水戸旅行記(ブログ) 一覧に戻る
JRグループが発行している青春18切符は春,夏,冬の年3回だけの発行です。交通費が高い日本なので,今一番行きたい海外旅行先の日本を旅行する為,マレーシアに住むようになってから,毎年この年3回の18切符を必ず利用するようになってしまいました。18切符を一人で使用する場合,5回に分けて利用可能です。2016年冬は下記にて旅行しました。実際に旅行している時より,このルート計画をしている時の方が楽しい感じでもありますが。<br /><br />12月11日  (1回目)自宅→東海→水戸。水戸で途中下車してホテルに荷物預け,東海の原子力関連博物館。<br />12月12日  水戸市内観光。<br />12月13日  (2回目)水戸→清水。お気に入りの健康ランドでノンビリしただけです。<br />12月16日  (3回目)興津→姫路。移動だけですが,ライトアップされた姫路城だけ見てきました。<br />12月17日  (4回目)姫路⇔備中高松。備中高松城址と,最上稲荷見学。<br />12月18日  (5回目)姫路→大阪。午前中に姫路城を見学してから,大阪へ移動しました。<br /><br />写真は平成の大改修が終わった姫路城です。

2016年冬の青春18切符の旅  水戸,姫路,備中高松,大阪

11いいね!

2016/12/11 - 2016/12/21

368位(同エリア908件中)

0

46

urufee

urufeeさん

JRグループが発行している青春18切符は春,夏,冬の年3回だけの発行です。交通費が高い日本なので,今一番行きたい海外旅行先の日本を旅行する為,マレーシアに住むようになってから,毎年この年3回の18切符を必ず利用するようになってしまいました。18切符を一人で使用する場合,5回に分けて利用可能です。2016年冬は下記にて旅行しました。実際に旅行している時より,このルート計画をしている時の方が楽しい感じでもありますが。

12月11日  (1回目)自宅→東海→水戸。水戸で途中下車してホテルに荷物預け,東海の原子力関連博物館。
12月12日  水戸市内観光。
12月13日  (2回目)水戸→清水。お気に入りの健康ランドでノンビリしただけです。
12月16日  (3回目)興津→姫路。移動だけですが,ライトアップされた姫路城だけ見てきました。
12月17日  (4回目)姫路⇔備中高松。備中高松城址と,最上稲荷見学。
12月18日  (5回目)姫路→大阪。午前中に姫路城を見学してから,大阪へ移動しました。

写真は平成の大改修が終わった姫路城です。

旅行の満足度
4.5
同行者
一人旅
交通手段
高速・路線バス JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 水戸のホテルに荷物預かって貰い,再度JRに乗って東海駅まで移動。最初に訪れたのが,日本原子力発電(株)のPR館”東海テラパーク”。<br />

    水戸のホテルに荷物預かって貰い,再度JRに乗って東海駅まで移動。最初に訪れたのが,日本原子力発電(株)のPR館”東海テラパーク”。

  • 次に茨城原子力協議会運営の,”原子力科学館”へ。こちらの方が展示内容が充実してました。久し振りに原子周期表のお勉強もしてしまいました。

    次に茨城原子力協議会運営の,”原子力科学館”へ。こちらの方が展示内容が充実してました。久し振りに原子周期表のお勉強もしてしまいました。

  • 翌日は路線バス乗り放題になる,”水戸漫遊一日フリー切符”を購入して常磐神社の観光からスタート。<br />ここには,第2代藩主・徳川光圀(義公)と第9代藩主・徳川斉昭(烈公)が祀られています。

    翌日は路線バス乗り放題になる,”水戸漫遊一日フリー切符”を購入して常磐神社の観光からスタート。
    ここには,第2代藩主・徳川光圀(義公)と第9代藩主・徳川斉昭(烈公)が祀られています。

  • そして隣に建つ義烈館を訪問。<br />義公,烈公の遺品や水戸学関連資料が展示されています。

    そして隣に建つ義烈館を訪問。
    義公,烈公の遺品や水戸学関連資料が展示されています。

  • 次に偕楽園へ。

    次に偕楽園へ。

  • 観梅目的でなかったとはいえ,冬の庭園は寂しすぎました。

    観梅目的でなかったとはいえ,冬の庭園は寂しすぎました。

  • 斉昭公が心身休養の為にと建築した”好文亭”です。<br />”好文”とは梅の異名で,「学問に親しめば梅が開き,学問を廃すれば梅が開かなかった」という,中国の故事から命名したそうです。

