2018/04/20 - 2018/04/20
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bunbunさん
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レンタカーで沖縄本島西海岸を那覇空港から備瀬崎近くまで走り、グラデーションが綺麗な海、琉球石灰岩が造る豪快な岩や絶壁、素敵なビーチを見て来ました。
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那覇空港に着きました。予約してあったレンタカーを借りてまずは残波岬に向けて出発です。
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残波岬の駐車場につきました。
残波岬は嘉手納空軍基地の北に位置する読谷村の北端にあります。
「“ゆたさある風水 優る肝心 咲き誇る文化や 村の指針”
読谷村
●面積 35.17 km2
●人口 36,695 人(男 18,317 人 女 18, 278 人)
●世帯数 11,069 世帯(2000年2月現在)
●村制施行 明治42年4月1日
●特産品 読谷村花織、やむちん、泡盛、紅いも、ガラス工芸品
●村 木 フクギ
●村花木 イッペー
●村 花 ブーゲンビリア
読谷村は、沖縄本島中部、西海岸に位置し東シナ海にカギ状に突きでた、半島で人口3万6千人余の村であります。
東には、緑、濃い山、西は東シナ海に面し、南は比謝川を境とし、北は景勝の地残波岬に囲まれた美しい自然と豊かな伝統文化に育まれたところであります。
かつて、読谷の青年「泰期」は記録によると1372年、琉球から初めて中国(明)へ進貢貿易船を出し、その後4回にわたって交易を行い大交易時代を切り開いたと言われています。その頃は長浜港を拠点に外来文化の入口として栄え、外来文化は進んで取り入れ一つの地方文化圏形成したのです。それらは、今日読谷村山花織、焼物などの伝統工芸品や各地の民族芸能として伝承され、読谷の大地に深く根差しております。
一方、沖縄の三線音楽の始祖と讃えられている「赤犬子」が祭られており、そのゆかりの地として大人や子供たちによる琉球古典音楽や島唄が盛んであります。このように読谷は歴史と伝統文化を生かした文化の香る村であります。又、読谷村は太平洋戦争(沖縄戦)の際には、米軍の上陸地点となり空と海からの猛爆によって焦土と化した。その後、村民は戦災復興へ向け、たゆまぬ努力と情熱を傾注してきたのでありますが、政治的には異民族支配という未曽の体験をしてまいりました。
基地の村として苦難を背負いつつも、1972年5月15日、日本復帰の実現によって新しい村づくりへと胎動し、今日の発展の姿をみることになりました。
私達村民は母なる大地「読谷」をこよなく愛し、この土地の自然や風土、歴史と文化を活かして参りました。それは私達に大きな自信と勇気を与え村民の生活の中に脈々として生き、村民の様々な実践の中で発揮されております。
読谷村は恒久平和、、共生持続、自主独立を基本理念に「ゆとりある風水 優る肝心 咲き誇る文化や 村の指針」を村づくりの目標に掲げ21世紀にむけ、主体的創造的に進めているところであります。」
―説明文より抜粋―
駐車場北側のヒルザキツキミソウ(昼咲月見草)が咲き乱れる丘 -
丘の向こうに残波岬灯台が見えます。
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丘を上ると広場があります。
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広場の東に広がるクサトベラ*) の群落とその向こうの岩の上に立つ残波岬灯台。
*) 熱帯・亜熱帯の海岸近くに自生するクサトベラ科の低木常緑樹で、日本では南西諸島と小笠原諸島にのみ自生します。 -
クサトベラの平原から飛び出したグラジオラスと残波岬灯台
日本語ウィキで「グラジオラス」を調べると、「日本には自生種はなく」とか書かれていますが間違いですね。 -
泰期*) 像モニュメント建立完成記念碑
「1993年度、本会設立20周年記念事業として本モニュメントを企画、諸般の事情により台座までを設立し泰期像は時機を待つこととした。
それから15年、本会設立35周年と本村制100周年の大きな節目に泰期像を建設。並外れた勇気と使命感、統率力、国際的ビジネス感覚で大交易時代を先導した泰期を「商売の神様」として象徴化し、商売繁盛を期してここに泰期像モニュメントに完成を記す。
2008年11月2日 読谷村商工会」
―説明文よりー
*) 上記読谷村の説明を参照してください。 -
琉歌*)「特牛節」の歌碑
「大北(うふにし)の牡牛(くてぃ)や なじち葉(は)ど好ちゅる わした若者や 花ど好ちゅる
大にし村の強い牡牛は、なちゅの草が大好きであるが、われわれ若者たちは、美しい花(美童)が大好きである」
―碑の説明文よりー
読み人知らず
