2017/06/29 - 2017/07/02
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パルファンさん
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旅の最後は、パリ街歩きで過ごす3日間。
今回は3か所ほど行ってみたいところを
ピックアップしておいて・・
*ナバラの旅関連で、ザビエルがパリの大学に通い寮に入っていた所
*イグナチウス・ロヨラ等とイエズス会を立ち上げた教会
*パリのマルシェ、赤い子供の市場
そして、ソルドが始まったパリの情景を!
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
何の写真か、って? パリのモンパルナス駅、タクシー乗り場に
入ってきたバイクタクシー。
タクシーが長蛇の列のため、動き易いバイクで運ぼうと・・
しっかり装備させ、後ろに荷物と共に乗せて~
一番下の写真は、タクシー乗り場でその様子を見守っている人たち。 -
30分強タクシー乗り場で並んで、オペラ近くのホテルへ。
立地がよくいかにもパリらしい古いエレガントさが・・
ロビーからと、部屋からの写真二枚 -
翌日出かけるノルマンデー、カーンの電車切符を買いに
サン・ラザール駅に。 -
広告塔をみると、あぁ~ここはパリ!
-
次いでバスク地方では食せれなかった、醤油味の中華レストランを
さがして~ -
フォションの前を通って・・
-
食前酒を楽しむカフェの前を通って
-
マドレーヌ寺院を横にみて
-
横からの陽射しをうけた建物の側を
-
折しも、ソルド(バーゲンセール)の始まったウインドを覗いて
-
バンドーム広場のオベリスクを横に見ながら
-
ピンクの上下を着こみ颯爽と歩く高齢女性に目をとめ
-
パリ・サントノーレ通り沿いにあるサン・ロック教会の前に来て
-
その横にはブリジット・タナカの小物アーティストのお店
(人だかりは何なのかわからなかった~) -
石畳のパッサージュ サン・ロックを歩いて~
-
やっと中華にありついて・・かなり歩いたこともあっておいしかった!
広告パネルはピカソの最初の妻、オルガ・ピカソについての資料展が
ピカソ美術館で催されるというもの -
夜9時近くになって、やっと明かりが灯ったカフェ
-
まだ、まだ人はと切れないけれど、
バスクからの長い一日を終えホテルに。 -
朝、ホテル近くのオスマン通り角のカフェでコーヒー。
サン・ラザールから21番のバスでルーブル・リボリに。 -
以前からちょっと惹かれていたパレロワイヤルのカフェに入って
ランチ -
小雨がぱらつくが、窓越しの光景はしっとりと落ち着いて~
-
コメディフランスの前の広場は大好きな空間
-
ルーブル・リボリから67番のバスに乗って降りたのはピガール広場
-
モンマルトルの雰囲気が漂う~
-
クリシー通りは中央が緑地帯になって広く気持ちがいい~
-
マルティル通りを進んでいくと目指している<殉教記念礼拝堂>の
道に出るのだが・・ -
魅力的なコーナー ホテルも素敵そう
-
ヴィンテージショップ、観光客目当てだろうなぁ
-
loftがあるよ。マルティル通りから、この道(ヴォンヌ・タック)を入ると
<殉教記念礼拝堂> -
はい、こちらが礼拝堂
ここは、聖ドニと2人の弟子たち(聖リュスティック、聖エルテール)の
殉教地とされているそう
でも、訪れる人々の多くは、この礼拝堂の地下聖堂(クリプト)に。 -
聖堂の歴史は壮大なものがあるが、今回はイエズズ会結成の場所
ということに注目。
1534年8月15日午前中、イグナチオ・デ・ロヨラはパリ大学の学生で
フランシスコ・ザビエル含む6人の同志と共に誓願をたてる。 -
自分の生涯を捧げ、神の栄光のため、また人々の救いのために働くという
崇高な誓い。
その6年後には教皇パウロ3世によって正式に<イエズズ会>として
認可されたという。 -
イエズス会創立の第一歩がここだったというのを、旅行前に調べ、
ナバラでザビエルの生地等を見てきたこともあり