    斉昭公が心身休養の為にと建築した”好文亭”です。
    ”好文”とは梅の異名で,「学問に親しめば梅が開き,学問を廃すれば梅が開かなかった」という,中国の故事から命名したそうです。

  • 好文亭3階からの眺めです。

    好文亭3階からの眺めです。

  • 徳川斉昭公は倹約を旨とした名君らしいですが,床柱が竹と言うのも斉昭公の意向でしょうかね。随分立派な竹ではありますが。

    徳川斉昭公は倹約を旨とした名君らしいですが,床柱が竹と言うのも斉昭公の意向でしょうかね。随分立派な竹ではありますが。

  • こちらはお膳を上階に運ぶ為のエレベータ。勿論,滑車による手動式ですが,斉昭公はナカナカのアイデアマンでもあったみたい。

    こちらはお膳を上階に運ぶ為のエレベータ。勿論,滑車による手動式ですが,斉昭公はナカナカのアイデアマンでもあったみたい。

  • 好文亭を出て散策してたら竹林も。結構良い雰囲気です。

    好文亭を出て散策してたら竹林も。結構良い雰囲気です。

  • 斉昭公が食事を始める時必ず,”農民の労苦に感謝して”この農民像に自ら御飯を供えたと言われています。

    斉昭公が食事を始める時必ず,”農民の労苦に感謝して”この農民像に自ら御飯を供えたと言われています。

  • 偕楽園の観光を終えて水戸黄門神社へ。黄門様こと徳川光圀公は,水戸藩家老である三木邸で生まれ,幼少時は三木夫妻に育てられました。<br />この三木氏の子孫が,若い頃苦労されていた松下幸之助氏を援助していました。<br />既に終了してしまいましたが,長寿TVドラマ「水戸黄門」はこのご縁から松下電器の提供になったのだそうです。幸之助翁は義理堅い人だったんですね。

    偕楽園の観光を終えて水戸黄門神社へ。黄門様こと徳川光圀公は,水戸藩家老である三木邸で生まれ,幼少時は三木夫妻に育てられました。
    この三木氏の子孫が,若い頃苦労されていた松下幸之助氏を援助していました。
    既に終了してしまいましたが,長寿TVドラマ「水戸黄門」はこのご縁から松下電器の提供になったのだそうです。幸之助翁は義理堅い人だったんですね。

  • 水戸神社から水戸城址へ移動してきました。これが大手橋で,この近辺に石垣を見ることもできます。しかし,この先は中学校などで城跡の面影は有りませんでした。探し方が不足していたのかもしれませんが。

    水戸神社から水戸城址へ移動してきました。これが大手橋で,この近辺に石垣を見ることもできます。しかし,この先は中学校などで城跡の面影は有りませんでした。探し方が不足していたのかもしれませんが。

  • 大手橋の反対側に在る弘道館は見学してきました。<br />最後の徳川将軍・慶喜が大政奉還後に,ここで謹慎生活をした場所です。

    大手橋の反対側に在る弘道館は見学してきました。
    最後の徳川将軍・慶喜が大政奉還後に,ここで謹慎生活をした場所です。

  • 水戸最後の観光は”天狗納豆”。<br />入り口は天狗納豆の店舗ですが,2階が納豆博物館になっています。

    水戸最後の観光は”天狗納豆”。
    入り口は天狗納豆の店舗ですが,2階が納豆博物館になっています。

  • 殆どこういったパネル展示ですが,納豆の歴史や食材としての素晴らしさがうまく纏められています。<br />それにしても,”納豆”の言葉の由来だけでもイロイロ有るんですね。

    殆どこういったパネル展示ですが,納豆の歴史や食材としての素晴らしさがうまく纏められています。
    それにしても,”納豆”の言葉の由来だけでもイロイロ有るんですね。

  • お気に入りの健康ランドでノンビリ3泊して,12月16日に姫路まで移動しました。<br />夜景の撮影方法勉強不足でピンボケですが,ライトアップされている姫路城だけ見に行ってきました。

    お気に入りの健康ランドでノンビリ3泊して,12月16日に姫路まで移動しました。
    夜景の撮影方法勉強不足でピンボケですが,ライトアップされている姫路城だけ見に行ってきました。

  • 12月17日は秀吉の水攻めで知られる備中高松まで,18切符で往復しました。<br />備中高松駅から最初に見学に行ったのが,秀吉が水攻めの為に構築した築堤跡です。

