2018/08/21 - 2018/08/22
2830位(同エリア3878件中)
East of Edenさん
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ウフィツィ美術館でまだ見ていなかった1階を見るために、エルバ島を早めに出て。。
一階は主にルネッサンス後期の作品。
そして、2日目に行ったサンタクローチェ教会。
旅行は終わったけど、ルネッサンスの世界からなかなか抜け出せない。。
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エルバ島の帰り、ピオンビーノから、リヴォルノの近くを経由して、フィレンツェへ
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街に行く前に、フィレンツェ空港の近くのSan DonatoモールのCoop Fiで、お土産を。
このCoop Fi、大きくてきれい。品ぞろい豊富 -
Coopの中で、ちょっと遅いお昼ご飯を食べて
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チーズもいっぱい。
ペコリーノ・ヴェッキオを一つ丸ごと。50ユーロ。切って冷凍して1年は大丈夫だろうという予想で。以前にドイツで 柔らかいチーズを買って腐らせてしまったので、特に夏は硬いチーズのみ。他にもちょっとお土産を買って。。。 -
まずは、レンタカーを返して、B&Bにチェックインして、
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また、ウフィツィ美術館へ。15時45分に予約。待ち時間5分。
カメラが壊れてしまったので、一眼レフ魚眼レンズかスマホカメラしかない。 -
まずは前回の見落とし、2階のSimone Martiniの受胎告知。シエナではなく、ここにあった。
シモーネ・マルティーニは、シエナ生まれの画家でジオットの弟子。イタリアン・ルネッサンスよりも前の14世紀に活躍した。シエナのCivic Museumで彼の作品を見たかったが、パリオで休みで見れなかった。
この祭壇の受胎告知、1333年の作品で、元々は、シエナのDuomoにあったらしい。
シモーネだけでなく、義兄リッポ・メンミも一部を描いているらしい。豪華な金色のバックグラウンドで、マリアの赤のドレスと濃紺のガウンが印象的。光沢の無いマットな赤と濃紺の組み合わせは、ボティッチェリの受胎告知とかルネッサンス期にもよく見られるのだ。
赤と濃紺そして金。絶妙なバランス。当時としては、高価な金箔とラッカーを使っているそうだ。
この絵、結構大きい。でも、すごく細かい。当時、すごくお金がかかったんだろう。 -
ジョルジオ・ヴァザーリは、ルネッサンスよりも前の作品を低く見る傾向がある気がするが、
Cimabue、ジオット、ドゥッチオ、そして、このシモーネ・マルティーニは高く評価している。
シモーネのことを、誇りとお金だけでなく、名声とほぼ永久に残る評判をもたらした、と、彼の作品を絶賛している。
ヴァザーリによれば、シモーネは本当に貧しく、しかも謙虚な人だったとしている。
シモーネが書いた手紙の冒頭に「私は誰でもない」とある。イタリア語でNon sono Nessunoっていったんだろうか。お~い、オレを誰だと思ってんだよバカヤロー、というオレ様野郎の対局にある謙虚なお方。 -
シモーネは、ジオットの真似をして学んでいき、自分のスタイルを築き上げたということだ。
ルネッサンスの絵と大きく違うのは、目。細い目。中世って感じ。あと、解剖学的には正しくない体形。
