2018/06/01 - 2018/06/01
324位(同エリア948件中)
さいたまさん
芝公園は、とても広大な公園です。
その中心には、増上寺があります。
東京タワーの敷地も、増上寺の敷地だったと聞き、二度びっくりです。
壮大な増上寺の中に、各種の石碑や記念碑が置かれているのが、興味深かったです。
芝公園地域は、もともと伊勢神宮の荘園であったそうですが、江戸時代に入り、徳川家の菩提寺として、重要な地位にあったそうです。
従って、増上寺は、徳川家との関係なくして語れないことが、理解できます。
しかしながら、明治維新に伴い、廃仏毀釈の考え方から、その立場が、大きく変わり、明治6年の太政官布達に基づき、増上寺主体の役割から、芝公園としての歩みが始まりました。
太平洋戦争までは、増上寺の立場は、依然として大きなものがありましたが、新憲法が制定され、政教分離が徹底し、管理上、芝公園と増上寺が、別個なものとして扱われるようになりました。
今回の芝公園の訪問で、びっくりしたことは、芝公園は、増上寺を囲うように、増上寺の外周のみに、存在していることでした。
しかも、公園区域の維持管理が、東京都立の芝公園と港区立の芝公園に分割していることに、驚かされました。
また、同一地域内に、港区役所、増上寺と芝東照宮に加えて、2つのホテル、大学が混在し、管理責任が別個になっていることなどは、思いもよりませんでした。
公園を愛するものにとって、芝公園と所在する各管理地域は、渾然一体なものと感じています。
所有権等の問題で、貴重な文化遺産が、棄損されないように、連携が図られることが期待されています。
写真は、御成門の近くの芝公園入口の石碑です。
芝公園を含む全体の地域内には、多くの建物、名所旧跡がありますので、順次、勉強し、紹介させて頂く予定です。
限られた時間の中では、十分に見て廻ることができませんでしたので、再度、改めて見て廻りたいと思います。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
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東京都立の芝公園の案内図です。
東京都が管理責任を有する区域は、緑色に着色された部分のみです。
港区立の芝公園地域や増上寺、芝東照宮の区域、そしてホテルの敷地地域は、白色になっていて、案内がありません。
俗に言う、縄張り外なのでしょうか、名称や場所等の案内事項が記載されていません。 -
今回、見て廻った経路です。
広大な範囲内ですので、再度、見て廻らねば、理解できない部分があります。 -
東京都立の芝公園の管理区域図です。
港区立の芝公園や、増上寺や芝東照宮の管理地域、大学そしてホテル区域等については、記載されていません。 -
緑色に着色された東京都立芝公園の中で、赤色の枠で囲まれているのが、港区立芝公園です。
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増上寺の本門(総門)から増上寺の三解脱門の間にある芝公園に置かれた説明板です。
芝公園は、明治6年の太政官布達16号により、公園としての歩みを開始しました。 -
芝公園は、明治6年の太政官布達16号により、公園としての歩みを開始しました。
芝公園は、上野の恩賜公園や他の4ケ所の公園とともに、公園として指定されました。 -
東京都立芝公園の敷地内に掲げられた案内板です。
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広大な芝公園の上空からの写真です。
右上の東京タワー、2ケ所のホテル、増上寺、芝東照宮が大きく見えます。
芝公園は、外周部分です。 -
江戸時代には、芝の地域には、徳川家の菩提寺として、増上寺の他、門前町や関係寺院・寺社の敷地が、広大な範囲に広がっていました。
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江戸時代には、五重塔を含め、各種の建物や池等があったようです。
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芝公園地域の中心には、増上寺がありました。
増上寺の建物等の概略配置図です。 -
芝公園は、日比谷通りを挟んで、それぞれ南北にあります。
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浜松町駅から大門通を芝公園に向かうと、立派な門構えの建物が目につきます。
歴史を感じさせる街並みです。 -
三解脱門の前の常夜燈です。
江戸時代の面影を伝えています。 -
日比谷通りの東側に細長く続く、芝公園です。
写真の右側が、日比谷通りです。 -
日比谷通りの東側に細長く続く、芝公園です。
写真の右側が、日比谷通りです。
ペルリ提督の像と日米修好条約、遣米派遣使節団記念碑が、かすかに見えます。 -
ペルリ提督の像と日米修好条約、遣米派遣使節団記念碑の記載された案内図です。
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大門通りの幟とともに東京タワーが見えます。
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増上寺の宝物展示室と徳川将軍家霊廟の紹介板です。
いずれも、入場料が必要です。 -
増上寺は、芝公園地区のほぼ中心的存在です。
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増上寺の大殿です。
壮大な建造物です。圧倒されます。 -
増上寺の大殿の内部の様子です。
写真を撮ることということは、大変、恐れ多いことです。
仏様のお叱りを受け、手が震えてしまいました。ピンボケです。 -
徳川将軍家の墓所が公開されています。
入口の案内アーチです。 -
千躰子育地蔵菩薩の像です。
まさに、千躰ほどあるのではないかと思われます。 -
仏式の増上寺には、珍しい記念のものです。
ブッシュ米国副大統領が、来日した際の記念植樹の記念です。 -
増上寺の常設の宝物展示館の標識案内板です。
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芝公園の中には、港区役所があります。
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港区役所の入口の前の石像です。
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港区役所の入口の前の石像です。
独特の雰囲気を持つ石像です。 -
東京都立の芝公園の南側には、丸山古墳跡や伊能忠敬記念碑があります。
芝東照宮も、案内板に記載されています。
港区立の芝公園は、色を変えて記載されています。 -
芝公園の南側には、丸山古墳跡や伊能忠敬記念碑があります。
江戸時代の地図から判断すると、五重塔もあったようです。
五重塔は、焼失したとのことです。 -
芝公園の西側には、弁天池や宝珠院があります。
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芝公園の北側には、みなと図書館やこども平和塔があります。
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聖鋏観音の記念碑像です。
なぜかしら、心に残った記念碑です。
鋏みに感謝することを顕した像です。
母の苦労への思いが込められているものと思われます。 -
聖鋏観音の記念碑像です。
像の前の石箱です。
聖鋏観音の文字があります。 -
聖鋏観音の記念碑の像です。
四角形のパネルの内側に、鉄製の像が置かれています。 -
聖鋏観音の記念碑像の解説板です。
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聖鋏観音の記念碑像の右側に、解説板が立てられています。
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聖鋏観音の記念碑像の裏側です。
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聖鋏観音の記念碑像の鉄製部分の裏側です。
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聖鋏観音の記念碑像の拡大です。
観音様が、鋏をもっています。 -
芝公園の東側に、芝大神宮があります。
もともとは、増上寺の境内内にあったそうです。
移設されたとのことです。
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