2018/11/01 - 2018/11/01
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元カニ族さん
2018年11月1日、横浜市金沢区にある、初代内閣総理大臣伊藤博文の「金沢別邸」を訪れました。
伊藤博文別邸は、明治31(1898)年に建てられた茅葺寄棟屋根の田舎風海浜別荘建築です。明治期、金沢周辺は東京近郊の海浜別荘地として、政治家や財界人の別荘が設けられました。その後は大磯や葉山が栄え、金沢はその役割を終えました。伊藤博文金沢別邸は、当時の数少ない貴重な建築遺構で、平成19(2007)年、解体工事・調査を行い、現存しない部分も含め、創建当時の姿に復元されました。
表紙写真は伊藤博文釜沢別邸の玄関です。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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伊藤博文金沢別邸がある「野島公園」の案内図です。
野島公園 公園・植物園
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まず京急「金沢八景駅」で下車し、シーサイドラインに乗り換えます。
写真は、シーサイドラインの「金沢八景駅」です。金沢シーサイドライン (横浜シーサイドライン) 乗り物
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シーサイドラインが出発すると、まず眼下に「琵琶島神社」が見えてきました。
琵琶島神社 寺・神社・教会
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すぐに平潟湾のヨットハーバーが見下ろせました。
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私の友人のヨットも係留されています。
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シーサイドラインの「野島公園駅」で下車しました。
野島公園駅 駅
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野島公園に着くと、伊藤博文別邸の矢印がありました。
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伊藤博文別邸に着きました。
旧伊藤博文金沢別邸 名所・史跡
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正門の掲示板に、明治150年記念しての「明治期の伊藤博文」パネル展の案内がありました。
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玄関の内部です。
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別邸の図面です。解体復元範囲と新築復元範囲が色分けされています。
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「晴嵐の間」では、明治150年を記念して「明治期の伊藤博文」パネル展が開催されていました。
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晴嵐の間の内部です。
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「帰帆の間」です。内縁越しに海がよく見えました。
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上と同じ晴嵐の間で、その内縁です。
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写真の手前は「秋月の間」、奥は「夕照の間」です。
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「夕照の間」の縁側から見た庭園越しの海の景色です。
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漆塗りの大便器がありました。これは来客用です。
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同じく漆塗りの来客用小便器です。
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当時の汲み取り式のトイレットの汲み取りの様子が図示されていました。
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写真は一般ようのトイレットです。
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写真は湯殿です。木製の箱風呂で、サワラ材が使われています。
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台所です。
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建物の外に出て、庭から建物を眺めました。写真左は「夕照の間」、右は「帰帆の間」です。
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下は、海岸から見た別邸の全体です。
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別邸から外に出て「野島公園」に向かい、丘に登りました
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頂上に通じる坂道です。
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丘の頂上には、野島公園展望台がありました
野島公園 公園・植物園
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展望台に登ると、水路を隔てて「八景島シーパラダイス」が見えました。この水路は友達のヨットでよく通った所です。
横浜八景島シーパラダイス (遊園地) テーマパーク
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丘を降りて、自然海浜を歩きました。
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その先の海岸に、掩体壕(えんたいごう)跡がありました。高い塀があり内部は見えません。
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案内板にあった写真です。
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案内板には、横須賀にあった海軍航空隊基地の戦闘機を空襲から守る施設として、長さ約260m。昭和20(1945)年3月から6月まで工事が進められたが、終戦により実際に使用されることはなかった。とありました。
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