平塚・大磯旅行記(ブログ) 一覧に戻る
高来神社 たかくじんじゃ<br /><br />神奈川県中郡大磯町高麗2-9-47<br />2018.7.8参拝<br /><br />こちらは時代の流れに伴い<br />いくつかの過程を経て 現在に至っている<br />神域です。<br /><br />この日は 急遽思い立ち 日頃 高来神社さんの社務所には<br />無人で どなたも居られないので<br />平塚市の七夕!と 言う事もあり、<br />もしかしたら?と 思い 再訪してみました。<br /><br />参拝に伺った時 丁度<br />7月14日・15日が 例大祭と言うことで<br />氏子さん達が神輿の準備・清掃をされていました。<br /><br />☆<br />大磯のこの神社が建つ山は 高麗山と現在<br />呼ばれています。<br /><br />由来が また古いんです。<br /><br />大化改新の時代<br />高句麗からの渡来人が居住し集落を作ったことから<br />「高麗山」の名前がついたそう。<br />↓<br /><br />高来寺<br />717年僧行基菩薩がこの地を訪れ<br />高来山に登って千手観音像を本地仏として<br />創建したと記されていました。<br />↓<br /><br />高麗寺<br />鎌倉時代になり朝鮮半島で高麗王朝が繁栄し、<br />朝鮮を高麗と呼ぶようになる。 <br /><br />この頃より高麗寺と呼ばれるようになる。<br />↓<br /><br />高麗神社<br />明治元年の神仏分離により<br />高麗寺は特定の檀家を持っていなかったのと<br />東照権現を祀ってあったため廃寺となる・・・<br /><br />ああ! そうだったのねえ!<br />↓<br /><br />寺の一切の仏像関係は、<br />現在の慶覚院に移された。<br />↓<br /><br />高来神社<br />明治30年高来神社へと改称。<br /><br />〇慶覚院については こちらをご覧ください。<br /> ↓<br /><br />http://www.town.oiso.kanagawa.jp/isotabi/look/jisya/keigakuin.html<br /><br />神奈川県中郡大磯町高麗2-9-48<br />TEL 0463-61-3814<br /><br />JR大磯駅より徒歩25分またはバス「化粧坂」下車 平塚方面へ徒歩5分<br />拝観料 300円<br />拝観には問い合わせが必要です。<br /><br />高来神社さんの隣に位置しており<br />新しい建物となっています。<br /><br />中の仏像はとても貴重な物で<br />今度は予約して伺いたいと思います。<br /><br />---------------------------------------------------------<br />話を高来神社さんへ戻します・・・<br /><br />〇鎌倉時代<br />北条政子の安産祈願のため神馬を賜り<br />寺背後にそびえる高麗山中には24の末院があったそう!<br /><br />〇室町・南北朝時代<br />足利氏の乱で高麗山が攻防の場となる。<br /><br />〇戦国時代<br />北条早雲が小田原城攻めの際に篭城したことで一躍有名に!<br /><br />上杉謙信が高麗山に本陣を置いた事などで<br />争いの中に位置する事となり、<br />次第に 荒れてしまいました。<br /><br />〇江戸時代<br />徳川家康より寺領百石と山林を賜る。<br />東照権現を併せ祀ります。<br /><br />徳川家康の神影である東照宮と言う事で<br /><br />参勤交代の諸大名は高来神社の前を通る際には下馬して参詣した。<br /><br />上野寛永寺(徳川家光開基、徳川将軍家の菩提寺)の<br />末寺として栄えました。<br /><br />〇明治時代<br />神仏分離により高来寺の寺物は移され<br />高麗神社と改称<br /><br />明治30(1897)年に高来神社と改称され、現在に至る。<br /><br />と・・・まあ こんな流れに飲み込まれて来たご由緒がありました。<br /><br />境内は 御船祭の準備で慌ただしい中 <br />お邪魔致しました。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />

高来神社 神宿る山に名だたる武将達の歴史の波にのまれ、東照宮として祀られ、そして明治・神仏分離の憂き目に・・・

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2018/07/08 - 2018/07/08

135位(同エリア806件中)

