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 両国橋手前の角のお宅には長屋門や表門はないが、母屋は立派である。元橋本町では大山街道に面した最後のお宅である。道を挟んだ向こうには境川が蛇行してその土手に真っ直ぐに伸びた欅の木は見える。この境川沿いには欅の木が多くあるが、竹に隠れたりや蔓草に覆われていて、道路からは幹が真っ直ぐに伸びているかどうかは確認できない。<br /> このお宅の並びには長屋門が残る牛久保家があり、かつての橋本宿の下縮の旅籠などを建てられる余地はないが、街道を越えた向かい側にはガストなどがあり、宿場町の跡であったとしても肯定できる。<br /> 橋本宿を焼け焦がした天保12年(1841年)の大火の火元が境川沿いの民家だっとされるが、そうだとしたら、西に延びるこのお宅の横の小路には橋本宿の下宿が広がり、民家などの家を含めて密集していたのでは?<br />(表紙写真は両国橋手前の角のお宅)

元橋本町の大山街道に面したお宅

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2018/06/19 - 2018/06/19

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 両国橋手前の角のお宅には長屋門や表門はないが、母屋は立派である。元橋本町では大山街道に面した最後のお宅である。道を挟んだ向こうには境川が蛇行してその土手に真っ直ぐに伸びた欅の木は見える。この境川沿いには欅の木が多くあるが、竹に隠れたりや蔓草に覆われていて、道路からは幹が真っ直ぐに伸びているかどうかは確認できない。
 このお宅の並びには長屋門が残る牛久保家があり、かつての橋本宿の下縮の旅籠などを建てられる余地はないが、街道を越えた向かい側にはガストなどがあり、宿場町の跡であったとしても肯定できる。
 橋本宿を焼け焦がした天保12年(1841年)の大火の火元が境川沿いの民家だっとされるが、そうだとしたら、西に延びるこのお宅の横の小路には橋本宿の下宿が広がり、民家などの家を含めて密集していたのでは?
(表紙写真は両国橋手前の角のお宅)

  • 両国橋手前の角のお宅。

    両国橋手前の角のお宅。

  • 繋がる母屋。

    繋がる母屋。

  • 両国橋手前の角のお宅。

    両国橋手前の角のお宅。

  • 両国橋手前の角のお宅の門。

    両国橋手前の角のお宅の門。

  • 両国橋手前の角のお宅。

    両国橋手前の角のお宅。

  • 向いの境川の真っ直ぐな欅の木。

    向いの境川の真っ直ぐな欅の木。

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