2018/06/27 - 2018/06/28
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いつか行きたいと思っていた絶景のクロアチア・スロベニア。ついでにサラエボとモスタルがついて、プリトビチェ2連泊(丸1日ハイキング)のツァーを見つけたので、思い切って申し込みました。
昨年のスペイン旅行予定が今年の1月にずれ込んだので、今年2回目の海外旅行になりますが、(相変わらず駆け足でチープです)この季節にしてはとってもお得なツァーでした。
初めてのEU非加盟国(ボスニアヘルツェコビナ)、非シェンゲン協定国(クロアチア)訪問なので、国境通過に時間がかかることに驚き、絶景にももちろん感動しましたが、内戦の傷跡にも心が痛みました。今までヨーロッパも西側の国々ばかり訪問していましたので、生活レベルの違いにもちょっと驚きました。年齢ばかり重ねても、まだまだ視野の狭い未熟者だなと痛感しています。
幸い天候にも恵まれ、陽気で楽しいツァーの皆さんととても印象深い6泊9日の旅行になりました。
①6月27日 成田⇒イスタンブール
6月28日 イスタンブール⇒サラエボ⇒モスタル⇒ドブロヴニク(★今日はここ)
②6月29日 ドブロヴニク⇒スピリット
③6月30日 スピリット⇒トロギール⇒シベニク⇒プリトビチェ
④7月1日 プリトビチェ国立公園
⑤7月2日 プリトビチェ⇒ラストケ村⇒ポストイナ⇒リュブリャナ
⑥7月3日 リュブリャナ⇒ブレット⇒ザグレブ
⑦7月4日 ザグレブ⇒イスタンブール
7月5日 イスタンブール⇒成田
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- ターキッシュ エアラインズ
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
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初めてのEU非加盟国(ボスニアヘルツェコビナ)、非シェンゲン協定国(クロアチア)訪問、つい、30年前に内戦のあった地域ということで、多少の緊張がなかったわけではありません。しかし、テレビで見たあの景色、ジブリ映画のモデルとなった街、アカペラ男声合唱クラッパ、プリトビチェの自然、鍾乳洞、ブレッド湖など、どうしても自分の目で見てみたかったのです。
さあて、今までの西ヨーロッパとは違った文化と風景に触れる、6泊9日の旅の始まりです。 -
6月27日14時過ぎに地元ターミナル駅からリムジンバスに乗り込み、17時前に成田空港第一ターミナルに到着。集合時間には2時間程早いのですが、WIFIを借りたり、両替したり、おにぎり求めて空港内を彷徨ったりして過ごしました。
18:30頃、団体カウンターの様子を見に行くと、もう受付が始まった様子、受付をしてもらって、諸々の書類と共にターキッシュエアラインズのカウンターへ。機械でチェックインして、カウンターに預託荷物を預けます。
「搭乗券をもらって座席番号がわかったら、旅行社の受付に知らせに戻ってくださいね」と言われていたにも関わらず、うっかり忘れて、セキュリティー検査、出国手続きへと進んでしまいました。イミグレを抜けたところで、そのことに気が付いて、あわてて旅のしおりに記載されている緊急連絡用の番号に電話を掛けました。
しょっぱなから、何をしているのだか・・・成田国際空港 空港
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連絡がついて、一安心。
この21:25発のイスタンブール行はよく早めに変更になるということをネットで知っていましたが、今日も21:05発に変更になっていました。
実際には21:30頃離陸だったのですけどね。
飛行機に乗るときに、一生懸命覚えた トルコ語の「こんばんは」イヤァ アクシャンラル と挨拶してみました。乗務員さん満面の笑みでなんだかトルコ語で言ってくれましたが、ごめんなさい、私は「こんばんは」と「ありがとう」と「バイバイ」しか覚えていません。成田国際空港 空港
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ターキッシュエアラインの機内食は美味しいという評判です。
ただ、22:30頃になにかしっかり食べろと言われても・・・あんまり食べたくありません。 -
夫ははやきとり(フライドチキンに見えましたが)、青梗菜のソテー、野菜入りフライドライス。
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私はタラのグリル、パセリバター、地中海野菜、フライドポテトにしました。パンが温かくて美味しかったです。
フライドポテトをほとんど夫にプレゼントして、食後は一生懸命眠りに着こうと努力します。 -
寝られたかなぁ・・・と思ったころに、食事だと起こされました。
2回目の食事は和食が終わってしまって、洋食(スタンダード)のみでした。 -
現地時間、28日の夜中の3:35にイスタンブールに到着です。真っ暗でした。
アタテュルク国際空港 (IST) 空港
