2018/09/12 - 2018/09/15
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マタローちゃんさん
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この旅行記のスケジュール
2018/09/13
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圓山大飯店 ビュッフェスタイルの朝食
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バスでの移動
僅か10分程度
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バスでの移動
高速道路をひたすら南下 途中で昼食
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バスでの移動
高速道路を南下
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台南市内で夕食
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バスでの移動
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徒歩での移動
歩いて12分ほど
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この旅行記スケジュールを元に
格安ツアーによる台湾各地の珍道中
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.5
- ショッピング
- 2.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
二日目の朝を迎えましてござる。
この日は朝6時から朝食を摂ることができ、出発は8:30にござれば、
ゆっくりと起きる事が出来るも、相方が混む前からの朝食を希望。
結局は朝一番で旅籠内のレストランへ。
ここでの朝食はビュッフェスタイルにござる。しかも種類が豊富。
あれこれ並んだ料理に目移りしながらも朝食開始。 -
朝からタンツー麺なる物を食しましてござる。
日本のラーメンに比べて薄味で、コシは少ないもののこれまた美味。 -
食事の後は荷物をまとめ、時間通りにバスにて出発にござる。
ホテルの車寄せは、昼間に見るとまた豪華にござる。 -
まず向かったのが台北にある中正紀念堂にござる。
ここは台湾初代総統である蒋介石を祀る、
日本で言うところの神社にござる。中正紀念公園 衛兵交代儀式 祭り・イベント
-
ここでは朝9:00から開門式が行われるとうい事で、
それに合わせて来た訳にござる。
9時近くになると既にそれを見るための観光客が、
門の前にかぶり付きで集まって参りし候。 -
9:00丁度に開門。
すると中には5人の兵士が整列してござった。
彼らは正面に鎮座する巨大な蒋介石を守るための兵との事。
その後、開聞式という兵士の演舞のような物が10分弱行われし候。
5人が息を合わせ、一糸乱れぬ動きは素晴らしゅうござった。
拙者なれば、その動きや順番をとても覚えきれぬと思いし候。 -
一通りの儀式が終わると、左右に兵士が一人ずつ立ち、
一時間の間、全く微動だにせず蝋人形のように立つのでござる。
訓練を重ねているので、その間にトイレに行くことも絶対無いとの事。
さて、ここで少々台湾と蒋介石に付いて記しまする。
蒋介石は元々中国の人で中国国民党の指導者。
時は第二次大戦中、この頃の中国は中華人民共和国では無く、
国民党が政権を握る中華民国にござりました。
戦争という有事の際にござれば国民党は、
共産党の指導者である毛沢東と手を組んで日本と戦っておりました。
やがて日本は連合国に負け、
中国大陸の拠点(満州など)や朝鮮半島、台湾など失いましてござる。
その後、中国国内では共産党が力を付け、政治的に負けた蒋介石率いる国民党は台湾に移ったのでござる。
そこで蒋介石は台湾を中華民国という独立国家(現中国はそう思っていない)を立ち上げました。
そのため、台湾はあくまでも地名であり国名としてパスポートには中華民国と記されます。これが中国に行けば当然、中華人民共和国と表記。
そのため戦争に勝利したのは中華民国という事で、
戦後当初は台湾が国連の常任理事国にござりました。
ところが中国をまとめた共産党は貧乏ながらも力を付け、
主に自国よりも更に貧しいアフリカの発展途上国を幾つも支援。
それらの国々は戦争の後に植民地政策から解放され次々と独立。
それに伴い国連に参加していたので、彼らの支援を得て中国も国連に加盟。
対して台湾は国連から脱退する羽目となり申した。
その後は台湾にとって代わって国連の常任理事国となり、
台湾はいまだに国連に加盟する事も出来ない状況が続いているのでござる。 -
さて、中正紀念堂の後は土産物屋に連れていかれ、
その後はバスで3時間ほど揺られ台中方面に向かいし候。
次の観光地に着く前に昼食と相成りし候。 -
席に着くといきなり日本で言うところのお新香が登場。
これが結構お茶に合いましてござる。 -
続いて出たのがキャベツ。
見た目はキャベツにソースが掛かったように思え、
何でこのような物がいきなり出るのだろうと不思議に思いし候。
とは申せ、食べてみなければ話にならず、
これを口に運んだところ・・・か、辛い!
