2017/07/14 - 2017/07/18
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ハイペリオンさん
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酷暑の中の台北周辺の旅、2日目。
今日はまあちゃん総帥に桃園郊外にある慈湖の両蒋文
化園區に連れて行ってもらう。
出発前は鹿港へ行くということだったのだが、いつの
間にか近場になってしまっている。
メンバーは他にしどにぃ氏とやるやんの計4名。
どこかの部屋でクソガキがずっと泣いていて、おかげ
でなかなか寝付けなかった。ラブホでこんな薄っぺら
い防音だと、ぶつかり稽古のような激しいセ〇クスを
するカップルだと喘ぎ声やもろもろの音がだだ漏れじ
ゃないか。それを聞いて別のカップルがよけいに昂る
のを期待してんのかな(んなアホな)。
で、そんなラブホをチェックアウトし、西門駅から松
山新店線で中山まで行き、天津大飯店のフロントへ。
今日から2泊するが、まだチェックインはできないの
で、荷物を置かせてもらうことにする。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- チャイナエアライン
-
慈湖に行くには、桃園の「台湾好行」バスを利用
する。
台湾好行というのは、台湾各地の観光地を主要駅
から結んだバスルートで、台湾各地にある。
バスルートを見ると、バスを走らせるために無理
やり観光地にしたようなところもあり、こんなと
ころに降りる人がいるのか疑問に思ってしまうも
のもある。
桃園の台湾好行バスは桃園駅の東側にある桃園客
運のターミナルから出る。西側は新光三越などの
大型商業施設があり、開けているが、東側はイン
ドネシア語やベトナム語の看板があふれる外国人
労働者が多いエリアである。
桃園客運のバスターミナルに行くと、台湾好行バ
スはすでに出た後で、次のバスまで2時間近くある。
時間がもったいないので、タクシーで行くことに。
交渉制のようで、こういうことはすべてまあちゃ
んにお任せというか押し付けて、何もできない我
々3人のおっさんは交渉の行方を遠目に見ている
だけ。
交渉の末、600元で妥結して、4人が乗り込んだ。
運転手は年配のどこにでもいる男だったが、カ
タコトの日本語をしゃべった。こんな人でも日
本語を知っているのかとちょっと驚いた。
約1時間のドライブで「慈湖」金色で書かれた
門の前に着いた。 -
慈湖と名付けられているからには、誰もが湖のよう
なイメージを抱いてしまうが、日本人の感覚からす
ると「ため池」あるいは「川幅の少し広くなったと
ころ」という程度の大きさだった。
慈湖周辺は、蔣介石が故郷の浙江省渓口鎮に似てい
るとここを気に入り、晩年を過ごしたところで、死
後は息子の蔣経国とともにここに眠っている。
慈湖の向こうには慈湖紀念雕塑公園となっており、
大量の蒋介石像が並んでいた。 -
案内所には土産物屋があり、台湾の国旗や国旗をあし
らったTシャツ、蒋介石と蔣経国の評伝が置かれてい
たり、 -
このような蔣介石&毛沢東の国共合作人形も売ら
れていた。
これは蔣介石のひ孫の会社がデザインしたもので、
ゆるキャラ化して、親しみを持ってもらおうとい
うコンセプトのようだ。 -
公園はこのように蒋介石像を円形に並べたデザイン
になっていた。
こういうのが至る所にあるのである。
入り口では大陸の宗教団体「法輪功」が垂れ幕やプ
ラカードを持って立っていた。
誰にでも話しかけるまあちゃんが、ここでも「加油」
と声をかけていた。
江沢民派の弾圧に負けるな法輪功! -
各銅像には番号がふられていて、寄贈したした施設
名が書かれていた。
ほとんどすべてが学校や公共の施設だった。 -
とにかく、こんな感じで蔣介石像がうじゃうじゃ
あるのだ。 -