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イスタンブールも大きな空港です。時間が時間だったので、数少ないベンチは多くの人が横になって寝ていました。座るところを探して歩く歩く。
トルコリラは持っていないので、ユーロで水を買いました。1ユーロ也。あいにくユーロコインは2ユーロコインしか持ち合わせがないので、ユーロでおつりくれるか確認してから買いました。アタテュルク国際空港 (IST) 空港
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この乗り継ぎ時間に化粧をして、朝からの観光に備えます。
サラエボ行の搭乗ゲートは206。 集合場所からかなり離れたところでした。
寝ぼけた頭で歩く、歩く。アタテュルク国際空港 (IST) 空港
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今回はボーディングブリッジで搭乗できるところばかりでよかったです。
アタテュルク国際空港 (IST) 空港
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イスタンブール7:15発です。すっかり朝になりました。
今日は6月28日(木)です。アタテュルク国際空港 (IST) 空港
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機内食でしっかり朝ご飯です。ヨーグルトが美味しかったです。
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トルコと旧ユーゴスラビアってすごく近いのですね。どうもバルカン半島の地理関係がしっかり頭に入っていなかったようです。
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サラエボ空港について、入国審査の列に並びます。結構な人数が並んでいるのですが、空いている窓口は2つだけ。ちゃんと2列に並んで整然と待っていました。そこへ、空港職員(女性)がやって来て、私たちのツァーの団体の先頭を一つの窓口に誘導しようとしました。添乗員さんが「窓口2つにきちんと2列で並んでいるのに、割り込むことはできない」と抗議しましたが、「次の飛行機が来るから、こちらのスペースを空けておきたいから、ここから入れ」みたいなことを言います。
そんなぁ、割り込みみたいなことできないよう!と日本人団体は尻込み。その様子を察知した並んでいた人々から大ブーイング。添乗員さんすかさず大きな声で、「She sed!」と空港職員を指し示す。空港職員の彼女は素知らぬ顔。結局先に入れと言われた日本人団体は、列の最後にそのまま並んでいきました。最後の人が通過する頃、やっと新しい窓口が開きました。もうお客は並んでいないのに。新しい窓口開けてから、誘導してよね・・・
荷物も無事ピックアップして、今にも泣きだしそうなサラエボの街にバスで向かいました。サラエボ国際空港 (SJJ) 空港
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サラエボからドブロブニクまで、正確には出発日の朝起きてから40時間以上背中を伸ばして眠ることができなかったのはちょっと辛かったです。
さて、長い1日の観光の始まり、始まり。 -
雲の垂れこめた空の下、旧市街を目指してバスで移動します。
先ほどの入国手続きの件とお天気もあって、あんまり、外国に来たぞという、ワクワクした気持ちになれません。
バスを降りてまず目に飛び込んできたのはメスキータのような色合いの旧市庁舎です。 -
前日までの大雨でミリャツカ川の水量は多く、濁っていました。
ミリャツカ川 滝・河川・湖
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旧市庁舎、ミリャツカ川に面している正面の方が立派です。
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ボスニアヘルツェゴビナのカラスは背中とおなかが灰色です。
ミリャツカ川 滝・河川・湖
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トルコ式のツァレヴァモスク。
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ツァレヴァモスク全体像。(川の反対側から撮影)
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サラエボで最も有名なラテン橋。
ラテン橋 建造物
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サラエボ市内で世界中で最も知られている場所がこのラテン橋のたもとです。
ラテン橋 建造物
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この場所で世界中を巻き込む大事件が起きたのです。
1914年6月28日、ボスニアを統治していたオーストリア=ハンガリー帝国のフランツフェルディナント皇太子夫妻が、青年ボスニア党のセルビア人青年、ガブリロ・プリンンツィプに狙撃されました。これがきっかけで第1次世界大戦が起こった「サラエボ事件」です。ラテン橋 建造物
