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〔旅のテーマ〕<br />○“愛国主義者”の同級生M氏に韓国を体感してもらう。<br /><br />〔同行者〕<br />高校・大学の同級生で旅仲間のM氏(37)<br />http://4travel.jp/traveler/no-337/<br /><br />〔日程〕<br />1日目<br />20:00 東京国際空港(羽田)発(NH867)<br />22:30 金浦国際空港着<br />&lt;宿泊先&gt;ニュー国際ホテル<br /><br />2日目<br />■タッチンミ(南大門市場、朝食)<br />■ソウル駅<br />■南山ケーブルカー<br />■Nソウルタワー<br />■安重根義士記念館 <br />■東大門明洞タッカンマリ 本店(東大門、昼食)<br />■東大門デザインプラザ(DDP)<br />■京東市場、清涼里青果物市場<br />■ソウル韓方振興センター、ソウル薬令市韓医薬博物館(ソウル薬令市場)<br />■emart 清渓川店 <br />■河南テジチッ 明洞1号店(夕食)<br />■ダイソー 明洞駅店 <br />&lt;宿泊先&gt;ニュー国際ホテル<br /><br />3日目<br />■曹渓寺<br />■従軍慰安婦少女像(日本大使館前)<br />■景福宮<br />■青瓦台、青瓦台サランチェ<br />■大韓民国歴史博物館<br />■シボンチッ市庁店(昼食)<br />■ソウル市立美術館<br />■徳寿宮<br />■韓国銀行貨幣金融博物館<br />■ロッテマート金浦空港店<br />20:30 金浦国際空港発(NH868)<br />22:30 東京国際空港(羽田)着<br /><br />※1000ウォン≒100円(現地両替店でのレート)

二匹のおっさんソウル旅

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2018/03/02 - 2018/03/04

14427位(同エリア27506件中)

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norisuke

norisukeさん

〔旅のテーマ〕
○“愛国主義者”の同級生M氏に韓国を体感してもらう。

〔同行者〕
高校・大学の同級生で旅仲間のM氏(37)
http://4travel.jp/traveler/no-337/

〔日程〕
1日目
20:00 東京国際空港(羽田)発(NH867)
22:30 金浦国際空港着
<宿泊先>ニュー国際ホテル

2日目
■タッチンミ(南大門市場、朝食)
■ソウル駅
■南山ケーブルカー
■Nソウルタワー
■安重根義士記念館
■東大門明洞タッカンマリ 本店(東大門、昼食)
■東大門デザインプラザ(DDP)
■京東市場、清涼里青果物市場
■ソウル韓方振興センター、ソウル薬令市韓医薬博物館(ソウル薬令市場)
■emart 清渓川店
■河南テジチッ 明洞1号店(夕食)
■ダイソー 明洞駅店
<宿泊先>ニュー国際ホテル

3日目
■曹渓寺
■従軍慰安婦少女像(日本大使館前)
■景福宮
■青瓦台、青瓦台サランチェ
■大韓民国歴史博物館
■シボンチッ市庁店(昼食)
■ソウル市立美術館
■徳寿宮
■韓国銀行貨幣金融博物館
■ロッテマート金浦空港店
20:30 金浦国際空港発(NH868)
22:30 東京国際空港(羽田)着

※1000ウォン≒100円(現地両替店でのレート)

同行者
友人
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
鉄道 高速・路線バス タクシー 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • “愛国主義者”の同級生M氏(http://4travel.jp/traveler/no-337/)に、とにかく一度、韓国を体感してもらおうと長年の説得が功を奏し、妻に特別許可を得たうえで、ついに旅行当日を迎えることができた。<br /><br />当日は半休を取得し、16時ごろ自宅を出発。最寄りの横浜駅からは、電車(京急)で羽田空港へ。いつもはリムジンバス(京急)を利用していたが、目的地が国際線ターミナルの場合、二つある国内線ターミナルを経由するため、50分ほど要するのが難点だった。ところが電車だと、なんと乗り換えなしできっかり23分!これからは電車にしようと心に決めた。<br /><br />17時ごろ、国際線ターミナルでM氏と合流し、ターミナル内をしばし探検後、出国ゲートへ。独身貴族のM氏は“マイル修行”により、昨年、めでたくスーパーフライヤーズカード(SFC)を取得。保安検査の列に並ぶ小生を横目に、彼は悠々と優先レーンを通り過ぎて行った=写真=。

    “愛国主義者”の同級生M氏(http://4travel.jp/traveler/no-337/)に、とにかく一度、韓国を体感してもらおうと長年の説得が功を奏し、妻に特別許可を得たうえで、ついに旅行当日を迎えることができた。

    当日は半休を取得し、16時ごろ自宅を出発。最寄りの横浜駅からは、電車(京急)で羽田空港へ。いつもはリムジンバス(京急)を利用していたが、目的地が国際線ターミナルの場合、二つある国内線ターミナルを経由するため、50分ほど要するのが難点だった。ところが電車だと、なんと乗り換えなしできっかり23分!これからは電車にしようと心に決めた。

    17時ごろ、国際線ターミナルでM氏と合流し、ターミナル内をしばし探検後、出国ゲートへ。独身貴族のM氏は“マイル修行”により、昨年、めでたくスーパーフライヤーズカード(SFC)を取得。保安検査の列に並ぶ小生を横目に、彼は悠々と優先レーンを通り過ぎて行った=写真=。

    羽田空港 第3旅客ターミナル 空港

  • 出国後、SFC保有者のM氏に引き連れられて、「ANA LOUNGE」でお相伴にあずかった。さすがに羽田をハブにするナショナルフラッグキャリアのビジネスラウンジだけあり、高級感にあふれ、広々として快適だった。

    出国後、SFC保有者のM氏に引き連れられて、「ANA LOUNGE」でお相伴にあずかった。さすがに羽田をハブにするナショナルフラッグキャリアのビジネスラウンジだけあり、高級感にあふれ、広々として快適だった。

    羽田空港国際線 ANAラウンジ (110番ゲート付近) 空港ラウンジ

  • 空港の夜景を見ながら、旅の抱負を語りつつ飲むビールは実にうまかった。M様、ありがとうごぜいやした m(_ _)m

    空港の夜景を見ながら、旅の抱負を語りつつ飲むビールは実にうまかった。M様、ありがとうごぜいやした m(_ _)m

  • 優先搭乗のM氏やそうでない小市民の小生ら、日韓の旅行者でほぼ満席の全日空機(NH867)は定刻、ソウル・金浦空港に向け羽田空港を出発。2時間半という短いフライトで慌ただしい空気の中、機内食(鰻玉丼)をおいしくいただいた。

    優先搭乗のM氏やそうでない小市民の小生ら、日韓の旅行者でほぼ満席の全日空機(NH867)は定刻、ソウル・金浦空港に向け羽田空港を出発。2時間半という短いフライトで慌ただしい空気の中、機内食(鰻玉丼)をおいしくいただいた。

  • ほぼ定刻、金浦(キンポ)国際空港に到着した。かつては韓国・ソウルの空の玄関として隆盛を誇った同空港も、今では哀愁漂う地方空港のような雰囲気。ターミナル内のいたるところに、平昌オリンピック、パラリンピックのマスコットがあって五輪一色といったようすで、M氏も早速、到着ゲートにあったPRボードの前で記念撮影。

    ほぼ定刻、金浦(キンポ)国際空港に到着した。かつては韓国・ソウルの空の玄関として隆盛を誇った同空港も、今では哀愁漂う地方空港のような雰囲気。ターミナル内のいたるところに、平昌オリンピック、パラリンピックのマスコットがあって五輪一色といったようすで、M氏も早速、到着ゲートにあったPRボードの前で記念撮影。