黒い液体はソースでは無くからしのようなものでござった。
見た目とのギャップに驚き入り候。 -
続いて出たのが筍を柔らかく炒めたもの。
この昼食の中では、個人的には一番美味に感じましてござる。 -
肉団子の揚げ物。個人的にはイマイチにござった。
-
一見、味噌汁にも見えるスープ。
なれどこれは味噌は使っているものの、聊か甘い汁にござった。 -
少し固めの春巻き。日本の物とは食感が違い申す。
-
これはビーフン。見た目を裏切らない味で、
これもけっこう行けましてござる。 -
胡瓜とキクラゲ、油揚げを炒めた物。
胡瓜の青臭さが少々邪魔に感じ申した。 -
これはエビフライにござるが、
こんな小さな物を一人一匹ずつなど、食べた気がしませなんだ。 -
ここでもキャベツの炒め物が出て参りし候。
口直しには良いかも知れませぬ。 -
甘辛の味噌で炒めた肉料理。ごはんには合いまする。
-
昼食の後は再びバスで移動し、
台湾三大景勝地に数えられる日月潭へと参りし候。
ここは日本統治時代、もともとの湖を水力発電に利用するため、
一部を堰き止めて他の川の水を注ぎこむようにして出来た、
半人工湖にござる。
そのため、水面の高さが当初よりも20m上がったそうな。日月潭文武廟 寺院・教会
-
湖を良いポイントで見るため、まずは湖を眺望できる位置に建つ寺へ。
-
中もとても豪華な造り。
-
奥にもまだ立派な建物が続いてござる。
-
さらにはこのような物まで。
そして一番上の建物に登ると・・・。 -
こちらが日月潭にござる。
写真では解りにくいのでござるが、それは見事にござった。
湖の北側が太陽の形、南側が月の形をしている事から名前が付いたそうな。 -
バス駐車場近くでは、ネイティブの台湾人が民族衣装に身を包み、
路上ライブをしてござった。
これがまた良い曲を歌うのでござる。
感動した相方がCDのセットを購入せし候。
内容はアルバムが4枚入って1000$(約4000円)にござる。
さて、この近くには台湾と日本との間で起こった悲しい事件の舞台、
霧社という町がござる。
それに付いて少し語りまする。
日本が台湾を統治していた1930年の10月。
この地で先住民族の結婚式がござった。
たまたま日本の巡査がそこを通りかかったところ、
先住民族の若者が巡査をその宴会に誘おうと手をとったのでござる。
彼らの風習では友情友好の証として、
器に入った酒を一緒に口を付けて飲むというのがござった。
それを嫌がった巡査は彼をステッキで殴ったのである。
すると若者も巡査を殴り返した。この時は何とか収まったが、
日本側の報復を恐れた彼らは、
普段から抑圧され差別されてきた事もあり、
最終的に負けると解っていながら武装蜂起を決意。
その20日後、霧社セディック族の頭目を中心とした部族300人がまず駐在所を襲い、そのまま運動会を行っていた霧社公学校を襲撃したのである。
そこで殺害された日本人は140人にも上り、当然女子供の多くが犠牲となった。
しかも彼らの殺害方法は首を切り落とすというもので現場は酸鼻を極めた。
ただ彼らの首狩りは単に惨殺するという目的では無く、
宗教的・呪術的な意味合いがあり、
頭部には霊力が宿りそれを自分の物にするというのがあった。
彼らは部族同志の戦闘に於いて日常的にこれを行うのが伝統文化であった。
ともあれ、これに対して日本側からは軍が出動し、戦闘はますます拡大。
ゲリラ戦を展開する彼らに対し、近代兵器を用いる日本軍は次第に彼らを制圧。
12月には暴動を鎮圧するに至った。
しかしこの一連の戦いで彼らは約700人が戦闘および自殺によって命を失った。
双方合わせて夥しい数の死者を出したこの事件は、
日本にとっては衝撃的事件であった。
以後、日本は台湾を統治するにあたり抜本的な改革を迫られる事となった。
この事件を題材にした「セディックバレ」という、
台湾で大ヒットした映画があるので、機会があったら是非ご覧いただきたい。 -
さて、日月潭を後にした後、バスは台南を目指しましてござる。
途中、日本人の経営する寝具店を見学。
その後は高速道路をひたすら南下せし候。
途中、トイレ休憩に寄ったサービスエリアにて、
何ともやる気のなさそうな招き猫のオブジェを発見。 -
台南に着いた時には既に辺りは真っ暗。
そのまま夕食のレストランへ直行せし候。
まず出たのがアスパラを茹でたもの。 -
一見、餃子か焼売のように見えるも、甘いデザートのような物。
なぜこのような順番で出てくるの不思議に思いし候。 -
魚のフレークが載ったご飯。
拙者の口には合いませなんだ。 -
少し甘目の春雨スープ。
-
イカの炒め物。ビールに合いまする。
-
本日のメインディッシュであるタンツー麺。
出汁は効いているものの味がとても薄くで、皆が一様に驚く。
そこで相方がマイソルトを出すと、非常に良い味となり申した。
結局、同じテーブルに付いた人全員がこれを頼りましてござる。
味は良くなったものの、この大きさにござれば、
量が少なく食べた気がしませなんだ。 -
ブロッコリーをただ茹でただけの物。
これは聊かショボいのでは? -
肉団子のスープ。
これも味は薄めなれど、タンツー麺よりはましにござった。 -
デザートにスイカが出て参りし候。
女性の方はこれに結構喜んでござった。 -
食事の後は台南にある立多文旅(ベストホテル)へ到着。
昨日の宿とはうって変ってこじんまりとしてござる。 -
荷物を置いた後は街を散策に出かけ申した。
そこで気付いたのがこの状況。
歩道の上は全て屋根があり、店が突き出している状態。
いわば各店の間を歩道が通っている感じ。
さらにアチコチに段差があるのでとても歩きにくい状況にて候。 -
向ったのは日本人の林さんとういう方が創業した林百貨店。
デパートしてはこじんまりしているものの、
オリジナル商品ばかりを置いたレトロ感満載の百貨店。
エレベーターがとても狭いのが面白うござる。林百貨店 建造物
-
まずは屋上に出るとレトロ感と美しさが合いまった不思議な空間。
-
さらには神社のような物まであって、
見ている分には楽しゅうござる。 -
狭い階段の踊り場には、そこそこ高そうな椅子が置いてござる。
-
昔のミシン。
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タイプライター。
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テレビに電話。
-
更には蓄音機まで。レトロ好きの拙者には堪らない空間にござる。
目の保養にはなれど、結局購入意欲をそそるものは何一つ無く、
この店では1円の金を落とす事も無く出ましてござる。 -
その後、宿に戻りながら歩いているとゲーセンを発見。
良く見ると、UFOキャッチャーばかりが並ぶ店にござる。
で、結構人が入っているので面白うござった。
また、そのような店が何軒もあるのが驚きにござる。
こうして台南の街を堪能し、二日目の夜が終わったのでござる。
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