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ラテン橋の通りを隔てた向かい側にはサラエボ博物館があり、外壁にはサラエボ事件当時の写真が飾られていました。サラエボ博物館は「1878-1918サラエボ博物館」ともいわれ、ベルリン講和条約が締結され、ボスニア・ヘルツェゴビナがオーストリアに併合され、人々の暮らしがどの様に変わったかを紹介しています。
サラエボ博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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サラエボ博物館、外壁の写真。
事件当日の写真。皇太子夫妻のパレード車列と事件現場。サラエボ博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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サラエボ博物館、外壁の写真。皇太子夫妻を迎えるための観衆がいっぱい。その目の前で事件は起こったのでした。
サラエボ博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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ちょうどカメラのあたりから、ゆっくり通過する車上を狙ったそうです。
当時はハプスブルグ家に反発する勢力も多く、よくやったと、左のパネルの位置に記念の碑が建ったそうです。壊されちゃったけど、ここにこんな碑がたっていたんだというパネルです。
後で調べてみたら、パレードのときは皇太子の乗った車の後ろの車に爆弾が投げ込まれたそうです。(狙ったけど外れたのか?)そのまま皇太子は市庁舎へ行き、用事を済ませてすぐに、パレードの時にけがをした人達のお見舞いに行ったそうです。この写真の左方向から本来なら右方向へ直進するはずだったのに、運転手がここで右折しかかって、間違いに気づき、急にスピードを落とした時に銃撃されたそうです。ガブリロ・プリンンツィプは待ち構えていたわけではなく、偶然、目の前に皇太子が来たから狙撃できたのだとか。
この橋もプリンンツィプ橋とよばれていた時代もあったようです。ラテン橋 建造物
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今までいくつかのヨーロッパの国々を訪ねましたが、
こういう街並は見たことがありません。 -
タシュリ・ハン。これは最古のサラエボの隊商宿、サラエボのオスマン時代の繁栄と重要性の象徴です。
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タシュリ・ハン。一部の外壁と基礎部分をのぞいて破壊されています。
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ホテルヨーロッパ。映画「サラエボの銃声」の舞台だそうです。(観ていません)
オテル ヨーロップ ホテル
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カフェの入口にたたずむ紳士の人形。
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こちらはちょっとヨーロッパ風の街並み。
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路地をのぞくと、イエスの聖心大聖堂(カトリック教会)が見えました。
イエスの聖心大聖堂 寺院・教会
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そのまま進むと生神女誕生大聖堂(セルビア正教会)。
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生神女誕生大聖堂(セルビア正教会)の角を曲がると・・・
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朝から路上でチェスに興じているおじさんたち。
テレビで見たような気もするシーンでした。 -
フェルハディヤ通り。ここは旧市街のメインストリートだそうです。この辺はヨーロッパ風。
フェルハディヤ通り 散歩・街歩き
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先ほど見えたイエスの聖心大聖堂(カトリック教会)。手前の銀色の像は教皇ヨハネ・パウロ2世。
イエスの聖心大聖堂 寺院・教会
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「SARAJEAVO MEETING OF CULTURES」(西と東の文化がサラエボで出会った)という表示があり、メインストリートのこのラインから西側がヨーロッパ文化、東側がイスラム文化で、びっくりするくらい街の雰囲気が違います。言うなればサラエボの中の文化の境界線です。
