2018/03/05 - 2018/03/12
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azianokazeさん
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南インド・ホスペットから、ガイド同行のローカルバスでバーダーミに移動。近郊のバッタダカルにあるチャールキヤ朝寺院群をまず観光します。
それはいいとして、バーダーミに移動するバス旅で困った事態に。おなかの調子が・・・・。こんなときこそガイドがいると助かります。
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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昨日(3月7日)に撮影したホスペットのバスターミナル。
珍しく外国人も。観光地ハンピの宿泊都市ですから。
今日(3月8日)は、ハンピは後回しにして、まずホスペットからバーダーミに移動。バーダーミ及びその郊外のパッタダカルル、アイホーレのチャールキヤ朝寺院群・遺跡を観光します。
(ハンピ観光はバーダーミから戻る明日・明後日の予定)
今日からは、専用車はなく、ガイド氏と二人です。ローカルバスなどで少しでも現地の雰囲気を感じられたら・・・。
なお、ガイド氏は「14年間この仕事をしているが、バスを使うような旅行は初めてだ」とか。頑張ってください。頼りにしています。
どのバスで行くのか、どこで乗り換えるのか、バスの発車時刻・・・面倒なことはすべてガイドまかせ。お気楽です。
南インドの現地語がチンプンカンプンのガイド氏は苦戦していますが、英語やヒンディー語でなんとか。
まず百キロ余り北上したイルカールに向かい、そこでバスを乗り換えて西のバーダーミに向かうことに。(【歩き方】では、反対まわりのGadag経由が紹介されていますが、ほぼ同じような距離です。) -
ホスペットからイルカール、イルカールからバーダーミ、各2時間ほどを予定。
長時間のバス旅はトイレなど心配もあるのですが、まあ、2時間なら・・・と気にしていませんでした。
ホスペットを出て1時間ほどすると、なんだかおなかの具合が・・・。昨夜のチキン・マサラ(写真)がかなりスパイシーだったせいでしょうか。
量が多く、あまりたくさん残すのも失礼かと思い、頑張ったのが・・・。
こういう場面では、最悪事態を想像して心理的に追い詰められます。
イルカールまであと20分あまりといったところで、ギブアップ。
一人旅では“ギブアップ”も容易ではありません。バスの運転手とのやり取り、降りてどうするのか?目的地まではどうするのか?・・・等々。
その点、今回はガイドがいます。「すいません。バスを止めてください。おなの調子がよくありません。ここで降ります」
ガイド氏は面食らっていましたが、事態は切迫しています。運転手とのやり取りがあって「あと5分がまんできますか?」「多分」「10分は?」「無理かも」
再び運転手と交渉。ある街に入ったところで降りることに。 -
当然、写真など撮っている場合ではないので、そのときの写真はありません。
降りた市街地で、(トイレがある)バスターミナルの場所を確認。通りがかったトラックと交渉してターミナルまで連れていってもらいます。
すべてガイド氏が交渉。私は、バスを降りたことで心理的に楽になり、具合も小康状態。
バスターミナルのトイレで用を足すと、そのままイルカールに向かうバスに乗車して、すぐに発車。(F1レースのピットインみたいなあわただしさです)
具合はそんなにひどくなく、落ち着いていたからいいようなものの、普通なら少し休憩してから・・・というところでしょう。
まあ、そのあたりの細かい気遣いの問題はありますが、とにもかくにも、このピンチを無事に乗り切れただけで、(観光場所に関する予備知識はゼロのガイド氏ですが)ガイド同行の価値はありました。
写真は、そのトイレ避難した町からイルカールへ向かうバス車内。
目の前の女性のピアスが気になって・・・・3か所ピアスです。特に、上の突き抜ける矢じりのようなピアスが・・・。
南インドの女性は一般的にピアスが大好きなようです。人によってもっと多い人もいるとか。また鼻にも。 -
イルカールのバスステーション。ここで乗り換えてバーダーミに向かいます。
バスと言うと、一般的には待ち時間が長く、いつ発車するのやら・・・という感じですが、この日も、翌日も、バスの待ち時間はほとんどありません。
すでにスタンバイしているバスに乗車、乗車したらすぐに発車。
よほど便数が多いのでしょう。 -
イルカールに向かうバスの車内から。
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同上
写真を撮っているのに気づくと、ポーズをとってくれました。 -
お昼頃にバーダーミに到着。
トイレ“ピットイン”があった割には、予定に近い時間で着きました。 -
13年前に南インドを一人で回ったとき、カニャークマリかトリヴァンドラムで乗ったバスには窓ガラスがありませんでした。(枠だけ。暑いので、窓を閉めることもありませんから・・・。雨の時は・・・どうするのでしょうか)
今回のバスは、ローカルバスですが、写真のようにまともです。インドも変わった・・・ということでしょうか。
これからどういう形で観光するか、ガイド氏と相談。
オートリクシャーをチャーターして・・・という私の提案にはガイド氏も同意。
パッタダカル、アイホーレに加え、バーダーミ観光も今日中にすますか、明日午前に回すかで議論。
相手の言葉を遮って「いいですか!ちょっと聞いてください」とったやり取りも。
結局、3か所すべて今日回ることに。(なるべく早くホスペットに戻り、メインのハンピ観光の時間を長くとりたかったので) -
バーダーミの街並み
まずホテルにチェックイン。ホテルはバスステーションの斜め向かい。 -
