2016/12/11 - 2016/12/21
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urufeeさん
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JRグループが発行している青春18切符は春,夏,冬の年3回だけの発行です。交通費が高い日本なので,今一番行きたい海外旅行先の日本を旅行する為,マレーシアに住むようになってから,毎年この年3回の18切符を必ず利用するようになってしまいました。18切符を一人で使用する場合,5回に分けて利用可能です。2016年冬は下記にて旅行しました。実際に旅行している時より,このルート計画をしている時の方が楽しい感じでもありますが。
12月11日 (1回目)自宅→東海→水戸。水戸で途中下車してホテルに荷物預け,東海の原子力関連博物館。
12月12日 水戸市内観光。
12月13日 (2回目)水戸→清水。お気に入りの健康ランドでノンビリしただけです。
12月16日 (3回目)興津→姫路。移動だけですが,ライトアップされた姫路城だけ見てきました。
12月17日 (4回目)姫路⇔備中高松。備中高松城址と,最上稲荷見学。
12月18日 (5回目)姫路→大阪。午前中に姫路城を見学してから,大阪へ移動しました。
写真は平成の大改修が終わった姫路城です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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水戸のホテルに荷物預かって貰い,再度JRに乗って東海駅まで移動。最初に訪れたのが,日本原子力発電(株)のPR館”東海テラパーク”。
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次に茨城原子力協議会運営の,”原子力科学館”へ。こちらの方が展示内容が充実してました。久し振りに原子周期表のお勉強もしてしまいました。
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翌日は路線バス乗り放題になる,”水戸漫遊一日フリー切符”を購入して常磐神社の観光からスタート。
ここには,第2代藩主・徳川光圀(義公)と第9代藩主・徳川斉昭(烈公)が祀られています。 -
そして隣に建つ義烈館を訪問。
義公,烈公の遺品や水戸学関連資料が展示されています。 -
次に偕楽園へ。
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観梅目的でなかったとはいえ,冬の庭園は寂しすぎました。
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斉昭公が心身休養の為にと建築した”好文亭”です。
”好文”とは梅の異名で,「学問に親しめば梅が開き,学問を廃すれば梅が開かなかった」という,中国の故事から命名したそうです。 -
好文亭3階からの眺めです。
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徳川斉昭公は倹約を旨とした名君らしいですが,床柱が竹と言うのも斉昭公の意向でしょうかね。随分立派な竹ではありますが。
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こちらはお膳を上階に運ぶ為のエレベータ。勿論,滑車による手動式ですが,斉昭公はナカナカのアイデアマンでもあったみたい。
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好文亭を出て散策してたら竹林も。結構良い雰囲気です。
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斉昭公が食事を始める時必ず,”農民の労苦に感謝して”この農民像に自ら御飯を供えたと言われています。
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偕楽園の観光を終えて水戸黄門神社へ。黄門様こと徳川光圀公は,水戸藩家老である三木邸で生まれ,幼少時は三木夫妻に育てられました。
この三木氏の子孫が,若い頃苦労されていた松下幸之助氏を援助していました。
既に終了してしまいましたが,長寿TVドラマ「水戸黄門」はこのご縁から松下電器の提供になったのだそうです。幸之助翁は義理堅い人だったんですね。 -
水戸神社から水戸城址へ移動してきました。これが大手橋で,この近辺に石垣を見ることもできます。しかし,この先は中学校などで城跡の面影は有りませんでした。探し方が不足していたのかもしれませんが。
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大手橋の反対側に在る弘道館は見学してきました。
最後の徳川将軍・慶喜が大政奉還後に,ここで謹慎生活をした場所です。 -
水戸最後の観光は”天狗納豆”。
入り口は天狗納豆の店舗ですが,2階が納豆博物館になっています。 -
殆どこういったパネル展示ですが,納豆の歴史や食材としての素晴らしさがうまく纏められています。
それにしても,”納豆”の言葉の由来だけでもイロイロ有るんですね。 -
お気に入りの健康ランドでノンビリ3泊して,12月16日に姫路まで移動しました。
夜景の撮影方法勉強不足でピンボケですが,ライトアップされている姫路城だけ見に行ってきました。 -
12月17日は秀吉の水攻めで知られる備中高松まで,18切符で往復しました。