フェルハディヤ通り 散歩・街歩き
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西側の街並み。
フェルハディヤ通り 散歩・街歩き
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東側の街並み。高い建物がありません。
フェルハディヤ通り 散歩・街歩き
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ガジ・フスレヴ・ベイ・モスク。フェルハディヤ通りに面した大きなモスクです。
ガジフースレフベイモスク 寺院・教会
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ガジ・フスレヴ・ベイ・モスク。参拝する前に身を清める水場。
ガジフースレフベイモスク 寺院・教会
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昔のモスクを活用したレストラン。
フェルハディヤ通り 散歩・街歩き
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フェルハディヤ通りの郵便局。両替もしてくれます。
フェルハディヤ通り 散歩・街歩き
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セビリ。サラエボのシンボル。 1753年にMehmed Pasha Kukavicaによって建てられたサラエボの広場の中心にある疑似オスマンスタイルの木製の噴水(セビリ)です。ムスリム祈りのための儀式の心身のお浄めの目的のためです。それは1891年にオーストリアの建築家Alexander Wittekによって再配置され再設計されたそうです。
セビリ (水飲み場) モニュメント・記念碑
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セビリ前のバシチャルシャ広場。
土産物店、トルココーヒーの店などが並んでいました。
10:00にここで、いったん解散。1時間30分のフリータイムです。サラエボについてはちょっと予習不足だったので、どこをどう見学したものだか悩みました。
とりあえず、この周辺でお土産をひとつ購入して、あとはザッと回ってきた道を復習しながら再び歩いてみようということになりました。セビリ (水飲み場) モニュメント・記念碑
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バシチャルシャ(銅職人街)。雰囲気のある路地でした。のぞいてみたいのですが、イスラム圏には行ったことがないので、なんとなくおっかなびっくり、へっぴり腰の散策です。
(だって、言葉わかんないし、字も読めないし、英語いまいち通じないみたいだし・・・)恐る恐る、(声を掛けられないように)店先をのぞき始めました。
銅細工をしている工房でおじさんが仕事をしているのが開け放した入口から見えるのですが、声を掛けられなくて、写真撮れませんでした。 -
この路地の銅細工のお店の店頭で1ユーロで買ったマグネット。
何がお土産にほしいというわけではないので、(旅の初っ端なので、大きなものや重いもの、高いものは買えません)マグネットを探しました。なかなか見つかりませんでした。見つけたのはなんだかちょっとちゃっちい感じのビニルのマグネットでした。 -
たった1ユーロしか買い物していないのに、快く店内の撮影を許可してくれました。おネエさんに感謝です。
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バシチャルシャ(銅職人街)を出たところを南に行くと川に出ます。そこから先ほどのお引き回しサラエボ見学コース(ツアー見て回ったところ)の復習をすることにしました。先ほどは混んでいて写真が撮れなかった場所で写真を撮り、大きな建物は少し離れて全体の写真を撮ったり、説明の復習(夫の記憶と自分の記憶を照合すると結構補い合えるものですね)をしたり、これもなかなかなフリータイムの過ごし方です。
歩いているうちに、先ほどはまったく出会わなかったし、説明もされなかった「サラエボのバラ」を発見しました。20年ほど前の内戦時代、爆弾が投下され、人が亡くなった場所に赤いレジンを塗りこめて保存しているそうです。
そういう目で見てみると、何か所も見つけました。市場とかでもたくさん亡くなったそうです。
バスで通過したスナイパー通りでは、動くものは全て標的とされて、多くの女性、子供、お年寄りが犠牲になったそうです。痛ましい限りです。
実は個人的には、内戦以前、旧ユーゴスラビアについては、よく一つの国(連邦国)として成り立っているなぁと感心していたのですが、内戦勃発のニュースに「あぁ、やっぱり・・・」と感じたものでした。 -
この旅行最初の食事はセビリにほど近い、Pod Lipom と言う名前のレストランでした。フリータイムの後、11:30までにこのレストランに各自で集まることになっていました。まだ集合時間まで15分ほどあったのですが、店の中に入ってみるとツァーのほとんどの方がいらっしゃいました。みなさん早い!
