2017/09/08 - 2017/09/09
48位(同エリア663件中)
幸ちゃんさん
アイルランドのダブリンから、コーク、キラニー、ゴールウェイ、コングを廻ってダブリンに戻り、ロンドンを経由して帰国しました。
第7回はジーニー・ジョンストン号です。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- フィンランド航空 ブリティッシュエアウェイズ JAL
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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アシュフォード・キャッスルとお別れです。
アシュフォード・キャッスルの旅行記は
https://4travel.jp/travelogue/11284497Ashford Castle ホテル
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道幅を広げる工事をしています。
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この一般道の最高速度が100km/h? 国道だから100km/hだそうです。
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ダブリンまで196km
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途中のモアテ(Moate)という小さな町でコーヒー休憩です。
(Tuar Ard Coffee Shop & Restaurant) -
彫刻家ジャッキー マッケンナ(Jackie McKenna)の「ザ・バーゲン(The Bargain)」
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高速道路は、最高速度が120km/h。
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もうすぐダブリンです。
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ダブリン市内を流れるリフィー川(River Liffey)で水泳大会が開かれていました。
寒そう~~ -
クレイトン ホテル カーディフ レーン(Clayton Hotel Cardiff Lane)に戻って来てツアーは終了です。翌朝ダブリン空港から帰国する人は、ツアー会社のバスで空港まで送ってくれます。我々は個人旅行に戻ってダブリン観光を続けます。
クレイトン ホテル カーディフ レーン ホテル
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イチオシ
大飢餓のモニュメント(Famine Memorial)
1841年から1851年に、貧しい人々の主食であったじゃがいもの不作が続きました。 -
大飢餓によって100万人の餓死者を出し、100万人以上が海外へ移住しました。このため当時の人口800万人が、600万人になったそうです。
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ジーニー・ジョンストン号(Jeanie Johnston Tallship & Famine Museum)
リフィー川左岸に停泊しています。ジーニー ジョンストン号 (飢餓博物館) 博物館・美術館・ギャラリー
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ツアーの受付(50 MINUTE GUIDED TOURS)
ジーニー ジョンストン号 (飢餓博物館) 博物館・美術館・ギャラリー
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「ダブリン・パス」は使えますが、ツアーに入る必要があります。
ジーニー ジョンストン号 (飢餓博物館) 博物館・美術館・ギャラリー
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オリジナルのジーニー・ジョンストン号は、1847年から1855年の間に北米へ16回の航海を行った移民船で、一人の命も失うことなく2,500人以上の移民を運びました。
ジーニー ジョンストン号 (飢餓博物館) 博物館・美術館・ギャラリー
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航海中に3割ぐらいの人が亡くなったなかで、輝かしい記録を持つジーニー・ジョンストン号のレプリカが作られ、北米やヨーロッパの様々な港に寄港しました。
ジーニー ジョンストン号 (飢餓博物館) 博物館・美術館・ギャラリー
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オリジナルは帆船ですが、外洋を航海するための法令に従い水密扉を付け、ディーゼルエンジンも載せているとのこと。
ジーニー ジョンストン号 (飢餓博物館) 博物館・美術館・ギャラリー
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2,500人以上の移民を運んで一人の死者も出さなかったのは、この船長が高給を払ってでも医師を乗船させ、乗客にルールを厳重に守らせたからだと言われています。
ジーニー ジョンストン号 (飢餓博物館) 博物館・美術館・ギャラリー
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リチャード・ブレンナーハッセット医師(Dr.Richard Blennerhassett)
彼は乗客の栄養に気を配り、コレラが発病したら隔離するなど感染を防ぎました。ジーニー ジョンストン号 (飢餓博物館) 博物館・美術館・ギャラリー
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厳重禁止事項
喫煙、裸火・ろうそく、火を使った照明、喧嘩、ののしり、賭け事、唾吐き、飲酒ジーニー ジョンストン号 (飢餓博物館) 博物館・美術館・ギャラリー
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食料のじゃがいもが収穫できないと飢え死にするか、他の国へ行くしかなかったので多くの移民がカナダ、アメリカ、オーストラリアへ渡りました。
右端の男性はガイドさん。ジーニー ジョンストン号 (飢餓博物館) 博物館・美術館・ギャラリー
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この展示では、一人でベッドを占有しているように見えますが、もっと詰め込んでいて、トイレはなく桶を使っていたそうです。
ジーニー ジョンストン号 (飢餓博物館) 博物館・美術館・ギャラリー
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乗客の居室は1つだけで、頭と足を交互にして1つの棚に5人、全部で160人~200人ぐらい乗せていたいたそうです。旅費はカナダも米国も同じで3ポンド、だいたい6ケ月分の給料に相当します。
ジーニー ジョンストン号 (飢餓博物館) 博物館・美術館・ギャラリー
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メアリー プレンダーガスト(Mary Prendergast)
彼女は同じ船で1854年の春にボストンに渡った兄から届いた手紙を読んでいます。兄は彼女に旅費を送って同じ年の秋に呼び寄せました。ジーニー ジョンストン号 (飢餓博物館) 博物館・美術館・ギャラリー
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旅費が高いので数家族でお金を出しあって誰かを移民させ、その人が稼いだお金をアイルランドへ送って次の人が行くというようなチェーンを作っていたそうです。
ジーニー ジョンストン号 (飢餓博物館) 博物館・美術館・ギャラリー
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ダブリン市内を走る観光バス。
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アイルランド移民博物館(EPIC The Irish Emigration Museum)
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地上階には店舗が並んでいて、博物館は地下にあります。
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地上階の店舗
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アイルランド系のアメリカ大統領は何人でしょうか?
