2018/11/18 - 2018/11/18
187位(同エリア296件中)
ちゃおさん
臨済宗建長寺派の光厳寺。禅寺だけあって静かなものだ。訪ねる参詣者もなく、又寺僧の姿も見えない。人の姿は見えないのだが、綺麗に掃き清められた境内、小気味よく剪定された庭木、古びてキリリと締まった本堂。流石に禅宗の古刹の趣だ。ここの山門の直ぐ前の斜面に大きなヤマザクラが自生している。案内によれば、都内の三大巨樹に指定されていて、胴回りは5m以上、高さは17mを超えるという。巨木の黄ばんだ葉が無数枝にぶら下がっているが、後1-2週間もすれば、皆散り落ちるだろう。こんな山中の境内にこれ程大きな桜があったとは、ここへ来て初めて知ったのだが、今度4月、花の季節には是非もう一度訪ねてみたく思った。
この寺の歴史は古く、南北朝時代の建武年中、足利尊氏により創建されたと寺伝にある。この寺の名前、光厳寺は北朝の光厳院の名前から採られたとのことで、本堂にはその時の筆跡により扁額が掲げられている。お寺が創建される以前には後ろの岩山が昔の山城で、この辺りを収めていた豪族小宮氏の居城であったようだ。小宮氏が追放され、寺となってからは伽藍や寺門も増えて、大変賑わっていたようだが、小田原北条氏の支配が及ぶ頃には、廃れてしまっていて、氏康の時代に再興されたとのことである。自分は良くは知らないが、北条一族大石氏が八王子の滝山城からここへ移り、この先の檜原城と一体になって山梨の武田に備えていたとのことである。処が、武田は信長に滅ぼされ、その後の天正年間になって、八王子城は秀吉の武将により落城すると、この山城も必然的に廃城となったようである。
そうした寺伝の案内板を読み終えると、丁度昼近くになった。お昼をこの寺の後ろの城山で取るのかどうするのか迷ったが、山はかなりきつそうだ。先にこの寺でお昼を食べてから山に向かうことにした。幸いに参詣客も来ず、一人静かに食事も出来そうだ。簡単に食事を終え、寺の横から藪の中に入る小径が山道のようだ。登る人も下って来る人もいない淋しい山道だ。林の中を暫く進むが、誰もいない薄暗い山道、心配になって登るのを諦め、引き返す。
寺を下り、集落に出て、農作業をしている古老に聞くと、この先の三島神社の横からしっかりした登山道があるとのこと。そちらに迂回して登山を開始する。山道は良く整備されていて、ハイキングコースになっている。高さ434m、子供でも登れそうな小山だ。登って行くと前方に5-6人の家族連れがいる。小さな子供も一緒だ。歳を聞くと5歳という。その家族連れを追い抜き、先に山頂に向かう。約20分。丁度八王子城址の城山と同じ位の距離だ。八王子の方がよりしっかりと整備はされているのだが・・。
山頂は流石に見晴らしがよい。五日市の盆地が一望だ。JRの駅ビルも正面に見える。朝駅近くからこの山を見たが、今は逆に山頂から駅を見ている。ちょっとした爽快気分。写真を撮っていると先刻の家族がやってきた。5歳の女の子が先頭だ。うちの孫より1歳年長だが、随分元気だ。名前を聞くときょうこちゃんと言う。後から親がやってきて、記念に5歳の子と一緒に写真を撮ってもらった。良い思い出になる。うちの孫ともこんな風に山に登りたいのだが・・。
- 旅行の満足度
- 5.0
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