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18年5月終わりの土曜日、市内の公園のいくつかを回った。最初に訪れたのはダウンタウンの北、クロスロードに近い場所にあるナショナル・ヒーローズ・パーク(National Heroes Park)。ここは日本大使館が危険地域としている地域としてない地域の境に位置しており、この公園より南と西が危険地域。<br /><br />元々はこの辺りはモントゴメリー・ペン(Montgomery Pen)と呼ばれていたが、1804年から競馬場として使われるようになり、競馬以外のイベントにも使われる市民憩いの場であった。例えば1838年の8月2日、34年の奴隷制度廃止の後も残っていた徒弟制度がこの7月31日を持って廃止されたのを受けての祭典が開催されたのはこの場所。また、1887年にはヴィクトリア女王(Queen Victoria)の在位50周年記念式典(Golden Jubilee)のお祝いもここで開かれた。1905年の競馬場のナッツフォード・パーク(Knutsford Park)移転後にジョージ6世記念公園(George VI Memorial Park)と云う公共の公園となり、62年の独立後に現在名に改称された。公園の形を見ると楕円形で、いかにもレース場と云う形をしている。なお、移転した競馬場は53年に現在の、キングストンの隣り町ポートモア(Portmore)のケイマナス・パーク(Caymanas Park)に移転し、ナッツフォード・パークは取り壊され今の経済の中心地ニュー・キングストン(New Kingston)となった。<br /><br />1976年12月にはボブ・マーリーとザ・ウェイラーズ(Bob Marley &amp; The Wailers)が出演したスマイル・ジャマイカ・コンサート(Smile Jamaica Concert)がここで開催された。08年2月に第2回も開催されている。<br /><br />広大な公園は01年から大規模な整備が行われており、将来的には野外劇場ゾーン、自然ゾーン、レクレーションゾーン、スポーツゾーンの4つのゾーンが計画されているが、資金不足等で遅れており、南側の記念碑エリアしか完成していない。資金不足の要因のひとつにはこの公園が最初に書いたように危険地域に隣接していることから民間寄付が集まらないことがあるようだ。<br /><br />10時過ぎ、南端の入口から入るとすぐに記念碑エリアになる。ここは主には公園の名前ともなっているジャマイカのナショナルヒーローズを祀ったエリア。ナショナルヒーローズとは独立後に国の成立の礎となった人々を称えて設けられたもので、69年に5人が認定され、さらに75年に2人が追加されている。<br /><br />記念碑ゾーンの中心にあるのは第一次、第二次世界大戦の戦没者慰霊碑(War Memorial)。元々は22年に第一次世界大戦の戦没者のためにダウンタウンのチャーチ・ストリート(Church Street)に建てられたものを53年にこの場所に移転した。1トン半の十字架を頂いている。日中は1時間ごとに衛兵交代式がある。毎年、戦没者追悼記念日(Remembrance Day)にはこの前で式典が行われる。<br /><br />慰霊碑の手前左側にあるのが、アレクサンダー・バスタマンテ(Sir Alexander Bustamante)の墓と記念碑。大理石のアーチが特徴的。79年に完成したもの。バスタマンテは初代首相。ジャマイカ独立の英雄でジャマイカ労働党(JLP)の創設者。生きている間にナショナル・ヒーローに認定されたのは彼だけ。<br /><br />その向かいはノーマン・マンリー(Norman Manley)の墓と記念碑。これは72年に完成。これは12本の柱が特徴的。バスタマンテの従弟で、彼とともに独立運動を行った。植民地時代に首相を務めた。彼もジャマイカ独立の英雄で、人民国家党(PNP)の創設者。ナショナル・ヒーローに認定される直前に亡くなった。<br /><br />そのまま右手に進むとマーカス・ガーベイ(Marcus Garvey)の墓と記念碑。40年にロンドンで亡くなった彼のために造られたものだが、第二次世界大戦のために亡骸を運ぶことができず、実際にここに埋葬されたのは64年。彼がよく使った黒い星の形をモチーフとしている。後ろの胸像は56年に造られたもの。ガーベイは黒人民族主義の指導者。ラスタファリアニズム(Rastafarianism)に大きな影響を与えた。<br /><br />さらに奥に進むとグラニー・ナニー(Grandy Nanny)の記念碑。99年に造られたもの。彼女はNanny of the Maroonsとも呼ばれる18世紀初期のマルーン(Maroon)のリーダー。75年にナショナル・ヒーローとして認定された。モニュメントはマルーン戦士が使ったアベング(abeng:角笛)をモチーフとしている。<br /><br />反対側、慰霊碑に向かって左の一番奥にあるのはサミュエル・シャープ(Samuel Sharpe)の記念碑。これもナニーの記念碑と同時期に造られたもの。彼は19世紀前半の反奴隷制運動指導者で、クリスマスの反乱(Christmas Uprising)の主導者として処刑された。ナニーと同じ75年にナショナル・ヒーローとして認定された。モニュメントは彼のバプテスト精神を称えてギリシャ十字架をモチーフにしている。<br /><br />最後はシャープの記念碑の手前にあるポール・ボーグル(Paul Bogle)とジョージ・W・ゴードン(George William Gordon)の記念碑。ボーグルはバプテストの執事(deacon:司祭に次ぐ職位)、ゴードンは黒人地位向上の運動家で植民地議会議員。二人は友人で、1865年、共にモラント湾の反乱(Morant Bay Rebellion)の主導者として処刑された。モニュメントは10本のアーチが指を象徴するようにデザインされ、奴隷の苦闘を表すために荒々しく加工されている。<br /><br />以上7人のナショナル・ヒーローのモニュメントエリアの北側に、他の首相のモニュメントもある。マイケル・マンリー(Michael Manley)はジャマイカの第4代首相。ノーマン・マンリーの次男。モニュメントは02年に建てられたもの。ドナルド・サングスター(Sir Donald Burns Sangster)は第2代首相。ヒュー・シアラー(Hugh Lawson Shearer)は第3代首相。<br /><br />それより北側の広い空間は未整備。ほとんど整備されてなく、何もない広場が広がっている。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2090557107680969.1073743726.100001801017376&amp;type=1&amp;l=b6736dc76b<br /><br />最後に、ナショナル・ヒーローの選定だが、00年に与野党国会議員だけでなく民俗学者や弁護士で構成される諮問委員会が設置され、追加指定が検討されている。現在候補に挙がっているのは上記のマイケル・マンリーのほか、ボブ・マーリー、メアリー・シーコール(Mary Seacole:クリミア戦争の前線で看護師として尽くしたスコットランド人の父とジャマイカ人の母との間に生まれた混血女性)などだそうだ。<br /><br />以上