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入口です、「ダブリン・パス」が使えます。
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パスポート型のチケットを持って中へ入ります。
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各部屋に押印機があり、スタンプを押しながらて見ていきます。
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全部見終わるとスタンプがいっぱいになります。
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何千年もの間、アイルランドの地理的および文化的な景観は、ここに来たり去った人々によって形作られました。ここを去った人々にとって美しい故郷です。
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大飢饉(1845-50)に続く10年間で、150万人のアイルランド人が米国に移住し、34万人がカナダに移住しました。
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新世界に到着(Arriving in a New World)
移住者が自宅を出て目的地に着くまでの間、誰もが希望と恐怖を感じます。 -
緊急援助(Emergency Relief)
地震、飢饉、内戦などで被災した人々を助ける国際的なNGOにアイルランド人が参加していることが多いです。 -
アイリッシュダンス
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床にアイリッシュダンスのステップが描かれています。
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紛争(Conflict)
アイルランドの軍隊は小さいですが、国連の平和維持活動でよく知られています。 -
ビートルズ(John Lennon,Paul McCartney and George Harrison)の3人の家族はすべてアイルランド系です。
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左上のビング・クロスビー(Bing Crosby)、左下のダスティ・スプリングフィールド(Dusty Springfield)どちらも先祖にアイルランドの人がいます。
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ダニエル・オコンネル像(Daniel O'Connell Statue)
この像もイースター蜂起で銃弾を浴びたそうです。オコンネル通り 散歩・街歩き
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イチオシ
光りのモニュメント(Monument of Light)
1966年にIRAによって爆破されたネルソン記念柱があった所に、2003年に完成した高さ約120mのステンレス鋼で出来た塔です。モニュメントオブライト/光りのモニュメント モニュメント・記念碑
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中央郵便局(GPO:General Post Office)
中央郵便局 建造物
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1階は普通の郵便局です。
中央郵便局 建造物
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2016年にオープンした、イースター蜂起に関する博物館が地下にあります。
「ダブリン・パス」は使えますが、音声ガイド(1ユーロ)は別途です。中央郵便局 建造物
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イースター蜂起(Easter Rising)
1916年4月24日の月曜日(イースター祝祭日)にアイルランドで起きた武装蜂起です。中央郵便局 建造物
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教師であり弁護士のパトリック・ピアースに率いられたアイルランド義勇軍、ジェームズ・コノリーに率いられたアイルランド市民軍、200人の女性連盟がダブリンの中央郵便局など主要部を占拠して、アイルランド共和国の英国からの独立を宣言しました。
中央郵便局 建造物
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しかし、英国政府軍が出動し、6日間の戦いの後、義勇軍は降伏、その後パトリック・ピアース、ジェームズ・コノリーら指導者は捕らえられ、処刑されました。
中央郵便局 建造物
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指導者達の英雄的行為は、アイルランドの人々の独立の気運を高めました。
中央郵便局 建造物
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これはIRAの制服のレプリカです。
三色旗のオレンジはプロテスタント、緑はカトリックの伝統を表しています。中央郵便局 建造物
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モールス信号を使った通信機器
中央郵便局 建造物
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火災によって建物の内部は完全に破壊されましたがファサードは無事でした。
中央郵便局の再建は1925年8月に開始され、1929年7月に再開しました。中央郵便局 建造物
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「このセンターは、1916年のイースター蜂起において、アイルランドの自由のために戦い、尽くしたすべての男性と女性を記憶するために捧げられました」というようなことが書かれています。
次回はダブリン城です。中央郵便局 建造物
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この旅行記へのコメント (1)
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- リリーさん 2017/12/04 19:08:43
- びっくり。
- 私の娘のケアンズの小学校&幼稚園留学の旅行記にご投票下さり、フォローまでして下さり、ありがとうございます。
お写真を見て驚きました。アイルランドのじゃがいも飢饉のことは知っていましたが、半年分の給料を払って奴隷船のような船で渡米していたなんて驚きです。多くの人が船で亡くなったのもうなずけます。タイタニック号はここまでひどくはなかったですよね。
私が知っているアイルランド系の人はヘレンケラーの恩師のサリバン先生、グレースケリー、オードリーヘップバーンです。
架空の人物としては、バックトゥーザフューチャーの主人公マーティン、風と共に去りぬの主人公スカーレットでしょうか。。
当時の移民の多くは無学だったので渡米後もろくな仕事につけず、飢えで亡くなった人も大勢いたとか。サリバン先生も家族のほとんどをなくし、貧民院で育ったそうです。
当時のヨーロッパの人たちは貧しかったのですね。
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