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KEN Yoshimune

KEN Yoshimuneさん

高来神社 たかくじんじゃ

神奈川県中郡大磯町高麗2-9-47
2018.7.8参拝

こちらは時代の流れに伴い
いくつかの過程を経て 現在に至っている
神域です。

この日は 急遽思い立ち 日頃 高来神社さんの社務所には
無人で どなたも居られないので
平塚市の七夕!と 言う事もあり、
もしかしたら?と 思い 再訪してみました。

参拝に伺った時 丁度
7月14日・15日が 例大祭と言うことで
氏子さん達が神輿の準備・清掃をされていました。


大磯のこの神社が建つ山は 高麗山と現在
呼ばれています。

由来が また古いんです。

大化改新の時代
高句麗からの渡来人が居住し集落を作ったことから
「高麗山」の名前がついたそう。


高来寺
717年僧行基菩薩がこの地を訪れ
高来山に登って千手観音像を本地仏として
創建したと記されていました。


高麗寺
鎌倉時代になり朝鮮半島で高麗王朝が繁栄し、
朝鮮を高麗と呼ぶようになる。

この頃より高麗寺と呼ばれるようになる。


高麗神社
明治元年の神仏分離により
高麗寺は特定の檀家を持っていなかったのと
東照権現を祀ってあったため廃寺となる・・・

ああ! そうだったのねえ!


寺の一切の仏像関係は、
現在の慶覚院に移された。


高来神社
明治30年高来神社へと改称。

〇慶覚院については こちらをご覧ください。
 ↓

http://www.town.oiso.kanagawa.jp/isotabi/look/jisya/keigakuin.html

神奈川県中郡大磯町高麗2-9-48
TEL 0463-61-3814

JR大磯駅より徒歩25分またはバス「化粧坂」下車 平塚方面へ徒歩5分
拝観料 300円
拝観には問い合わせが必要です。

高来神社さんの隣に位置しており
新しい建物となっています。

中の仏像はとても貴重な物で
今度は予約して伺いたいと思います。

---------------------------------------------------------
話を高来神社さんへ戻します・・・

〇鎌倉時代
北条政子の安産祈願のため神馬を賜り
寺背後にそびえる高麗山中には24の末院があったそう!

〇室町・南北朝時代
足利氏の乱で高麗山が攻防の場となる。

〇戦国時代
北条早雲が小田原城攻めの際に篭城したことで一躍有名に!

上杉謙信が高麗山に本陣を置いた事などで
争いの中に位置する事となり、
次第に 荒れてしまいました。

〇江戸時代
徳川家康より寺領百石と山林を賜る。
東照権現を併せ祀ります。

徳川家康の神影である東照宮と言う事で

参勤交代の諸大名は高来神社の前を通る際には下馬して参詣した。

上野寛永寺(徳川家光開基、徳川将軍家の菩提寺)の
末寺として栄えました。

〇明治時代
神仏分離により高来寺の寺物は移され
高麗神社と改称

明治30(1897)年に高来神社と改称され、現在に至る。

と・・・まあ こんな流れに飲み込まれて来たご由緒がありました。

境内は 御船祭の準備で慌ただしい中 
お邪魔致しました。








旅行の満足度
4.0
同行者
カップル・夫婦
交通手段
自家用車
旅行の手配内容
個別手配
  • 丁度 交差点が 高来神社さんの前にあります。<br />

    丁度 交差点が 高来神社さんの前にあります。

  • 7月14日15日の御船祭の準備がされていました。<br />提灯が沢山

    7月14日15日の御船祭の準備がされていました。
    提灯が沢山

  • ちょっとここで ストップです。<br />鳥居の右側にある この 高来神社の文字に注目!です。<br />徳川に関係のある方の文字です。

    イチオシ

    ちょっとここで ストップです。
    鳥居の右側にある この 高来神社の文字に注目!です。
    徳川に関係のある方の文字です。

  • 神社入口大鳥居の右側にあるこの石碑は、<br />徳川頼倫侯の筆<br />徳川頼倫侯とは?<br /><br />紀州徳川家城主、徳川茂承が高麗に土地を購入し別荘を建てた。<br />高麗山のふもとの人は紀州徳川家の別荘を紀州さんと呼んでいた。 <br />頼倫侯は紀州徳川家の14代目。<br />だそうです!<br />

    神社入口大鳥居の右側にあるこの石碑は、
    徳川頼倫侯の筆
    徳川頼倫侯とは?