ホテルは、表通りから短いアーケードをくぐった奥の敷地に。
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左手、ホテルの斜め向かいはバスステーションです。
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部屋に荷物を置いて、すぐに観光へ。
ホテル前で、ガイド氏はオートリクシャーとの交渉。 -
ガイド氏の交渉の結果、1000ルピーでパッタダカル、アイホーレ、バーダーミの箇所を回ってくれることに。
大体、想定していた価格です。ガイド氏は、最初の言い値をどれだけ安くさせたか力説していました。その調子でこれからも頑張って。
ガイド氏も専用車で回るだけよりは、やりがいがあるのでは・・・。
お金は、1日の最初の1000~1500ルピーをガイド氏に渡しておき、その日の支払いはすべてガイド氏が行い、ホテルに戻ってから、ガイド氏のメモに基づいて不足分額を清算する形。 -
中国よりもひどいと言われる大気汚染の解消の鍵として期待されるのが電気自動車(EV)。
モディ首相は、「2030年までに完全EV化」という野心的な目標を掲げていますが、政権内部からトーンダウンの発言も出ているようです。
まあ、それはそれとして、10年後にはオートリクシャーもEV化が進んでいる・・・・のでしょうか? -
でもって、バーダーミから東に20~30kmほどのパッタダカルに到着。
寺院群は広い公園のような敷地内にあります。
その向かいには食事をする店なども。 -
観光の前に昼食を。
看板に描かれているミールス(ターリー)をオーダー。 -
店先ではチャパティー(フスマ入りの小麦粉を水で練って、薄く焼いたもの)を焼いています。
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奥では男性がおかずを盛りつけ。
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隣のお菓子屋さん。クリーム入りパンが美味しそうです。
ガイド氏にも勧められましたが、もうミールスが出来上がりますので、今回はパス。 -
出てきたミールス
看板に描かれたものとは違って随分質素ですが、100円あまりのお値段ですから。
ガイド氏からの指示があったのか、スパイスはほとんど使われておらず、クセのない味でした。 -
食事を終えて、入園。入場料は500ルピー。インド観光地は最近、従来の2倍に一斉値上げされています。インド物価からするとちょっと高額です。
例によってガイド氏は入り口で待機し、ひとりで見てまわります。
パッタダカルを含め、バーダーミ周辺遺跡はチャールキヤ朝のものですが、“チャールキヤ朝”なんて初めて耳にする名前です。
古代から中世にかけてのインドの王朝で、3系に分けられるそうですが、バーダーミのチャールキヤ朝は、6世紀中頃から8世紀中頃にデカン地方、南インドを支配したヒンドゥー王朝(543年頃 - 753年)で“前期チャールキヤ朝”とも。
一時首都であったバーダーミを奪われたチャールキヤ朝は、パッタダカルの町を、王家の新たな根拠地としたようです。 -
****パッタダカルの建造物群****
インドのカルナータカ州北部に位置する村パッタダカル。ここには6世紀から8世紀に建てられた9つのヒンドゥー教寺院があります。チャールキヤ朝の王族は「戴冠の都」としてパッタダカルを愛し、この都市に多くの寺院を築きました。
現存する9寺院はすべて宇宙の破壊と創造を司るヒンドゥー教のシヴァ神を祀ったもので、これらの遺跡には南インドの王領各地から集められた石工や彫刻家たちの携えてきた経験と技術が集積しいます。
インドには北方型と南方型の寺院があり、パッタダカルの建造物群ではその両方が見られるスポットとしても知られています。
様式の異なるヒンドゥー教寺院が混在する遺跡であることが評価され、1987年に「パッタダカルの建造物群」としてユネスコ世界遺産に登録されました。【世界遺産オンラインガイド】
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パッタダカルの諸寺院はチャールキヤ朝の宗教建築最盛期を成すもので、インドの東部や中部の寺院にも大きな影響を与えているようです。
これらの寺院群は切り出した石を積み上げて造られています。
北から南にかけてほぼ年代順で、小さいものから大きなものへと並んでいるのも特徴です。
ヒンドゥー寺院建築の過程を見ながら見学するのにも最適です。【同上】
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写真左からカダシッデーシュワラ寺院、ガラガナータ寺院(木の後ろ)、ジャンプリンガ寺院、サンガメーシュワラ寺院(中央)、ヴィルーパークシャ寺院(右から3番目・奥)、カーシー・ヴィシュヴェーシュワラ寺院、マリカールジュナ寺院(右) -
一番北(写真左)に位置しているカダシッデーシュワラ寺院から始めます。
なお、寺院名など、勘違いもあるかも。そのあたりはご容赦ください。 -
カダシッデーシュワラ寺院
丸味のある砲弾型の北方型寺院です。中には、シヴァ神の象徴「リンガ」があります。
遺跡公園の中で最も古い寺院です。 -
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カダシッデーシュワラ寺院の「リンガ」。
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左がガラガナータ寺院、右はジャンプリンガ寺院 ともに北方型です。
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ガラガナータ寺院
砲弾型のシカラをもち、その頂部には球根型のアーマカラが載っている形状が、北方型の特徴を示しています。 -
