2018/04/15 - 2018/04/15
546位(同エリア42318件中)
みちるさん
年の初めのHISの初夢フェアの企画には、毎年注目しておりましたが、利用したことはありませんでした。
でも今年の企画には、心惹かれるものがありました。
初旅南イタリア、安心の頼れる添乗員付き、インプレッソ20周年記念価格10万円!
WEBでも見ましたが、新聞にも掲載されました。
新聞の申し込みの日にちより、1日前にWEBから申し込んだら、キャンセル待ちと。
でも、早い日にめでたく行けることになったら、今度は不安に。
こんなに安い値段なら、ホテルはひどくない? 食事は、きっとお粗末でしょうよ・・・・
でもまぁ山小屋よりはいいでしょうねと^^
メンバーは21名。
募集の時40名と聞いていたので、ほっ。
1度もHISを利用したことがないので、ほんとのところは心配でした。
6日間が、7日間になったのもおかしいでしょ^^
では、検証してみましょう~
表紙の写真は、ポンペイの遺跡
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス 飛行機
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
中国国際航空でした。
8時45分発。
これから北京乗り継ぎローマレオナルドダビンチ空港には、時差があるのでその日に到着予定です。
中国国際航空の口コミは良くないです。
殆ど中国人ばかりで、日本語を話すCAはいません。
北京までは、パーソナルモニターは、ありませんでした。 -
北京までは3時間ちょっとなのですが、朝食とも昼食ともつかない時間に、これがでました。
ブランチかな。
実は、搭乗前におにぎりを食べていたので、デザートのブラックサンダーは、ポケットにいれておいたのが、後で役に立ちました。
食事のお味の方は悪くなかったですよ。 -
北京上空。
北京の空港の窓から、ほこりの様なのがふわりふわり。
夫が、何か燃やしているのではと言ってましたが、その正体は↓ -
柳の綿毛でした。
春の発芽の時期に、綿毛が飛んで、それで花粉症になるそうで、社会問題になってるそうです。
北京植物園HPから画像お借りしました。 -
北京発ローマ行は、遅延2時間以上でした。
カウンターで、抗議の怒鳴り声が聞こえてきました。
待ってる間って、長く感じるものですね。
ゲートも何回か変わるし。
その度に、添乗員にお世話になりました。
待ってる間に、スタバで飲み物購入して、持ってたブラックサンダーを食べました。
やっと搭乗できて、1回目の機内食です。
これがお昼かな。
ビーフで、味は悪くなかったです。 -
夕食の機内食。
2種類あって選べるのですが、中国語なので分かりにくい。 -
ポメッツア、ホテルプレジデント。
ローマ郊外、インター近くです。
エレベーターは狭いので、一度には入れません。
部屋は狭いのですが、清潔で口コミにあったような蟻はいませんでした。 -
一応バスがあったので、ほっ。
あるのとないのとでは、大違いですからね。 -
翌朝のホテルの外観です。
散歩したくても、すぐ前に車が走ってるので、危険。
この二階のテラスから、中国人女性が手を振って、盛んに右方向を指さす。
意味不明。
後で、中国人メンバーの中に彼女がいたのですが、全く持って理解不能でした。 -
フロント
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フロント前。
男性スタッフが来たので、ボンジョルノ~ -
朝食は、イタリアスタイル。
イタリア人は朝食は食べないか、甘いパンとコーヒーだけだそうです。
黄色の袋のクロワッサンは美味しかった。
ジュースも濃くて美味しい。
シリアルがあったのは、もうけもの^^
1日目のホテル、想像したよりも良かったね。 -
食後すぐにバスで移動、ポンペイ観光。
ポンペイ、ナポリの中心街からはヴェスヴィオ火山を挟んで南側に位置した町です。
入場ゲート手前にトイレがありました。
マリーナ門にいよいよ入場します。
いっぱいの人がいました。 -
ヴェスヴィオス火山が今から2000年前に歴史的な大噴火を起こし、皮肉なことにその不幸が古代ローマの人々の日々の姿を後世の私たちに遺したのです。
添乗員、女性ですが、知識の豊富さには脱帽でした。 -
紀元79年、大噴火による火砕流で町は一瞬にして地に埋まり、地中に眠ったポンペイは18世紀半ばに発見されるまで、当時の人々の生活をそのまま保存しました。
パン屋にバー、劇場から公衆浴場まで存在し、下水道などのインフラも整っていたというこの町が噴火によって姿を消した時代が、日本では弥生時代だったことを考えると、ローマ帝国がどれほどに裕福な国だったのか、すごいですね。 -
