価なワインやローストビーフもご馳走になり得した気分。と同時に申し訳なくもある。またこのゲストハウスに泊まるつもり。
続いて翌日の見島。元旦なので自転車も借りられず、食べ物も買えず‥と散々だったのに偶然の出会いから昼食をご馳走になっただけでなく、見島牛やおにようずも見せてもらい、振り返るとかなり貴重な体験をできたと思う。見島にいたのはほんの数時間。それなのに、見島の文化の核心に迫れたんだから恵まれている。ここまでくると、見島は当然として、日本中の離島だとか山村だとかに滞在してみたいという気分になってくる。感性が宮本常一みたいになってきた。ふとした偶然から視野が広がるんだから旅はやめられない。ここに至るまでのきっかけを与えてくれた見島の皆さんにお礼を言いたい。船酔いだとか、短時間でどのようにして見島を巡るかとか、幾つか問題はあるけどまた今年中に見島に行きたい。
以上、当初の期待以上に萩・見島の旅は充実したものになり、去年の東欧旅行並みに印象にのこった。また絶対に再訪する。
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