胸像がずらりと一列に遊歩道沿いに並べられていて、
ほとんど石屋の商品のような状態になっている。 -
銅像の下にはこのようにプレートがはめられていて、
寄贈した施設名とともに寄贈した年月日も記載され
ていた。 -
女の子ふたりがおバカ写真を撮っていた。
アングルから見ると、蔣介石のハゲ頭を踏んづけてい
る写真になるのだろう。 -
これが公園の中で最大の銅像。
高雄市から寄贈されていたもので、「傷痕・再生」とい
うタイトルが付けられていた。 -
裏側に回れば、このようにハリボテ。
-
この公園が作られたのは1997年だが、銅像が
寄贈された年はほとんどが2000年以降に集中
していた。
つまり、民進党の陳水扁が総統に就任して以降
にここに集まってきたということである。
台湾生まれの民進党が政権を取り、ようやく民
主化が定着したと台湾の人々が実感して以降、
できることなら顔も見たくない蔣介石像を処分
する口実ができたと考えたとしても無理はない。
このように、子供の肩を抱いて、慈悲深い表情
をしているが、二二八事件では大勢の台湾人を
殺害し(実際に手を下したのは陳儀だというか
もしれないが)、戒厳令を発令し、息子の蔣経
国は白色テロを断行し、何十年もの間、台湾を
疑心暗鬼が渦巻き、密告が行き交う暗黒のよう
な社会にしてしまった張本人である。
この間に多くの活動家や一般市民が捕らえられ、
投獄された。現在の民進党の上層部の政治家の
ほとんどは緑島への投獄を経験している。
蔣介石にとって台湾はあくまで逃亡の地、そこ
の住民がどうなろうと知ったこっちゃなかった
のかもしれない。彼の心は常に大陸に向いてい
たのだろう。 -
台湾の戒厳令は1948年から1987年まで続き、
「ギネスブック」にも、「世界最長の戒厳令布
告期間」というありがたくない記録となって残
っている。
このような台湾の暗黒面を作り上げたのが大陸
からやってきた蔣介石なのだ。彼の銅像など、
ないに越したことはないと思うのは当然だろう。
日本人の墓石を自分の家の礎石に使うような韓
国人や、死者の墓を暴き、遺体に鞭を打ち据え
る中国人なら、にっくき権力者の銅像などハン
マーでたたき壊してして終わりだろうが、台湾
人はあまりそういうことをしたくないようで、
ここが受け入れるとされると、完全な状態のま
ま台湾全土から続々と送られてきたわけだ。 -
少し高いところに祠があった。
-
中には小さな石像が一つ。関羽だろうか。
-
紀念雕塑公園を後にして、蔣経国の遺体が安置され
ている大渓陵寝へ向かう。
周囲はこのように雑木林が広がる緑の多いところ
で、川というか湖に沿って作られた遊歩道を歩いた。
当たり前だが、天気が良く、汗がだくだくあふれ
出た。 -
大渓陵寝前ではちょうど衛兵の交替式が行われて
いた。
酷暑の中、この服装で歩き回るのはさぞかし辛か
ろう。 -
重いライフル銃をくるくる回したりして、なかなか
勇ましいのだが、もうちょっと動きにキレが欲しい
気もする。
白手袋に白い軍服と白で統一されているが、少しで
も汚れると目立つので、手入れはかなり大変ではな
いかと思う。ご苦労さまでございます。 -
かつては大陸観光客が押し寄せた場所だったが、民進
党政権になり大陸観光客はパッタリと来なくなり、台
湾人の高齢者が集う観光地となった。
交替式が終わると、数十人の見物人から拍手が起きた。 -
蔣介石は死んだときは葬儀を行っていないらしい。
晴れて大陸を取り戻したときには、生まれ故郷の浙江
省に埋められることを切望していたからだという。
それだけ、蔣介石は「本土復帰」を熱望していたとい
うことだ。
実際、1960年代までは真剣に大陸反攻作戦が立案され
ていたようだが、当然台湾一国では不可能で、頼みの
綱のアメリカと日本も支持を表明せず、中国と国交を
結んでしまった。
国民党の主要な勢力は台湾に移ったが、雲南省からタ