    紀州徳川家城主、徳川茂承が高麗に土地を購入し別荘を建てた。
    高麗山のふもとの人は紀州徳川家の別荘を紀州さんと呼んでいた。
    頼倫侯は紀州徳川家の14代目。
    だそうです!

  • 神社の後ろは 高麗山 こまやま が 広がっています。

    神社の後ろは 高麗山 こまやま が 広がっています。

  • 奥には もうひとつの鳥居

    奥には もうひとつの鳥居

  • 葵の御紋

    葵の御紋

  • ここから 木が繁ります。<br />長い参道

    イチオシ

    ここから 木が繁ります。
    長い参道

  • 奥へは 高麗山へのハイキングコースにも<br />続いています。

    奥へは 高麗山へのハイキングコースにも
    続いています。

  • 背景に見える新しい門は<br />慶覚院さんの門です。

    背景に見える新しい門は
    慶覚院さんの門です。

  • 今回は 予約していなかったので<br />寄らずに・・・・

    今回は 予約していなかったので
    寄らずに・・・・

  • 大磯八景の 高来寺乃晩鐘<br />句碑 だそうですが<br />文字が 詠めませんでした。。。

    大磯八景の 高来寺乃晩鐘
    句碑 だそうですが
    文字が 詠めませんでした。。。

  • 力石<br />この石を持って 持久戦をすると言う石ですねえ。

    力石
    この石を持って 持久戦をすると言う石ですねえ。

  • 男石と 女石<br />丸いのが女石だと言いますが<br />どちらが 丸い?<br />

    男石と 女石
    丸いのが女石だと言いますが
    どちらが 丸い?

  • 例祭の 張り紙が出ていました。

    例祭の 張り紙が出ていました。

  • 手水舎<br />

    手水舎

  • 社殿に進みます。

    社殿に進みます。

  • 鶴の木彫りですねえ

    イチオシ

    鶴の木彫りですねえ

  • 参拝

    参拝

  • 高来神社 の文字がもう 消えていて<br />見えないのです。<br />木肌が見えていました。<br /><br />また これが良いものですねえ!

    高来神社 の文字がもう 消えていて
    見えないのです。
    木肌が見えていました。

    また これが良いものですねえ!

  • 中には 神輿が置かれていました。<br />昔は 寺だった為 本殿は奥にはありません

    イチオシ

    中には 神輿が置かれていました。
    昔は 寺だった為 本殿は奥にはありません

  • 龍の彫り物

    イチオシ

    龍の彫り物

  • 社殿の扉

    社殿の扉

  • こちらにも 葵の御紋

    こちらにも 葵の御紋

  • 神輿舎

    神輿舎

  • 中には もう一騎の神輿がありました。

    中には もう一騎の神輿がありました。

  • 社殿 右側の奥を進むと<br />ハイキングコース

    社殿 右側の奥を進むと
    ハイキングコース

  • 神輿舎の前を通り過ぎて行くと

    神輿舎の前を通り過ぎて行くと

  • 竜神宮

    竜神宮

  • 竜神宮

    竜神宮

  • 高麗山の霊水 御供水への場所へ続く坂道です。

    高麗山の霊水 御供水への場所へ続く坂道です。

  • 緑がとても 濃いです

    緑がとても 濃いです

  • 御供水 ごっくすい

    御供水 ごっくすい

  • 高麗山の霊水 

    高麗山の霊水 

  • イチオシ

  • 先ほどの神輿舎を背にして<br />境内の外へ

    先ほどの神輿舎を背にして
    境内の外へ

  • 御朱印 

    御朱印 

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