2018/01/06 - 2018/01/08
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nichiさん
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スキーを終えて、上杉神社(米沢城跡)を訪れた後は、、、、、、、
米沢市上杉博物館!!!!
今回の旅行はこの博物館に訪れることが一番の目的です。
米沢市上杉博物館を訪れるのは今回で4回目。
今回は「上杉ゆかりの名品と地域の歴史を語る資料」の企画展が
1月14日に終わってしまうので、その前に訪れたいと思い訪れました。
企画展は撮影禁止ではありましたが、今回初公開であったコレクションでもあり、学芸員の方の説明にも熱心に聞き入り、すっかり夫婦で長居してしまいました。
あーーー愉しかったーー!!
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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上杉神社を出て上杉博物館へ。
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一面真っ白です。
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見所満載の上杉博物館へ。
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上杉氏ゆかりの貴重な品々や国宝を収蔵しています。
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入口を入った所には能舞台があります。
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さて、チケットを買いに。
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今回はこの企画展も目的の一つ。
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常設展示と企画展示のセットチケットを購入。
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企画展2枚
と
常設展2枚 -
常設展から拝見します。
撮影可能なエリアと撮影禁止のエリアが判ります。 -
さあ常設展示に入ります。。
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行列の模型が。。。
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家康から米沢への移封を命じられた上杉景勝は、慶長6年(1601年)10月15日に京都の伏見をたち、11月28日に米沢城に入りました。
また、上杉景勝や直江兼次と交流があった前田慶次は、雪深い板谷峠を越えて米沢に入り上杉に仕えました。 -
この時代、11月に山形では雪が深かったんですね。。。
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米沢への移封が決まると、京都伏見にいた直江兼次は、会津の重臣たちに家臣の移住や、会津の受け渡しなどを命じ、移封に伴う処理を行いました。
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その後に、直江兼次は京都伏見を出発し、慶長6年(1601年)12月に米沢に入りました。
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会津にいた家臣たちも家族や奉公人と共に次々と米沢に移住してきました。
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上中級家臣は、慶長6年(1601年)9月から11月の間に。
下級家臣は雪を避けて翌年に移動しました。 -
会津にいた家臣たちも家族や奉公人と共に米沢に移住しました。
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米沢に移住してきたのは、武士とその家族だけではありません。
上杉氏にゆかりの深い寺の僧侶たち上杉氏に仕えていた職人たちも米沢にやってきました。
この中には、旧領の越後から会津を経て上杉家と行動を共にしてきた人々もいました。 -
常設展示の案内です。
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さあ上杉の世界へ。
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「愛」は直江兼次。
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直江兼次の説明。
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上杉景勝
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上杉景勝の説明
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上杉謙信
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上杉謙信の説明
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入口に
毘沙門天の「毘」
不動明王を表す「龍」
テンションがあがります。
この「毘」と「龍」は上杉の軍旗であり、対です。 -
「謙信と信玄」
川中島が有名ですよね。
「戦国時代の贈答品」
信長は、上杉謙信と武田信玄に再三にわたり贈り物を送っています。
西を目指していた信長は、東の武田信玄や上杉謙信と言った、当時最強の軍備力を誇る武将達との軋轢を避けるためだったんですね。 -
兼次がつくった米沢の街ですが、
主要街道に沿って商人街、と用水路の上流部と下流部に職人町を配置しました。
これは文字通り鍛冶屋さんが集まった鍛冶町の様子。
真ん中に用水路が通っています。 -
職人町ですね。
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商人町であった大町。
奥には米沢城が見えます。 -
最上街道を米沢の街の中でお城の東側に南北に走らせ、そこに商人町をつくったようです。
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職人町であった紺屋町。
道の真ん中に用水路が流れています。 -
紺屋町は用水路の最上流につくられた職人町でした。
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米沢における様々な人々の生活の紹介。
2人でじっくりゆっくり拝見しました。
私たちは貧乏性なので、ひとつひとつ熟読しちゃうんです。。。 -
米沢のスーパースターの一人である直江兼次。
米沢に街づくりにその才能を発揮します。
家臣たちには三の丸を中心に屋敷が割り振られ、町人町は三の丸の東側につくられ、その真ん中には会津街道を通しました。
治水事業にも力を入れ、街づくりに力を入れました。
文武共に才能があったようです。 -
兼次は、近江より鉄砲職人を招き、鉄砲の生産も始めます。
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米沢の街の様子が大きなジオラマで表現されています。
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各家では様々な農作物が栽培されていました。
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農家と言っても武士が農家になったケースも多いです。
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農家の家の中。
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各家の中も精密に作られています。
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見ていて楽しいです。
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会津街道沿いでしょうか?
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賑やかな通りを表現しています。
ちゃんと通りの真ん中に用水路が流れています。
それにしてもこんなに広い通りだったのでしょうか? -
桜が咲いています。
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美しい街中の再現です。
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田んぼのエリア。
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寺社巡りの方々??