*) 奄美群島・沖縄諸島・宮古諸島・八重山諸島に伝承される叙情短詩形の歌謡で、詠むための歌であると同時に謳うための歌でもあります。句体は本土の俳句の五・七・五、短歌の五・七・五・七・七に対し、八・八・八・六音より成ります。歌の種類は、恋の歌、名所・土地ぼめの歌、哀愁・望郷の歌、教訓歌、祝歌、遊び・祭りの歌、記念・賛歌碑、季節、自然、労働、風刺、風流等があり、この琉歌は読んでお分かりの通り恋の歌です。 -
「大岩が動いた?!うそような本当の話
台風(ウーガン)の猛威
遠くいにしえより、母なる海は人々に恵みと幸をもたらしてきました。しかし時には大地を震わし人々に襲いかかる嵐を巻き起こします。それが台風です。
1990年10月6日午後8時40分、台風21号の驚異的なエネルギーは、大波となって残波岬一帯(ユカから南にかけて)をのみこみました。なんと!その時に重さ50 t ~90 t もの大岩を動かしてしまいました。もしもこれが人間や自動車であればひとたまりもありません。アッという間に波にさらわれてしまうでしょう。
「大自然の力をあなどるな!!」という教訓が形として残っているのです。
1994年8月26日 読谷村」
―大岩の説明文よりー
大岩の移動距離は、説明図から推定すると数メートルといったところですが、より小さな岩は数十メートルも移動しています。 -
中国からの新婚さん
微笑ましいので、1枚撮らせてもらいました。*)
お幸せに!
*) 肖像権の使用許諾は得ております。 -
南側、灯台への歩道から見た残波岬灯台。
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南西側、クサトベラ群落から見た残波岬灯台。
この灯台の高さは31 m で南西諸島では一番高く、灯火中心までの高さは28 m、海面からの高さは40 m です。光度は640,000 cd(カンデラ)で、おおざっぱに言うと一般家庭の照明器具の1,000倍、光の到達距離は約33 km です。
この灯台、bunbunは当然上ります。
参観寄付金(という表現を使っていますが入場料です)は200円です。 -
灯台に入ったところにあった、「光が遠くまで届く秘密」の説明図。
光が遠くまで届くようにするためには集光レンズを用います。カメラのレンズもそうですが、通常の集光レンズは一番上の平行四辺形内の説明のような断面のレンズを使います。しかし、灯台のレンズは右側の白黒写真のレンズのようにとても大きいため、重くなりすぎます。そこでフランスの物理学者・土木技術者のフレネル(Augustin Jean Fresnel、1788-1827)は一番下の平行四辺形内の説明のような断面のレンズを考案しました。世に言うフレネルレンズです。私も子供の頃、下敷き程度のフレネルレンズを使って物を拡大して見たことがありますが、皆さんも使ったことがあるかかも知れませんね。灯台のレンズはこのフレネルレンズと、フレネルレンズだけではカバーしきれない部分の光も集光するため、リング状のプリズムを数個組み合わせています。 -
灯台展望階から見た南方。
左の大きな白い建物はロイヤルホテル沖縄残場岬、その右側は残場ビーチです。 -
灯台展望階から見た西方。
緑はクサトベラの群落
右の黒っぽい部分は琉球石灰岩(後で説明します)です。 -
灯台展望階から見た東方。
高さ30~40 m にも及ぶ隆起サンゴ礁の絶壁が約 2 km に渡って続きます。
好きだなあ、こういう風景は。絶景だね。 -
東方ズームイン。
いいんでねえの! -
灯台展望階から見た北西方向
緑はクサトベラ、灰色から黒の凸凹した部分は琉球石灰岩です。
琉球石灰岩は小石大のサンゴ等が堆積してできたもので、多孔質で透水性を示します。 -
緑はクサトベラの群落
右の黒っぽい部分は琉球石灰岩です。 -
灯台を下りました。
絶壁が見事だったので、また1枚。 -
ズームイン。
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熟した黄色の果実を付けたアダンの木
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アダンの果実
パイナップルと同様に集合果で、昔は各果実を食べたそうですが、繊維質で食べる部分があまりなく、今では食べる人は殆どいないそうです。ただ、アダンの新芽はタケノコのように食べるそうです。 -
駐車場南側の海辺にやって来ました。
南の方向。
テーブル状の岩がたくさんありますね。
積層サンゴが隆起した後、侵食されて残された物でしょう。
この日は月齢4、時刻は16:00なんで、丁度干潮です。この時期の沖縄ですと干満の差は約2 m ありますから、これらの岩は満潮時には海面下ですね。計算してきた訳ではないですが、これらの岩が見られてラッキー、ってとこですか。
岩の上の緑は海藻ですね。
右側遠くに見える大きな建物はホテル日航アリビラヨミタンリゾート沖縄です。 -
北西の方向。
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琉球石灰岩が侵食されてできた孔。
琉球石灰岩は透水性が高いため、海水や雨水で容易に侵食され、沖縄にはこのような孔や穴が多く見られます。
第2次世界大戦の沖縄戦で、日本はこのような穴を防空壕として多用しました。 -