バシリカ、議会や行政のための建造物、神殿、市場、浴場などが立ち並ぶ、ポンペイ随一の中心地である。
-
この周りに日本のツアー会社2社のグループがいた。
皆さん高いお金払ってきたそうですよ。 -
時速100kmを越える速さで襲い掛かった火砕流は、人々に逃げる間も与えずに一瞬で彼らを飲み込み、巻き込まれた人の形を残して固まりました。
肉体が滅んだその空間に、石膏が流し込まれ、その人々の痛々しい姿が再現されているのです。
上の写真の人物が、そうですね。 -
ガイドのイタリア人女性。
添乗員の方が頼もしかったね^^ -
街にはあちらこちらに水道があり、浴場や洗濯屋から闘技場や体育場・劇場までそろっていた。
当時ポンペイには居酒屋やバーが数十から百以上あったといわれている。 -
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ポンペイの人々が愛したものは風呂、仕事は午前中で終わり昼からは風呂へ。そこは皇帝も、貧しい人も皆行く町の社交場でした。
この写真反対側に浴槽がありました。
水か豊富にあって、水汲み場は町に40か所以上、水道の技術が発達していて水道弁も今と同じ形でした。 -
今のピザ焼窯と同じ窯でパンを焼いていたと言うから凄いですね。
ここで焼いたパンを売って市民が買って食べていたようです -
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荷車用と人用のそれぞれの門。
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遺跡の端にある秘儀荘ヴィッラ・ディ・ミステリ
90の部屋とワイン製造所がある個人邸宅だそうです。
階段を降りたところにある。
付近にトイレと売店がありました。 -
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左が女性で右が男性の遺骨、
女性は着衣のサリーのレースのひだの跡があり、男性は奴隷が付けていた、ベルトの跡で、解ったそうです。
遺骨に石膏を流して固めたと言われてる。 -
ディオニュソス(バッカス)に仕えるための秘儀を与える場所。
数多くのフレスコ画があり、特に深紅で描かれた『ディオニュソスの秘儀』の美しい赤色は「ポンペイ・レッド」。
この美しい色が現代でも見られるのは、びっくりです。 -
豊穣と酒・酩酊の神であるディオニュソス(バッカス)の信仰は一時ローマに禁止されたが、酩酊状態で行う儀式は秘儀として伝えられた。
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遺跡を出て歩いて5分程度のレストランで昼食です。
海の幸だそうで、楽しみ♪ -
ムール貝のパスタは、ウエイターが大皿に取り分けてくれて。
全体には、味は薄目で健康志向?!
ジェラートはさっぱりで美味しかったですよ。 -
ワイルドフラワーガーデンぽいかな。
バスに乗ってから、帽子を忘れたのに気が付いて(^-^;
数々の山や前回のドロミテでもお供してくれたお気に入りの帽子でしたけど、色あせがしてきてましたが。
でもやっぱり惜しかったな~ -
バスは細いくねくね道を通って、ポジターニへと。
あまりのくねくねに車酔いされた方もいました。
アマルフィに向かうバスは、是非右側にお座りください。
左側だと、山側でつまらないです。 -
わんちゃん、絶景を背後に。
青い空でしたらこの絶景も映えたのにね。
写真仲間から是非見せてねと言われたのに、これでは恥ずかしいな。 -
付近にあった露店も面白い。
年配女性の売り込みも、日本語で。
余程日本人が来るのですね。
乾燥トマトやパスタのトッピングを購入。 -
レモン、オレンジの産地なのです。
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右手端の道を通ってきました。
ハイシーズンなら、渋滞必死ですね。
ポジターニに来る前は晴れていたのに、どんどん曇ってきました。 -
アマルフィ到着です。
昔見たイタリア映画で、たぶんアマルフィじゃないかと思うのですが、空撮で素晴らしかった。
その頃は、ツアーなどなく、今ここにいるのが夢のような不思議なような。
桟橋から。 -
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数々の金満家の別荘が立ち並び、素晴らしい眺め。
欲を言えば、ここに泊まるのもいいかもね。 -
地図を渡されて、自由散策です。
この門から入ります。 -
路地裏大好き♪
