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昨年末、大友宗麟の居城 臼杵城と城下町を訪れた。<br />宗麟の 性格上の問題や行動から、ほとんどの家臣が逃走する中 立花道雪(戸次鑑連)・高橋紹運・立花宗茂の三人だけは最後まで宗麟の忠臣だった。<br /><br />今回 訪れた柳川は、高橋紹運を実父に 立花道雪を義父に持った立花宗茂が治めた土地だった。 このお殿様は とにかく人に慕われた。 そんなお殿様がいた柳川を歩いてみた。<br /><br />立花宗茂の人生。。。<br />★ 猛将 立花道雪に乞われて 道雪の娘と結婚し、立花家の後を継ぐ。<br />★ 大友宗麟が豊臣秀吉に臣従。 宗茂は秀吉に気に入られ 直臣となる。<br />  九州征伐での働きが認められ 筑後柳河城主となる。<br />★ 関ヶ原合戦で豊臣方についた為、柳河城を追われ 浪々の身となる。<br /><br />城持ち大名から ただの浪人となってしまった宗茂だったが、ほとんどの家臣がついて来た。 失業状態の上 住む家も無い宗茂を不憫に思い、加藤清正が宗茂と家臣を受け入れた。 しかし、全ての家臣を連れて行くわけにもいかず、選りすぐった約130人を連れて 熊本城の居候となる。 選抜されなかった家臣は泣く泣く 宗茂と別れた。 <br /><br />しかし いつまでも居候するわけにもいかず、熊本を去る。 浪人である宗茂に130人もの家臣を養えるはずも無く、19人だけ連れて行く事にした。<br />130人の家臣全員が、宗茂と別れたくない。 仕方なく くじ引きで19人を決めた。 宗茂と19人の家臣は旅に出る。 くじに当選しなかった家臣や 130人に選ばれなかった家臣だけでなく 柳河の領民の多くが泣く泣く 柳河の国境近くまで見送った。<br /><br />一行は しばらく京都に滞在した後 江戸で暮らし始めた。 旅の初めは 加藤清正から貰った餞別金で暮らしたが、やがて底をついた。 19人の家臣は 旅に出る前から心に決めていた事があった。 どんなに貧しくても 決して宗茂に苦労をさせない事。 ひもじい思いをさせない事。 殿様らしく 振る舞って頂く事。 19人の家臣は 内職をして日銭を稼いだ。 柳河に残った家臣から生活費を送ってくる事もあった。 宗茂が殿様らしく振る舞う事を 自分達の幸せにしていた。 また、日雇いの仕事をしながら得た世間の情報を、何気ない会話の中に織り交ぜて 宗茂に話して聞かせた。 視野を広く持って頂く為だった。<br /><br />宗茂も、家臣達の苦労を知り 悩みつつも、家臣の気持ちを汲み 殿様らしく振る舞った。<br /><br />そんなある日、家臣の一人が ひょんな事から徳川家康の重鎮・本田正信と出会う。 本田正信は『宗茂と家臣との主従関係』に感銘を受け、自ら宗茂に会いに行った。 正信は 宗茂の屈託のない笑顔を見て、一目で気に入った。 宗茂に 徳川への反抗心が無い事を確認し、二代将軍・徳川秀忠のお相伴衆 (話し相手)に抜擢した。<br /><br />★ 宗茂は徳川秀忠から人望と実力を認められた。<br />  奥州棚倉を与えられ、大名に復帰した。<br />★ その後、徳川秀忠は 宗茂を旧領・柳河に戻した。 <br />  宗茂は柳河の大名として 奇跡の復活を遂げた。<br />  宗茂が再び柳河の地に凱旋した時、19人に選ばれず 泣く泣く別れた  家臣達や領民達が、国境まで来て宗茂を出迎えた。<br /> <br />関ケ原合戦に敗れて 領土を取り上げられた大名の内で、旧領に復帰したのは立花宗茂だけである。<br />家臣達に支えられ 日銭を稼いだお金で養ってもらった殿様も宗茂だけだ。<br />それから後も 代々立花家が柳河を治め、現在も柳川に立花当主がおられる。<br /><br />***童門冬二著「立花宗茂」 ウィキペデイア  観光局等参考および抜粋*** 

立花宗茂の城下町・柳川 と 秋月の桜

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2018/03/31 - 2018/04/01

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85

ポテのお散歩

ポテのお散歩さん

昨年末、大友宗麟の居城 臼杵城と城下町を訪れた。
宗麟の 性格上の問題や行動から、ほとんどの家臣が逃走する中 立花道雪(戸次鑑連)・高橋紹運・立花宗茂の三人だけは最後まで宗麟の忠臣だった。

今回 訪れた柳川は、高橋紹運を実父に 立花道雪を義父に持った立花宗茂が治めた土地だった。 このお殿様は とにかく人に慕われた。 そんなお殿様がいた柳川を歩いてみた。

立花宗茂の人生。。。
★ 猛将 立花道雪に乞われて 道雪の娘と結婚し、立花家の後を継ぐ。
★ 大友宗麟が豊臣秀吉に臣従。 宗茂は秀吉に気に入られ 直臣となる。
  九州征伐での働きが認められ 筑後柳河城主となる。
★ 関ヶ原合戦で豊臣方についた為、柳河城を追われ 浪々の身となる。

城持ち大名から ただの浪人となってしまった宗茂だったが、ほとんどの家臣がついて来た。 失業状態の上 住む家も無い宗茂を不憫に思い、加藤清正が宗茂と家臣を受け入れた。 しかし、全ての家臣を連れて行くわけにもいかず、選りすぐった約130人を連れて 熊本城の居候となる。 選抜されなかった家臣は泣く泣く 宗茂と別れた。 

しかし いつまでも居候するわけにもいかず、熊本を去る。 浪人である宗茂に130人もの家臣を養えるはずも無く、19人だけ連れて行く事にした。
130人の家臣全員が、宗茂と別れたくない。 仕方なく くじ引きで19人を決めた。 宗茂と19人の家臣は旅に出る。 くじに当選しなかった家臣や 130人に選ばれなかった家臣だけでなく 柳河の領民の多くが泣く泣く 柳河の国境近くまで見送った。

一行は しばらく京都に滞在した後 江戸で暮らし始めた。 旅の初めは 加藤清正から貰った餞別金で暮らしたが、やがて底をついた。 19人の家臣は 旅に出る前から心に決めていた事があった。 どんなに貧しくても 決して宗茂に苦労をさせない事。 ひもじい思いをさせない事。 殿様らしく 振る舞って頂く事。 19人の家臣は 内職をして日銭を稼いだ。 柳河に残った家臣から生活費を送ってくる事もあった。 宗茂が殿様らしく振る舞う事を 自分達の幸せにしていた。 また、日雇いの仕事をしながら得た世間の情報を、何気ない会話の中に織り交ぜて 宗茂に話して聞かせた。 視野を広く持って頂く為だった。