    金浦国際空港 (GMP) 空港

  • 着いて早々、景色のない地下鉄(空港鉄道)での移動は味気ないということにで、タクシーでホテルに向かうことに。羽田、大阪、北京から計6便の到着が重なる夜のピークということもあって、ターミナル前の「一般タクシー」(車体がオレンジまたはシルバー)乗り場は、利用客で長蛇の列だった=写真=。<br /><br />一方で、一般タクシーと並んで客待ちをする、料金は高いがサービスが良く、外国人観光客向けという、「模範タクシー」(車体が黒)の利用客は皆無。韓国の経済紙であるヘラルド経済の「模範タクシー 25年~『模範』の涙」と題した記事によると、日本や中国からの観光客が減り、「模範」利用者はピークの半分近くに減ったといい、模範ドライバーのなり手がなく高齢化も著しいとのこと。<br /><br />経済大国になって久しい韓国。首都ソウルでのタクシードライバーのマナーは大いに向上したとされ、タクシーの乗り方、注意点などを含め、ネットによる事前の情報収集に余念がない日本人観光客の増加などが、「模範」を不要にさせたのだろうと納得。社会、経済構造の変化による“淘汰の現場”をまじまじと見せつけられたような気がして、得もいえぬ心境になった。

    着いて早々、景色のない地下鉄(空港鉄道)での移動は味気ないということにで、タクシーでホテルに向かうことに。羽田、大阪、北京から計6便の到着が重なる夜のピークということもあって、ターミナル前の「一般タクシー」(車体がオレンジまたはシルバー)乗り場は、利用客で長蛇の列だった=写真=。

    一方で、一般タクシーと並んで客待ちをする、料金は高いがサービスが良く、外国人観光客向けという、「模範タクシー」(車体が黒)の利用客は皆無。韓国の経済紙であるヘラルド経済の「模範タクシー 25年~『模範』の涙」と題した記事によると、日本や中国からの観光客が減り、「模範」利用者はピークの半分近くに減ったといい、模範ドライバーのなり手がなく高齢化も著しいとのこと。

    経済大国になって久しい韓国。首都ソウルでのタクシードライバーのマナーは大いに向上したとされ、タクシーの乗り方、注意点などを含め、ネットによる事前の情報収集に余念がない日本人観光客の増加などが、「模範」を不要にさせたのだろうと納得。社会、経済構造の変化による“淘汰の現場”をまじまじと見せつけられたような気がして、得もいえぬ心境になった。

  • そんな私たちも一般タクシーに乗車。その運転手が飛ばすこと、飛ばすこと。もう少しで、“ゆっくり走ってもらえませんか”というフレーズを、スマホの翻訳アプリで調べそうになったほど(゚Д゚ )<br /><br />運転手が頑張ってくれたおかげで、空港から20分ほどで、ソウル市庁の裏にある「ニュー国際(クチェ)ホテル」に到着。料金は約2万ウォン(≒2千円)。東京無線だったら、この速度でこの時間を考えると、5~6千円はくだらなかっただろうと、ソウルのタクシー料金の安さを実感した。

    そんな私たちも一般タクシーに乗車。その運転手が飛ばすこと、飛ばすこと。もう少しで、“ゆっくり走ってもらえませんか”というフレーズを、スマホの翻訳アプリで調べそうになったほど(゚Д゚ )

    運転手が頑張ってくれたおかげで、空港から20分ほどで、ソウル市庁の裏にある「ニュー国際(クチェ)ホテル」に到着。料金は約2万ウォン(≒2千円)。東京無線だったら、この速度でこの時間を考えると、5~6千円はくだらなかっただろうと、ソウルのタクシー料金の安さを実感した。

  • “(日本からの)ツアーで利用されるホテルとしての歴史は随一”(『ソウルの達人最新版』黒田福美、講談社)という同ホテルは、 大学で所属していた研究室の卒業旅行(2004年)で宿泊して以来2度目の利用。旅行予約サイト「Expedia」で予約したスタンダード ツインルーム(2泊で約1万7千円、2部屋予約)=写真=は広く、近年リニューアルされたのかとてもきれいで3日間快適に過ごせた。

    “(日本からの)ツアーで利用されるホテルとしての歴史は随一”(『ソウルの達人最新版』黒田福美、講談社)という同ホテルは、 大学で所属していた研究室の卒業旅行(2004年)で宿泊して以来2度目の利用。旅行予約サイト「Expedia」で予約したスタンダード ツインルーム(2泊で約1万7千円、2部屋予約)=写真=は広く、近年リニューアルされたのかとてもきれいで3日間快適に過ごせた。

    ニュー クッチェ ホテル ホテル

  • 何といっても同ホテル最大の売りは、市庁の裏という立地の良さ。部屋からは、ソウルのメインストリートである太平路や、塔屋が特徴のソウル市議会議事堂(旧京城府民館)などを見下ろすことができた=写真=。

    何といっても同ホテル最大の売りは、市庁の裏という立地の良さ。部屋からは、ソウルのメインストリートである太平路や、塔屋が特徴のソウル市議会議事堂(旧京城府民館)などを見下ろすことができた=写真=。

  • 0時過ぎには就寝し、翌朝は6時半ごろ起床。M氏とは7時半に1階ロビーで待ち合わせ、ホテルを出発した。ちなみに写真のコンビニは、ホテル1階に入居する「GS25」(24時間営業)。ミネラルウォーターや夜食のカップ麺を買い求めるなど、滞在中は大変心強く、実に重宝した。

    0時過ぎには就寝し、翌朝は6時半ごろ起床。M氏とは7時半に1階ロビーで待ち合わせ、ホテルを出発した。ちなみに写真のコンビニは、ホテル1階に入居する「GS25」(24時間営業)。ミネラルウォーターや夜食のカップ麺を買い求めるなど、滞在中は大変心強く、実に重宝した。

  • ソウルフィナンシャルセンターなどの高層ビルに取り囲まれたニュー国際ホテル。

    ソウルフィナンシャルセンターなどの高層ビルに取り囲まれたニュー国際ホテル。

  • ソウルの街は本当に平昌オリンピック、パラリンピック一色。街中のいたるところにマスコットの人形が立っていて、写真はホテルに隣接する韓国プレスセンター前にあったもの。写真左の白虎はオリンピックのマスコット「スホラン」で、右の黒熊はパラリンピックのマスコット「バンダビ」。滞在中、何百回も目にするとさすがに愛着が湧くもので、帰りの空港で息子へのおみやげとして、スホランのニット帽を購入してしまった。

    ソウルの街は本当に平昌オリンピック、パラリンピック一色。街中のいたるところにマスコットの人形が立っていて、写真はホテルに隣接する韓国プレスセンター前にあったもの。写真左の白虎はオリンピックのマスコット「スホラン」で、右の黒熊はパラリンピックのマスコット「バンダビ」。滞在中、何百回も目にするとさすがに愛着が湧くもので、帰りの空港で息子へのおみやげとして、スホランのニット帽を購入してしまった。

  • ソウル図書館(旧ソウル市庁舎)=写真=はホテルからすぐの場所。ソウルナビによると、1926(大正15)年に京城府庁舎として建てられ、戦後はソウル市庁舎として使用された。2012(平成24)年、約4年にわたる改修工事の末、図書館として生まれ変わった。“日韓ワールドカップの時、この建物の前の広場(ソウル広場)が、赤一色に染まったんだよ”とM氏に話すと、“へぇー”とやや驚いた様子で、広場の風景をデジカメに収めていた。

    ソウル図書館(旧ソウル市庁舎)=写真=はホテルからすぐの場所。ソウルナビによると、1926(大正15)年に京城府庁舎として建てられ、戦後はソウル市庁舎として使用された。2012(平成24)年、約4年にわたる改修工事の末、図書館として生まれ変わった。“日韓ワールドカップの時、この建物の前の広場(ソウル広場)が、赤一色に染まったんだよ”とM氏に話すと、“へぇー”とやや驚いた様子で、広場の風景をデジカメに収めていた。