備中高松駅から最初に見学に行ったのが,秀吉が水攻めの為に構築した築堤跡です。 -
築堤跡から,水攻めをされた備中高松城址へ向かいます。
電車からも見れた備中高松のランドマークとも言える大鳥居です。
備中高松城址見学後に行く予定の,最上稲荷の大鳥居です, -
高松城址公園資料館に到着。
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入り口脇に”水攻め音頭”を発見。
実際に聴いてみたいとnetで調べたのですが,YouTubeには登録されてなくて,どんな曲なのか未だに分かりません。資料館でBGMで流してくれればと思いますが。 -
資料館内に入ると,昭和60年水害時の様子を写真で見ることができます。
秀吉が水攻めをした時は電柱なども無いわけだから,本当に湖状態になったんでしょうね。 -
備中高松城址の見学を終えて,最上稲荷へ向かいます。
途中で備中高松城址を振り返ってみました。ここら辺の田圃も全て水没したんでしょうね。 -
最上稲荷参道入り口の食堂で昼食済ませて,参道進んだら立派な仁王門が。
大鳥居と最上稲荷と言う名前からして,稲荷神社だとばかり思って来てしまいました。 -
しかし正式名称は,”最上稲荷山妙教寺”という日蓮宗のお寺でした。これがその本殿です。
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でも境内の彼方此方にも鳥居が有ります。
こちらは”縁の末社”で,縁引天王・離別天王がまつられています。 -
境内はかなり広く,この鳥居先に”奥の院”が有ります。
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鳥居までも結構の坂でしたが,鳥居を過ぎて最後の坂を上りきって鳥居を振り返りました。チョット疲れました。
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結構上ったので,ナカナカ良い眺めです。
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これが奥の院です。
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752年に孝謙天皇の病気平癒の為に報恩大師が祈願されたところ。祈願21日目に最上尊が最初に現れた場所との事で,最上稲荷総本山の根本霊場。
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12月18日は大阪へ移動しましたが,ホテルに荷物預かって貰い,午前中に姫路城を見学しました。
姫路城は2回目ですが,平成の大改修が終わって,まさに白鷺城の名前のように,まだ屋根も含めて白く見えるらしいとの事で再訪問。 -
初めて来たのはだいぶ前で記憶がアヤフヤになってましたが,こちらが丸い東大柱。
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西大柱は角柱だったんですね。
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窓の所にワイヤーが張ってあります。近くに居た係員の方に,「このワイヤー何ですか?」と聞いたら,「鳩除け」との回答。
なるほどと納得して姫路城を後にしてから,「江戸時代はどうしてたの?」と聞き忘れたのに気が付いた。失敗。 -
屋根まで白く見えるのは,瓦の繋ぎ目に塗った白漆喰の為みたいですが,時間の経過とともにカビ等で黒ずんでくるらしいです。
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内部見学を終わって外から改めて見てみました。
これだとよく分からないですが, -
屋根の部分を拡大してみたら,確かに白屋根のように見えるんです。
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素材の劣化等で修復作業が必要なのは理解できるのですが,何故改修工事の度に鯱の形状を変えてしまうんでしょうね?
右端に少しだけ見えているのが,平成大改修の鯱です。 -
姫路城見学終わって大阪に移動してきました。
ホテルに荷物預かって貰い,信太山駅の池上曽根遺跡へ来ました。
弥生時代中期の環濠集落遺跡で,周囲が公園になっています。
この建物は再現された高殿と,手前の小屋根は大井戸です。 -
近くに弥生文化博物館が在ります。
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内部には,弥生時代の一家団欒の再現などが。
弥生時代は靴を履いてなかったので足指が開いていたなど,結構細部にも拘ってました。 -
弥生時代と言えば卑弥呼でしょ,ということで卑弥呼の創造再現像も。
この博物館では再現実験ビデオも見れて,石鏃と鉄鏃の破壊力の違いなどが見れます。面白かったのは,石斧と鉄斧の違いビデオでした。鉄器が発明されるまでのご先祖様達は,大変だったんだなと実感できます。 -
こちらは大阪天満宮。
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天満宮の近くに,天満天神繁昌亭が在ります。上野鈴本演芸場は前の座席に小さなテーブルも有って飲食自由ですが,繁昌亭は座席での飲食は一切禁止です。
マレーシアに戻ったら望むだけ無駄な,日本語字幕付きハリウッド映画と落語を堪能して,12月21日11時発のマレーシア航空直行便でマレーシアに戻りました。
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