宗茂も、家臣達の苦労を知り 悩みつつも、家臣の気持ちを汲み 殿様らしく振る舞った。

そんなある日、家臣の一人が ひょんな事から徳川家康の重鎮・本田正信と出会う。 本田正信は『宗茂と家臣との主従関係』に感銘を受け、自ら宗茂に会いに行った。 正信は 宗茂の屈託のない笑顔を見て、一目で気に入った。 宗茂に 徳川への反抗心が無い事を確認し、二代将軍・徳川秀忠のお相伴衆 (話し相手)に抜擢した。

★ 宗茂は徳川秀忠から人望と実力を認められた。
  奥州棚倉を与えられ、大名に復帰した。
★ その後、徳川秀忠は 宗茂を旧領・柳河に戻した。 
  宗茂は柳河の大名として 奇跡の復活を遂げた。
  宗茂が再び柳河の地に凱旋した時、19人に選ばれず 泣く泣く別れた  家臣達や領民達が、国境まで来て宗茂を出迎えた。
 
関ケ原合戦に敗れて 領土を取り上げられた大名の内で、旧領に復帰したのは立花宗茂だけである。
家臣達に支えられ 日銭を稼いだお金で養ってもらった殿様も宗茂だけだ。
それから後も 代々立花家が柳河を治め、現在も柳川に立花当主がおられる。

***童門冬二著「立花宗茂」 ウィキペデイア  観光局等参考および抜粋*** 

同行者
カップル・夫婦
交通手段
レンタカー 新幹線
旅行の手配内容
個別手配
  • 博多からレンタカーで柳川に到着。<br />水路の両脇に 芽吹いたばかりの柳の緑が綺麗だ。

    博多からレンタカーで柳川に到着。
    水路の両脇に 芽吹いたばかりの柳の緑が綺麗だ。

  • まず 北原白秋の生家を見学。

    まず 北原白秋の生家を見学。

  • 明治18年に熊本で生まれた白秋は 柳川のこの家で育った。<br />実家は江戸時代から続く商家で 造り酒屋を営んでいた。<br />白秋が16歳の時に 火災で実家の大半を焼失し、この頃から詩歌の創作に打ち込むようになったそうだ。

    明治18年に熊本で生まれた白秋は 柳川のこの家で育った。
    実家は江戸時代から続く商家で 造り酒屋を営んでいた。
    白秋が16歳の時に 火災で実家の大半を焼失し、この頃から詩歌の創作に打ち込むようになったそうだ。

  • 「雨ふり」「待ちぼうけ」「からたちの花」など <br />誰もが知っている数多くの作品を残している。<br />

    「雨ふり」「待ちぼうけ」「からたちの花」など 
    誰もが知っている数多くの作品を残している。

  • なまこ塀が美しい蔵もあった。

    なまこ塀が美しい蔵もあった。

  • 昼食は『若松屋』さんへ。<br />12時を過ぎていたので並んだが、思ったよりも部屋数が多く<br />観光案内所で地図を頂いている内に順番が来た。

    昼食は『若松屋』さんへ。
    12時を過ぎていたので並んだが、思ったよりも部屋数が多く
    観光案内所で地図を頂いている内に順番が来た。

  • せいろ蒸しを注文。<br />蒸すと余分な脂が落ちるからか、脂っぽくなく とても美味しかった。<br />そういえば、柳川に着いて車から降りると ウナギを焼く香ばしい香りが<br />漂っていた。

    せいろ蒸しを注文。
    蒸すと余分な脂が落ちるからか、脂っぽくなく とても美味しかった。
    そういえば、柳川に着いて車から降りると ウナギを焼く香ばしい香りが
    漂っていた。

  • 柳川は2キロ四方、延長60キロにわたって網目状の掘割が巡らされた水郷の町。<br />この掘割りを どんこ舟で巡る川下りが 柳川観光のハイライトとなっている。<br />ちょうど若松屋さんの前に乗船場があったので そこから乗る事にした。<br />70分の川下りだが 私が乗った舟は短縮ルートの40分コースで<br />時間的にもちょうど良かった。

    柳川は2キロ四方、延長60キロにわたって網目状の掘割が巡らされた水郷の町。
    この掘割りを どんこ舟で巡る川下りが 柳川観光のハイライトとなっている。
    ちょうど若松屋さんの前に乗船場があったので そこから乗る事にした。
    70分の川下りだが 私が乗った舟は短縮ルートの40分コースで
    時間的にもちょうど良かった。

  • 4月3日まで 柳川の雛祭である『さげもん巡り』が催されていて<br />掘割りにも お雛様が飾られていた。

    4月3日まで 柳川の雛祭である『さげもん巡り』が催されていて
    掘割りにも お雛様が飾られていた。

  • 掘割りに架けられた橋の下をくぐる時は <br />頭を打たないように 皆でしゃがみ込む。

    掘割りに架けられた橋の下をくぐる時は 
    頭を打たないように 皆でしゃがみ込む。

  • ちょっとしたアトラクションのようだ。

    ちょっとしたアトラクションのようだ。

  • 10万9000石の城下町・柳川は 鎌倉時代から戦国時代にかけて蒲池氏により築城された平城が始まりとされている。 その後 立花宗茂がこの地を治めることとなり、柳川城の改修を始める。 しかし、関ケ原の戦いで豊臣方についた為 宗茂は改易され浪人になってしまう。  

    10万9000石の城下町・柳川は 鎌倉時代から戦国時代にかけて蒲池氏により築城された平城が始まりとされている。 その後 立花宗茂がこの地を治めることとなり、柳川城の改修を始める。 しかし、関ケ原の戦いで豊臣方についた為 宗茂は改易され浪人になってしまう。  

  • 石田三成を捕らえた功績により 田中吉政が柳川藩・初代藩主となる。  吉政は柳川城の大規模改修を行い 天守閣や櫓・掘割りなどを完成させた。 現在の柳川の町はほぼ江戸時代のままで、300年前の地図を見ても歩けると言われているそうだ。 

    石田三成を捕らえた功績により 田中吉政が柳川藩・初代藩主となる。  吉政は柳川城の大規模改修を行い 天守閣や櫓・掘割りなどを完成させた。 現在の柳川の町はほぼ江戸時代のままで、300年前の地図を見ても歩けると言われているそうだ。 

  • その田中家は 跡継ぎが無く改易となってしまう。<br />そこで奥州棚倉を与えられていた立花宗茂が 旧領の柳川藩に復帰する。<br />1620年から1884年(明治4年)に廃藩置県で 藩制度が無くなるまで<br />12代にわたり 立花氏が柳川藩主を務めた。 <br /><br />出会い橋が見えてきた。

    その田中家は 跡継ぎが無く改易となってしまう。
    そこで奥州棚倉を与えられていた立花宗茂が 旧領の柳川藩に復帰する。
    1620年から1884年(明治4年)に廃藩置県で 藩制度が無くなるまで
    12代にわたり 立花氏が柳川藩主を務めた。 