    ソウル図書館 (旧ソウル市庁舎) 博物館・美術館・ギャラリー

  • 韓国旅行の先輩として、M氏にうんちくを語りながら歩いていたら、いつの間にかに一行は南大門(ナンデムン、崇礼門)の前に立っていた。ウィキペディアによると、李氏朝鮮時代の1398年に、遷都されたばかりの漢城(現在のソウル)の南門として建設され、1962(昭和37)年には韓国の国宝第1号に指定された。しかし、2008(平成20)年の放火事件により大部分を消失。2013(同25)年に復元され、現在は一般公開もされている。当日は営業時間(9~18時)前の訪問だったため、内部に入ることができず、記念撮影をして立ち去った。

    韓国旅行の先輩として、M氏にうんちくを語りながら歩いていたら、いつの間にかに一行は南大門(ナンデムン、崇礼門)の前に立っていた。ウィキペディアによると、李氏朝鮮時代の1398年に、遷都されたばかりの漢城(現在のソウル)の南門として建設され、1962(昭和37)年には韓国の国宝第1号に指定された。しかし、2008(平成20)年の放火事件により大部分を消失。2013(同25)年に復元され、現在は一般公開もされている。当日は営業時間(9~18時)前の訪問だったため、内部に入ることができず、記念撮影をして立ち去った。

    崇礼門 (南大門) 建造物

  • 南大門に隣接して広がる南大門市場(シジャン)は、土曜の午後が一週間の中で最も混雑するというが、8時半ごろはまだ開店前の店が多く、歩く人もまばら=写真=。それでもすでに営業していた衣料や食品店など、日本ではあまり見かけない活気のあるようすに、M氏は目を見張っているようだった。

    南大門に隣接して広がる南大門市場(シジャン)は、土曜の午後が一週間の中で最も混雑するというが、8時半ごろはまだ開店前の店が多く、歩く人もまばら=写真=。それでもすでに営業していた衣料や食品店など、日本ではあまり見かけない活気のあるようすに、M氏は目を見張っているようだった。

    南大門市場 市場

  • ソウルにやって来て初めての食事は、市場内の太刀魚横丁という細い路地にある、鶏の煮込みスープ専門店の「タッチンミ」で、同店を訪れるほとんどの人が注文するという、タッコムタン(鶏煮こみスープ)定食(8千ウォン)をいただいた。多くのガイドブックに掲載される同店だけに、日本人客もいるだろうと店に入ったが、当日は現地の人たちだけだった=写真=。

    ソウルにやって来て初めての食事は、市場内の太刀魚横丁という細い路地にある、鶏の煮込みスープ専門店の「タッチンミ」で、同店を訪れるほとんどの人が注文するという、タッコムタン(鶏煮こみスープ)定食(8千ウォン)をいただいた。多くのガイドブックに掲載される同店だけに、日本人客もいるだろうと店に入ったが、当日は現地の人たちだけだった=写真=。

    タッチンミ (カンウォンチッ) 地元の料理

  • 店内の片隅では、アジュモニ(おばさん)が煮鶏の身を軽快にほぐしていた。

    店内の片隅では、アジュモニ(おばさん)が煮鶏の身を軽快にほぐしていた。

  • 鶏のエキスがたっぷり染み出た、あまり塩気のないスープは、胃にやさしく染みわたり、ホッとする味。特製の醤油ダレにつけていただく、ゴロゴロ入った鶏のむき身は、生後半年以上の老鶏を使用しているといい、地鶏とはまた違う噛み応えがあってこちらも秀逸だった。パンチャン(おかず)のキムチもいいアクセントで、すべてが大満足!次は妻子を連れて再訪したいと心に決め、同店を後にした。<br /><br />“あのスープの既食感は何だろう”ー。旅行中、そのことがずっと頭の片隅に残っていたが、帰国後、有楽町の交通会館地下にあった、鶏料理店「とりめし ぼん」(2012年閉店)の鶏スープだ!ということを思い出した。以前の勤務先に近かったため足しげく通った、もう二度と味わえぬ青春の味に、まさかソウルで再会できるとは思わなかった。

    鶏のエキスがたっぷり染み出た、あまり塩気のないスープは、胃にやさしく染みわたり、ホッとする味。特製の醤油ダレにつけていただく、ゴロゴロ入った鶏のむき身は、生後半年以上の老鶏を使用しているといい、地鶏とはまた違う噛み応えがあってこちらも秀逸だった。パンチャン(おかず)のキムチもいいアクセントで、すべてが大満足!次は妻子を連れて再訪したいと心に決め、同店を後にした。

    “あのスープの既食感は何だろう”ー。旅行中、そのことがずっと頭の片隅に残っていたが、帰国後、有楽町の交通会館地下にあった、鶏料理店「とりめし ぼん」(2012年閉店)の鶏スープだ!ということを思い出した。以前の勤務先に近かったため足しげく通った、もう二度と味わえぬ青春の味に、まさかソウルで再会できるとは思わなかった。

  • “(ソフトバンクの)お父さん!”ー。屋台の看板犬なのか、ただの野良犬なのかは不明。

    “(ソフトバンクの)お父さん!”ー。屋台の看板犬なのか、ただの野良犬なのかは不明。

  • 南大門市場から15分ほど歩くとソウル駅に着いた。高速鉄道KTXをはじめ、空港鉄道AREXなどが乗り入れ、1日に約32万人が利用するソウル駅の旧駅舎=写真=は、日本統治時代の1925(大正14)年に完成。赤レンガとドームが特徴で、当時は東京駅に次ぐ東洋第二の規模であったという。2004(平成16)年のKTX開業により役目を終え、2011(同23)年に複合文化空間「文化駅ソウル284」として生まれ変わった。

    南大門市場から15分ほど歩くとソウル駅に着いた。高速鉄道KTXをはじめ、空港鉄道AREXなどが乗り入れ、1日に約32万人が利用するソウル駅の旧駅舎=写真=は、日本統治時代の1925(大正14)年に完成。赤レンガとドームが特徴で、当時は東京駅に次ぐ東洋第二の規模であったという。2004(平成16)年のKTX開業により役目を終え、2011(同23)年に複合文化空間「文化駅ソウル284」として生まれ変わった。

    国鉄ソウル駅

  • 改札が無かったので、ヨーロッパのターミナル駅のような、ホーム全体が大きな屋根で覆われた、明るくとても開放的な低床ホームまで、自由に行くことができた。韓国版新幹線とも言われるKTXの始発駅ではあるが、乗降客らで終日ごった返す、東京駅の新幹線ホームの喧騒とはほど遠い雰囲気=写真=。<br /><br />東海道新幹線の輸送人員が1億6千5百万人(2015年、JR東海ホームページ)であるのに対し、KTXは半分にも満たない6千万人(同、ウィキペディア)だというが、それだけでは納得できないほどの閑散としたようすに、時間があれば新幹線、高速鉄道の日韓比較をしてみたいと思った。

    改札が無かったので、ヨーロッパのターミナル駅のような、ホーム全体が大きな屋根で覆われた、明るくとても開放的な低床ホームまで、自由に行くことができた。韓国版新幹線とも言われるKTXの始発駅ではあるが、乗降客らで終日ごった返す、東京駅の新幹線ホームの喧騒とはほど遠い雰囲気=写真=。

    東海道新幹線の輸送人員が1億6千5百万人(2015年、JR東海ホームページ)であるのに対し、KTXは半分にも満たない6千万人(同、ウィキペディア)だというが、それだけでは納得できないほどの閑散としたようすに、時間があれば新幹線、高速鉄道の日韓比較をしてみたいと思った。

