2017/12/02 - 2017/12/06
155位(同エリア720件中)
Emmaさん
2007年、語学留学で天津に1ヶ月滞在していました。北京オリンピック前、当時天津は今よりも全然発展しておらず、一地方都市といった感じでした。10年ぶりに訪れた天津は、私の知っている天津ではありませんでした。
思い出を巡る旅は、ちょぴり残念な結果でしたが、10年前、確か私はその場所にいて、沢山の思い出があって、街は変わってしまったけれど、思い出は消えません。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
北京から天津へ戻ります。
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天津の地下鉄。切符はコイン式。
天津から紅旗南路の駅まで移動します。
券売機に行ったらトラブルが!!
4元入れたら、お金が中で詰まってしまいました。
呼び出しボタンを押しても誰かが来る様子もなく、近くにいた人にジャスチャーしてみても、返答が中国語で良く分らず、、、
1元約17円、68円なので時間も勿体ないし、諦めました。1回分乗車できたのに・・・。 -
紅旗南路駅からタクシーをつかまえて、天津理工大学に到着。
昔、語学留学で1ヵ月滞在していた大学です。
天津理工大学学術交流中心酒店という学内にあるホテルにチェックイン。
昔は、無かったのですが、ネット検索でたまたま見つけて予約しました。
昨日一昨日のホテルに比べてちょっと高めです。 -
部屋も広いです。
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こちらがロビー。
予約時にちゃんと読んでいなった・・・デポジットが必要なことと現金精算。
持ってきたお金をほぼ使ってしまいました。 -
中も豪華です。
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ホテルの前にある建物。
ネット上の写真を見て、キャンパス内が変わっていることは薄々感じていましたが、実際に行ってみると全く別の大学になっていました。(大学名は一緒ですが) -
何か1つでも知っている景色がないだろうか、必死にキャンパス内を歩き回りました。
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昔はこんなに広くなかったのに、キャンパスは拡張されていました。
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学食ものぞいてみました。
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こちらは別の食堂です。
留学当時、授業は午前中のみだったので、クラスメイトとランチをしていました。 -
学生寮です。
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私のいた寮はもうなかったです。
【当時の思い出】
実に色々なモノが壊れる部屋でした。トイレが流れない、玄関のドアノブとシャワーの頭がとれる。
その度に英語と日本語と中国語の単語と筆談で、とれたシャワーを持って、「シャワー、ポキ!」っと管理人のおじさんにジェスチャーをしていました。 なんだか懐かしくて笑ってしまいました。 -
現在の寮は、入口が自動改札になっていて、カードをかざすと開く仕組みになっているようです。
私がいた当時は、入口におじさんが寝泊まりして寮を守っていました。帰国の飛行機が早朝だった日、3時頃に寮を出ようとしたらおじさんが寝ていてビックリした記憶があります。 -
こちらは校内にあるスーパーです。
スーパーの他に理髪店などもありました。 -
夕食は学食で、と思ったのですが、電子マネー精算になっていて、現金で払っている人を1人も見かけませんでした。中国語の壁もあり、聞いてみることも断念。代わりにホテルのレストランへ行ったのですが、高すぎて現金が足りません。(さっきデポジットを払ってしまったので)
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結局、現金が使える構内の売店に行きました。
全部で9元、手前のお菓子は端数調整のために勧められたので買いました。 -
翌朝、
朝食バイキングの会場。 -
豆乳が暖かくて美味しかったです。
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天津理工大学の北門まで歩きました。
なかなか辿りつかず、スーツケースを引きずりながら15分は歩いた気がします。
10年前当時、北門から出入りしていました。
今ではまったく別ものです。 -
学校名だけが当時のままです。
こんな立派な校名の看板はありませんでした。
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