    出会い橋が見えてきた。

  • 川下りの後 【御花】を見学。<br />1738年、5代藩主 貞俶が、家族と寛ぐ為に柳川城の敷地内に造営した『御花畠』に始まる。以降 歴代藩主が住まいとした御花畠に、明治期に庭園「松濤園」を整備。 これが現在の『柳川藩主 立花邸 御花』となった。<br /><br />どんこ舟の船頭さんの話では、今でも 現在の立花家当主が、出会い橋を渡って 自宅から御花に通勤されているそうだ。

    川下りの後 【御花】を見学。
    1738年、5代藩主 貞俶が、家族と寛ぐ為に柳川城の敷地内に造営した『御花畠』に始まる。以降 歴代藩主が住まいとした御花畠に、明治期に庭園「松濤園」を整備。 これが現在の『柳川藩主 立花邸 御花』となった。

    どんこ舟の船頭さんの話では、今でも 現在の立花家当主が、出会い橋を渡って 自宅から御花に通勤されているそうだ。

  • 御花にも 柳川の雛祭には欠かせない『さげもん』が飾られていた。

    御花にも 柳川の雛祭には欠かせない『さげもん』が飾られていた。

  • 【さげもん】<br />江戸末期頃より 柳川では女の子が生まれると、初節句のお祝いに お雛様の代わりに古着の端切れで小物を作り飾ってお祝いしたのが始まり。<br />袋物には鶴 亀 エビなどの縁起物で作られていて、一つ一つが袋物になっていて 物を入れる事が出来る。

    【さげもん】
    江戸末期頃より 柳川では女の子が生まれると、初節句のお祝いに お雛様の代わりに古着の端切れで小物を作り飾ってお祝いしたのが始まり。
    袋物には鶴 亀 エビなどの縁起物で作られていて、一つ一つが袋物になっていて 物を入れる事が出来る。

  • 竹の輪に 紅白の布を巻き、7個7列の49個、<br />中央に柳川鞠を2個下げ 全部で51個。<br /><br />人生50年と言われていた時代に、一年でも長生きして欲しいという<br />親の願いが込められている。

    竹の輪に 紅白の布を巻き、7個7列の49個、
    中央に柳川鞠を2個下げ 全部で51個。

    人生50年と言われていた時代に、一年でも長生きして欲しいという
    親の願いが込められている。

  • 【松濤園】<br />柳川では、花嫁さんが どんこ舟に乗り、掘割りから “御花”の船着場で降りて、ここで披露宴を行うシーンが よく見られる。<br /><br />私達が乗った 一つ前の時間帯では、そのシーンが見られたそうだ。

    【松濤園】
    柳川では、花嫁さんが どんこ舟に乗り、掘割りから “御花”の船着場で降りて、ここで披露宴を行うシーンが よく見られる。

    私達が乗った 一つ前の時間帯では、そのシーンが見られたそうだ。

  • 御花内の立花資料館には 宗茂が身につけた鎧・兜や<br />桃山時代から江戸時代に立花家で使われた金箔押桃形兜などが見学出来る。

    御花内の立花資料館には 宗茂が身につけた鎧・兜や
    桃山時代から江戸時代に立花家で使われた金箔押桃形兜などが見学出来る。

  • 柳川城址には 柳川高校が建っている。<br />柳川商業高校だった時には 甲子園の常連だったが<br />最近は見なくなって 少し寂しい。<br />テニスも強いそうだ。

    柳川城址には 柳川高校が建っている。
    柳川商業高校だった時には 甲子園の常連だったが
    最近は見なくなって 少し寂しい。
    テニスも強いそうだ。

  • 【三柱神社】<br />最後になってしまったが、三柱神社を参詣した。<br />立花宗茂公・ 義父  戸次道雪公・ 正室 ぎん千代姫 が祀られている。<br />

    【三柱神社】
    最後になってしまったが、三柱神社を参詣した。
    立花宗茂公・ 義父  戸次道雪公・ 正室 ぎん千代姫 が祀られている。

  • 広い境内には 池の周囲に桜の木が多く植えられていて、<br />市民が集まって花見の宴会が催されていた。  <br /><br />立花宗茂は、今もなお柳川市民にとって 身近な存在だった。

    広い境内には 池の周囲に桜の木が多く植えられていて、
    市民が集まって花見の宴会が催されていた。  

    立花宗茂は、今もなお柳川市民にとって 身近な存在だった。

  • 柳川観光の後、宿のある秋月へ向かった。<br />秋月は桜と紅葉の名所で この時期は秋月へ向かう道路が混雑する。<br />渋滞を避けて 夕方に到着するように予定を立て、<br />この日の宿【清流庵】へ スムーズに行く事が出来た。

    柳川観光の後、宿のある秋月へ向かった。
    秋月は桜と紅葉の名所で この時期は秋月へ向かう道路が混雑する。
    渋滞を避けて 夕方に到着するように予定を立て、
    この日の宿【清流庵】へ スムーズに行く事が出来た。

  • 宿泊棟の入口には 石積みの門があり、驚いた。

    宿泊棟の入口には 石積みの門があり、驚いた。

  • 全6室のうち 一番小さな部屋を予約していた。<br />8畳が2部屋の和室だったが 十分過ぎる広さで、<br />すっきりとした純和風の落ち着いた部屋だった。

    全6室のうち 一番小さな部屋を予約していた。
    8畳が2部屋の和室だったが 十分過ぎる広さで、
    すっきりとした純和風の落ち着いた部屋だった。

  • どの部屋にも源泉が引いてある。<br />私達の部屋は内風呂だけだったが、露天風呂や岩盤浴付きの部屋もあるようだ。<br />『もみじ』という部屋なので もみじのモチーフが使われていた。<br />浴室は大人二人でも十分な広さがあった。<br />

    どの部屋にも源泉が引いてある。
    私達の部屋は内風呂だけだったが、露天風呂や岩盤浴付きの部屋もあるようだ。
    『もみじ』という部屋なので もみじのモチーフが使われていた。
    浴室は大人二人でも十分な広さがあった。

  • 大浴場もあったが 入浴時間は宿泊当日の夜までで、<br />翌朝は入れない。<br /><br />泉質は アルカリ性単純泉。

    大浴場もあったが 入浴時間は宿泊当日の夜までで、
    翌朝は入れない。

    泉質は アルカリ性単純泉。

  • お料理は 比較的薄味で、どれも美味しかった。<br />

    お料理は 比較的薄味で、どれも美味しかった。

  • 町では夜桜のライトアップもあったようだが 疲れて早く寝てしまった。<br /><br />翌朝、早起きして 朝の散歩をする事に。<br />宿を6時に出て 朝食時間の8時まで2時間ある。