  • 写真は駅構内にあった韓国軍人、在韓米軍人の専用ラウンジ。日韓両国のどちらが“普通の国”なのかということは別として、多くの人が行き交う駅の中に、軍人専用のラウンジがあるということに、率直に驚いた。そして、日本と同様、韓国国内における駐留米軍の存在の大きさを認識させられた。

    写真は駅構内にあった韓国軍人、在韓米軍人の専用ラウンジ。日韓両国のどちらが“普通の国”なのかということは別として、多くの人が行き交う駅の中に、軍人専用のラウンジがあるということに、率直に驚いた。そして、日本と同様、韓国国内における駐留米軍の存在の大きさを認識させられた。

  • コンコースを突っ切って駅の反対側(西口)に出た。オフィスビルが林立するソウル駅正面(東口)とは打って変わり、丘の斜面に住宅が建ち並ぶ生活感あふれる風景が広がっていた=写真=。

    コンコースを突っ切って駅の反対側(西口)に出た。オフィスビルが林立するソウル駅正面(東口)とは打って変わり、丘の斜面に住宅が建ち並ぶ生活感あふれる風景が広がっていた=写真=。

  • 続いてM氏にソウルの街を俯瞰してもらおうと、南山(ナムサン)山頂に建つ「Nソウルタワー」へ。ソウル駅西口からタクシーで、南山ケーブルカー乗り場に移動し、ケーブルカーという名のロープウェー=写真=に乗って、山頂を目指した。

    続いてM氏にソウルの街を俯瞰してもらおうと、南山(ナムサン)山頂に建つ「Nソウルタワー」へ。ソウル駅西口からタクシーで、南山ケーブルカー乗り場に移動し、ケーブルカーという名のロープウェー=写真=に乗って、山頂を目指した。

    南山ケーブルカー その他の交通機関

  • ほんの数分で、世界有数の「愛の南京錠」スポットだという、南山山頂に到着した。

    ほんの数分で、世界有数の「愛の南京錠」スポットだという、南山山頂に到着した。

  • 『世界の都市物語7 ソウル』(姜在彦著、文藝春秋)などによると、南山はソウル市街の南に位置する海抜262メートルの山で、李朝時代は風水思想の朱雀(南)に当たるために重要視され、烽燧(のろし)台も設置された。日本統治期には朝鮮神宮が建てられ、独立後はその跡地に安重根義士記念館などが建設。朴正煕(パクチョンヒ)政権下には中央情報部(KCIA、現国家情報院)が置かれ、所在地名から通称“南山”と呼ばれ、市民から恐れられたという。1971(昭和46)年、テレビ、FMラジオの電波塔(南山タワー、236メートル)が建ち、2005(平成17)年に同タワーが全面改修され、「Nソウルタワー」=写真=になった。

    『世界の都市物語7 ソウル』(姜在彦著、文藝春秋)などによると、南山はソウル市街の南に位置する海抜262メートルの山で、李朝時代は風水思想の朱雀(南)に当たるために重要視され、烽燧(のろし)台も設置された。日本統治期には朝鮮神宮が建てられ、独立後はその跡地に安重根義士記念館などが建設。朴正煕(パクチョンヒ)政権下には中央情報部(KCIA、現国家情報院)が置かれ、所在地名から通称“南山”と呼ばれ、市民から恐れられたという。1971(昭和46)年、テレビ、FMラジオの電波塔(南山タワー、236メートル)が建ち、2005(平成17)年に同タワーが全面改修され、「Nソウルタワー」=写真=になった。

    Nソウルタワー 建造物

  • Nソウルタワーからソウル市街を俯瞰するのは2度目だが、前回(2012年)と同様に感じたことを誤解を恐れずに言うと、“東京って大きいんだなぁ”ということ。数年前に東京スカイツリーの展望台から眺めた、関東平野に沿ってどこまでも続く東京(首都圏)の街並みから受けた衝撃が、それほど大きかったということだろうか。

    Nソウルタワーからソウル市街を俯瞰するのは2度目だが、前回(2012年)と同様に感じたことを誤解を恐れずに言うと、“東京って大きいんだなぁ”ということ。数年前に東京スカイツリーの展望台から眺めた、関東平野に沿ってどこまでも続く東京(首都圏)の街並みから受けた衝撃が、それほど大きかったということだろうか。

  • 帰りは復元された城壁に沿って続く石段を歩いて下山。

    帰りは復元された城壁に沿って続く石段を歩いて下山。

  • 石段を15分ほど下って、南山中腹に建つ「安重根義士記念館」に立ち寄った。同館は、伊藤博文を暗殺した韓国併合前の独立運動家で、現在では“義士”として国民的英雄の安重根(アン・ジュングン、1879-1910)=写真=を記念し、1970年に開館。2010年にリニューアルオープンした。<br /><br />M氏の知人女性との待ち合わせ時間が迫り、駆け足の見学となってしまったためか、M氏は展示内容にあまり関心がない様子。元勲の一人で初代内閣総理大臣である伊藤を暗殺した人間を義士としてあがめ奉る同館を、小生が初めて訪れた時に抱いた恐れや緊張、そしてその後の“気づき”などの体験を、愛国主義者のM氏と共有することができなかったことが悔やまれた。

    石段を15分ほど下って、南山中腹に建つ「安重根義士記念館」に立ち寄った。同館は、伊藤博文を暗殺した韓国併合前の独立運動家で、現在では“義士”として国民的英雄の安重根(アン・ジュングン、1879-1910)=写真=を記念し、1970年に開館。2010年にリニューアルオープンした。

    M氏の知人女性との待ち合わせ時間が迫り、駆け足の見学となってしまったためか、M氏は展示内容にあまり関心がない様子。元勲の一人で初代内閣総理大臣である伊藤を暗殺した人間を義士としてあがめ奉る同館を、小生が初めて訪れた時に抱いた恐れや緊張、そしてその後の“気づき”などの体験を、愛国主義者のM氏と共有することができなかったことが悔やまれた。

    安重根義士記念館 博物館・美術館・ギャラリー

  • 11時半、東大門歴史文化公園駅の地上出入口で、在日韓国人として某市の職員として働き、長いストレートヘアが印象的な、M氏の知人女性と無事に合流することができた。1年ほど前から、韓国旅行にはまっているそうだが、韓国語は、最近やっと簡単な読み書きができるようになったとのこと。<br /><br />2,3か月に1度のペースでソウルを訪れているという女史が、“ランチはぜひここで”と案内してくれたのが、同駅から徒歩5分ほどの場所にある、タンマッカリ専門店「東大門明洞タッカンマリ 本店」=写真=。9度目の訪韓にしてやっと、タンマッカリにありつくことができた。

    11時半、東大門歴史文化公園駅の地上出入口で、在日韓国人として某市の職員として働き、長いストレートヘアが印象的な、M氏の知人女性と無事に合流することができた。1年ほど前から、韓国旅行にはまっているそうだが、韓国語は、最近やっと簡単な読み書きができるようになったとのこと。

    2,3か月に1度のペースでソウルを訪れているという女史が、“ランチはぜひここで”と案内してくれたのが、同駅から徒歩5分ほどの場所にある、タンマッカリ専門店「東大門明洞タッカンマリ 本店」=写真=。9度目の訪韓にしてやっと、タンマッカリにありつくことができた。

    明洞タッカンマリ (巨成店) 地元の料理

  • 漢方薬などの出汁が利いたスープで煮込んだ、ジューシーな鶏肉はもちろんのことだが、テーブルの上にある、トウガラシやからし、しょう油、酢などの調味料を自ら調合して作る漬けダレ=写真=も秀逸で大いに箸が進んだ。

    漢方薬などの出汁が利いたスープで煮込んだ、ジューシーな鶏肉はもちろんのことだが、テーブルの上にある、トウガラシやからし、しょう油、酢などの調味料を自ら調合して作る漬けダレ=写真=も秀逸で大いに箸が進んだ。