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こんな感じのレストランです。ビニルトタンみたいな屋根のテラス席みたいな(一応屋内)席でした。まぁ、外の明るさがビニルトタン通して入ってくるので、明るくてよかったですが・・・。「さぁ、座れ」「早く食べろ」「終わったら早く出て行け」みたいな感じの店でした。お店の方は陽気で優しいのですが、言葉がわからないなりに、急かされているような気がしてしまいました。
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店内の壁の写真に見たことのある顔がありました。ビル・クリントン米元大統領がここで食事をしたそうです。
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ランチのメニューは野菜スープ、野菜サラダ、チェバプチチ(イモとピタパン)。
最初に来たピタパンがおいしくて、それなりに食べてしまったら、メインと一緒にまた、同じピタパンが来ました。それを知っていたら、最初のは食べずに、ピタパンにチェバプチチをはさんで食べたのに・・・と思いました。
チェバプチチはひき肉を棒状にして焼いたものというか、細長いハンバーグというか、皮なしのソーセージ風のボスニア料理です。ボスニアヘルツェゴビナで食事をするのはこの1度きり。食に関してはクロアチアよりボスニアヘルツェゴビナの方が美味しいというもっぱらの評判でしたが、これだけじゃ、よくわかりません。 -
12:30 サラエボ出発。一路モスタル目指して
ネレトバ川にそってバスは走ります。 -
サラエボを離れるとほどなく山道になります。
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右に左にネレトバ川を見ながら、15:10モスタルに到着しました。
モスタルに近づくと、壁にいっぱいに小さな穴の開いた廃墟みたいな建物が多く見られました。内戦時は住宅でしたが、その後家の持ち主が戻って来ないため、そのまま放置されているそうです。 -
バスを降りてすぐに建物、普通の住宅です。現在も人が住んでいるのですが、内戦時の銃弾の跡がいっぱい壁に残っています。修復してしまっている建物の方が多いのですが、いくつかは内戦時の惨状を忘れないために、わざと残しているそうです。
モスタルの弾痕 史跡・遺跡
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国道沿いにあるカトリック教会。
モスタル旧市街の古橋地区 旧市街・古い町並み
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廃墟となった建物。通りに面した壁だけが残っています。
モスタルの弾痕 史跡・遺跡
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こんな風に街中に内戦の傷跡が残っているわけです。
モスタルの弾痕 史跡・遺跡
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旧市街の地図。レストランのしるしが目立ちます。
モスタル旧市街の古橋地区 旧市街・古い町並み
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お風呂博物館? 昔のキャラバン宿跡をミュージアムにしているそうです。
モスタル旧市街の古橋地区 旧市街・古い町並み
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イチオシ
世界遺産に登録されたモスタル旧市街の古墳地区、その象徴とも言えるのが、スタリ・モストという美しい橋です。
橋桁を持たない橋で高い建築技術が必要とされ、16世紀のオスマン帝国時代に作られたものだそうです。
このスタリ・モスト、実はボスニア紛争によって一度は粉砕された橋なのです。
1992年~1995年、民族の違いによる争いであるボスニア紛争が勃発し、サラエボに次ぐ激戦地であったモスタルでは、スタリ・モストも戦略的に邪魔だという理由で1993年11月9日未明にクロアチア軍によって破壊されてしまいました。
元ユネスコ事務局長の松浦晃一郎さんの働きかけで、2004年、ユネスコの支援を受けたトルコ企業によって復興工事が完了、スタリ・モストは再建されました。
2005年にはその歴史的価値だけでなく、再建を経ることによって、多民族・多文化の共生や和解の象徴となったという側面も評価され、ユネスコの世界文化遺産に登録されました。
松浦晃一郎さんは1999年から10年間にわたってユネスコに所属し、バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群をはじめ、数々の文化遺跡を守ってきた人だそうです。モスタル旧市街の古橋地区 旧市街・古い町並み
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スタリモストをバックに記念撮影。橋の上は人でいっぱい。
モスタル旧市街の古橋地区 旧市街・古い町並み
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スタリモストのふもとにある「DON'T FORGET '93」の石碑。
モスタル旧市街の古橋地区 旧市街・古い町並み
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橋の上から下流側。橋をバックに撮った写真はこの右手の岸で撮影しました。
モスタル旧市街の古橋地区 旧市街・古い町並み
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橋の上から上流側。行きませんでしたが、モスクが見えます。
モスタル旧市街の古橋地区 旧市街・古い町並み