でも、この絵の華やかさ、そして、印象的なマドンナの曲線は、中世のありきたりの宗教画との違いを感じさせる。
次の時代、イタリアン・ルネッサンスへの伏線が感じられる。見る者も描く者も、ありきたりの宗教画に飽き飽きして、新しいものを探しているような。。。 -
ガブリエルの口からは、”ave gratia plena dominvs tecvm”という言葉がマリアに発せられている。 "Hail, full of grace, the Lord is with thee."という意味だって。TheeはYouの意味。神があなたといる。。。
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「え~、何言ってんの?冗談でしょ?」って感じで、マリアがドン引きして上半身が反っている感じ。。。。。。。
ダビンチの受胎告知ではガブリエルの存在がずっと大きいが、このシモーネ・マルティーニの作品では、マドンナの存在感が大きい。 -
2階の廊下の上に飾ってあった、メディチ家から出た、ローマ法王レオ十世の絵。
ラファエロが書いた、彼と、二人のカーディナル(一人はジュリオ・ディ・ジュリアーニ・デ・メディチで後のローマ法王クレメント七世)の絵は、現在修復中だそうで、見られなかった。
この絵、ラファエルが描いたのか、それとも、ラファエルの画からの複製なのかわからんが。
ジョヴァンニ(ローマ法王レオ十世)は、どうせ法王に選ばれたんだから、法王を楽しもう、って言ったそうだ。狩りが大好きで、像をペットに飼い。
芸術、音楽、科学を愛し、その発展に貢献したということだ。ヴァチカンに芸術家、音楽家、学者、サーカスを招き入れたっていうんだから。
ウルビーノの奪還で負った多額の借金を、免罪符を売ったお金で返すことで、マーティン・ルターを筆頭とする宗教改革派を敵に回すのは、痛かったね。大きな失点。
彼はローマ法王となったが、本当にキリストを信じているのか、疑わしい点もある(個人の見解です)。
彼は、数日前に行ったポッジオ・ア・カイアノのメディチ家の別荘を完成させたが、この別荘には、キリスト教を感じさせる要素が全くないのだ(これも個人の見解です)。ギリシャ・ローマの多神教世界に憧れていたように見えるのだが。
彼の功績は、というよりも、彼のお父さんロレンゾ(il Magnifico)の功績は、罪深き金貸し成金のメディチ家を、経済・政治のトップエリートにしたことだと思う。
ジョヴァンニのこのドヤ顔は、全てを手に入れた、天下をとった、って感じだな。
キリスト教徒やローマ教皇区を代表するのではなく。。。メディチ家のための、メディチ家のローマ法王。。。でも、いいんじゃないか、とオレは思っている。
おかげさまで、素晴らしいルネッサンス芸術を後世に残せたんだから。ありがたい。 -
コジモ一世は、敵も多かったんだろうな。
安心して街も歩けない。いつ誰に殺されるかわからない。 -
分散したオフィスをつなぐ回廊をヴァザーリに設計してもらい。。。。
-
一階へ。
コジモ・ディ・メディチ(il Vecchio)の肖像画。
ウルビーノのデュークとなったロレンゾの秘書だったゴロー・ゲーリのために、ポントルモが描いた。
コジモil Vecchioはそれよりもずっと前に亡くなっている。
父ジョヴァンニ・ディ・ビッチの始めた金貸しを世界のメディチ銀行にしたコジモil Vecchioの存在は、メディチ家の人々にとっては、世代を超えて、偉大なパドレだったのだ。
イタリアン・ルネッサンスのファンとしても、コジモil Vecchioはフィリッポ・リッピを含めルネッサンス前期の芸術家を育てたパドレなのだ。パドレ~
では、なぜ、コジモil Vecchioが亡くなって、何十年もあとになって、肖像画を描いたのか?
