2018/11/16 - 2018/11/17
1827位(同エリア3449件中)
アーサーさん
ギフトカードを入手し、妻が選んだのは「日光金谷ホテル」宿泊券。
35年以上前 家族で日光を訪れた記憶は微かにあるが、何か慌ただしい日帰り旅行だった気がする。まぁ「東照宮」も改築が進んでいるようだし、もう一度行ってみるかと出かけた旅の記録。
初日に「田母沢御用邸念公園」、「金谷ホテル歴史館」を訪ね、「日光金谷ホテル」にチェックインし、ホテルの「案内説明会」に参加。翌朝、日光山内の「日光輪王寺」、「日光東照宮」「二荒山神社」「輪王寺大猷院」を訪ね、今市の「杉並木公園」に立ち寄って東京に帰った ありきたりの行程。
紅葉も少し残っていて ゆっくりと日光を楽しめられた。
-
(1)11月16日(金)
1)朝 ゆっくり出かけたら 高速が事故渋滞で予定より遅れ、日光に着いたら一時頃。
まず 「田母沢御用邸念公園」に行く。
写真は駐車場側の入り口。 -
2)
「お車寄」に迎えられ邸内を見学。思いがけず紅葉が残っている。 -
3)中庭が簡素で広々としている。
-
4)
「謁見所」も簡素。
欧州の玉座とは凄い違い。寒そう。 -
5)
和風の丸窓から 広い庭園が見える。
この辺りから「紀州徳川家江戸中屋敷」として 利用された部分の移築再利用された部分のよう。2階部分は上がれたが 3階(展望室)は時期的に不可。 -
6)
江戸、明治、大正の建築歴史的にも面白く、大正天皇の暮らしぶりも身近に感じられ 有意義だった。
外国人の見学者も思いの外多く、大切に後世に伝えて行って欲しい。 -
7)
それから 直ぐ近くの「金谷ホテル歴史館」を訪問。
江戸時代の武士の住居を基本とし、明治の初め外国人観光客用にホテルを営み、明治20年に増築されたとか。
写真は正面玄関。 -
8)
江戸の武士の暮らし、また明治初期に外国人観光客を迎えた様子が窺い知れる。これも貴重な歴史遺産。
当時の「台所(かまど)」の様子。随分進んでいたと思った。多分昭和期にでも改造されたのではないかと想像した。 -
9)
3時過ぎ 「日光金谷ホテル」に着く。(明治26年)にこの地での営業開始とか。 -
10)
ホテルのフロントでチェックイン。普通に親切。
ただフロント前のロビーは狭く、天井部が一部吹き抜けになっていて 何か違和感。(後で説明を聞けば 地下の入り口部分を 増築して一階にしたとか。良く分からなかったが、確かに通路が入り組み、階段前後のスペースに余裕がなかった。) -
11)
私の部屋は第二新館の4階。随分広いが 部屋の古さは否めない。
私はホテルの建物の配置案内図を見つけ出せなかった。自分が何処にいるか分からなかった。
部屋で煙草は吸えるようになっていたが、室内で煙草を吸うわけにも行かず 玄関脇のベンチまで吸いに行く。 -
12)
それから 庭に出て、少し散策する。どうも私の部屋は裏側の山側のようだった。
後の説明で聞いたが 写真の別館(昭和10に落成。)は箱根の「富士屋ホテル」(花御殿)と同じ設計者らしい。確かに似ている。 -
13)
5時から「案内説明会」に参加する。
男性ホテルマンの方が ホテルの歴史を中心に説明をしてくれる。約1時間。
多くの参加者で 座れない人も。 -
14)
ホテルの歴史は人間の歴史のように結構面白い。一つ一つの造作にも歴史が感じられる。謎の部分も多いが。 -
15)
翌日の結婚披露宴の準備が整った部屋。
雑学の類いだけれども 面白い説明会だった。満足。 -
16)
それから 夕食会場に。
最初のオードブル。 -
17)
メインディッシュは子羊のステーキ。
料理は地方老舗の味。 -
(2)
11月17日(土)
1)
朝7時半 一番に朝食会場に。
窓際に案内され 清々しい。 -
2)
オムレツの朝食。
バイキングでないのが 嬉しい。(年取ると。) -
3)
チェックアウトして ホテルに車を預けたまま 観光に出かける。
写真は坂を下りたところの「神橋」。大谷川の水量も豊か。 -
4)
「神橋」を渡ったところの石段を登り 昔からの参道らしきところを歩くと「日光輪王寺」に出会う。維持工事中の「三仏堂」の広い堂内を巡り お参りして、大護摩堂側から「三仏堂」を写す。
現代の運営しながらの大規模な維持工事が珍しい。 -
5)
それから 表参道を歩き、「東照宮」へ急ぐ。
「表門」をくぐり、左折した辺りから 記憶が戻ってくる。
