2017/08/31 - 2017/09/01
413位(同エリア5324件中)
ハンクさん
夜行便で到着し、午前中に広大な故宮を南から北へ約3㎞歩いてかなり体力は尽きかけていた。気が付くと目の前に立派な二階建てバスの「頤和園行き」のバスが今にも出発しようとしていた。値段はわずか20元とあり、文字通り飛び乗った。バスの中で地図を見ると行程は15㎞程度ある。バスの一番前の席で、荷物を盗まれないように抱え込んで眠って、少し体力を回復しようと思った。しかしこのバスはまっすぐに北上し、オリンピック公園を通過した。「鳥の巣」と言われる国家スタジアムや、スイミングプール、国家体育館、北京大学など特徴ある建物を眺めながら進んでいくので眠っている暇はなかった。
ここで北京のスモッグについて少し触れておかなくてはいけない。写真を見ていただくとわかるように、雲のない晴天の日なのであるが、スモッグのためかすんで見える。市内で太陽光をまともに見ることはなく、歩行者、自転車や電動バイクに乗る人々は黒いマスクをしている。翌日、翌々日市内を外れた八達嶺の万里の長城や、周口店まで行けばさすがにこのスモッグはなかった。北京市民にとって深刻な問題であることは間違いない。ただ少し驚かされたのは、この街にはエンジンのオートバイは走っておらず、また最近電気自動車の導入を促進するニュースを聞いたばかりでもある。世界最大の車市場となったこの国でエンジン車がいつ駆逐されていくのか、その動向は目が離せない。
さて、頤和園は1750年清の乾隆帝が、母親の長寿を祝って造営した庭園が前身である。乾隆帝は中国江南地方の風景をこの庭園に再現、夏の離宮とした。しかし1860年に英仏連合軍により破壊され廃墟となった。その後1888年に西太后が再建するも、1900年に8ヶ国連合軍により再び破壊、西太后は再び1902年に頤和園の一部を修復、自らがここに住んだ。1924年に最後の皇帝溥儀が紫禁城から放逐されると、頤和園は特別市政府に接収され公園とされた。さらに1949年に中華人民共和国が成立すると頤和園は中国共産党が占有、1953年に頤和園は公園となり、一般開放された。総面積290万m2と広大で、昆明湖がその4分の3を占めている。とてもすべてを見て回ることはできないので、公園の北部の万寿山の周辺と、頂上の仏香閣周りのみを散策した。
ここまで街中で積極的に北京市民に英語で道を尋ねてみた。恐らく小生が日本人だということは直ぐにわかったことだろうが、基本的に親切な対応をしてくれた。中には無視していく人もいたが、多くの人は「英語は話せない」というにも関わらず、恐らくは日本人よりもいい発音で受け答えしてくれた。頤和園からの帰り道は地下鉄に乗ることにし、切符の買い方なども英語の話せる人を探して聞いた。その際も意外と親切に教えてくれる人がいた。夕方の北京の地下鉄はかなり混んではいたが、新しく清潔な電車で、料金は日本の半額以下、一旦路線を覚えてしまえば非常に機能的で便利である。十分に気を配っていれば、犯罪に遭遇することは避けられるのではないかと思う。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー 徒歩 飛行機
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スモッグで霞んで見える国家スタジアム「鳥の巣」
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国家体育館も同様
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オリンピックタワーの周辺は工事用のクレーンだらけ
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頤和園で購入した絵地図
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テーマパークのような「蘇州街」
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同上「蘇州街」
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頤和園の入り口
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入り口近くの黄金の仏像
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階段を登って物見台からの眺め
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万寿山頂上の仏香閣
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昆明湖に浮かぶ観光船
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昆明湖岸の石のモニュメント
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昆明湖の対岸の十七孔橋
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建物越しに見る仏香閣
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極彩色の建物は故宮と同様
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仏香閣の遠景
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池の中のハスの花
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昆明湖岸の建物
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仏香閣から昆明湖の眺め
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仏香閣の近景
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仏香閣内の千手観音像
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仏香閣の近景
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狛犬
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自然豊かな散策路
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屋根の上の装飾
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故宮と同様のオレンジ色の屋根
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寺院の内部
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北京の地下鉄
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