海岸沿いの散策路わきにあった多分休憩小屋。屋根は沖縄特有の漆喰で固められた沖縄赤瓦で葺かれています。この赤瓦は沖縄でしかとれないクチャと呼ばれる泥岩*) を素焼きして作られ、釉薬は使用しておりません。赤の源は酸化鉄です。
ちなみに、ヨーロッパのオレンジ色の屋根はテラコッタ(terra cotta(イタリア語)、「焼いた土」)と呼ばれる素焼きの瓦を使っていますが、発色源はやはり酸化鉄です。最近は酸化鉄を含んだ釉薬を使うこともあるようですが。
*) 新生代新第三紀鮮新生(約500 万年前)に大陸の泥が流入して沖縄の海に蓄積、その土が火山活動で隆起(島尻層)した海成堆積物です。 -
南下して残波ビーチ入口にやって来ました。
左の木はタコノキです。名前の由来は、幹や枝からタコの脚のようにたくさんの気根*) が出ていることによります。
*) 地上茎から出た根で主に呼吸や吸廃湿を担います。 -
残波ビーチの南側
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残波ビーチの北側
防波堤がありますね。行って見ましょう。 -
海に飛び出した防波堤。
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防波堤から南方を望む。
残波ビーチ -
少し左に振って、少し左に振って残波ビーチとロイヤルホテル沖縄残場岬。
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防波堤から北方を望む。
さっき見たテーブル状の岩だ。さっきより広いね。テラス状と言ったほうがいいですかねえ。
右上は残波岬灯台灯台です。 -
北方、ズームイン。
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防波堤から東方を望む。
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残波ビーチから出ました。
タコノキの上部。
実がたくさんついていますが、秋にオレンジ色に熟し、茹でて食用としたり、食用油を取ったりするそうです。
手前はハマウドのようですが。 -
真栄田岬にやって来ました。
展望台です。 -
展望台入口の両側にシーサーがいます。伝説上の獣で獅子をモデルにしており、「シーサー」といる呼び名は「獅子」を沖縄語で発音したものです。起源は神社仏閣の狛犬、さらには古代インドの仏を護る守護獣や、古代エジプトやメソポタミアのスフィンクスまで遡ります。沖縄(当時の琉球王国)にシーサーが導入されたのは、多発する火災を防ぐためで、17世紀末と言われています。薩摩藩の支配下にあった時代ですね。
建物の入り口の左右におかれた場合は右側が口を開き、左側が閉じています。これは狛犬の右側が阿吽(仏教において宇宙の始まりと終わりを表す言葉)の「阿形(あぎょう)」で口を開いており、左側が「吽形(うんぎょう)」で口を閉じいる状態を引き継いでいます。 -
展望台から北方を望む。
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カメラを少しずつ右(東)側に振っていきます。
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展望台からからの眺め。
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展望台からからの眺め。
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展望台からからの眺め。
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展望台の海側(北側)下りてもう一枚
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東方をもう一枚
展望台はまだ真栄田岬の先端ではありません。
先端に向かって散策路がありましたので行って見ます。 -
途中にあったテッポウユリ
純白で綺麗だねえ。 -
テッポウユリ
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岬先端方向に向かいます。
琉球石灰岩の岩。 -
岬先端方向に向かいます。
琉球石灰岩の岩。 -
岬先端方向に向かいます。
琉球石灰岩の岩。 -
岬先端方向に向かいます。
東方向 -
岬先端方向に向かいます。
西方向
逆光で空の青が飛んじゃってるねえ。 -
この岩辺りが岬の先端です。
これ以上は道が無くていけません。 -
真栄田岬を出て万座毛の駐車場に着きました。
駐車場から万座毛に向かう途中にあった碑。
「副碑文(説明文)
万座毛に昔をしのび巡り行けば彼方恩納岳さやに立ちたり
天皇皇后両陛下は、平成24年11月に沖縄県で開催された第32回全国豊かな海づくり大会(美ら海大会)御臨席の機会に、恩納村の万座毛をご訪問になりました。