これは、オレの想像であるが、
1 ウルビーノは、メディチ家からでた法王レオ十世により、メディチ家の支配になった。
2 ウルビーノの人々に、ウルビーノは、メディチ家の支配下であることを知らしめたかった。
3 君主ロレンゾは、皆が知っているコジモil Vecchoの血統を引く、立派な人間であることを知らしめたかった。
ではないか? -
コジモ一世の自画像。ブロンジーノ作。
ブロンジーノは、コジモ一世のお気に入りの画家。この絵のある部屋と隣の部屋は、ブロンジーノの絵がいくつもある。見れば見るほど、素晴らしい、ブロンジーノの絵。
コジモ一世って、こんなにかっこよかったっけ?ピアッザ・デラ・シニョリアにある銅像、なんか四角い顔のおっさん、って感じなんだが。
コジモ一世は、遠い親戚にあたるデューク・アレッサンドロが暗殺され、17歳でデューク職を引き継いだ。彼は若いのに長老たちの操り人形になることなく、メディチ帝国の反対勢力をやっつけた。
イタリア戦争で、フランスを相手に神聖ローマ帝国を助け、皇帝チャールズ5世に認められた。これによりハプスブルクスペインの支配からトスカーナを解放することができた。まあ、結果としてトスカーナの人たちにとって良かったのかどうかはわからんが。
皇帝チャールズ5世の助けを得て、1554年にマルチアーノの戦いでシエナを併合。シエナにとっては屈辱の結末。
ローマ法王ピウス5世のサポートも得て、フィレンツェのデュークから、トスカーナのグランド・デュークに大昇格したのだ。
ローマ法王レオ十世となったジョヴァンニに次ぐ、快挙。でも、フィレンツェ共和国時代の銀行家のメディチ家とは違う。ロレンゾ il Magnificoのようにみんなを宮殿に招待してパーティーをするような開かれた、皆に慕われるメディチ家ではなかった。いつ襲われるかわからない敵に対して、常に警戒心を抱く閉ざされたメディチ家になってしまった。
難攻不落のFortezza da Bassoの要塞、そして、暗殺の危険の無いようにヴァザーリと共に作ったヴァザーリの回廊も、彼の、そして、メディチ家を守るためであったのだ。
なお、鎧を着ているが、コジモ一世は、軍人としての経験はなかったそうだ。 -
ブロンジーノ作、エレオノーラ・ディ・トレドと次男ジョヴァンニの絵。
サマーセット・モームは、この絵を見て、Unreasoning Terror(何とも言えない恐ろしさ)を感じる、といったそうだ(An Art Lover's Guide to Florence)。
コジモ一世は、19歳の時にナポリでスペイン・ハプスブルク家の王女エレオノーラと会う。エレオノーラ13歳。彼女はコジモ一世の考えるスペックをすべて満たした女性だったのだ。
美しいだけでなく、お父さんはスペイン・ハプスブルクのトップエリート、スペイン王室や神聖ローマ帝国皇帝とも強いコネがあり。。
そして、トスカーナのグランド・デューク、コジモ一世の夫人となり、
次男ジョヴァンニと並ぶ姿は、神がかっている。マリアとジーザスの絵みたいに。いやそれ以上に。。 -
コジモ一世と画家ブロンジーノは、コジモ一世夫妻を人々の崇拝に値する神々しさを表現したかったんだろうね。北朝鮮とかタイとか、昔の日本とか、将軍や国王や天皇の写真を飾って、崇拝するよね。それみたいに。だから、微笑みかけたり、私かわいいでしょ、きれいでしょ、とか、セクシーでしょ、みたいなアピールとかは要らないわけで。
サマーセット・モームの言う、恐ろしさは、エレオノーラの神々しい風貌から、来ているんだろうね。 -
エレオノーラは、この時点で、4人の子供を産んでいて、生涯で11人産んだ。エレオノーラの女性としての価値は、多産にもあった。
先々代の最初のデューク・ロレンゾは子孫なく死に、先代のデューク・アレッサンドロは暗殺されたときには子孫無く、遠い親戚のコジモ一世が跡を継いだわけだ。
コジモ一世は、沢山の子供をつくることが、メディチ帝国の存続と発展につながると考えていたのだ。
11人の子供を産んだエレオノーラは、コジモ一世にとって、完璧な女性だったのだ。
では、エレオノーラは、当時の女性の中で一番の勝ち組と言えるのか、というと。。。この時代の皇室の完璧な女性の要件とは、沢山健康な子供を産むこと。エレオノーラは子供を産む機械としても最高だったのだが、それって勝ち組ってことか?