  • 二匹のおっさんは女史に引率され、東大門歴史文化公園駅前から路線バスに乗車=写真=。タンマッカリに続き、これまで敷居が高かった路線バスも体験することができた。<br /><br />ハングルの初歩的な読み書きの習得と、スマホアプリのおかげで、路線バスを利用できるようになったという女史。“ソウルの街を縦横無尽に駆け抜ける路線バスを使えるようになって、行動範囲がうんと広がり、ソウルの街の色んな顔を知ることができた”という女史の言葉に、思わず大きくうなずいてしまった。

    二匹のおっさんは女史に引率され、東大門歴史文化公園駅前から路線バスに乗車=写真=。タンマッカリに続き、これまで敷居が高かった路線バスも体験することができた。

    ハングルの初歩的な読み書きの習得と、スマホアプリのおかげで、路線バスを利用できるようになったという女史。“ソウルの街を縦横無尽に駆け抜ける路線バスを使えるようになって、行動範囲がうんと広がり、ソウルの街の色んな顔を知ることができた”という女史の言葉に、思わず大きくうなずいてしまった。

  • バスに揺られること約10分。こちらも初体験の京東(キョンドン)市場に着いた=写真=。<br /><br />韓国旅行サイト「コネスト」によると、ソウル市東部にある京東市場は、生鮮食品を取り扱う在来市場と、漢方薬専門の薬令市場の二つのエリアから成り、広さは約10万平方メートル(東京ドーム約2個分)。“ソウル市民の胃袋”として毎日、多くの人でにぎわいを見せているという。

    バスに揺られること約10分。こちらも初体験の京東(キョンドン)市場に着いた=写真=。

    韓国旅行サイト「コネスト」によると、ソウル市東部にある京東市場は、生鮮食品を取り扱う在来市場と、漢方薬専門の薬令市場の二つのエリアから成り、広さは約10万平方メートル(東京ドーム約2個分)。“ソウル市民の胃袋”として毎日、多くの人でにぎわいを見せているという。

    京東市場 (ソウル薬令市) 市場

  • 週末の午後ということだけあって、市場内は、人、人、人。そして、精肉店の軒先には、鶏、鶏、鶏=写真=。

    週末の午後ということだけあって、市場内は、人、人、人。そして、精肉店の軒先には、鶏、鶏、鶏=写真=。

  • 行きつけの韓国海苔店を案内してくれるという女史。初心者だったら絶対に躊躇してしまうに違いない、細長く続く路地=写真=をズンズンと進む姿が、とても頼もしく見えた。

    行きつけの韓国海苔店を案内してくれるという女史。初心者だったら絶対に躊躇してしまうに違いない、細長く続く路地=写真=をズンズンと進む姿が、とても頼もしく見えた。

  • 途中にあったのは、レ、レンコンの専門店!?(゚Д゚ )

    途中にあったのは、レ、レンコンの専門店!?(゚Д゚ )

  • “よくこんなところ見つけたな”というのが第一印象の韓国海苔店「イルサン商会」=写真=は、ガイドブックなどにも掲載される有名店とのこと。ごま油と塩気のたっぷり効いた、6束1万ウォンの韓国海苔は、わざわざ訪れるだけのことはあって実にうまかった。

    “よくこんなところ見つけたな”というのが第一印象の韓国海苔店「イルサン商会」=写真=は、ガイドブックなどにも掲載される有名店とのこと。ごま油と塩気のたっぷり効いた、6束1万ウォンの韓国海苔は、わざわざ訪れるだけのことはあって実にうまかった。

  • 市場内のいろんな場所で積み上がっていた、乾燥された唐辛子。インターネットなどによると、韓国の唐辛子消費量は、なんと日本の35倍!

    市場内のいろんな場所で積み上がっていた、乾燥された唐辛子。インターネットなどによると、韓国の唐辛子消費量は、なんと日本の35倍!

  • 両側に青果店がぎっしりと並ぶ、長さ200メートルほどのアーケードでは、“リンゴが10個で7000ウォン!”“ぎっしり詰まったイチゴが1パック3500ウォン!”など、果物などの青果物が激安。買い物客でごった返し、前に進むのがやっとだった。<br /><br />南大門や東大門、広蔵市場などの比ではない、市場内にあふれる凄まじい熱気を目の当りにし、“これまで8回、足掛け28年に及ぶ、俺のソウル旅行は一体何だったんだ!”と叫びたくなるほど、最近すっかり小奇麗になったソウルの街に、まだまだ残る情熱的な一面を女史のおかげで体感することができた。

    両側に青果店がぎっしりと並ぶ、長さ200メートルほどのアーケードでは、“リンゴが10個で7000ウォン!”“ぎっしり詰まったイチゴが1パック3500ウォン!”など、果物などの青果物が激安。買い物客でごった返し、前に進むのがやっとだった。

    南大門や東大門、広蔵市場などの比ではない、市場内にあふれる凄まじい熱気を目の当りにし、“これまで8回、足掛け28年に及ぶ、俺のソウル旅行は一体何だったんだ!”と叫びたくなるほど、最近すっかり小奇麗になったソウルの街に、まだまだ残る情熱的な一面を女史のおかげで体感することができた。

    清涼里青果物市場 市場

  • 活気に満ちあふれた在来市場から一転、太田胃酸のような匂いが漂う、薬令市場の方は歩く人もまばらで、ひっそりとした雰囲気。通りに軒を連ねる漢方薬店の店先には、木の実なんだか、皮なんだか、それとも何なんだか見当もつかない品々がずらりと並んでいた=写真=。

    活気に満ちあふれた在来市場から一転、太田胃酸のような匂いが漂う、薬令市場の方は歩く人もまばらで、ひっそりとした雰囲気。通りに軒を連ねる漢方薬店の店先には、木の実なんだか、皮なんだか、それとも何なんだか見当もつかない品々がずらりと並んでいた=写真=。

  • 韓国旅行サイト「コネスト」によると、李氏朝鮮時代この場所には、農民らを治療する医療機関「普済院(ポジェウォン)」が置かれ、当時から韓方専門市場として栄えてきたといい、2017年には、韓国伝統の韓医薬(ハニヤッ)の資料を展示し、体験できる「ソウル薬令市韓医薬博物館」=写真=がオープンした。

    韓国旅行サイト「コネスト」によると、李氏朝鮮時代この場所には、農民らを治療する医療機関「普済院(ポジェウォン)」が置かれ、当時から韓方専門市場として栄えてきたといい、2017年には、韓国伝統の韓医薬(ハニヤッ)の資料を展示し、体験できる「ソウル薬令市韓医薬博物館」=写真=がオープンした。

    ソウル薬令市 韓医薬博物館 博物館・美術館・ギャラリー

  • 博物館を見学後、施設内の「韓方カフェ」でしばし休憩。女性店員お勧めの“スペシャル トラディショナル ティー”=写真=は、煎じられた漢方薬がプカプカと浮かび、まさに“良薬は口に苦し”というお味。こんなものを喜々として飲む女性という生き物がさっぱり分からない、と思ってみたり、みなかったり。

    博物館を見学後、施設内の「韓方カフェ」でしばし休憩。女性店員お勧めの“スペシャル トラディショナル ティー”=写真=は、煎じられた漢方薬がプカプカと浮かび、まさに“良薬は口に苦し”というお味。こんなものを喜々として飲む女性という生き物がさっぱり分からない、と思ってみたり、みなかったり。