    町では夜桜のライトアップもあったようだが 疲れて早く寝てしまった。

    翌朝、早起きして 朝の散歩をする事に。
    宿を6時に出て 朝食時間の8時まで2時間ある。

  • 柳川は 大友宗麟の忠臣だった立花宗茂が治めた城下町だったが、<br />この秋月の地は 宗麟に徹底抗戦した秋月種実が治めた城下町だった。<br /><br />宗麟が豊臣秀吉に臣従した為、反大友派だった島津氏と秋月氏は秀吉の逆賊となってしまった。 勢いのある秀吉に敵うはずも無く、島津氏と秋月氏は秀吉に降参する。 秀吉は秋月種実を助命したものの、『そんなに島津が好きなら 島津の近くに行け』と 日向の高鍋に削封した。 種実は16代続いて支配した領土・秋月に戻りたかったが、その夢は叶わなかった。

    柳川は 大友宗麟の忠臣だった立花宗茂が治めた城下町だったが、
    この秋月の地は 宗麟に徹底抗戦した秋月種実が治めた城下町だった。

    宗麟が豊臣秀吉に臣従した為、反大友派だった島津氏と秋月氏は秀吉の逆賊となってしまった。 勢いのある秀吉に敵うはずも無く、島津氏と秋月氏は秀吉に降参する。 秀吉は秋月種実を助命したものの、『そんなに島津が好きなら 島津の近くに行け』と 日向の高鍋に削封した。 種実は16代続いて支配した領土・秋月に戻りたかったが、その夢は叶わなかった。

  • 野鳥川を渡ると 秋月城跡までの登城路『杉の馬場通り』がある。<br />杉の馬場の両側には約200本の桜の木が並び、<br />約500mの「桜のトンネル」となる。<br />

    野鳥川を渡ると 秋月城跡までの登城路『杉の馬場通り』がある。
    杉の馬場の両側には約200本の桜の木が並び、
    約500mの「桜のトンネル」となる。

  • 見事な桜並木~♪<br />この辺りに杉の並木があった(杉の大木があったとも)ことから<br />『杉の馬場』と呼ばれるようになったが、<br />日露戦争の戦勝記念に町の人々が桜を植えたそうだ。

    見事な桜並木~♪
    この辺りに杉の並木があった(杉の大木があったとも)ことから
    『杉の馬場』と呼ばれるようになったが、
    日露戦争の戦勝記念に町の人々が桜を植えたそうだ。

  • この時間は 人もまばらだ。<br /><br />この道は かつて藩主のお成り道であり、藩士の登城道であり、<br />馬場の稽古も行われたのだろう。

    この時間は 人もまばらだ。

    この道は かつて藩主のお成り道であり、藩士の登城道であり、
    馬場の稽古も行われたのだろう。

  • 瓦坂<br />

    瓦坂

  • 土砂の流れを防ぐ為に 瓦を縦に並べて敷き詰められている。

    土砂の流れを防ぐ為に 瓦を縦に並べて敷き詰められている。

  • とても風情のある石坂だ。

    とても風情のある石坂だ。

  • 瓦坂の上に秋月中学校が建っている。  ここに秋月城があった。<br /><br />今では珍しい木造校舎だが 平成元年に建て替えられたものだそうだ。<br />周りの環境に溶け込んで 雰囲気のある校舎だ。

    瓦坂の上に秋月中学校が建っている。  ここに秋月城があった。

    今では珍しい木造校舎だが 平成元年に建て替えられたものだそうだ。
    周りの環境に溶け込んで 雰囲気のある校舎だ。

  • 秋月城長屋門<br />秋月種実が日向・高鍋へ左遷された後、黒田長政の三男・長興(ながおき)が福岡藩黒田家の分家として秋月5万石を与えられて、秋月藩が成立した。 <br />以後、秋月黒田藩は12代続いて明治維新を迎える。<br />現在 残っているほとんどの史跡は、黒田氏の時代に大改修された後のものだ。

    秋月城長屋門
    秋月種実が日向・高鍋へ左遷された後、黒田長政の三男・長興(ながおき)が福岡藩黒田家の分家として秋月5万石を与えられて、秋月藩が成立した。 
    以後、秋月黒田藩は12代続いて明治維新を迎える。
    現在 残っているほとんどの史跡は、黒田氏の時代に大改修された後のものだ。

  • 鳥居の奥にある黒門は もともとは13世紀初めに秋月氏が築いた古処山城の裏門だったという。  その後、黒田氏が再建した秋月城の表門として移築される。<br /><br />秋月氏16代と黒田氏12代の歴史を見守って来た数少ない史跡だ。

    鳥居の奥にある黒門は もともとは13世紀初めに秋月氏が築いた古処山城の裏門だったという。  その後、黒田氏が再建した秋月城の表門として移築される。

    秋月氏16代と黒田氏12代の歴史を見守って来た数少ない史跡だ。

  • 主な史跡は見学したので 気の向くまま歩く事に。<br />杉の馬場という江戸時代のメインストリートを外れると<br />のどかな畑が広がっている。

    主な史跡は見学したので 気の向くまま歩く事に。
    杉の馬場という江戸時代のメインストリートを外れると
    のどかな畑が広がっている。

  • 農家の庭先で 何やら動いている動物がいた。<br />犬かと思ったが しっぽが丸い。。。よく見るとタヌキだった!<br />青い羽が綺麗な鳥もいた。

    農家の庭先で 何やら動いている動物がいた。
    犬かと思ったが しっぽが丸い。。。よく見るとタヌキだった!
    青い羽が綺麗な鳥もいた。

  • 武家屋敷 久野邸の前に満開の桜があった。<br />久野邸は 秋月黒田藩の初代藩主・長興公に直接つかえていた<br />上級武士の屋敷だそうだ。<br />早朝なので見学出来なかった。

    武家屋敷 久野邸の前に満開の桜があった。
    久野邸は 秋月黒田藩の初代藩主・長興公に直接つかえていた
    上級武士の屋敷だそうだ。
    早朝なので見学出来なかった。

  • 石垣の横から大きな木 (多分 クスノキ) が立っていた。<br />この横にある金光教の敷地に 秀吉が腰掛けたと言われる「太閤腰掛石」が<br />あったようだが 見過ごした。

    石垣の横から大きな木 (多分 クスノキ) が立っていた。
    この横にある金光教の敷地に 秀吉が腰掛けたと言われる「太閤腰掛石」が
    あったようだが 見過ごした。

  • まだ現役の赤ポスト。

    まだ現役の赤ポスト。

  • 現在のメインストリート322号線と 赤ポストが有った80号線は<br />早朝だから静かだが、桜と紅葉の季節は 9時を過ぎる頃には大渋滞となる。

    現在のメインストリート322号線と 赤ポストが有った80号線は
    早朝だから静かだが、桜と紅葉の季節は 9時を過ぎる頃には大渋滞となる。

  • 野鳥川沿いを歩く。

    野鳥川沿いを歩く。

  • 桜と菜の花が綺麗に咲いていた。

    桜と菜の花が綺麗に咲いていた。

  • 葛のお店 廣久葛本舗の白壁が絵になる。<br />ここは トラベラー・旅猫さんの旅行記で拝見して<br />是非 行ってみたいと思っていた所だった。

    葛のお店 廣久葛本舗の白壁が絵になる。
    ここは トラベラー・旅猫さんの旅行記で拝見して
    是非 行ってみたいと思っていた所だった。

  • 秋月では 豊かな自然に癒される。

    秋月では 豊かな自然に癒される。

  • 眼鏡橋へ行ってみた。

    眼鏡橋へ行ってみた。

  • 日本でただひとつ、御影石でできた石橋だそうだ。<br /><br />以前は木造の橋が架かっていたが、大洪水のたびに流されていた。<br />その頃、長崎の警備をしていた秋月藩8代目藩主・黒田長舒(くろだながのぶ)は、長崎で見た「眼鏡橋」と同じものを架橋したいと熱望した。長崎から石工を呼び寄せて始まった架橋工事だったが、不幸にも橋は完成直前に崩壊し、病床にあった長舒は橋の完成を見ることなく逝去する。その後 工事は再開され、1810年に ついに橋が完成。渡り初め式では、悲願の橋を見る事が出来なかった長舒を偲んで、家臣や領民が涙したという。