しかしながら、コジモ一世とエレオノーラの夫婦仲はよく、コジモ一世も中世の偉い人にありがちな、愛人をつくることもなく。 -
コジモ一世夫婦は、長男ではなく、次男ジョヴァンニに特に期待を寄せていたようで、最高の教育を与えて、将来のローマ法王に、って。ロレンゾil Magnificoの次男ジョヴァンニがローマ法王になったように。
実際に、ジョヴァンニは7歳で司祭に、17歳にカーディナルとなった。
ところが19歳の時に、母と兄弟と共にピサに旅行した際に、マラリアに罹り、亡くなったのだ。母、エレオノーラも直後に亡くなった。
コジモ一世の苦しみは、想像を絶するものだったんだろう。大切な妻と、将来のローマ法王となるべき大切な息子を失い。。。
マラリアは当時は南ヨーロッパで蔓延していて、多くの人がマラリアで亡くなっている。 -
長男のフランシスコ一世
結局、彼が、お父さんを継いで、Grand Duke of Tucanyになる。
神聖ローマ帝国のフェルドナンド一世の娘と結婚。子供も沢山。娘はフランスの女王になったんだから、お父さんコジモ一世の意志を継いだってことか。
お父さんのように君主という性格だったらしい。
マキアベリの言う、好かれるよりも恐ろしがられるプリンスだったんだろうか。そして、マキャベリの言う、合理性の無い残虐さをも持っていたんだろうか。
子供のころの絵からは、そうは見えないんだが。 -
娘のマリア・メディチ
一流の教育を受け、どこかの貴族と結婚するはずだったんだろうが、17歳でなくなった。死因は、やはり、マラリアと言われている。
姉のビアと一緒に、コジモ一世が溺愛していたらしく、コジモ一世は二人の絵を死ぬまで部屋に飾っていたそうだ。子供がいっぱいいると、この当時は、別れもいっぱいあって、つらいね。 -
ブロンジーノによる、ジーザスの死を悲しむマグダラのマリア。
ブロンジーノがタダのお抱え肖像画家ではないことがよくわかる作品。 -
マグダラのマリアの妖艶な美しさ。
写真が良くないが、すごい絵だった。
背景が暗く、ちょっと、カラヴァッジョを思い起こさせる。 -
マグダラのマリアって、どんな人だったんだろう、って常々思っているが。。。
売春婦だったのか、ジーザスを慕う清楚な女性だったのか、それともジーザスの愛人?ひょっとして、マリアの居ないときに、トーマスと関係を持って、できた子供がジーザス?
ふくよかでエロかったのか、それともやせ細ってしわくちゃだったのか。。
まあ、実在したかどうかは疑わしいし。実在したとしても、複数の別人の可能性もあるし。 -
ブロンジーノの自画像。
ウフィツィに来るまで、ノーマークだったんだけど、ブロンジーノ、すごい。 -
これはジョルジオ・ヴァザーリのロレンゾ il Magnifico。ロレンゾはもう40年以上前に亡くなっている。
いや、これを見て、ヴァザーリって本当にすごいと思った。
Duomoの天井のインフェルノを描いただけじゃなくて、コジモ一世のお友達かつお抱えの建築家だけじゃなくて、イタリア中歩き回ってルネッサンス美術史を作り上げ、美術史の元祖となっただけじゃなくて。。。。創造力、表現力を兼ね備えた画家だったんだ。
ヴァザーリのおかげで、ルネッサンス芸術を心底楽しむことができるんだから。大感謝だ。
この絵の説明が見当たらないんだが、ロレンゾを見つめる死者の亡霊、数多くの人たちに慕われ、数多くの人たちに恨まれ、苦悩に満ちたロレンゾの一生を描いているのか。
ところで、ロレンゾって、こんなかっこよかったっけ? -
フランチェスコ・サルヴィアティのチャリティー
サルヴィアティもコジモ一世のお抱えの画家。1540年代の作品。
ミケランジェロのDoni Tondoの影響を受けたそうで。。
明暗をうまく使い分けていて、
躍動感があって、天使とかせわしなく動き回っているような感じ。
ルネッサンスというよりも、次の世代、バロックだな。 -
パルミジャーノのマリアと子供。首長のマリアと呼ばれている。
見ているちっちゃい女の子、どう思ったんだろうか。何か変だな、って思ったかね。 -
この絵は、マンネリズムの代表作として有名。
日本語のマンネリは、マンネリズムから来ているが、これは、飽き飽きするって意味ではなく、先人の方法に倣う、もしくは、先人の方法から進化した、という意味で使われているようだ。