今はやりの<ザビエル巡礼>をしようと思ったわけで・・・ -
アヴェマリアを歌う女性、<聖ドゥニの殉教>という8世紀の浅浮彫り、
番をしているご老人。 この礼拝堂入場は無料、でも、日本語の
冊子も頂くし、心付けは当然でしょうね。 -
誓願宣立の銅版画
-
傘もいらなくなったので、ブラブラ界隈を歩いて~
-
モンマルトルの丘に続くので全体にのぼり坂。
-
話には聞いたことがあったが、「ジュテームの壁」に出て。
世界中の言語で“あいしてます”を書いている。 -
折しも韓国人の若い娘二人。老夫婦の要望に応えポーズをとってくれて~
日本の女の子では、こんなポーズは無理だろうなぁと思いながら・・ -
ちょっと華やいだ気分で、モンマルトルを下るバス停に向かって
-
雨上り、滑らないように・・
-
下町っぽい通りを
-
いろいろなお店を覗きながら
-
路の交差が楽しい通りを
-
出てきたのはクリシー広場
この辺で一休みし、81番のサン・ラザール行きに乗りホテルに。
よく歩いたなぁ~ -
翌日10時ごろ20番のバスで3区にある
市場 <レ・ザンファン・ルージュ>に。向こうに見えるのは3区の区庁舎。 -
<carreau du temple> グーグルの地図では文化センターと書かれている。
19世紀の屋根付き市場だったそう~ 時代と共に衰退し以後、
どう活用するか住民投票で文化・スポーツ活動に使うとなったという~
鉄骨なのに、エレガントなのが魅力的 -
区庁舎のある公園の側を通って
-
市場への指示表示。 ブルーで彩られたコーナー
-
入り口のアーチに Maruche des Enfants Rouges とある
直訳すると、<赤い子ども達の市場> -
16世紀、この場所には修道孤児院があり、「神の子」と
呼ばれていた子供たちがキリストの慈善を象徴する
赤い服の洋服を着ていたことに由来しているそう~ -
1777年に孤児院がシテ島に移されたのち屋根つきの常設市場となり
現在では歴史建造物にも登録。
とってもキュートな子供を優しげに見守る父! -
一時閉鎖されていたが、2000年にリニュアルオープン。
現在では、新鮮な食材、フレンチをはじめ、モロッコのクスクスや
和食など多国籍の軽食・レストランが軒を連ねている~ -
マルシェの外は又雨・・こんな日は屋内式なので雨の日でも楽しめる。
-
3区庁舎の傍のタンプル広場沿いに写真のパネルが並ぶ
-
ポーランドの写真家Wladyslaw Slawnyの写真らしい~
-
心惹かれるパネル写真が多かったのだが、彼については調べたがわからない。
何気ない光景だが、いかにもパリらしい~ -
公園横のブルターニュ通りからバスに乗ってバスティーユ広場まで。
-
バスティーユ広場の近くにあるレストランで友人ご夫妻とランチ。
いかにも古いイメージのあるフレンチレストラン -
レストランで別れ、バスティーユから86番のバスで5区に。
コレッジ ド フランス(写真)で降りて~ -
ここでの訪問箇所は旅行最後の仕上げ、ザヴィエルが学んだパリ大学。
-
先ずはザヴィエルが学んだという聖バルブ学院を探して路地へ。
突き当り奥から3軒目。 住所はまさに正しいのだが今は全く別のもの。 -
司馬遼太郎の<街道をゆく>の<南蛮のみちⅠ>にザヴィエルと
イグナティウス・デ・ロヨラの出会い、経緯がかなり詳しく書かれている。 -
ロヨラは15歳年下のザヴエルを仲間にしようと目をつけたが、
彼はロヨラを避けていた。ロヨラはモンテーギュ学院からバルブ学院に
移り、寄宿舎の部屋まで同室にし、接近をはかったそう~ -
ロヨラとの出会いから4年を経て、ザヴィエルは僧の道に入ることを決める。
1534年、ロヨラ、ザヴィエルほか数人でモンマルトルの丘に出かけて、
イエズス会結成の誓いをたてることになったわけで・・
前日行った<殉教記念礼拝堂> -
現在の聖・バブル学院
-
手前が聖ジュヌヴィエーヴ図書館で、門衛に断って建物の中に
いれてもらう。 -
中は吹き抜けの大きなカウンターを持つ図書館。
-