    日本でただひとつ、御影石でできた石橋だそうだ。

    以前は木造の橋が架かっていたが、大洪水のたびに流されていた。
    その頃、長崎の警備をしていた秋月藩8代目藩主・黒田長舒(くろだながのぶ)は、長崎で見た「眼鏡橋」と同じものを架橋したいと熱望した。長崎から石工を呼び寄せて始まった架橋工事だったが、不幸にも橋は完成直前に崩壊し、病床にあった長舒は橋の完成を見ることなく逝去する。その後 工事は再開され、1810年に ついに橋が完成。渡り初め式では、悲願の橋を見る事が出来なかった長舒を偲んで、家臣や領民が涙したという。

  • 秋月黒田藩も 7代藩主に跡継ぎがいなかった為、断絶の危機を迎えた事があった。 家老達の努力で 8代藩主として高鍋藩から長舒が迎えられた。<br /><br />長舒は、父の高鍋藩主・秋月種茂の母が秋月藩4代藩主黒田長貞の娘という黒田家・秋月家双方の血をひき、若い頃から文武に秀で、その資質を高く評価されていたので、まさに秋月藩が跡継ぎとして渇望した人物だった。<br /><br />秋月種実は秋月には戻れなかったが、子孫がこの地に戻り 名君となった事を、種実が知ったら どんなに喜んだことだろう。

    秋月黒田藩も 7代藩主に跡継ぎがいなかった為、断絶の危機を迎えた事があった。 家老達の努力で 8代藩主として高鍋藩から長舒が迎えられた。

    長舒は、父の高鍋藩主・秋月種茂の母が秋月藩4代藩主黒田長貞の娘という黒田家・秋月家双方の血をひき、若い頃から文武に秀で、その資質を高く評価されていたので、まさに秋月藩が跡継ぎとして渇望した人物だった。

    秋月種実は秋月には戻れなかったが、子孫がこの地に戻り 名君となった事を、種実が知ったら どんなに喜んだことだろう。

  • 8時の朝食に間に合うように 朝の散歩から宿に戻る。

    8時の朝食に間に合うように 朝の散歩から宿に戻る。

  • 昨日の夕食の時は暗くて見えなかったが<br />今朝は大広間から回遊式庭園がよく見えた。

    昨日の夕食の時は暗くて見えなかったが
    今朝は大広間から回遊式庭園がよく見えた。

  • 程よい量で どれも美味しく頂いた。 が、一つだけ苦手なものがあった。<br />ところてん。。。酢醤油で出て来た。<br />ところてんは大好きだが 黒蜜でしか食べられない。 (宿が悪いのではない)<br />関東に住んだ時、ところてんを買ったら 酢醤油が付いていてビックリした事がある。 夫は長崎出身だが 酢醤油で食べるものだと言う。<br />何度か試したが、やはり黒蜜でしか食べられなかった(^-^;

    程よい量で どれも美味しく頂いた。 が、一つだけ苦手なものがあった。
    ところてん。。。酢醤油で出て来た。
    ところてんは大好きだが 黒蜜でしか食べられない。 (宿が悪いのではない)
    関東に住んだ時、ところてんを買ったら 酢醤油が付いていてビックリした事がある。 夫は長崎出身だが 酢醤油で食べるものだと言う。
    何度か試したが、やはり黒蜜でしか食べられなかった(^-^;

  • 明るい時間に 再度、宿のお庭をゆっくり歩いた。<br />この庭園の桜も満開だったが、楓の新緑も綺麗だった。

    明るい時間に 再度、宿のお庭をゆっくり歩いた。
    この庭園の桜も満開だったが、楓の新緑も綺麗だった。

  • 日に当たってキラキラしている。

    日に当たってキラキラしている。

  • 宿の庭とは思えない立派な木も多かった。

    宿の庭とは思えない立派な木も多かった。

  • 秋の紅葉も とても綺麗だろう。

    秋の紅葉も とても綺麗だろう。

  • 幾つかの滝もあった。

    幾つかの滝もあった。

  • 裏山から流れていると思われる清流。<br />『清流庵』の名前の由縁かも知れない。

    裏山から流れていると思われる清流。
    『清流庵』の名前の由縁かも知れない。

  • 桜も楓も幹が太く 樹齢何年だろう?

    桜も楓も幹が太く 樹齢何年だろう?

  • 桜の種類も多かった。

    桜の種類も多かった。

  • 花吹雪が舞っていた。

    花吹雪が舞っていた。

  • 木々の管理も大変だろう。

    木々の管理も大変だろう。

  • この旅館は もともと何だったのだろう?<br />やんごとなき方の邸宅だったのかと思うほど広い。

    この旅館は もともと何だったのだろう?
    やんごとなき方の邸宅だったのかと思うほど広い。

  • 大浴場へ行く途中の東屋から見た景色。

    大浴場へ行く途中の東屋から見た景色。

  • 染井吉野かな?

    染井吉野かな?

  • 新緑に浮かぶ桜も綺麗♪

    新緑に浮かぶ桜も綺麗♪

  • 大きな池の周りを一周できる。

    大きな池の周りを一周できる。

  • 贅沢なお花見をさせて頂いた。<br />いつか 紅葉の時にも訪れたい。<br /><br />ランチが頂けるレストランも有った。

    贅沢なお花見をさせて頂いた。
    いつか 紅葉の時にも訪れたい。

    ランチが頂けるレストランも有った。

  • 静かだったメインストリートは 10時頃には長い渋滞になっていた。<br />秋月の道は どこも細く、離合が難しい所も多々ある。<br />

    静かだったメインストリートは 10時頃には長い渋滞になっていた。
    秋月の道は どこも細く、離合が難しい所も多々ある。

  • 廣久葛本舗さんを訪れた。 1819年創業の葛専門店で 築260有余年になる建物は重厚だった。 くずきりや 葛湯が好きなので、楽しみにしていたのだ♪<br />色んな種類の葛湯をお土産に買って帰った。<br />お勘定はレジではなく、大女将さんが帳場で丁寧に対応して下さるので<br />多忙日は混雑することも(*^^*)