ミケランジェロやレオナルド・ダヴィンチが解剖学的な観点から、完璧な人間や動物の姿や動きを表現することで、芸術は一つのゴールにたどり着いたわけだ。16世紀の最初に。 -
もし、このレオナルド・ダヴィンチのデザインした馬の銅像(モンテプルチアーノにあったやつ)が退屈に見えるとしたら、これを、ちょっと変えてしまう、解剖学的に正しくなくてもいいから。。。
それがマンネリズムだ(と思う)。
マンネリズムは、ルネッサンス後期の作品にみられ、16世紀の後半にそれがバロックにさらに進化していく。
フィリッポ・リッピが完璧な人間像を描いたあと、弟子のボティッチェリがそれを漫画チックにアレンジした、あの、プリマベーラとかビーナスの誕生とか、あれもマンネリズムだって思うんだが、ボティッチェリはマンネリズムの画家としては認識されていない。15世紀の話ではない。 -
マドンナの首がやたら長いだけではない。
子供、ジーザス、やたらでかい。エンジェルの一人よりも頭がでかい。マドンナの頭とあんまり変わらん。
この絵には、まだまだたくさん謎があるのだ。 -
マドンナの右横に集まった子供たち、じゃなくて、エンジェル。
みんなかわいい。
フィリッポ・リッピのマドンナと子供のエンジェルを思い出させる。 -
エンジェルの性別はわからんが、このエンジェル足は女性の足。ちょっとエロい。
-
右下に不思議な世界が。
巻物を持っているのは、聖ジェロメ。聖書を最初にラテンに翻訳した人。巻物は翻訳した聖書なのかね。
聖ジェロメはマドンナを描く作品にしばしば登場するらしい。
マドンナの袖よりもはるかに小さい。
聖ジェロメの持つ巻物、背景の色と同じ色。この作品は未完成だからなんだろうが。
聖ジェロメの左足も、バックグラウンドと色が同じで、足が透けて見える。
この柱は、この時代の讃美歌に、マドンナの首を、柱に例えるところがあり、長いマドンナの首と対比して登場したんだろう、と考えられている。柱は色が未完成(のように見える)。
聖ジェロメは細マッチョ。小さいのに、解剖学的に完璧に描かれている。
このミニチュアの世界の隣に、巨人のようなマドンナとジーザスが居るわけだ。
聖ジェロメの立っているところは、舞台のように見える。マドンナの座っているところは、舞台の前。カーテンが後ろに見える。 -
聖ジェロメの横には、消し忘れた足が。。。
何か、不思議な作品。
まだまだ謎や暗示がいっぱいあるんだろうけど、
作者パルミジャーノは、沢山の謎や暗示を意図的に入れて、見た人に探させようとしたんだろうか。 -
夕食の時間になったので、ウフィツィのカフェテリアでピザを。
これが、結構おいしいんだ。4ユーロだったか。 -
ヴェッキオ宮殿を見ながら、ピザを食べて、ちょっと休憩。
数多くのドラマの舞台に自分がいるんだなぁ、という感動。。
メディチ家から出た二人目のローマ法王クレメンツ七世が、Sack of Romaで命からがらローマからフィレンツェに逃げてきたころ、フィレンツェ塔の上からベンチが落ちてきて、ミケランジェロダヴィデ像の腕を壊し、その数日後に子供時代のヴァザーリが壊れた腕を拾い、コジモ一世の時代になり、大人になったヴァザーリがコジモ一世に壊れた腕を見せて、修復を始める、という話もあったっけ。
PBSのThe Medici, Godfather of Renaissanceに出てくるシーンで、コジモ一世が若くしてデュークとして、このヴェッキオ宮殿に越してきた時、ここにジムを作り、毎日トレーニングに励んでいた、ということらしい。 -
ティッツァーノの部屋へ
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ティッツァーノのウルビーノのヴィーナス
清楚な美人、滑らかな肌、あんまりボン・キュッ・ボンんて感じではなく、滑らかな曲線。
この絵にも謎がいっぱい。。。
Guidobaldo II della Rovereというウルビーノのデュークがティッツァーノにお金を出して描いてもらったんだが。。。
ティッツァーノは、自分で買い取って、この絵を誰かに売ろうとしたらしい。
そもそも、デュークは何の目的でこの絵を描かせたんだろう。そして、ティッツァーノはこの絵で何を表現したかったのか?この女性、誰なんだろう?