    12月17日は秀吉の水攻めで知られる備中高松まで,18切符で往復しました。
    備中高松駅から最初に見学に行ったのが,秀吉が水攻めの為に構築した築堤跡です。

  • 築堤跡から,水攻めをされた備中高松城址へ向かいます。<br />電車からも見れた備中高松のランドマークとも言える大鳥居です。<br />備中高松城址見学後に行く予定の,最上稲荷の大鳥居です,<br />

    築堤跡から,水攻めをされた備中高松城址へ向かいます。
    電車からも見れた備中高松のランドマークとも言える大鳥居です。
    備中高松城址見学後に行く予定の,最上稲荷の大鳥居です,

  • 高松城址公園資料館に到着。

    高松城址公園資料館に到着。

  • 入り口脇に”水攻め音頭”を発見。<br />実際に聴いてみたいとnetで調べたのですが,YouTubeには登録されてなくて,どんな曲なのか未だに分かりません。資料館でBGMで流してくれればと思いますが。

    入り口脇に”水攻め音頭”を発見。
    実際に聴いてみたいとnetで調べたのですが,YouTubeには登録されてなくて,どんな曲なのか未だに分かりません。資料館でBGMで流してくれればと思いますが。

  • 資料館内に入ると,昭和60年水害時の様子を写真で見ることができます。<br />秀吉が水攻めをした時は電柱なども無いわけだから,本当に湖状態になったんでしょうね。

    資料館内に入ると,昭和60年水害時の様子を写真で見ることができます。
    秀吉が水攻めをした時は電柱なども無いわけだから,本当に湖状態になったんでしょうね。

  • 備中高松城址の見学を終えて,最上稲荷へ向かいます。<br />途中で備中高松城址を振り返ってみました。ここら辺の田圃も全て水没したんでしょうね。

    備中高松城址の見学を終えて,最上稲荷へ向かいます。
    途中で備中高松城址を振り返ってみました。ここら辺の田圃も全て水没したんでしょうね。

  • 最上稲荷参道入り口の食堂で昼食済ませて,参道進んだら立派な仁王門が。<br />大鳥居と最上稲荷と言う名前からして,稲荷神社だとばかり思って来てしまいました。

    最上稲荷参道入り口の食堂で昼食済ませて,参道進んだら立派な仁王門が。
    大鳥居と最上稲荷と言う名前からして,稲荷神社だとばかり思って来てしまいました。

  • しかし正式名称は,”最上稲荷山妙教寺”という日蓮宗のお寺でした。これがその本殿です。

    しかし正式名称は,”最上稲荷山妙教寺”という日蓮宗のお寺でした。これがその本殿です。

  • でも境内の彼方此方にも鳥居が有ります。<br />こちらは”縁の末社”で,縁引天王・離別天王がまつられています。

    でも境内の彼方此方にも鳥居が有ります。
    こちらは”縁の末社”で,縁引天王・離別天王がまつられています。

  • 境内はかなり広く,この鳥居先に”奥の院”が有ります。

    境内はかなり広く,この鳥居先に”奥の院”が有ります。

  • 鳥居までも結構の坂でしたが,鳥居を過ぎて最後の坂を上りきって鳥居を振り返りました。チョット疲れました。

    鳥居までも結構の坂でしたが,鳥居を過ぎて最後の坂を上りきって鳥居を振り返りました。チョット疲れました。

  • 結構上ったので,ナカナカ良い眺めです。

    結構上ったので,ナカナカ良い眺めです。

  • これが奥の院です。

    これが奥の院です。

  • 752年に孝謙天皇の病気平癒の為に報恩大師が祈願されたところ。祈願21日目に最上尊が最初に現れた場所との事で,最上稲荷総本山の根本霊場。

    752年に孝謙天皇の病気平癒の為に報恩大師が祈願されたところ。祈願21日目に最上尊が最初に現れた場所との事で,最上稲荷総本山の根本霊場。

  • 12月18日は大阪へ移動しましたが,ホテルに荷物預かって貰い,午前中に姫路城を見学しました。<br />姫路城は2回目ですが,平成の大改修が終わって,まさに白鷺城の名前のように,まだ屋根も含めて白く見えるらしいとの事で再訪問。

    12月18日は大阪へ移動しましたが,ホテルに荷物預かって貰い,午前中に姫路城を見学しました。
    姫路城は2回目ですが,平成の大改修が終わって,まさに白鷺城の名前のように,まだ屋根も含めて白く見えるらしいとの事で再訪問。