司書らしき人に当時の聖バブル学院の場所を尋ねたがわからないよう~
-
中庭の一辺の建物はサン・バブル学院とよめる~
-
場所を定かに確定できなかったことに不満は残ったが
同じバスク人のロヨラとザヴィエルが過ごしたであろう所を歩いて・・ -
司馬遼太郎と同伴の画家の須田剋太らが寄ったというレストラン
ル・クープ・シュ Le Coupe-chou -
司馬遼太郎はカルチェ・ラタンの細い小路まではいりこんで、学校を訪ね
若いザヴィエルが歩いたであろう場所と時代を偲んでいたわけだが、
我々もその真似事をしてみた散策♪ -
カルチェ・ラタンから歩いてセーヌ河畔にきて。
河畔でのショット。
右下は丁度徒歩旅行からパリに戻ったブログ友と
オフ会もどきを楽しみ別れて~ -
最後に、定番のギャラリー・ラファィエットでチーズを購入。
店頭で買う時、棚から持ってきたチーズ類も一緒に真空パック包装を
してくれる親切な女性。代金は?
アイコンタクトでいらないって! -
2017年の旅行、一年近く旅行記を抱えていて・・
次の出発までには完成させないと、との思いも何とかクリアしました。
長い間ありがとうございました。
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この旅行記へのコメント (8)
-
- mistralさん 2018/04/12 20:30:57
- ザヴィエルゆかりの地で
- パルファンさん
こんばんは。
メッセージをお送りするのは初めてでしょうか。
たまたまパルファンさんの旅行記を発見して
ザヴィエルの足跡を辿られた、とのコメントに
興味を持ちました。
丁度、司馬遼太郎さんの 南蛮のみち を読んでまして
ロヨラが画策して?ザヴィエルに近づき
やがては聖職者への道に入ることとなった
きっかけの地がパリでしたね。
よくその地を探し当てられましたね。
本で読んで興味を持ち、その地に実際立った時
感慨もひとしおなものがありますね。
今後ともどうぞよろしくお願い致します。
mistral
- パルファンさん からの返信 2018/04/13 19:26:47
- RE: ザヴィエルゆかりの地で
- mistralさん、 はじめまして〜
お名前は他の方のコメントなどで拝見していたかと思いますが
直接は初めてですね。(忘れただけよ!なんて事だったら恥ずかしい〜)
「南蛮の道」はお読みになられたのですね。
平易な文で、歴史的逸話があり、関係の場所を旅行するには
重宝な紀行文でした。
海外に行く時は、行く場所に関連した、本、映画を調べチェックする
というのは怠らないようしてますが・・
mistralさんはいかが?
シチリアでのレンタカーの旅、じっくり見せて頂いてます!
パルファン
- mistralさん からの返信 2018/04/14 13:51:46
- RE: RE: ザヴィエルゆかりの地で
- パルファンさん
コメント、ありがとうございました。
>
> お名前は他の方のコメントなどで拝見していたかと思いますが
> 直接は初めてですね。(忘れただけよ!なんて事だったら恥ずかしい〜)
そうなんです!
最近はトラベラーの方のお名前をなかなか覚えられず、
苦労しています。
たしかにパルファンさんのお名前は、よくお邪魔する方々の掲示板で
お見かけしていましたし、
時には拝見もしておりました。
> 「南蛮の道」はお読みになられたのですね。
> 平易な文で、歴史的逸話があり、関係の場所を旅行するには
> 重宝な紀行文でした。
>
まだ読み終わらずにいます。
紀行文なので、読んでいるうちに
実際に行ってみたくなりますね。
今回ザヴィエルの出身地について書かれていて興味を持ちました。
> 海外に行く時は、行く場所に関連した、本、映画を調べチェックする
> というのは怠らないようしてますが・・
> mistralさんはいかが?
私もです。
読んだから行きたくなる時、
本で読んで心に残っていた地に、たまたま巡り合わせからか立つことになったり、、、
> シチリアでのレンタカーの旅、じっくり見せて頂いてます!