手がかりは、ビーナスの左手にある。
左手は陰部を隠しているだけにも見えるが、そうなら手を握らず、パーのように開けばいい。
この絵の研究者たちの一致した見解は、ヴィーナスは、オ〇ニーをしている、ということだ(An Art Lover's Guide to Florence)。
では、何で、オ〇ニーをしていたのか、といことで、研究者の意見は分かれる。 -
作家マーク・トウェインは、ポルノであるという見解のようである。ティッツァーノがこの絵をポルノとしてだれかに売ろうとしたのか。
ビーナスは王子の愛人である、という見解もある。王子が部屋に飾って、お世話になったのか。
Art Lovers' Guide to Florenceでは、ロナ・ゴッフェンの見解を支持しているようで。。。ロナ・ゴッフェンによると、これは婚姻用の絵であるという。 -
まず、メイドが開けて何か探しているナガモチみたいな家具の隣に、もう一つ同じ家具がある。当時のフィレンツェは、結婚のときに、2つ同じのナガモチを用意することが必要だったそうだ。
-
そして、このブルーベリーの鉢植え。これもやはり結婚のときに用意するんだそうだ。
ということで、ロナ・ゴッフェンの見解は、ヴィーナスは、売春婦ではなく、結婚を前にした乙女だった、というのだ。 -
では、なぜ、結婚を前にした乙女が、オ〇ニーをしているのか?
当時オ〇ニーは、医者や神学者によって、反対されていたようだ。
一方で、このルネッサンスの時代、子供を産むためには、セックスで絶頂に達することが必要と考えられていた。それは、絶頂に達すると、男も、女も、それぞれ子供の種を放出する、と信じられていたのだ。また、絶頂に達することで、男の子が生まれる、とも信じられていたのだ。
じゃあ、結婚して、セックスをやっていくうちに、絶頂に達するようにすればいいじゃん、って思うんだが、そうではないらしい。
当時、セックスは快楽を得るためのものではなく、子供を産むためのものだったのだ。快楽を得るためのセックスは罪(Sin)なのだ。だから、今でもキリスト教会は、避妊具を認めていない。
当時は、女の子は、ローティーンで結婚するので、未熟なので、なかなかすぐには絶頂に達することができない。従って、結婚して、セックスして、すぐに絶頂に達することができるように、結婚前に練習しておく必要があったのだ。
ヴィーナスは、結婚の準備をしていたのだ、結婚してセックスして絶頂に達することができるように、トレーニングをしていたのだ、というのが、ロナ・ゴッフェンの見解。 -
では、ビーナスは何でこっちを見つめて誘っているようなしぐさをしているのか。。ただ結婚の準備をする乙女なら、しないよね?