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アマルフィの素敵な絵が売られている。
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ここまで行って折り返し。
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アマルフィ大聖堂
大理石のマーブル模様が珍しい。 -
階段を上がった正面。
たくさんの店が見える。 -
回廊部分。
奥に入りませんでしたが、素晴らしいそうです。 -
壁に昔の絵。
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曇りで残念だったけど、傘の出番はなし。
この美しさ、目に焼き付けて、ホテルに向かいます。
ホテルは、都合で次ページとなります。
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この旅行記へのコメント (4)
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- Kオジサンさん 2018/04/28 21:42:04
- アマルフィ
- 大聖堂への階段から、下を見下ろしたシーン。
見覚えが有ります。
私が行った時、お葬式が有りまし霊柩車が来ていました。
警察官が整理をしていました。
昔の絵。
これも覚えています。
横に顔の焼き物が下がっていました。
ヒョットコのように口を尖がらせているものでした。
色々と思い出させて頂き、有難う御座いました。
それに、このアマルフィ。
日本の映画がロケした場所です。
織田祐二が出ていた、アマルフィ女神の報酬と言うタイトルでした。
サラ・ブライトマンの主題歌「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」が良かったですネ。
この映画を見て、アマルフィに行きたくなったのです。
もう、何年も前の事ですが、脳裏に新鮮な記憶が蘇りました。
- みちるさん からの返信 2018/04/29 19:19:46
- Re: アマルフィ
- kおじさん、こんばんは
いつもありがとうございます。
Kおじさんのアマルフィ、拝見しましたよ。
私の時よりお天気は良さそうでしたね。
旅行前に、イタリアの各地域の天気予報見て行きましたが、あまりいいお天気とは思えませんでした。
添乗員曰く、今年のヨーロッパは季節外れの雪とか雨が多く、天候不順と言ってましたが、旅行全日傘の出番はなく、ラッキーでした。
でもアマルフィやポジターニは、太陽が出てほしかったですね。
南国の明るい陽射しに、映える場所ですから。
お得な旅行代金でしたが、皆さん大満足のいい旅でした。
-
- いっちゃんさん 2018/04/24 15:47:39
- 懐かしいポンペイの街並みに・・・
- 懐かしいくナポリ・ポンペイ拝見しました。
実は、私も1970年7月31日に訪れていました。
ナポリの印象は、海岸から見ると熱海によく似た、明るい避暑地の印象が今でも脳裏にあります。ナポリからポンペイに入りましたが、快晴・灼熱の日でしたが、遺跡を見て
トルコ風呂や現代の医療機器と遜色ないものが残っていたり、当時から街中の区画整理がされていて、メインストリートには、歩道が付き、歩道と車道の切れ目の石積みに穴がいくつもあいていたのを不思議に思ったら、車道の馬車が駐車する時に馬の手綱をつなぐためと聞いて驚いた記憶がありました。
ポンペイから遠く、レスビアス山を見て、火山の恐ろしさと、当時からポンペイの街が素晴らしい街づくりがされていたことに感心した記憶が思い出させてくれた、みちるさんの旅記「いいね」をポチです。
ありがとうございました。
いっちゃん
- みちるさん からの返信 2018/04/24 19:44:13
- RE: 懐かしいポンペイの街並みに・・・
- いっちゃん,こんばんは
いつもありがとうございます。
へぇ〜そんな昔にもうイタリアに行かれたのですか。
そのころの私は、イタリア映画よく見てましたね。
イタリアは好きでも、行くなんて考えたこともなかったです。
遠すぎて、憧れだけでした。
ナポリは添乗員の解説では、治安も悪いそうですね、今は。
車窓からだけでしたが、素敵な街だなと思いましたよ。
ポンペイ、古代ローマって、すごく優秀な人がいたんですね。
日本では、弥生時代だったなんて。
中学生の頃、「ポンペイ最後の日}を読んで、感動したことがありました。
ポンペイ、アマルフィ、念願の土地を踏めて嬉しかったです。
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