そして 「陽明門」が見えてくる。
朝が早いためか それ程観光客の姿も多くはない。 -
6)
近づくと 確かに豪華絢爛で新しい。 -
7)
振り向くと 鐘楼の向こうに紅葉が光りに映えて輝いている。 -
7)
それから 写真の「唐門」前を右折し、「奥宮」への階段に進む。 -
8)
最初に 東回廊のところで 多くの人が見上げていた「眠り猫」を写真に撮る。 -
9)
約200段の石段を上り、家康公が納められているとか言う「宝塔」を巡る。周辺は杉の木立。 -
10)
それから「本社」に戻り 参内する。杉戸絵が立派。
もう一度 陽明門まで戻り、綺麗になった細部を 裏側から写す。 -
11)
陽明門を出て右折し、薬師堂に参拝して 説明を聞く。確かにお宮の中に 仏教の「本地堂」が併設されている例は私は知らない。「鳴竜」らしき反響音を経験する。
写真は「本地堂」。 -
12)
それから 隣接する二荒山神社に参拝。 -
13)
そして 家光公の墓所「輪王寺大猷院」を参詣。
写真は「仁王門」。 -
14)
こちらは 神社ではなくて、お寺。でも東照宮に似ている。夜叉門が正式名称らしいが「牡丹門」とも呼ばれているらしい。
(「墨水さん」の御指摘により 正しくは「二天門」であることを知る。「夜叉門」は次にある門。お詫びして訂正いたします。) -
15)
見掛けた脇の参道は お寺らしい何となく落ち着いた感じだった。 -
16)
唐門から 拝殿・本殿に入り お参りする。「家光公」の人柄が偲ばれる。
初めての訪問だが 思いがけず 良い遺構。 -
17)
石段も中央に手摺りが配され、歩きやすい。訪ねてくる観光客の人数は大分少ないが。 -
18)
それから 表参道を下り、大谷川沿いにホテルに戻る。結構歩き疲れた。本日の歩行数約13,000。
写真は 見えてきた丘の上のホテル(別館)。 -
19)
車で東京に戻る途中、今市の「杉並木公園」に立ち寄る。
街道跡を歩いている人も見掛けたが 整備された道が続いていた。
ちょっと整備されすぎて 更に直ぐ近くを現代の道路が通っていて 林の中の旧街道という雰囲気ではなかった。 -
20)
公園には民家が移築され 博物館代わりのように整備されていた。公園を流れる水路も美しい。 -
21)
12時前だったので 公園内で二宮尊徳ゆかりの「報徳庵」の縁側で日光蕎麦を食べる。安くて 量が多くて しっかりしていた。 -
21)
目前の楓も 真っ赤に色付いていた。
それから ゆっくりと東京に帰った。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- 墨水さん 2018/11/22 21:12:35
- 二天門。
- アーサーさん、今晩は。
④謁見所。
寒そう・・・。
そうなんですよ、寒い・・・・。
もとい!、此所は夏の別荘地なので「寒い」ぐらいが、ちょうど良いのよね。(笑)
⑭夜叉門では無く、二天門です。
持国天と広目天が居るので「二天門」と言われます。
「神社に似ている。」良い所に気づきましたね。
東照宮(家康)の孫で、大猶院(後水尾天皇の形式上の子)。
輪王寺=天皇家の庶子が「輪王寺宮」として入る。
輪王寺の猶子が大猶院。
だから、神社にも似ている寺です。
墨水。
- アーサーさん からの返信 2018/11/23 21:34:57
- RE: 二天門。
- > アーサーさん、今晩は。
> ?謁見所。
> 寒そう・・・。
> そうなんですよ、寒い・・・・。
> もとい!、此所は夏の別荘地なので「寒い」ぐらいが、ちょうど良いのよね。(笑)
> ?夜叉門では無く、二天門です。
> 持国天と広目天が居るので「二天門」と言われます。
> 「神社に似ている。」良い所に気づきましたね。
> 東照宮(家康)の孫で、大猶院(後水尾天皇の形式上の子)。
> 輪王寺=天皇家の庶子が「輪王寺宮」として入る。
> 輪王寺の猶子が大猶院。
> だから、神社にも似ている寺です。
> 墨水。
墨水さん
コメント有り難うございました。
ご指摘の通り 「夜叉門では無く、二天門」です。
浅学非才をお詫びします。
尚 ご指摘により 本文を加筆修正させてもらいました。ご了承ください。
気楽な旅を 体が許す限り続けようと思っている今日この頃です。
それでは
アーさー
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