  • 初めて来たのはだいぶ前で記憶がアヤフヤになってましたが,こちらが丸い東大柱。

    初めて来たのはだいぶ前で記憶がアヤフヤになってましたが,こちらが丸い東大柱。

  • 西大柱は角柱だったんですね。

    西大柱は角柱だったんですね。

  • 窓の所にワイヤーが張ってあります。近くに居た係員の方に,「このワイヤー何ですか?」と聞いたら,「鳩除け」との回答。<br />なるほどと納得して姫路城を後にしてから,「江戸時代はどうしてたの?」と聞き忘れたのに気が付いた。失敗。

    窓の所にワイヤーが張ってあります。近くに居た係員の方に,「このワイヤー何ですか?」と聞いたら,「鳩除け」との回答。
    なるほどと納得して姫路城を後にしてから,「江戸時代はどうしてたの?」と聞き忘れたのに気が付いた。失敗。

  • 屋根まで白く見えるのは,瓦の繋ぎ目に塗った白漆喰の為みたいですが,時間の経過とともにカビ等で黒ずんでくるらしいです。

    屋根まで白く見えるのは,瓦の繋ぎ目に塗った白漆喰の為みたいですが,時間の経過とともにカビ等で黒ずんでくるらしいです。

  • 内部見学を終わって外から改めて見てみました。<br />これだとよく分からないですが,

    内部見学を終わって外から改めて見てみました。
    これだとよく分からないですが,

  • 屋根の部分を拡大してみたら,確かに白屋根のように見えるんです。

    屋根の部分を拡大してみたら,確かに白屋根のように見えるんです。

  • 素材の劣化等で修復作業が必要なのは理解できるのですが,何故改修工事の度に鯱の形状を変えてしまうんでしょうね?<br />右端に少しだけ見えているのが,平成大改修の鯱です。

    素材の劣化等で修復作業が必要なのは理解できるのですが,何故改修工事の度に鯱の形状を変えてしまうんでしょうね?
    右端に少しだけ見えているのが,平成大改修の鯱です。

  • 姫路城見学終わって大阪に移動してきました。<br />ホテルに荷物預かって貰い,信太山駅の池上曽根遺跡へ来ました。<br />弥生時代中期の環濠集落遺跡で,周囲が公園になっています。<br />この建物は再現された高殿と,手前の小屋根は大井戸です。

    姫路城見学終わって大阪に移動してきました。
    ホテルに荷物預かって貰い,信太山駅の池上曽根遺跡へ来ました。
    弥生時代中期の環濠集落遺跡で,周囲が公園になっています。
    この建物は再現された高殿と,手前の小屋根は大井戸です。

  • 近くに弥生文化博物館が在ります。

    近くに弥生文化博物館が在ります。

  • 内部には,弥生時代の一家団欒の再現などが。<br />弥生時代は靴を履いてなかったので足指が開いていたなど,結構細部にも拘ってました。

    内部には,弥生時代の一家団欒の再現などが。
    弥生時代は靴を履いてなかったので足指が開いていたなど,結構細部にも拘ってました。

  • 弥生時代と言えば卑弥呼でしょ,ということで卑弥呼の創造再現像も。<br /><br />この博物館では再現実験ビデオも見れて,石鏃と鉄鏃の破壊力の違いなどが見れます。面白かったのは,石斧と鉄斧の違いビデオでした。鉄器が発明されるまでのご先祖様達は,大変だったんだなと実感できます。

    弥生時代と言えば卑弥呼でしょ,ということで卑弥呼の創造再現像も。

    この博物館では再現実験ビデオも見れて,石鏃と鉄鏃の破壊力の違いなどが見れます。面白かったのは,石斧と鉄斧の違いビデオでした。鉄器が発明されるまでのご先祖様達は,大変だったんだなと実感できます。

  • こちらは大阪天満宮。

    こちらは大阪天満宮。

  • 天満宮の近くに,天満天神繁昌亭が在ります。上野鈴本演芸場は前の座席に小さなテーブルも有って飲食自由ですが,繁昌亭は座席での飲食は一切禁止です。<br /><br />マレーシアに戻ったら望むだけ無駄な,日本語字幕付きハリウッド映画と落語を堪能して,12月21日11時発のマレーシア航空直行便でマレーシアに戻りました。

    天満宮の近くに,天満天神繁昌亭が在ります。上野鈴本演芸場は前の座席に小さなテーブルも有って飲食自由ですが,繁昌亭は座席での飲食は一切禁止です。

    マレーシアに戻ったら望むだけ無駄な,日本語字幕付きハリウッド映画と落語を堪能して,12月21日11時発のマレーシア航空直行便でマレーシアに戻りました。

この旅行記のタグ

関連タグ

11いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから国内旅行記(ブログ)を探す

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP