2017/12/13 - 2017/12/13
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mas98765さん
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デルフィの遺跡を見ます。
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11時45分、デルフィ遺跡の入口にやってきました。デルポイとも呼ばれ、世界遺産になっています。その昔、ここは聖地であり世界の中心でした。神がかりになった巫女さんが神様のお告げを人々に伝え、それが色々な国の政治にも影響したらしいです。テーベのオイディプス王も、ここの神のお告げに翻弄されました。ガイドブックにものっている有名な話ですが、おぞましいのでここには書きません。ギリシャの昔話を読むたびに、当時のギリシャの人たちが考えることはめちゃくちゃだと思います。
※周辺の地図
https://www.google.co.jp/maps/@38.4820873,22.5011529,17.29z -
上をみあげると、このような独特の岩山があります。
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現地ツアーで来たのでガイドさんが買ってくれましたが、入場料は6ユーロです。レシートのような薄っぺらい紙にバーコードが印刷されていて
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入口の機械に通して進みます。バーコードなのでタッチするだけではダメで、滑らせるようにするのがコツです。
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入ったところに、黄色く色づいた木がありました。
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この木の右側に、遺跡に行くための石段があります。
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入口付近には猫がいます。ここに住みついていて、何度もこの遺跡を訪れるガイドさんたちには馴染みの猫だそうです。
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石段を上って左に曲がると
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何か見えてきました。
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電信柱のようなものが並んでいて、ちょっとした広場になっています。ローマ時代にここにアゴラが発達したようです。デルフィにお参りに来た人たちが、お供え物やお土産を買うための店が並んでいたようです。柱の向こう側に茶色っぽい壁がありますが、赤レンガだったのかもしれません。ところどころに開いているのが店でしょうか。
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柱はイオニア式らしいです。
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ローマ時代のアゴラに立って来た方向を振り返るとこんな感じで
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先を見渡すとこんな感じです。
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先に進みます。この道は参道になっていて、道の両側に、奉納品の台が残っているようです。説明板を後で見てみると、この左側の細長い部分は「Marathon's votive」と書かれていて「マラトンの奉納品」ということでしょうか。
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半円形のユニークな窪みがあります。説明板には「Argians' votives」とかかれていて「アルゴス人の奉納品」ということでしょうか。左右対称に道の左側にも同じような半円形の構造があります。
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先に進みます。
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近寄って写真を撮らなかったのですが、左下に見える小さな杭がにょきっと出ている部分は「シキオン人の宝庫」というらしいです(後で戻るときに近くで見ました)。その向こうの石垣は「シフノス人の宝庫」というらしいです。写真に写っていないその手前には「Tarantinian's votive(タラスの奉納品)」という細長い部分があるようです。
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このつきあたりを右に折り返していきますが。
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この部分に
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へんてこりんな石があって
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手前に「へそ」というタイトルの説明があります。この説明によると、オムパロスという聖なる石で、世界の中心を調べるためにゼウスが天から投げた石だと伝えられているそうです。ゼウスは2羽の金色のワシを違う方向に放ち、それらが一緒になった場所に石を投げたそうです。石はこの位置ではなく、後ででてくるアポロン神殿の神託の部屋に置かれていたようです。
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よく見ると、こんな感じです。でもこれはレプリカで、本物はデルフィ博物館にあります。
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このあたりの台に「ボイオティア人の宝庫」と記されています。
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正面に石垣の壁のようなものが見えますが、これは「アテネ人の宝庫」という建物です。
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ここで折り返して進み
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「アテネ人の宝庫」を正面から見ます。1906年にフランスの考古学者が復元したものだそうです。もともとは、アテネがマラトンの戦いでペルシャ軍に勝利したことに感謝してアポロンに捧げて建てられたものだそうです。
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傾いたように写っていますが、先ほど石垣のように見えた左手の壁をあわせて写してみました。
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せっかくなので、正面の柱や内部を見ます。
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正面の上の部分も見ます。意味ありげなレリーフの跡が並んでいます。
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「アテネ人の宝庫」と書かれています。
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先に進みます。
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このようなところを進んでから
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振り返ると、こんな感じです。正面にアテネ人の宝庫があります。よく見なかったのですが、アテネ人の宝庫のすぐ手前に平たい台のような部分があって、ブレフテリオンという会議場の跡だそうです。デルフィでは、ピューティア祭(デルフィ祭)というオリンピックのような祭りが4年に1度開催されていて、その評議員たちが集まったのだそうです。
