2018/11/21 - 2018/11/21
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toshibaachanさん
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チャコ渓谷には、、古代プエブロ族によって紀元850年~1150年の間に築かれた、15箇所の遺跡が確認されています。その遺跡はグレートハウスと呼ばれる4~5階建てで、部屋数は200~650にもなる壮大な建造物です。
チャコは、半径数百キロに及ぶ地域の人々にとっての中心的な宗教施設だったようです。人々は、このチャコ渓谷に、宗教的な儀式や交易などで定期的に集まり、宿泊したようです。これらの施設には10,000人ぐらいが暮らせる広さがありましたが、常時暮らしていたのは、2,000人ほどだったようです。最大のグレートハウスであるプエブロボニート(美しい村)でも、常時暮らしていたのは、50人~100人ほどだったようです。
おもに一番調査が進んでいるプエブロボニートを中心に見学しました。
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崖を背景にしたシェトロケートル
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プエブロボニート見学開始
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プエブロボニートと北側の断崖
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プエブロボニートから臨む南側の断崖。この遺跡は、確かに、高い断崖に囲まれた渓谷にあることが行ってみて初めて分かりました。古代の人々は、この断崖に守られていると感じていたのかもしれません。また、この断崖の砂岩を切り出して遺跡の建築に使ったのでしょう。
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プエブロボニートは、太陽の動きに合わせた位置に作られています。春分・秋分に、太陽が、ちょうどD字型のボニートの南端の東西に走る壁の線上を動きます。
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ボニート見学。石造りの壁がすごい。
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ボニート南東部。
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ボニート南東部にある天文学的に重要なコーナードアの前で。このコーナードアから入った太陽光線は、奥の部屋の壁に当たりますが、その位置によって、一年のどの季節なのかが分かったそうです。
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冬至の時に奥の壁に当たる太陽光線
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部屋の天井。また、昔はあった屋根や天井のほとんどが朽ちてしまっていますが、それが残っている場所が少しありました。壁に通した木の梁の上に土とか細い棒とか石なども乗せて固めて、天井や屋根にしたようです。ここに使われた木は遥か遠くから運んできたようです。サンタ・フェのアドビ建築も、壁の外に突き出た木の梁が特徴的でしたが、チャコのグレートハウスの梁と似ています
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入り口の天井。
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朽ちた木の梁。
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プエブロボニート復元図。当時は、この復元図のように屋根もあったのでしょう。
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チャコカルカルチャーに滞在した人々の大きな目的は宗教儀式を行うことでした。そして、それは、キバで行われました。プエブロボニートには、グレートキバ3個、通常キバ32個があります。これは、グレートキバ。
(サンタ・フェの旅行記で、ニューメキシコ州会議事堂のところでもキバについて触れました。) -
通常キバ。
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チャコカルチャー最大のキバはカーサリンコナーダです。このキバはグレートハウスはなく、単独のキバです。
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チャコカルチャーの南側の入り口です。帰りはここからNM57を使いました。300年にわたって栄えたチャコカルチャーも、1130年から始まるひどい干ばつのために捨て去られてしまいます。そして人々は周辺のどこかに散らばって行ってしまいました。しかし、今でもプエブロの人々は折に触れてこの場所を訪れて、踊りを踊ったりしているそうです。チャコカルチャーはプエブロの人々の心のふるさとであり続けているのですね。
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