    廣久葛本舗さんを訪れた。 1819年創業の葛専門店で 築260有余年になる建物は重厚だった。 くずきりや 葛湯が好きなので、楽しみにしていたのだ♪
    色んな種類の葛湯をお土産に買って帰った。
    お勘定はレジではなく、大女将さんが帳場で丁寧に対応して下さるので
    多忙日は混雑することも(*^^*)

  • 楽しみにしていた “くずきり” 。<br />のど越しが良く モッチリだけど柔らかで清涼感があって、<br />とても美味しく頂いた。<br />黒蜜も美味しかった♪

    楽しみにしていた “くずきり” 。
    のど越しが良く モッチリだけど柔らかで清涼感があって、
    とても美味しく頂いた。
    黒蜜も美味しかった♪

  • 再び野鳥川沿いを歩いて 杉の馬場まで行く事にした。

    再び野鳥川沿いを歩いて 杉の馬場まで行く事にした。

  • 豊かな自然が残っている。

    豊かな自然が残っている。

  • この斜面だけ一面桜色だった。<br />人がお花見する気配も無く この山は個人の持ち物だろうか?

    この斜面だけ一面桜色だった。
    人がお花見する気配も無く この山は個人の持ち物だろうか?

  • 空気も澄んでいる。

    空気も澄んでいる。

  • 静かな山里だ。

    静かな山里だ。

  • 杉の馬場には 花見客が集まってきている。

    杉の馬場には 花見客が集まってきている。

  • 太陽の位置が変わっただけで また違った景色が見えてくる。

    太陽の位置が変わっただけで また違った景色が見えてくる。

  • 皆 楽しそうにお花見している。

    皆 楽しそうにお花見している。

  • 桜が満開の秋月は 心に残る景色だった。<br />紅葉の時期にも訪れたい。<br />

    桜が満開の秋月は 心に残る景色だった。
    紅葉の時期にも訪れたい。

  • 長閑な畑道にも 先人たちが残した石垣が残り、歴史を感じる。<br />遠い昔と それほど変わらない風景が、ここにある。<br /><br />

    長閑な畑道にも 先人たちが残した石垣が残り、歴史を感じる。
    遠い昔と それほど変わらない風景が、ここにある。

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この旅行記へのコメント (12)

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  • たまスケさん 2023/03/30 11:37:50
    まさにドラマティック!!
    ポテさん こんにちは(^ ^)

    とてもドラマティックな話しを拝見できて思わずコメントいたしましたm(_ _)m

    立花宗茂の関ヶ原の戦いのその後は全く知らなかったのですが、そんな夢のような展開があったなんて感動しました。
    宗茂が浪人になってもなお支えたい家臣達の忠誠心、そこまで慕われるほどの魅力の持ち主の宗茂。
    最後は皆の願いが全て叶うハッピーエンド!
    私の大好きな展開です(^ ^)
    ただ、あの厳しい時代にこんなミラクルが起きてるなんて想像もつかなかったこと。
    神様はいるんだなぁとしみじみ思いました。

    柳川から秋月へと移動されて、清流庵の宿泊棟の石積みの門に驚き、里山の長閑な風景にも歴史が残っていて、そしてそこにもまたドラマがあり、清涼感が胸に残る素敵な旅行記、ありがとうございます♪

    たまスケ

    ポテのお散歩

    ポテのお散歩さん からの返信 2023/04/01 13:34:19
    Re: まさにドラマティック!!
    たまスケさん こんにちは。

    も~、恥ずかしい旅行記にコメントを頂いて、
    ありがとうございます(^-^;

    この時期は、立花宗茂の本を読んで 勝手に悦に入っていたので
    にわかウンチクばかりのコメントで。。。
    今更書き直すわけにもいかず、放っているのです(^▽^;)

    本当に、家臣に慕われたお殿様っているんですね♪
    この人も、大河ドラマの出演者になった事が無いので、
    もし配役をするなら誰がいいかな~なんて
    勝手に考えて悦に入っています(#^.^#)

    でもね~、皆さんの様な 面白かったり楽しいコメントが出来なくて
    苦し紛れに にわか仕込みのウンチクを書いて、コメント欄を
    埋めているけど、いい加減 辞めなくちゃ~って反省してます(^-^;
    旅行記を書くのって、難しいですね。

    こんな旅行記にコメントを下さって、ありがとうございます(*^-^*)

      ポテ
  • 白い華さん 2018/05/04 16:47:01
    桜が 美しい~! 季節・・に 「九州 柳川 & 秋月」へ。
    今日は。
    病気で 辛い!時期を 慰めてくれた・・・日本の 歴史本。
    そんな 歴史本で、知識を 深めて、「興味を 持つ。 旅を してみる」って、 素敵な キッカケ。動機。
    訪れる! 土地も、「また、その 本で 得られた!知識と 共に、 深み!を 増して 楽しまれたこと」と 思います。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーー
    私も 先日は、「千葉 野田市 『 醤油の ふる里・巡り 』 を 楽しんできました。 今は、「キッコーマン」を 中心!に 稼働している。のですが、
    その 「醤油!の キッコーマン」を 作った。のが、 茂木家 & 高梨家・・・の 「野田観光ポイント!にも なっている・・・2軒」ナンデス。

    その 「高梨家」は、 「アメリカなど 海外からは、 得体の 知れない!と 思われてしまうだろう・・・の 時代に 
     「黒い!液体・調味料」の 『 醤油 』 を 
    世界へ・・・と 輸出を 開始。 広めた! キッコーマンの 始まり!の 家柄」。

    そして 
    「高梨家!の その後・・・の ご当主(何代目 か ?)は、
    「アメリカの コカ・コーラ (日本では、「黒い! ジュース」と 全く・・・馴染まれなかったモノ!を 輸入する・・を 始めた!人物)
    と 

    その 「黒い! 液体・同士」は、 
    現在は、 お互い・・・の 国。 世界の家々。に 「無くては ならない 調味料。 飲み物・・・として 当たり前!に ある・・・生活を 支える 食品」と なっている。 (♪)

    近々、「野田 旅行記」を ご披露!して、 10日から 『 地中海クルーズ 』 に 出発します。 是非、 ご覧くださいね。

    そう~ 長々・・・と 書いてしまいました。が
    そうゆう、 「知識を 持って・・・の 旅」って 「しみじみ、 いいなぁ~」って 感慨を 覚えますよね。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーー
    私も、「柳川」には さげもん・・・の 季節。 3月頃、旅した。ので
    『 尾花 』 の 旧家!での 華やかな さげもん。ひな壇。
    とても、記憶に 残っています。

    (前編)『 春雨の・・・九州巡り! 3日間 <24,500円・・・の 旅> 』 (太宰府。柳川・・・熊本タウン。フェリーで 島原へ。)
    https://4travel.jp/travelogue/10651337