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この岩は「シビルの岩」というらしいです。
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進行方向左手を眺めるとこんな感じで、上に見えている柱は、ガイドブックに写真がのっているアポロン神殿のところのものです。
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下の3本の柱は「アテネの柱廊」といって、ペルシャとの戦争での勝利品を納めるために建てたものらしいです。
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ここにも奉納品を置いた台らしきものがあります。
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アポロン神殿の土台の石垣はこんな感じです。
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角を曲がります。左手正面からやってきました。
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角の石に刻まれているギリシャ語の説明を受けました。内容を忘れてしまいました。
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古代ギリシャ語の読み方について説明を受けました。古代ギリシャ語では、単語と単語の間に空白を設けず、ベタ打ちしたそうです。下側の白い石には「ALTAR OF APOLLO」と書かれていて
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上を見上げるとアポロン神殿の柱があります。
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先に進みます。
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右手のここにねじれた青銅の柱があります。
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前479年のプラタイアの戦いでペルシア人に勝ったギリシア連合軍が奉納した記念品だそうです。先端に黄金のデルフォイの聖なる三つあしの鼎がのっていて、3匹にヘビの頭のようなデザインだったようです。コンスタンティヌス大帝がコンスタンティノポリス(今のイスタンブール)の競技場を飾るために移してしまいました。以前イスタンブールに行った時に見ましたが、やはり途中で切れていました。
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ここを上がると左手にアポロン神殿がありますが、
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少し右に曲がって
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すぐまた曲がって正面にすすみ
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上からアポロン神殿を見渡します。
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こんな風に。
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柱の部分
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このあたりに説明板がありました。アポロン神殿の説明ではなく、奉納品の柱や像などの説明でした。
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ここを進んでいくと
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右手に劇場の座席が見えます。
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こんな風に。
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劇場の反対側にアポロン神殿を見渡すことができます。ここがデルフィで一番重要な場所で、ここで神がかりになった巫女さんが神様の神託を人々に与えていました。さて、現在12時45分で自由時間になりました。13時30分に入口に集合ということになりました。上にあるスタジアムを見てもいいし、入口から5分程度歩いたところにある博物館を見てもいいという案内をガイドさんから受けました。
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とりあえず先に進んでスタジアムに行ってみることにしました。ここを上って
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右に折り返して進むと
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12時48分、劇場を上から見下ろせる場所にやってきました。
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このように全体が見えます。
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先に進みます。
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このような場所を歩いて
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黄色くなった葉っぱが綺麗なので、下の方のアポロン神殿と一緒に写真を撮って
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進みます。
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更に階段を上って折り返し
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このようなところを進んでいくと
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12時52分、右手に石垣のようなものがあって、向こうに何か見えます。どうやらここがスタジアムのようです。
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でもまだ到着ではなくて、右手にスタジアムであろう石垣を眺めながらまっすぐ歩いていきます。
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12時55分、ようやくスタジアムの端に到着。あいにく中には入れません。後で見た説明板によれば、ここの細長い石はゴール地点を表すものだそうです。スタート地点は反対側の端にあります。
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細長いスタジアムを眺めます。
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椅子の様子を見ます。
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説明板があります。このスタジアムはピューティア祭(the Pythian religious festival)の運動競技が行われた場所だそうです。紀元前5世紀に地面を平らにして最初のスタジアムが造られ、当時観客は地面に腰を下ろしていたそうです。2世紀にローマ皇帝ハドリアヌスの時代にヘロディス・アッティコスという金持ちが出資して、大理石の椅子とアーチのある入口のある形に改装されたそうです。一度に17~18人の選手が走ることができたようです。右手のスタート地点から左手のゴール地点まで178.35mだそうです。
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北側にあった審判の席は背もたれがあったと書かれているので、撮ってきた写真を拡大して探したら、ここにありました。