>
パルファンさんの旅行記、
ピレネー近辺は20代のころ旅した懐かしい地で、
帚木さんの小説に登場するカタリ派にまつわる地でもあり、
また巡礼道、最後の100キロは歩いたとはいえ
一番歩いて見たかった地です。
私もこれから拝見させていただきます。
mistral
- パルファンさん からの返信 2018/04/15 00:10:12
- Re: 帚木蓬生
- mistralさん
帚木蓬生の小説、「白い夏の墓標」ですね?
だいぶ前にわくわくしながら読んだ記憶が・・
最近では、「カシスの舞い」を読みました。
南仏マルセイユの近くのカシス海岸が舞台で、読み終わり
カシスが何故舞台になったのか分る・・
医療もので敬遠していたのですが。
長いフライトの時に携えてもいいかな?
巡礼路、結局憧れに終わってしまいました~
mistralさんの巡礼記、ゆっくり読ませて頂きます。
パルファン
- mistralさん からの返信 2018/04/15 09:34:49
- RE: Re: 帚木蓬生
- パルファンさん
おはようございます。
メッセージ、たくさんの投票、そしてフォローも
いただき、ありがとうございました。
後ほど私もフォローさせていただきますね。
旅のスタイルに共感できる方との出会い!
は嬉しいことです。
> 帚木蓬生の小説、「白い夏の墓標」ですね?
> だいぶ前にわくわくしながら読んだ記憶が・・
> 最近では、「カシスの舞い」を読みました。
> 南仏マルセイユの近くのカシス海岸が舞台で、読み終わり
> カシスが何故舞台になったのか分る・・
> 医療もので敬遠していたのですが。
> 長いフライトの時に携えてもいいかな?
私が帚木さんの著書に出会った最初は
「聖灰の暗号」でした。
私がバスク、ピレネーあたりに格別の関心を抱いていることを知った
友人から勧められて読み始め
その勢いから帚木さんシリーズを次々読んでいきました。
白い夏、、カシスの、、、
などなど読んでいると時の過ぎるのを忘れます。
他にも日本国内、韓国など舞台のものも。
> 巡礼路、結局憧れに終わってしまいました?
> mistralさんの巡礼記、ゆっくり読ませて頂きます。
パルファンさんこそ
終わってしまった?とおっしゃらず
時はまだまだ用意されているように思います。
私の巡礼道歩きはサポート付き!のもの。
当時の参加者の平均年齢が70才とおっしゃってました。
その折の同行した友人は、再びこの五月
フランス側の巡礼道を100キロほど歩きます。
mistral
- パルファンさん からの返信 2018/04/16 00:00:34
- RE: RE: Re: 帚木蓬生
- mistralさん、
> 私が帚木さんの著書に出会った最初は
> 「聖灰の暗号」でした。
そうでした! その本が最初でした、パルファンも。
その後は、敬遠する分野もありますが、ま読んでいるほうかな?
> 当時の参加者の平均年齢が70才とおっしゃってました。
歩くのは無理でも、サンチャゴの道に添ってみたいと思い
計画したのが、ミディピレネー・ナバラの旅でした〜
パルファン
-
- pedaruさん 2018/04/09 11:31:17
- 次の旅の前に
- パルファンさん
おはようございます。
いつものように おしゃれな街歩き、 パリの街は パルファンさんに よくお似合いです。
旅行記の作成は 次の旅が始まる前に完成させるのが 理想です。
私はその理想も果たせずに 今 ギリシャに来てしまいました。
慣れないタブレットで 、 音声入力で書いています。
次は絵のある 旅行記を 切望しております‥
pedaru
- パルファンさん からの返信 2018/04/09 23:36:28
- Re: 次の旅の前に
- わっ! ギリシャからコメント頂けるなんて!
国内で書いているより、文の成り立ちがぐっと紳士的ですね!
あぁ~ びっくり記号の多い事!
音声入力なんて先端をいっているし・・
でも、ブログ見てたら旅行の方が手薄になりますし、ほどほどにね。
お元気で旅を楽しんでください! ありがとうございました。
パルファン
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