  • 発酵させたもち米を油で揚げてシロップなどで甘く味付けした油菓(ユグァ)=写真手前=などの韓国の伝統菓子(韓菓、ハングァ)は、おいしくいただきました。

    発酵させたもち米を油で揚げてシロップなどで甘く味付けした油菓(ユグァ)=写真手前=などの韓国の伝統菓子(韓菓、ハングァ)は、おいしくいただきました。

  • M氏が食品スーパーに行ってみたいとのことだったので、薬令市前から乗った路線バスを途中下車。スーパーに向かう道すがらに横切った蚤の市の露店には、電子部品からアダルトビデオまで種々雑多な品々が並び、行き交う人もほぼ100%オッサンで、筆舌に尽くしがたい空気が漂っていた=写真=。京東市場に続き、またもやディープソウルに出会ってしまった。

    M氏が食品スーパーに行ってみたいとのことだったので、薬令市前から乗った路線バスを途中下車。スーパーに向かう道すがらに横切った蚤の市の露店には、電子部品からアダルトビデオまで種々雑多な品々が並び、行き交う人もほぼ100%オッサンで、筆舌に尽くしがたい空気が漂っていた=写真=。京東市場に続き、またもやディープソウルに出会ってしまった。

  • 土曜日の夕方ということもあり、清渓川(チョンゲチョン)沿いにある総合スーパー「emart 清渓川店」は、買い物客で大混雑だった=写真=。M氏は女史お勧めのハニーバターアーモンドや韓国海苔ふりかけなどを購入したようで、小生は後先考えずにカップ麺を“箱買”。この後ホテルに戻るまで、段ボールを肩に担ぎながら、ソウルの街を移動する羽目になった。

    土曜日の夕方ということもあり、清渓川(チョンゲチョン)沿いにある総合スーパー「emart 清渓川店」は、買い物客で大混雑だった=写真=。M氏は女史お勧めのハニーバターアーモンドや韓国海苔ふりかけなどを購入したようで、小生は後先考えずにカップ麺を“箱買”。この後ホテルに戻るまで、段ボールを肩に担ぎながら、ソウルの街を移動する羽目になった。

    emart (清渓川店) スーパー・コンビニ

  • 買い物後、再び路線バスに乗車したが、週末の大渋滞に遭遇。新設洞駅にほど近いemartから、明洞(ミョンドン)=写真=まで約1時間も要してしまったが、ノロノロと走る路線バスの窓から眺めるソウルの街並みも満更でなかった。

    買い物後、再び路線バスに乗車したが、週末の大渋滞に遭遇。新設洞駅にほど近いemartから、明洞(ミョンドン)=写真=まで約1時間も要してしまったが、ノロノロと走る路線バスの窓から眺めるソウルの街並みも満更でなかった。

    明洞 散歩・街歩き

  • 夕食も女史の案内で、メトロホテル隣の焼肉店「河南テジチッ 明洞1号店 」へ。他では珍しいという行者ニンニクの醤油漬けを巻いていて食べるサムギョプサル=写真=が斬新で、焼酎(ソジュ)も大いに進んだ。<br /><br />最終のピーチ・アビエーション機で帰国するという女史には、在日韓国人が役所で働くということの経験談や、日韓関係に対する思いなどを聞いてみたかったが、残念ながらタイムオーバー。またの機会にぜひ、ありがとうございました。

    夕食も女史の案内で、メトロホテル隣の焼肉店「河南テジチッ 明洞1号店 」へ。他では珍しいという行者ニンニクの醤油漬けを巻いていて食べるサムギョプサル=写真=が斬新で、焼酎(ソジュ)も大いに進んだ。

    最終のピーチ・アビエーション機で帰国するという女史には、在日韓国人が役所で働くということの経験談や、日韓関係に対する思いなどを聞いてみたかったが、残念ながらタイムオーバー。またの機会にぜひ、ありがとうございました。

  • その後、ソウルっ子や日本人観光客らで大盛況の「ダイソー明洞駅店」=写真=へ。帰国してから分かったことだが、実はこのダイソー、日本のダイソー(大創産業)ではないとのこと。中央日報日本語版によると、韓国のダイソーを運営するのは大創亜成産業という韓国資本の企業で、元は大創産業の仕入れ先だったという。<br /><br />大創亜成の製品力を高く評価した大創産業が独占取引を提案したため、その見返りとして、韓国国内での「ダイソー」ブランドの使用を認められたといい、現在は、韓国国内に1000店舗以上を展開。売上は1兆ウォン(1000億円)を超えたとのこと。なるほど、店内の雰囲気や品ぞろえがかなり異なる訳だと、中央日報の記事を読んで合点がいった。

    その後、ソウルっ子や日本人観光客らで大盛況の「ダイソー明洞駅店」=写真=へ。帰国してから分かったことだが、実はこのダイソー、日本のダイソー(大創産業)ではないとのこと。中央日報日本語版によると、韓国のダイソーを運営するのは大創亜成産業という韓国資本の企業で、元は大創産業の仕入れ先だったという。

    大創亜成の製品力を高く評価した大創産業が独占取引を提案したため、その見返りとして、韓国国内での「ダイソー」ブランドの使用を認められたといい、現在は、韓国国内に1000店舗以上を展開。売上は1兆ウォン(1000億円)を超えたとのこと。なるほど、店内の雰囲気や品ぞろえがかなり異なる訳だと、中央日報の記事を読んで合点がいった。

  • 何とも幻想的にライトアップされた韓国銀行貨幣金融博物館(旧朝鮮銀行本店)=写真=などを横目に見ながら、二匹のおっさんは、若者たちでにぎわうソウルの雑踏をトボトボ歩いて、22時ごろホテルに帰還した。

    何とも幻想的にライトアップされた韓国銀行貨幣金融博物館(旧朝鮮銀行本店)=写真=などを横目に見ながら、二匹のおっさんは、若者たちでにぎわうソウルの雑踏をトボトボ歩いて、22時ごろホテルに帰還した。

    韓国銀行 貨幣金融博物館 文化・芸術・歴史

  • 翌朝は6時半ごろ起床。窓からぼんやりと眺めた太平路の路面はしっかり濡れていて、冷たい雨が降っていた。あいにくの天気でがっかり気味の二匹のおっさんは、8時にロビーに集合。チェックアウトと手荷物の一時保管を済ませ、ニュー国際ホテルを後にした。<br /><br />まず目指したのが、昨日の女史推薦の干し鱈スープの老舗店「武橋洞プゴグッチッ 」。ホテルからすぐの場所にあるとのことだったが、まさかの“発見できず”という事態に。仕方なく、周辺で唯一営業していた食堂に入り、小生は骨付きへジャンクッ(酔いさましスープ)=写真=、M氏はビビンパをオーダー。結果として双方おいしくいただいたので、これはこれで良しとした。

    翌朝は6時半ごろ起床。窓からぼんやりと眺めた太平路の路面はしっかり濡れていて、冷たい雨が降っていた。あいにくの天気でがっかり気味の二匹のおっさんは、8時にロビーに集合。チェックアウトと手荷物の一時保管を済ませ、ニュー国際ホテルを後にした。

    まず目指したのが、昨日の女史推薦の干し鱈スープの老舗店「武橋洞プゴグッチッ 」。ホテルからすぐの場所にあるとのことだったが、まさかの“発見できず”という事態に。仕方なく、周辺で唯一営業していた食堂に入り、小生は骨付きへジャンクッ(酔いさましスープ)=写真=、M氏はビビンパをオーダー。結果として双方おいしくいただいたので、これはこれで良しとした。

  • 幸いにも食堂を出ると雨は止んでいた。高層ビルが建ち並ぶ、鐘路(チョンノ)のオフィス街は、休日の朝ということもあり、歩く人や走る車もまばらで、ひっそりとした雰囲気。そんな中、二人は途中にあった韓国仏教の最大宗派、曹渓宗の総本山の曹渓寺(チョゲサ)に立ち寄った。<br /><br />ウィキペディアなどによると、韓国の宗教人口において、キリスト教徒が約3割を占めてトップ。仏教徒は約2割に過ぎないという中で、約1万2000人の僧侶を抱え、韓国仏教界の最大勢力なのが曹渓宗であり、総本山が曹渓寺であるとのこと。<br /><br />境内には、三つの大仏が安置された「大雄殿」=写真奥の建物=などの堂宇が立ち並んでいたが、たくさん吊り下げられた色とりどりの提灯=写真=や、境内のいたる所にお坊さんのゆるキャラがあって、誤解を恐れずに言えば、“荘厳”とはほど遠い様子だった。