いろんな解釈があっていい、見る人が独自の解釈をしてもいいんだ、って、An Art Lover's Guide to Florenceは締めくくっている。
そこで、オレの解釈。
これ、婚活出会い系サイト。貴族専用の。
こんなにかわいい娘いますよ、紹介しますよって。オ〇ニーで絶頂トレーニング済みで、結婚してセックスすると、絶頂に達して、種出ますよ、って。
おそろいの家具も、ブルーベリーの鉢植えも、あるし、結婚の準備OKですよ。興味あったら、ウルビーノのデュークに連絡してねって。
結婚を暗示するものがありすぎるんで、この絵はただのズリネタではないと思うんだが。
結婚を控えたヴィーナスがオ○ニーに明け暮れる日常の描写でも無いと思う。なぜなら、足元に犬は居るし、後ろに侍女やメイドがガサゴソしているし(ヴィーナスの服を探しているという見解で一致しているようだ)、落ち着かない、オ○ニーに集中できないじゃないかって、いうのも理由。
ヴィーナスがこっちを見ているのは、やっぱり、カモン・ベイビーみたいに、何かアピールしたいんじゃないか、というのも理由。
どうだろう、この解釈。オレ、当時の独身の貴族だったら、これ見て、すぐにウルビーノのデュークに連絡するわ。こんな女性、お、お、お願いします~、って。
デュークがなぜ、そんなことをしたのか。。。それは、デュークは仲人役として、味方を作り、敵を減らしたかった。自分の立場を守るために、ウルビーノを都市国家として維持するために。。。。。 -
グイド・レ二のダヴィデとゴリアテの首
は~ん、ざまあみろ、って感じで、ゴリアテの首をもてあそぶダヴィデ。ダヴィデには全く共感しないどころか、敵意を感じるね。ダヴィデの軽率かつ残忍さが良く表れている。ゴリアテの無念そうな顔。レ二はストーリーとしては何を表現したかったのか?
17世紀初めの作品。ルネッサンスではないね。光と影を巧みに使い。。。レ二はカラヴァッジョの影響を受けたらしい。 -
Holofernesを斬首するJudith
自国を守るために、敵軍に侵入、敵軍の大将Holofernesを色気で誘って、酒をいっぱい飲ませ、酔ったところで、Holofernesの首を切る場面。 -
JudithもHolofernesも素晴らしく描けている。光と影のマジック。
残虐なシーンを細かく描いている。 -
カラヴァッジョのイサクの生贄。
神のお告げにより、自分の息子イサクを生贄にしようとするアブラハム。イスラム教では、イサクでなく、イシュマルということだ。
アブラハムは神に忠実で、大切な自分の息子でも生贄にしようとする。
そこに神の使いが現れ、生贄を止めさせる。
人間を生贄にする習慣を止めさせるために、旧約聖書に加えられた、とも言われているが。
オチがあって、アブラハムはイサクを生贄にせず、近くにいた羊を生贄にした。
羊はかわいそうではないのか?
信じる者は、どんな残虐なことでも平気でする、という教え、とも解釈できるが。
恐ろしや。
イサクの助けてくれ、という表情がすばらしく描けている。アブラハムの右肩の辺からの光が、イサクの顔を照らし。。 -
メディチ家の家庭教師でもあった、ガリレオ・ガリレイ
スペインで多くの人を処刑した宗教裁判。ローマ法王も最初は黙認、そして、ローマでも宗教裁判が行われ、邪教者を裁く。裁くといっても、最初から有罪は決まっているわけで。
地動説を説いたガリレオは、出版間際に、地動説がSFであるかのような内容に変更したものの、ヴァチカンにとっては、人間が世界の中心であるというキリスト教の根底を揺るがす、許しがたい邪教を説いたものとして、ヴァチカンに召喚される。
メディチ家は、何とかガリレオの召喚を止めようとしたが、ヴァチカンを後ろ盾とするメディチ家はガリレオの召喚を止められなかった。
ガリレオは死刑は免れたが、自宅監禁となった。そのころのガリレオの肖像画ということだ。 -
カラヴァッジョのメデゥーサ。
カラヴァッジョは光の魔術師だな、と思う作品。カラヴァッジョの作品なのに、影の部分が無いよね。 -
同じ部屋にあるメドゥーサ
作者は不明らしいが。。。
頭から出てくる蛇の光り方が、素晴らしく、メドゥーサの顔も斬首され血が抜けた死人の顔。怖いから部屋には飾りたくないけど、大好きな絵。
一階が見終わり。。。夜も更け。。 -
一日目に行ったサンタクローチェ教会。
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ドナッテロの墓
彼のことは研究不足だったが、今回の旅行で、本当に彼の作品が好きになった。
ダヴィデは見れなかったけど、次回の楽しみということで。 -
尊敬するマキャベリの墓
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女神の持っているのはマキャベリの肖像。
彼の墓には、キリスト教の要素は見られない。
調べていないのだが、なぜ、メディチ家に嫌われたマキャベリの墓がここにあるんだろうか? -
ダンテの墓。
神曲を描き、イタリア語を普及させ。。。
インフェルノを書くことで人々に恐怖に与えた。コジモil Vecchioも、ロレンゾil Magnificoも死ぬ間際に、金貸しの落ちる地獄に落ちたくないともがいた。
当時の人々だけでなく、今の人々も含めて、人々にトラウマを植え付けることに成功したともいえるな。 -
ヴァザーリがデザインしたミケランジェロのお墓は凄い。
ヴァザーリの才能が凝縮されたような。 -
ミケランジェロは、メディチ家に育てられたのに、メディチ家を嫌い、
何が嫌いだったんだろうね。メディチ家の信仰心の薄さ、全てを金で解決するやり方?