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橋のふもとのお土産物店の店先。橋の上にまで商品を並べています。
完全にトルコ風(トルコに行ったことないけど)というか、
ここがヨーロッパであることを忘れそうです。モスタル旧市街の古橋地区 旧市街・古い町並み
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橋を渡るとお土産を売る店が並んでいます。
どれもこれも私には珍しくて、美しくて、ゆっくり見てみたいのですが、
夫にせかされて、しぶしぶ移動。モスタル旧市街の古橋地区 旧市街・古い町並み
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お土産物屋の店先。
モスタル旧市街の古橋地区 旧市街・古い町並み
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お土産物屋の建物はこんなにカラフルです。(人もいっぱい)
子どもをダシにした物乞いさんもたびたび見かけました。モスタル旧市街の古橋地区 旧市街・古い町並み
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橋を渡ったムスリム街の方は私(たち?)にとって未知の世界の雰囲気を醸し出していて、その雰囲気にのまれてしまって、正直、ちょっと気軽には歩けませんでした。
(本当はそんなことないんだと思います。私が雰囲気に負けただけです。)モスタル旧市街の古橋地区 旧市街・古い町並み
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昔買った「地球の歩き方 中欧」をちらっと読んだとき、スターリ・モスト博物館の塔やコスキ・メフメット・パシナモスクの尖塔に登って橋を眺めてみたいとか、トルコの家を見学してみたいと思ったのですが、とても暑かったのと、町の雰囲気に負けて言い出せず…
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この道を真っ直ぐ行けばモスクに着くであろうことはわかっていても、地図やメモを持ってこなかったし、時間までに戻ってこられるかが心配で踏み出せず…
モスタル旧市街の古橋地区 旧市街・古い町並み
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結局お土産物屋の並ぶ、橋から200mくらいまでのところまで行って、Uターンして戻ってきちゃいました。小心者です。今思うとちょっともったいなかったです。
モスタル旧市街の古橋地区 旧市街・古い町並み
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橋が見えると安心して、これを渡り、集合時間の20分も前に集合場所に到着し、(ツアーの3/4くらいの方はもう集合場所に到着していました)木陰で休んでいました。とっても暑かったのです。(真夏だと40℃超えることもざらという話でした)
集合場所の近くの土産物屋さんでマグネットを買いました。トルコの目玉のお守り買おうかなとも思ったのですが、複数買っても負けてくれないというのでやめました。モスタル旧市街の古橋地区 旧市街・古い町並み
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モスタルで買ったマグネット。割れそうで心配だったのですが、
写真のものより趣があって、好きです。 -
車窓から見えた古城のような建物。(どこだかわかりません)
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アドリア海が見えました。
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アドリア海沿いの素敵な町が見えました。
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車窓です。
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クロアチアの万里の長城? 何度も名前を聞いたのですが、忘れました。
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国境通過に時間がかかり(前のバスがやけに時間がかかっていました)
ネムのスーパーマーケットへは明日寄ることになりました。
私たちのバスはパスポートを添乗員さんが集めて、一括押印で済みましたが、前のバスは全員下車してそれぞれ審査があったようです。 -
いよいよドブロブニクが近づいてきました。
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ホテルに到着。
20:45 まず夕飯。(食べている間にスーツケースを部屋まで運んでくれました)
バイキング方式で好きなものを好きなだけいただきます。
右は2つ目のお皿です。下はスープ。
そういえば、この旅行の食事はデザートがほとんどつきませんでした。
(べつに不満はありませんが)グランド ホテル パーク ホテル
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本日のホテル「グランドホテルパーク」はラパッド地区にある4つ星大型ホテルです。(このツアーで4つ星ホテルなんてめずらしいです。)
グランド ホテル パーク ホテル
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ホテルの室内です。広さもそこそこあり、きれいなお部屋でした。
あぁ、やっと体を伸ばして寝られます。長い長い1日でした。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
お疲れ様でした。グランド ホテル パーク ホテル
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