この御精製は、この地と恩納岳が琉歌に詠まれた18世紀の琉球王朝の時代に思いをいたされ、お詠みになったものです。この碑は、両陛下のご訪問を長く後世に伝えるとともに、万座毛がいつまでも自然豊かな景勝地として守り続けられることを祈念して建立しました。
平成25年11月
恩納村長 志喜屋 文康」
―碑の説明文よりー -
万座毛にやって来ました。
万座毛の名前の由来は琉球王国の尚敬王(1700~1751年)が、万人が座れる広い原っぱ(毛は原っぱのこと)と評したことによると言われています。
観光案内でよく見る景色ですが、17:36、逆光で海も空も白飛びしちゃってます。 -
この後の海沿いの散策路を時計方向に回ります。
万座毛散策路から見た東側風景。 -
万座毛散策路から見た東側絶壁
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絶壁下をのぞき込む。
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万座毛散策路から見た東側の風景
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万座毛散策路から見た東側の風景
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万座毛散策路から見た東側の風景
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万座毛散策路から見た東側の風景
注連縄で結ばれた2つの岩がありますねえ。
カップルに人気の夫婦岩だそうです。 -
夫婦岩ズームイン。
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夫婦岩のさらに右(南東)側。
逆光だけどいいねえ、こういう絶壁は。 -
ぐるっと回って、視界が開けた東側展望台にやって来ました。
海が綺麗なんで、以下カメラを左に降りながら撮影します。
東方の風景。
青のグラデーションが綺麗ですが、ダークブルーは水深が深い場所、ライトブルーは水深が浅い場所です。その理由は既投稿の旅行記に書きましたが、海が青いのは水が赤色光を吸収するためで、深い所は吸収が大きくてダークブルーに、浅い所は吸収が少なくて太陽光の白を含んだライトブルーになります。下の茶色部分石灰岩テラスです。エメラルドグリーンの部分もありますが、これは可視光の波長程度より小さい、海水に縣濁した石灰石の微粒子による太陽光の散乱・吸収と水分子による散乱光の吸収によります。この発色は氷河湖
https://4travel.jp/travelogue/11263548
https://4travel.jp/travelogue/11253060
https://4travel.jp/travelogue/11220419
https://4travel.jp/travelogue/11218477
https://4travel.jp/travelogue/11216783
https://4travel.jp/travelogue/11214886
や北海道の青い池
https://4travel.jp/travelogue/11267723
と同じ原理です。色は微粒子濃度が高くなるにしたがって、ブルーからグリーンに変わります。詳細は
https://4travel.jp/travelogue/11230654
の付録で説明しましたので、興味のある方はご覧ください。 -
1つ上の写真の右側
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1つ上の写真の右側
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下を見ると、海底の岩も見えます。
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展望台を出て南へ。
石灰岩の間から見えた夫婦岩。 -
石灰岩の絶壁
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石灰岩の間から見えた、海から飛び出した岩とANAインターコンチネンタル万座ビーチリゾート。
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夫婦岩の近くに船が2隻見えます。
乗っている人の大きさから、岩の大きさが推測できると思います。 -
万座毛を出て北上し、本島と瀬底島を結ぶ瀬底大橋にやってきました。
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海辺におりてもう一枚。
瀬底大橋。 -
遅くなってきたので、北上して今夜の宿泊ホテル:ホテルオリオンモトブリゾート&スパにチェックインしました。
ホテルの部屋から見た風景。
もう日没ですね。
以下右にカメラを振っていきます。 -
遠くに見える島は伊江島、真ん中の尖った山は城山です。
ホテルの前のビーチはエメラルドビーチと呼ぶらしい。 -
今日はここまでです。
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