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スタート地点の方を眺めます。
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こちら側に4つの柱で支えられた3つのアーチがあって、そこが入口だったそうです。
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12時57分、戻ります。
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速足で歩きましたが12時59分はこんなところで
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13時03分に劇場を見渡す場所に戻りました。床の様子を見ておきます。向こう側に人が集まっていますが、アポロン神殿を見渡すためです。後で見た説明板によると、人が集まっている部分がステージだったようです。
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未だに発掘しているのでしょうか。それとも改修しているのでしょうか。いずれにしても、劇場内に立ち入ることができませんでした。
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13時04分、アポロン神殿を見渡す場所に戻ってきました。
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このあたりに劇場の説明板がありました。
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せっかくなのでアポロン神殿をもう少し大きくみておきます。左側の部分で
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真ん中で
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右側です。向こう側にアテナ人の宝庫が見えていますが、屋根がないんですね。あれ、人が歩いているぞ。どうやらすぐ近くで見るのを忘れてしまったようです。
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先ほどガイドさんに尋ねて教えてもらいましたが、真ん中に出っ張っている石の右手に、右側の壁を背にして巫女さんが座っていたそうです。
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点字の案内もあります。
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少し近くで見てみました。
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このあたりに巫女さんがいたようです。
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この高く延びたものは、ビテュニア王プルシアス2世の騎馬像のための台のようです。
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13時11分、青銅の蛇の柱のところまで戻ってきました。向こうの山々が見渡せます。
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このあたりからアポロン神殿の方向を見ると、この時間は逆光です。ここが肝心の場所ですし、向こうの方に歩いて行けばよかったのに、なぜか行きませんでした。
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ここから
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階段を下りていくと
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先ほどガイドさんが説明していた石垣の角に戻りました。石垣は、多角形の石が組み合わさってできています。ここを曲がって
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正面のアテネ人の宝庫に向けて歩いていきますが、ここで左側に意味ありげな低い柱が見えます。
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イオニア式の柱です。右手に説明が書いてあるのかと思ってみたら「DO NOT TOUCH PLEASE」でした。
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何か意味があるのかな。
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ナクソスの柱やアテネの柱廊といった、このあたりのいくつかの場所の説明板があります。
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13時14分、アテネ人の宝庫に戻ってきました。
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説明があります。
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参道を戻ります。
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シキオン人の宝庫です。
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聖なる道に置かれた奉納品の説明があります。
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特にこの地図が役に立ちます。
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更に戻って
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13時17分、ローマンアゴラまで戻ってきました(振り返って見たところ)。
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割れた説明板があります。
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13時19分、入口に戻ってきました。
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案内図があります。
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相変わらず猫がいます。
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入口を出ました。
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遺跡に向かって右手に5分ほど歩いて行くとカスタリアの泉があるそうです。その昔、信託を聞きにきた人たちが身を清めたのだそうです。
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一方、遺跡に向かって左手に5分ほど歩いて行くとデルフィ博物館があります。遺跡から発見された本物が展示されています。ぜひここに行っておきたかったのですが、集合時間の13時30分まであと10分しかなく、あきらめるしかありません。遺跡の中は他の観光客がぞろぞろ歩いていることもあって、あまり速く進めず、距離も結構あるので、時間がかかってしまうのです。
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13時30分に集合して出発。なお、写真につけた説明は個人的な備忘録であり、ガイドブックやガイドさんの説明、現地の説明板、インターネットの情報などを寄せ集めたものなので、うのみにしないようお願いします。
次はテルモピュレに立ち寄りながらカランバカに向かいます。
https://4travel.jp/travelogue/11338478
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