    「どんこ船!で 柳川を 巡って、 名物の 「セイロ蒸し」と 味わい!も たのしめたようで 良かったですネ。

    『 秋月 』 の ムードある・・・6室だけ!の お宿。
    こちら!も 「いつも・・・らしい~! センスの良さ」が 溢れてて 素敵~っ。
    「石橋。 石畳・・・の 風景」が 旅ポテさんを 癒してくれただろう」と 思いながら、 旅行記・・・を 読み進めました。

    季節も 良くなり、 ご夫妻で 「素敵な 旅!へ・・・」と 行ってくださいね。

    旅行記・表紙・・・の ストーリー!も とても、面白くて 
    思わず 「醤油 & コーラ・・・の 黒い!液体」の お話。を 述べたくなりました。 (笑)
      これからもよろしくお願いします。 

    ポテのお散歩

    ポテのお散歩さん からの返信 2018/05/04 23:03:55
    RE: 桜が 美しい?! 季節・・に 「九州 柳川 & 秋月」へ。
    白い華さん こんばんは。
    もう出発のカウントダウンが始まっている時に 
    返信や書き込みをして下さって、ありがとうございます。 

    「野田 旅行記」のアップ前に 黒い調味料&黒いジュースのお話を教えて下さって、旅行記のアップが楽しみになっています。  今では世界の国々に受け入れられているお醤油ですが、情報量の少なかった時代は、黒い液体は 摩訶不思議で 馴染めなかったでしょうね。

    子供の頃の シュワ〜っとしたコーラを初めて飲んだ時の驚きは、かすかに覚えています。 その後 スプライトやファンタが出てきて、炭酸飲料は欠かせなくなりました。
    野田市にある 茂木家と高梨家が 世の中に送り出したものなんですね。

    そういった歴史を少しでも知ったら、街の風景が 一味違って見えてくるので楽しいです。 野田の旅行記と共に、地中海クルーズもワクワクします。 白い華さんの目に映った光景を 旅行記を通して拝見出来る時が、とっても楽しみです。 

    道中気を付けて 楽しんで来て下さいね。
    旅行記を ゆっくり焦らず楽しみにしています (*^^*)

      ポテ

  • 旅猫さん 2018/04/29 10:34:28
    立花宗茂
    ポテさん、こんにちは。

    G.W.はいかがお過ごしでしょうか。
    こちらは、昨日鎌倉へ散歩に行き、今日は家でのんびりしています。
    そんなわけで、続けて柳川の旅行記も読ませていただきました。

    立花宗茂、好きな武将の一人です。
    童門冬二さんの本も読みましたが、八尋舜右さんのも読んだことがあります。
    葉室麟さんの「無双の花」も読んだ記憶が。
    立花道雪(戸次鑑連)に高橋紹運、彼らがいた頃の大友氏は無敵でしたね。
    その後は、無茶苦茶でしたけど(^^;
    先日、大友氏が惨敗した耳川の古戦場を列車で渡りましたよ。

    北原白秋って、柳川の出身だったのですね。
    知りませんでした(^^;

    柳川と言えば掘割。
    船で巡るのが有名ですね。
    ここでも、雛祭りには飾り付けがされるのですね。
    最近、雛祭りの季節には、各地で行われていますよね。
    房総の勝浦で観てきました。

    宿は秋月でしたか。
    しかも、あの「清流庵」。
    前に訪れた時、趣のある構えだったのでよく覚えています。
    羨ましいです。
    素敵な庭があったのですね。
    しかも広くて静かで風情もあって。
    居ながらにして花見ができるのもいいですね。

    それにしても、懐かしいです。
    秋に訪れたので紅葉でしたが、桜の季節もまた違った風情がありますね。
    寅さんが歩いた、あの川沿いの道も観られたのですね(^^)
    秋月の町は、自然も豊かで懐かしい感じがしていい街ですよね。
    今度は、桜の季節に訪れてみたくなりました。
    出来れば「清流庵」に泊まりたいものですが。

    旅猫

    ポテのお散歩

    ポテのお散歩さん からの返信 2018/04/29 17:22:48
    RE: 立花宗茂
    旅猫さん 鎌倉散歩の余韻の中、こちらにもコメント下さって ありがとうございます。 昨年は家に居る事が多かったので 本を読む機会が増えました。
    ブック〇フで『上杉鷹山』を手に取ったのをきっかけに 同じ童門冬二さんの『立花宗茂』も読んで ハマったんです。

    八尋舜右さん・葉室麟さんのお二方は知りませんでした。
    今度 探してみます。
    柳川は 立花宗茂をNHKの大河ドラマにと運動しているようでしたが、この人なら 面白いドラマになるかもと 私も期待しています。

    秋月種実の末裔が鷹山だった事で 秋月に興味があり、柳川に近かったので宿を取りました。 色んなブログで“清流庵”を知り ちょっと奮発しました。
    やはり旅猫さんはすでに秋月に行かれていて、清流庵も出て来たのでビックリでした。 桜の時期を少し外して行ったのですが、今年の桜の時期が早く ラッキーな事に満開の時に当たりました。 清流庵の敷地だけで 桜や紅葉が楽しめて、部屋に広い温泉があるので、価格以上の満足感がありました。 地元の方は 日帰りランチ&温泉で楽しんでおられるようです。

    旅猫さんの歩かれた秋は 紅葉が素晴らしくて、また秋に行ってみたいです。
    川沿いの白壁の道は 寅さんの映画に出て来るのですね。
    グーグルで 何処の景色なのか、頑張って探しました(*^^*)

    恵利暢尭の腹切岩にも行ってみたかったのですが、坂を上って 結構歩きそうなので止めました(^-^;  旅猫さんは 数時間しかおられなかったのに、広い範囲を巡られていたので 健脚で歩くのが速い方なんだと よく分かりました。

      ポテ
  • zunzunさん 2018/04/24 22:28:20
    柳川♪
    ポテちゃん、こんばんは~☆

    桜が見頃でちょうどよかったね~~~♪
    柳川の情緒のある街並みには桜が似合うよ。

    川下りもこの季節はとってもいいね。
    橋の下をくぐるのはスリリングだけど楽しそうだよ。

    そして歴史のお勉強もさせてもらったよ。
    ふむふむと思いながら読ませていただきました。

    柳川ね、2月に福岡へ行った時に最終日に行く予定だったのだけど、
    前夜に雪が降ったので止めたのであったぁ。
    そしたらポテちゃんに見せてくれたよ。ありがとー^^

    私、苦手な食べ物が一つある。それは鰻なのであった。。。
    もし柳川へ行っても食べれなかったよん^^



    zun

    ポテのお散歩

    ポテのお散歩さん からの返信 2018/04/25 16:04:34
    RE: 柳川♪
    zunちゃん こんにちは。
    もうすぐ出発だし パッキングやら予定の確認やらで忙しいのに
    書き込み下さって ありがとうね。