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里山は紅葉も。。。
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紅葉が。。。
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精工につくられています。
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見ていて楽しいです。
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直江兼次が力を入れた鉄砲。
近江から鉄砲つくりの職人を呼び寄せ、ひとつの産業として育成しました。 -
鉄砲足軽組の説明です。
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鉄砲足軽組はエリート集団でした。
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鉄砲や玉の貸し借りはダメでした。
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本番に強い者、求む!
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上手いやつにはボーナス支給。
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鉄砲の遠距離練習と夜間練習。
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鉄砲の取り扱いはさじ加減がものをいう。
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一人の責任はみんなの責任。
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師匠は手本を見せない?
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鷹山シアターで短編映画の上映が始まります。
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一日に何度か上映されているようです。
上杉鷹山シアターで上映される短編映画は、改革を指導し、成功に導いた九代藩主上杉鷹山についてです。
西村和彦 さんと紺野美沙子さんが出演でドラマ仕立てになっていて、鷹山の改革とその苦労をわかりやすく伝えています。 -
このスペースも面白かったです。
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江戸幕府はキリスト教禁止令を出していましたが、米沢藩は黙認していました。
しかし、徳川家光が将軍になり幕府の取り締まりが厳しくなると、二代目藩主上杉定勝はキリスト教を見過ごせなくなり、厳しく弾圧するようになりました。
寛永五年(1628年)12月、キリシタンであった米沢藩士米沢右衛門とその一家など57名が処刑されました。 -
手伝普請とは、幕府が行う土木工事に人夫や資材、資金などを出させることです。
江戸時代を通じ、30回ほどの負担が米沢藩にかかり、その負担は大変でした。
米沢藩の1年の収入の半分を超える場合もあり、藩の財政を大きく苦しめる原因の一つでした。 -
城下町米沢の大火と復興。
江戸時代、米沢では冬の寒い時期、暖房が原因と考えられる100軒以上燃えた大火事が16回確認できています。
一度燃えると大火になる危険性が高かったようです。
一度大火が起こると、藩は焼け出された人々のために食料を援助し家を建て直すための資金や資材の調達に追われました。 -
上杉家四代目藩主であった綱勝は、跡継ぎのまま急死!
上杉家はおとりつぶしの危機に!!!
しかし上杉綱勝の舅で幕府の実力者であった保科正之、そして幕府高家衆で上杉家と関係の深い吉良家のとりなしで、吉良上野介の息子三郎(上杉綱勝の甥)を上杉家の養子とし、米沢藩の領地を30万石から15万石に半減することで、上杉家の存続は認められました。
吉良上野介とは忠臣蔵で有名な吉良上野介です。
上杉家とすると、吉良上野介のお蔭でお家断絶を免れることができたわけですが、赤穂浪士にしてみると吉良上野介は憎っくき敵。
歴史は面白いですね。。。。 -
近世中期以降、全国的な商品経済の発展により、没落する農民と新しい産業の発展に伴って裕福になる農民が現れ、社会の在り方が変化していきました。
米沢においても、凶作と飢饉をきっかけに農村の変化が進み、宝暦5年(1755年)大飢饉さなか、米を十分に手に入れることができない下級武士や貧農らは、城下の商人たちを襲いました。 -
森平右衛門は、八代目藩主上杉重定の側近として宝暦年間(1751~64)藩政改革の期待が高まる中で、政治の実権を握り、農村改革や商業政策に力を発揮しました。
しかし森平右衛門の一族や仲間となった武士たちが藩の重要な役職を独占することになり、独裁政治となっていきました。
しかしその手法は他の上杉家重鎮たちの反発を招き、宝暦13年(1763年)米沢城二の丸で殺害されました。 -
鷹山の改革を様々な角度で説明されています。
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捻封の作り方の説明です。
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私たちも挑戦します。
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この手紙を捻封します。
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捻封の方法の説明。
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映像でも説明されています。
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夫婦で、あーでもない こーでもない
と言いながら、なんとか出来ました。 -
ここを合わせるのが難しかったです。
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色々な体験ができるのもこの博物館の面白い所です。
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博物館の庭を一望できる場所がありました。
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すっかり雪景色ですが、美しいです。
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さあ企画展へ。
今回はこの展示を拝見することが旅行の目的の一つです。
中は撮影禁止でしたが、見ごたえがありました。
学芸員の方の上杉の古文書の興味深い説明を伺うこともでき、最高のひと時を過ごすことができました。 -
なーるほど!
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撮影禁止でしたが、洛中洛外の2つの屏風。
米沢藩上杉家に受け継がれた「京の都」の日常風景を表した屏風です。
その屏風の中の世界を映像化し、その街の中にいるような感覚にしてくれる抜群のテクニック。
これはこの博物館の最大の見所です。
愉しかったーーー!
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