キングストン ナショナル・ヒーローズ・パーク (National Heroes Park, Kingston)

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2018/05/26 - 2018/05/26

51位(同エリア75件中)

旅行記グループ キングストン パーク

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ちふゆ

ちふゆさん

18年5月終わりの土曜日、市内の公園のいくつかを回った。最初に訪れたのはダウンタウンの北、クロスロードに近い場所にあるナショナル・ヒーローズ・パーク(National Heroes Park)。ここは日本大使館が危険地域としている地域としてない地域の境に位置しており、この公園より南と西が危険地域。

元々はこの辺りはモントゴメリー・ペン(Montgomery Pen)と呼ばれていたが、1804年から競馬場として使われるようになり、競馬以外のイベントにも使われる市民憩いの場であった。例えば1838年の8月2日、34年の奴隷制度廃止の後も残っていた徒弟制度がこの7月31日を持って廃止されたのを受けての祭典が開催されたのはこの場所。また、1887年にはヴィクトリア女王(Queen Victoria)の在位50周年記念式典(Golden Jubilee)のお祝いもここで開かれた。1905年の競馬場のナッツフォード・パーク(Knutsford Park)移転後にジョージ6世記念公園(George VI Memorial Park)と云う公共の公園となり、62年の独立後に現在名に改称された。公園の形を見ると楕円形で、いかにもレース場と云う形をしている。なお、移転した競馬場は53年に現在の、キングストンの隣り町ポートモア(Portmore)のケイマナス・パーク(Caymanas Park)に移転し、ナッツフォード・パークは取り壊され今の経済の中心地ニュー・キングストン(New Kingston)となった。

1976年12月にはボブ・マーリーとザ・ウェイラーズ(Bob Marley & The Wailers)が出演したスマイル・ジャマイカ・コンサート(Smile Jamaica Concert)がここで開催された。08年2月に第2回も開催されている。

広大な公園は01年から大規模な整備が行われており、将来的には野外劇場ゾーン、自然ゾーン、レクレーションゾーン、スポーツゾーンの4つのゾーンが計画されているが、資金不足等で遅れており、南側の記念碑エリアしか完成していない。資金不足の要因のひとつにはこの公園が最初に書いたように危険地域に隣接していることから民間寄付が集まらないことがあるようだ。