ミケランジェロがローマでなくなったが、コジモ一世は、その遺体を盗ませ、フィレンツェに運ばせ、ここに埋葬する。
なぜだろう。コジモ一世は、ミケランジェロの名声をメディチ家の名声に繋げたかったのか。それだけじゃないだろう。確執はあったものの、ミケランジェロは、メディチ家が育てた、メディチファミリーの一員だって、思っていたんだろうか。 -
ミケランジェロのお墓のヴァザーリの絵。修復中。
-
ヴァザーリ、凄い。躍動感があって、光と影で立体感を出て、動きがある。修復が完成したら、また見てみたい。
-
うっかり見忘れた、ガリレオ・ガリレイの墓、Wikiより。
彼も、メディチ家の家庭教師だったんだから、メディチファミリーの一員だな。
このサンタクローチェ教会は、フィレンツェの歴史の総集編。 -
サンタクローチェ
Pazzi Chapelへ -
ドゥオーモのドームと同じブルネレスキの作品
天井が高い。 -
フィレンツェの銀行家Pazzi家のチャペル。Pazziは、対立するメディチ家を攻撃したことで、報復を受けたが、このチャペルは健在。
美術品が少ないので、観光客は素通りするが、 -
天井が高く、
アーチがきれい -
外から見たPazzi Chapel
-
明日の朝、早い飛行機なので、ホテルに戻る。
あ~あ、もう終わっちまったか、と思って歩いていると、
Doubting Thomasの像を発見 オルサンミッシェル。
ここにあった。
ストーリーは、キリストの復活にうたがいを持つ、キリストの弟子のSt. Thomasが、キリストを見て、キリストの傷口を見て、本当かどうかを確かめようと、傷口を触る場面。
疑い深いSt. Thomasもキリストの復活を見て、触って、本当であることを知った、だから本当なんだ、っていう教え。 -
レオナルド・ダヴィンチの師匠、ヴェロッキオの作品。
この狭い空間で、これだけの、3D効果、というか、立体感が出した素晴らしい作品。
St. Thomasの右足が突き出ている。これが立体感を高めているような気がする。 -
交差点の細い建物のそばを通り、ホテルに戻る。
-
翌朝は、早かったので、バスも無く、タクシーでフィレンツェの空港へ。
Air Doromiti
レオナルド・ダヴィンチ、アダムの誕生 -
多くの歴史、多くの物語のある街
良い本との出会いって、大切だって、つくづく思った。
Art Lovers' Guide to Florenceから始まって、VasariのLives of the Artists, ダンテのDivine Comedy、マキャベリのThe Prince。そして、PBSやBBCのドキュメンタリー。おかげ様で、楽しい、思い出深い旅になった。 -
アルプスを超えて。。
次回のイタリア旅行は、ローマでもう一度、ヴァチカンに行って、ルネッサンスの世界をローマから見たい。
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