ガラガナータ寺院
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ガラガナータ寺院のレリーフ
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ジャンプリンガ寺院
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サンガメーシュワラ寺院 南方型です。
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シカラは三段のピラミッド状で、壁にはレリーフが施されています。
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サンガメーシュワラ寺院のレリーフ
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南方型のマリカールジュナ寺院
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左手前が南方型のマリカールジュナ寺院 右奥は北方型のカーシーヴィシュワナータ寺院
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マリカールジュナ寺院入口のレリーフ
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マリカールジュナ寺院内部
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柱のレリーフ
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リンガが祀られています。
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マリカールジュナ寺院のリンガ
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パッタダカルで最も大きな8世紀に建てられたヴィルパークシャ寺院 南方型寺院です。
全体像がわかる写真がなかったので【世界遺産オンラインガイド】より画像を拝借。
“740年代前半にチャールキヤ朝8代目の王ヴィクラマーディチ2世(在位733~744年)が宿敵パッラヴァ朝との戦いに圧勝しました。王の妃ローカマハデーヴィが夫の戦勝の記念にパッタダカル随一の寺院建立を命じ造られたものです。”【同上】
マリカールジュナ寺院と形状・装飾が似ていますが、こちらのヴィルパークシャ寺院の方が、一回り大きくなっています。
同時期の建立ですが、大きさの差は、ヴィルパークシャ寺院が第1夫人、マリカールジュナ寺院は第2夫人によるものということで、その力関係の反映とか。 -
外壁にはほぼ隙間がないほど彫刻が施され、本堂はピラミッド型3段構成の南方型。
この寺院は有名なエローラのカイラーサ・ナータ寺院のモデルになったとも言われています。 -
2016年2月に訪れた、エローラのカイラーサ・ナータ寺院
時期的には、8世紀中ごろから建設を始めたということですから、ヴィルパークシャ寺院のすぐ後です。
ヴィルパークシャ寺院をモデルにしながらも、より壮大なものを・・・ということで、岩山から切り出す方法で建造 そのため100年を要したとか。 -
ヴィルパークシャ寺院のポーチ
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ヴィルーパークシャ寺院壁面の装飾
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ヴィルーパークシャ寺院の装飾
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建物内部の柱など、マリカールジュナ寺院同様に美しく装飾されています。
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寺院の付属施設のような構造物
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ヴィルーパークシャ寺院の向かいにあるナンディ堂に大勢の人が。
覗いてみましょう。 -
黒光りするナンディの前で、地元の方々が何か捧げものを。
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ナンディ堂から望むサンガメーシュワラ寺院(手前)とガラガナータ寺院(奥)
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ナンディ堂の儀式も終わったようです。
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私もそろそろ引き揚げることに。
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サンガメーシュワラ寺院
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同上
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北方型のガラガナータ寺院(手前)とカダシッデーシュワラ寺院(中央)
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ガラガナータ寺院(右)、サンガメーシュワラ寺院、ヴィルーパークシャ寺院(中央奥)
パッタダカルの遺跡公園観光を終えてアイホーレに向かいますが、写真枚数も多くなったので、次編で。
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