10時過ぎ、南端の入口から入るとすぐに記念碑エリアになる。ここは主には公園の名前ともなっているジャマイカのナショナルヒーローズを祀ったエリア。ナショナルヒーローズとは独立後に国の成立の礎となった人々を称えて設けられたもので、69年に5人が認定され、さらに75年に2人が追加されている。

記念碑ゾーンの中心にあるのは第一次、第二次世界大戦の戦没者慰霊碑(War Memorial)。元々は22年に第一次世界大戦の戦没者のためにダウンタウンのチャーチ・ストリート(Church Street)に建てられたものを53年にこの場所に移転した。1トン半の十字架を頂いている。日中は1時間ごとに衛兵交代式がある。毎年、戦没者追悼記念日(Remembrance Day)にはこの前で式典が行われる。

慰霊碑の手前左側にあるのが、アレクサンダー・バスタマンテ(Sir Alexander Bustamante)の墓と記念碑。大理石のアーチが特徴的。79年に完成したもの。バスタマンテは初代首相。ジャマイカ独立の英雄でジャマイカ労働党(JLP)の創設者。生きている間にナショナル・ヒーローに認定されたのは彼だけ。

その向かいはノーマン・マンリー(Norman Manley)の墓と記念碑。これは72年に完成。これは12本の柱が特徴的。バスタマンテの従弟で、彼とともに独立運動を行った。植民地時代に首相を務めた。彼もジャマイカ独立の英雄で、人民国家党(PNP)の創設者。ナショナル・ヒーローに認定される直前に亡くなった。

そのまま右手に進むとマーカス・ガーベイ(Marcus Garvey)の墓と記念碑。40年にロンドンで亡くなった彼のために造られたものだが、第二次世界大戦のために亡骸を運ぶことができず、実際にここに埋葬されたのは64年。彼がよく使った黒い星の形をモチーフとしている。後ろの胸像は56年に造られたもの。ガーベイは黒人民族主義の指導者。ラスタファリアニズム(Rastafarianism)に大きな影響を与えた。

さらに奥に進むとグラニー・ナニー(Grandy Nanny)の記念碑。99年に造られたもの。彼女はNanny of the Maroonsとも呼ばれる18世紀初期のマルーン(Maroon)のリーダー。75年にナショナル・ヒーローとして認定された。モニュメントはマルーン戦士が使ったアベング(abeng:角笛)をモチーフとしている。

反対側、慰霊碑に向かって左の一番奥にあるのはサミュエル・シャープ(Samuel Sharpe)の記念碑。これもナニーの記念碑と同時期に造られたもの。彼は19世紀前半の反奴隷制運動指導者で、クリスマスの反乱(Christmas Uprising)の主導者として処刑された。ナニーと同じ75年にナショナル・ヒーローとして認定された。モニュメントは彼のバプテスト精神を称えてギリシャ十字架をモチーフにしている。

最後はシャープの記念碑の手前にあるポール・ボーグル(Paul Bogle)とジョージ・W・ゴードン(George William Gordon)の記念碑。ボーグルはバプテストの執事(deacon:司祭に次ぐ職位)、ゴードンは黒人地位向上の運動家で植民地議会議員。二人は友人で、1865年、共にモラント湾の反乱(Morant Bay Rebellion)の主導者として処刑された。モニュメントは10本のアーチが指を象徴するようにデザインされ、奴隷の苦闘を表すために荒々しく加工されている。

以上7人のナショナル・ヒーローのモニュメントエリアの北側に、他の首相のモニュメントもある。マイケル・マンリー(Michael Manley)はジャマイカの第4代首相。ノーマン・マンリーの次男。モニュメントは02年に建てられたもの。ドナルド・サングスター(Sir Donald Burns Sangster)は第2代首相。ヒュー・シアラー(Hugh Lawson Shearer)は第3代首相。

それより北側の広い空間は未整備。ほとんど整備されてなく、何もない広場が広がっている。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2090557107680969.1073743726.100001801017376&type=1&l=b6736dc76b

最後に、ナショナル・ヒーローの選定だが、00年に与野党国会議員だけでなく民俗学者や弁護士で構成される諮問委員会が設置され、追加指定が検討されている。現在候補に挙がっているのは上記のマイケル・マンリーのほか、ボブ・マーリー、メアリー・シーコール(Mary Seacole:クリミア戦争の前線で看護師として尽くしたスコットランド人の父とジャマイカ人の母との間に生まれた混血女性)などだそうだ。

以上

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