    幸いにも食堂を出ると雨は止んでいた。高層ビルが建ち並ぶ、鐘路(チョンノ)のオフィス街は、休日の朝ということもあり、歩く人や走る車もまばらで、ひっそりとした雰囲気。そんな中、二人は途中にあった韓国仏教の最大宗派、曹渓宗の総本山の曹渓寺(チョゲサ)に立ち寄った。

    ウィキペディアなどによると、韓国の宗教人口において、キリスト教徒が約3割を占めてトップ。仏教徒は約2割に過ぎないという中で、約1万2000人の僧侶を抱え、韓国仏教界の最大勢力なのが曹渓宗であり、総本山が曹渓寺であるとのこと。

    境内には、三つの大仏が安置された「大雄殿」=写真奥の建物=などの堂宇が立ち並んでいたが、たくさん吊り下げられた色とりどりの提灯=写真=や、境内のいたる所にお坊さんのゆるキャラがあって、誤解を恐れずに言えば、“荘厳”とはほど遠い様子だった。

    曹渓寺 寺院・教会

  • M氏を引き連れついにやって来たのが、日本大使館前に立つ「慰安婦を象徴する少女像」=写真=。

    M氏を引き連れついにやって来たのが、日本大使館前に立つ「慰安婦を象徴する少女像」=写真=。

    日本大使館 観光名所

  • 2011年の晩秋に初めて訪れた時(http://4travel.jp/travelogue/10728079)と同じく、少女像周辺には警備車両が何台も止まり得も言えぬ空気だったが、少女が見つめる先に建っていたはずの、地方の小規模警察署のような赤茶色の大使館の建物が、跡形も無くなっていたのには驚いた=写真=。<br /><br />聯合ニュースや産経新聞などによると、1970(昭和45)年に建てられた旧日本大使館の建物は、老朽化が進み建て替えが検討されるも、景福宮に近接する歴史地区でることを理由に、長らく韓国政府から許可が下りなかったという。建て替え工事は2015(平成27)年から始まり、地上6階、高さ約30メートルの新大使館は2年後に完成する見通しとのこと。<br /><br />“反日の聖地”といえる場所で、“愛国主義者”のM氏にどんな言葉を投げかければいいのかしばし思いあぐねた小生は、ついに適当な言葉が見つからず、忸怩たる思い出を抱いたままその場を後にした。

    2011年の晩秋に初めて訪れた時(http://4travel.jp/travelogue/10728079)と同じく、少女像周辺には警備車両が何台も止まり得も言えぬ空気だったが、少女が見つめる先に建っていたはずの、地方の小規模警察署のような赤茶色の大使館の建物が、跡形も無くなっていたのには驚いた=写真=。

    聯合ニュースや産経新聞などによると、1970(昭和45)年に建てられた旧日本大使館の建物は、老朽化が進み建て替えが検討されるも、景福宮に近接する歴史地区でることを理由に、長らく韓国政府から許可が下りなかったという。建て替え工事は2015(平成27)年から始まり、地上6階、高さ約30メートルの新大使館は2年後に完成する見通しとのこと。

    “反日の聖地”といえる場所で、“愛国主義者”のM氏にどんな言葉を投げかければいいのかしばし思いあぐねた小生は、ついに適当な言葉が見つからず、忸怩たる思い出を抱いたままその場を後にした。

  • 次に少女像からほど近い、景福宮(キョンボックン)へ。

    次に少女像からほど近い、景福宮(キョンボックン)へ。

    景福宮 城・宮殿

  • ウィキペディアや韓国旅行サイト「コネスト」によると、景福宮は、500年にわたる李朝時代(1392-1897)の中で約200年間、王が生活する正宮だった所で、日本統治時代には朝鮮総督府が置かれた。1995(平成7)年に旧総督府庁舎は取り壊され、統治時代に破却された建物などの復元事業が2030年ごろまで続くという。<br /><br />9時の開園を待って入場したためか、見物客はまだ少なく、静寂に包まれた古宮は趣きがあり、とても優雅な時間を過ごすことができた。

    ウィキペディアや韓国旅行サイト「コネスト」によると、景福宮は、500年にわたる李朝時代(1392-1897)の中で約200年間、王が生活する正宮だった所で、日本統治時代には朝鮮総督府が置かれた。1995(平成7)年に旧総督府庁舎は取り壊され、統治時代に破却された建物などの復元事業が2030年ごろまで続くという。

    9時の開園を待って入場したためか、見物客はまだ少なく、静寂に包まれた古宮は趣きがあり、とても優雅な時間を過ごすことができた。

  • 約12万坪という広大な敷地の一番北にある神武門をくぐり抜けると、大統領官邸である「青瓦台(チョワンデ)」の威容が現れた=写真=。少女像を警備していた制服警官が、どこかあか抜けない新米の“兄(あん)ちゃん”という印象だったのに対し、こちらは、眼光鋭くスーツをビシッと着こなしたいかにもエリートSPで、一帯はピーンと張り詰めた空気が支配していた。

    約12万坪という広大な敷地の一番北にある神武門をくぐり抜けると、大統領官邸である「青瓦台(チョワンデ)」の威容が現れた=写真=。少女像を警備していた制服警官が、どこかあか抜けない新米の“兄(あん)ちゃん”という印象だったのに対し、こちらは、眼光鋭くスーツをビシッと着こなしたいかにもエリートSPで、一帯はピーンと張り詰めた空気が支配していた。

    青瓦台 史跡・遺跡

  • 1968(昭和44)年に起きた、北朝鮮による青瓦台襲撃未遂事件以降、青瓦台と景福宮の敷地を隔てる道路は封鎖されていたが、昨年6月、約50年ぶりに開放されたという。歩道ではジョギングを楽しむ人の姿=写真=もあって、やや緊張が和らいだ。

    1968(昭和44)年に起きた、北朝鮮による青瓦台襲撃未遂事件以降、青瓦台と景福宮の敷地を隔てる道路は封鎖されていたが、昨年6月、約50年ぶりに開放されたという。歩道ではジョギングを楽しむ人の姿=写真=もあって、やや緊張が和らいだ。

  • その後、大統領官邸(大統領府)の広報施設「青瓦台サランチェ」を訪れた。李明博(イミョンバク)政権下の2011年以来の再訪だったが、大統領が変われば展示内容も一変するということに、韓国の民主主義のダイナミズムを感じざるを得なかった。市民活動家出身の文在寅(ムンジェイン)大統領らしく、軍事独裁政権に対する民主化運動の歴史から、展示は始まった=写真=。

    その後、大統領官邸(大統領府)の広報施設「青瓦台サランチェ」を訪れた。李明博(イミョンバク)政権下の2011年以来の再訪だったが、大統領が変われば展示内容も一変するということに、韓国の民主主義のダイナミズムを感じざるを得なかった。市民活動家出身の文在寅(ムンジェイン)大統領らしく、軍事独裁政権に対する民主化運動の歴史から、展示は始まった=写真=。

    青瓦台サランチェ 博物館・美術館・ギャラリー

  • 世襲議員の指定席となってしまった感のある日本の総理大臣と違い、極貧の母子家庭から大統領に上り詰めた文在寅、戦前の大阪生まれで伝説のサラリーマンだった李明博、軍事政権に何度も殺されかけ、不屈の闘士と呼ばれた金大中(キムデジュン)たちなど、民主化以降の歴代大統領がたどった人生を垣間見てみると、韓国社会の激動の歴史を痛感せずにはいられなかった。

