2018/06/19 - 2018/06/19
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ドクターキムルさん
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山王山から両国橋に向かう元橋本町で、大山街道に面して次に表門のあるお屋敷は隣にある相澤家である。庭木の手入れをしている地元の年配の人から「橋本の歴史に興味があるのなら「相澤日記」を書いたそこの相澤家で聞けば分かると思う。」と相澤家を勧められた。
「相澤日記」は、橋本駅用地を提供した相澤安右衛門氏の弟で、相原村村長をしていた相澤菊太郎氏(慶應2年(1866年)~昭和37(1962年))が19歳から 96 歳で亡くなるまで、78 年間も毎日つけていた日記のことである。この相澤日記のおかげで、昔の橋本の出来事や生活の様子がとても良く分かる大変貴重な資料のため、市の有形文化財に指定されている。
また、橋本駅用地を提供した相澤家の庭には大正15年(1926年)に建てられた橋本駅の最初の記念碑がある。碑には「風かほる 駅やむかしの 桑のはた」と刻まれでいる。
相澤家の辺りは橋本宿の上宿に当たろう。慶應2年(1866年)生まれの相澤菊太郎氏の兄・安右衛門氏も江戸時代に生まれ、その親も橋本宿が火事で消失した天保12年(1841年)にはもう生まれていたであろう。相澤家が古くからこの地に住んでいたのであるのなら、橋本宿の上宿として旅籠などが並んでいたのは大山街道沿いということはないようにも思われる。小路を入った辺りでないと宿場町が形成できるほどの土地は残ってはいなかったのでは?
(表紙写真は相澤家の表門)
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