    柳川の半日観光、楽しかったよ♪
    冬だと コタツに入っての舟巡りだそうだけど、雪が降ると辛いよね。
    いつかまた 機会があれば行ってみてね。

    zunちゃんは ウナギが苦手なのね。
    我家の昨年の土用の丑は スーパーのウナギだったから、
    久しぶりに ウナギ屋さんの鰻重を食べて 満足したよ♪

    今年は 地元の桜は知らない間に終わってしまったけど、
    旅先でお花見が出来たので嬉しかったです(*^^*)

    zunちゃん、気を付けて行って来てね。
    一杯 楽しんでね♪
    素敵な旅行記を 焦らず楽しみに待っています〜(^^)/

      ポテ
  • 前日光さん 2018/04/17 16:54:42
    柳川も秋月も。。。
    風情ある町ですよねぇ(*^_^*)

    こんにちは、ポテさん。
    今日は朝から少し肌寒いですね。
    冬物をクリーニングに出してしまったので、少しだけ残したセーターを
    毎日着ています。
    明日まで寒いらしいですね。
    暑いよりは好きなのですが、それでも寒暖が交互にやってきて、天候について行くのが大変です。

    今回は柳川・秋月といった福岡の中でも、趣ある所にいらしたのですね。
    「御花」は、実は修学旅行の引率で訪れ、ここで昼食の鰻重をいただきました。
    修学旅行生用のためか、味の方はイマヒトツだったような?
    でも松濤園などの庭園を眺め、しばしゆっくりできました。

    柳川には、白秋の生家があるのですよね!
    私は白秋の詩が大好きでして、特に彼の漢字と平仮名の使い分けがすばらしいと思うのです。
    ここでスペードのクイーンの表紙でお馴染みの復刻版「思ひ出」を入手出来て、とてもうれしかったことを思い出します。

    あかしやの金と赤とがちるぞえな。
    かはたれの秋の光にちるぞえな。
    片恋の薄着のねるのわがうれひ。
    曳舟の水のほとりをゆくころを。
    やはらかな君が吐息のちるぞえな。
    あかしやの金と赤とがちるぞえな。

    「片恋」という題名のこの詩、素敵だと思いませんか?

    秋月中学校、訪れたのは数年前の3月11日でした。
    ちょうど校舎からチャイムの音が聞こえてきたのが、震災の起きた2時46分に近いときでした。
    旅を楽しんでいる自分に少しばかり気が咎めながら、合掌したことを思い出します。
    秋月の宿は、とてもゆったりできてお庭も広そうですね。
    私が訪ねた頃は、ちょうど「軍師官兵衛」が放送されていて、黒田氏と秋月藩との関わりも知ることが出来ました。
    杉ノ馬場に桜が満開!
    美しい光景です。
    お陰様で見ることができました。


    前日光

    ポテのお散歩

    ポテのお散歩さん からの返信 2018/04/17 21:44:54
    RE: 柳川も秋月も。。。
    前日光さん こんばんは。
    こちらも寒くて 一度箪笥にしまった冬服を引っ張り出しました。
    毎日 何を着たらいいのか悩みます(^-^;

    一昨年・昨年は 一番体調の悪い時で、買い物以外は外出も出来ない状態でした。
    そんな時、辛さを少しでも忘れさせてくれたのが 読書でした。
    ただ活字を目で追っているだけで 頭に入っていないのですが、時間が過ぎるのが 一番早い気がしました。

    その本の主人公が 立花宗茂や秋月種実達で、そこから臼杵や柳川・秋月に興味を持ちました。 特に秋月は 何かのきっかけが無いと、訪れる機会が少ないと思うのですが、中学校の修学旅行の旅程に入っているのは 少し驚きました。 今の私には とても魅力のある旅程です。

    北原白秋の事は 柳川出身くらいしか知らなくて、生家を見学するまでは童謡作家だと思っていました(>_<)  「片恋」の詩も、私にとって 童謡以外に知った初めての詩です。 「あかしやの紅葉」を見てみたいという 新たな旅の目標が出来ました。 葉が散り始める時に この詩が浮かんだら、きっと素敵な光景でしょうね。
    素敵な詩を教えて下さって ありがとうございます。

    今週末、本を読んで興味を持った最後の主人公の地に向かいます♪
    辛い時に支えられた物語の地に 元気になったら行きたいと思っていて、こうして旅行が出来るようになったので、感謝しています。 完治とまではいきませんが、お薬と時間にお任せして 気長に行こうと思っています。 (*^^*)
       ポテ
  • rinnmamaさん 2018/04/16 21:00:44
    長閑な風景
    ポテさん、こんばんは

    この所、朝晩はヒンヤリして羽織物がいりますね!
    私は歴史に疎いのでポテさんの歴史考に感心致しました。

    前回の臼杵城の大友宗麟の名前は覚えました(苦笑)
    ただ、今回の家臣の3名の方のどなたも知らないのです・・
    でも、ポテさんの詳しい説明で、おぼろげに分かりかけたという感じです。

    柳川自体は知っておりましたが立花宗茂という、人に慕われたお殿様がいらしたとは・・また、ひとつ知識が増えました。
    豊臣に付いたという事で流転の人生が始まる・・今の世の中でも出世街道なる物がありますので、人生どちらに転ぶか分かりませんが、このように誰からも慕われる方は何か持っているんでしょうね~また、旧領地に戻れたんですから・・

    どんこ舟も天気が良くて良かったですね(^^)ほっこりいたしました。
    300年前の地図でも歩けるなんって素敵な街・・
    外国みたいに変わらない場所もあるんですね~

    秋月のお宿も風情があって、立派なお屋敷だったんでしょうね。
    どんなに広いお庭なんでしょう・・ビックリです。
    外国のマナーハウスの日本版ですね!これだけの敷地の管理だけでも凄い事です。
    幾らお商売とはいえ歴史ある木々も残こして、保存して下さるなんって嬉しいですね~

    何時も素敵な旅館に逗留されてセンスの良さを感じます。
    何処かノンビリと温泉に行きたくなりました(^^)


    rinnmama

    ポテのお散歩

    ポテのお散歩さん からの返信 2018/04/17 16:50:13
    RE: 長閑な風景
    rinnmamaさん こんにちは。
    いつも書き込みを下さり ありがとうございます。

    私も歴史については ほとんど知らないのです (^-^;
    一昨年・昨年と、一番 体調の辛い時には 近くのスーパーへ買い物に行く以外に
    外出する事が出来ませんでした。
    その時に 束の間、辛さを少し忘れる事が出来たのが 読書でした。
    ただ字を追っているだけで あまり頭に入らないのですが、
    他の事をするよりは 時間が経つのが早く感じました。

    立花宗茂は その頃に読んだ本の主人公の一人だったんです。
    家臣達が せっせと働いて、お殿様を養ってあげるのが 何とも微笑ましくて、
    最後には 再び旧領地に戻って終わるのが軽快で心に残りました。

    今週末に もう一人の主人公の街へ行くのですが、辛い時に支えられた本なので
    思い入れを持って 自分の旅の記録にしようと思っています。

    長い説明文の旅行記なのに、見て下さって恐縮です(^-^;
    明日から また暑くなるようで、体調管理が大変ですね。
    着る物に悩む毎日です(*^^*)

      ポテ
     

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