    世襲議員の指定席となってしまった感のある日本の総理大臣と違い、極貧の母子家庭から大統領に上り詰めた文在寅、戦前の大阪生まれで伝説のサラリーマンだった李明博、軍事政権に何度も殺されかけ、不屈の闘士と呼ばれた金大中(キムデジュン)たちなど、民主化以降の歴代大統領がたどった人生を垣間見てみると、韓国社会の激動の歴史を痛感せずにはいられなかった。

    大韓民国歴史博物館 博物館・美術館・ギャラリー

  • その後、景福宮の城壁に沿って南下し、「大韓民国歴史博物館」へ。「韓国の胎動(1876~1945年)」「韓国の基礎確立(45~60年)」「韓国の成長と発展(61~87年)「韓国の先進化、世界への跳躍(88年~)」という4つのテーマに分け、韓国の軌跡を伝える同館は、国内初の近現代史博物館として2012年にオープンした。

    その後、景福宮の城壁に沿って南下し、「大韓民国歴史博物館」へ。「韓国の胎動(1876~1945年)」「韓国の基礎確立(45~60年)」「韓国の成長と発展(61~87年)「韓国の先進化、世界への跳躍(88年~)」という4つのテーマに分け、韓国の軌跡を伝える同館は、国内初の近現代史博物館として2012年にオープンした。

  • ギフトショップで購入した『大韓民国歴史博物館ガイドブック 日本語版』によると、写真の自動車は、1975年に韓国初の独自モデルとして、現代(ヒョンデ)自動車から発売された「ポニー」とのこと。

    ギフトショップで購入した『大韓民国歴史博物館ガイドブック 日本語版』によると、写真の自動車は、1975年に韓国初の独自モデルとして、現代(ヒョンデ)自動車から発売された「ポニー」とのこと。

  • 朴正煕大統領の暗殺を伝える朝鮮日報の紙面はとても興味深く、しばし食い入るように見てしまった。

    朴正煕大統領の暗殺を伝える朝鮮日報の紙面はとても興味深く、しばし食い入るように見てしまった。

  • 歴史博物館の隣には、警備が青瓦台より厳重に思えるアメリカ大使館がそびえ立っていた=写真=。韓国内におけるアメリカの圧倒的な存在感をまたもや見せつけられたとともに、そこまでガチガチに守ってもらわなければならないアメリカっていう国は何なんだろうと、思ってみたり、みなかったり。

    歴史博物館の隣には、警備が青瓦台より厳重に思えるアメリカ大使館がそびえ立っていた=写真=。韓国内におけるアメリカの圧倒的な存在感をまたもや見せつけられたとともに、そこまでガチガチに守ってもらわなければならないアメリカっていう国は何なんだろうと、思ってみたり、みなかったり。

  • 歴史博物館やアメリカ大使館が面する、ソウルのメインストリート、世宗路の中央にある光化門広場では、「#Me Too(私も)運動」の真っ最中で、支持者や報道陣らが多く詰め掛けていた。

    歴史博物館やアメリカ大使館が面する、ソウルのメインストリート、世宗路の中央にある光化門広場では、「#Me Too(私も)運動」の真っ最中で、支持者や報道陣らが多く詰め掛けていた。

    世宗路公園 広場・公園

  • 炭焼きプルコギ店「シボンチッ 市庁店 」で、やや遅めのランチをいただいた。練炭で焼いたという甘辛豚肉炒めと白髪ねぎ=写真=、麻薬ソースとも言われる特製のつけダレが絶妙だった。

    炭焼きプルコギ店「シボンチッ 市庁店 」で、やや遅めのランチをいただいた。練炭で焼いたという甘辛豚肉炒めと白髪ねぎ=写真=、麻薬ソースとも言われる特製のつけダレが絶妙だった。

    シヴォンチ 韓国料理

  • 炭焼きプルコギでお腹いっぱいになった後は、徳寿宮(トクスグン)の正門前で行われる、警備兵の交代儀式を再現した「王宮守門将交代儀式」を見学。華やかさと格調ある雰囲気の中、しばし李朝時代にタイムスリップした気分に浸った。

    炭焼きプルコギでお腹いっぱいになった後は、徳寿宮(トクスグン)の正門前で行われる、警備兵の交代儀式を再現した「王宮守門将交代儀式」を見学。華やかさと格調ある雰囲気の中、しばし李朝時代にタイムスリップした気分に浸った。

  • ソウルでの全日程を終了し、二匹のおっさんは一旦ホテルに戻り、一時保管した手荷物をピックアップし、“一度大阪に行ったことがある”という、流暢な日本語の初老男性が運転する模範タクシーでソウル駅へ。同駅の地下深くから空港鉄道 A&#39;REXに乗車して約20分で金浦空港に到着した=写真=。

    ソウルでの全日程を終了し、二匹のおっさんは一旦ホテルに戻り、一時保管した手荷物をピックアップし、“一度大阪に行ったことがある”という、流暢な日本語の初老男性が運転する模範タクシーでソウル駅へ。同駅の地下深くから空港鉄道 A'REXに乗車して約20分で金浦空港に到着した=写真=。

    金浦国際空港 (GMP) 空港

  • チェックイン開始時刻までだいぶ時間があったため、有料の手荷物預かり所を利用し、空港に隣接するロッテモールをぶらぶら。その後、チェックインを済ませ、M氏のお供としてラウンジへ=写真=。初日の羽田空港とはほど遠い、地方空港のカードラウンジのような雰囲気の中、二匹のおっさんは旅の感想を語り合った。

    チェックイン開始時刻までだいぶ時間があったため、有料の手荷物預かり所を利用し、空港に隣接するロッテモールをぶらぶら。その後、チェックインを済ませ、M氏のお供としてラウンジへ=写真=。初日の羽田空港とはほど遠い、地方空港のカードラウンジのような雰囲気の中、二匹のおっさんは旅の感想を語り合った。

    国際空港アシアナ航空ラウンジ (金浦空港) 空港ラウンジ

  • “ラウンジなのにカップ麺かよ!”と悪態をつく、やんちゃ風で肥満気味の中年男性を尻目に、小生は辛ラーメンを2杯いただきました ( ´∀`)ハハハ

    “ラウンジなのにカップ麺かよ!”と悪態をつく、やんちゃ風で肥満気味の中年男性を尻目に、小生は辛ラーメンを2杯いただきました ( ´∀`)ハハハ

  • 復路も日韓の旅行者でほぼ満席の全日空機(NH868)は、定刻より約10分早く羽田空港に到着。M氏はリムジンバス、小生は京急(電車)で家路を急いだ。<br /><br />重い腰を上げソウル旅行に付き合ってくれたM氏に感謝。そしてディープなソウルを案内していただいた女史にも感謝。一方で、M氏が一足早くアップした旅行記を見る限り、世間に蔓延するネトウヨ思想は根が深く、相互理解の道はなかなか遠く険しいなぁと、思わざるを得なかった。とにかく百聞は一見に如かず。M氏よ、ぜひまた韓国に行きましょう。ありがとうございました。

    復路も日韓の旅行者でほぼ満席の全日空機(NH868)は、定刻より約10分早く羽田空港に到着。M氏はリムジンバス、小生は京急(電車)で家路を急いだ。

    重い腰を上げソウル旅行に付き合ってくれたM氏に感謝。そしてディープなソウルを案内していただいた女史にも感謝。一方で、M氏が一足早くアップした旅行記を見る限り、世間に蔓延するネトウヨ思想は根が深く、相互理解の道はなかなか遠く険しいなぁと、思わざるを得なかった。とにかく百聞は一見に如かず。M氏よ、ぜひまた韓国に行きましょう。ありがとうございました。

    羽田空港(東京国際空港) 空港

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