イやラオス、ミャンマーの国境付近に立てこもった勢
力もいた。
彼らは蔣介石の「大陸反攻」の命令をずっと待ちなが
らアヘン栽培を中心に生活資金を蓄えていた。
その後、国民党は「台湾化」し、息子の蔣経国が「私
も台湾人」と「台湾人宣言」をした。
この発言によって、国民党は大陸復興を完全に放棄した
と言っていい。
インドシナの山岳地帯に散らばった国民党の残党たちも
武器を捨て、その地の国民となった。
台湾をも巻き込んだ蔣一族の見果てぬ夢はここに潰え、
約150体の自分の埴輪に見守られ、異国の地に眠ること
になってしまった。 -
見るものも見たので、バスで桃園まで帰ることにする。
バス停のトイレから出て来ると瞬間湯沸かし器のまあ
ちゃん(しかしすぐに常温に戻る)が、今出ようとす
るバスの運転手に話しかけた後なにやらご立腹の様子
である。
来るはずの台湾好行バスがすでに出たと、そのバスの
運転手が言って出て行ったというのだ。
番頭格(パシリとも読む)のやるやんがとりなし、し
どにぃ氏は君子危うきに近寄らずと我関せずの構え。
しかし、バスが時間前に来てそのまま出て行ってしま
うなどということがあるのだろうか。早く着いたなら
そこで時間調整するようなものだが。だいたい他社の
運転手が別の路線のバスのことなどわかっているのだ
ろうか。
バス停にはもう一人、色の黒い大柄で太った若者も待っ
ていた。
話を聞くと安徽省出身で、現在カナダに留学している大
陸の若者だった。
日本にも何度か言ったことがあり、日本語も上手に操った。
頭から湯気が出っぱなしのまあちゃんと、ひとのいいや
るやんが外の道路まで見に行った。何をしに行ったんだ
あの二人は。
やがて、写真のバスが入ってきた。大陸君に「あのバス?」
と尋ねると「そうそう」みたいなことを言った(ようだ
った)。
外まで見に行った二人が戻ってきた。「いやあ、怒りを
鎮めるにじゅうぶんなバスですねえ」とやるやん。
・・・??? -
桃園に着き、せっかくだから5人でめしでも食おうと
いうことになり、大型商業施設に入っているラーメン
屋でラーメンを食った。
ぼくは味噌ラーメンを頼んだが、味噌汁の中にラーメ
ンをぶち込んだような味だった。
大陸君に「お父さんは共産党?」と尋ねると苦笑いし
て「違います」という。銀行員だそうで、日本で銀行
員というと中産階級だが、子供を欧米に留学させて、
周辺国を旅行できる金を与えるほどの財力があるだ
ろうか。中国の中産階級というのはなかなかすごい
ものだな。
最後にひとりひとりと握手をし、大陸君は桃園の宿泊
先に戻って行った。
我々一行は、桃園から上り線に乗り台北へ戻った。
台北まで立ちっぱなしを覚悟していたが、やるやんと
ふたり並んで座ることができた。
どうでもいいけど、電車の中で日本の放送禁止用語三
文字を普通に言うの、やめてもらえます? 台湾には
日本語を解す人がたくさんいるんだから。
台北に着くと、誰かが「かき氷を食いたい」というの
で天津街のかき氷屋に入った。喉が渇いているときに
余計に喉が渇くようなものを何で食べたいんだろうな。
かき氷はなくて3人が頼んだのはジュースだったが、
えらく時間がかかっていた。何もいらなかったので、
ひとりでホテルに帰ったほうが良かったと後悔。 -
天津大飯店にチェックインし、とりあえず昼寝。
いろんな意味で心身ともに疲れたぜ(苦笑)。
やるやんはぼくの倍疲れていただろう。
少し昼寝をして、6時になったので、ロビーへ降りた。
天津宿泊組とあと何人かでオフ会会場の南京(西)路
の天厨菜館へ向かう。
会場の天厨菜館は、南京路を渡ったところで、すぐに
わかる。
上階は老爺商務会館(ロイヤルイン)というホテルに
なっている。1万円以上するホテルだが、旅行サイト
の口コミには、「朝食がまずい」、「ビジネスホテル
っぽい」、「天井が低い」とかいろいろ批判が書き込
まれていた。
マロンママ夫妻はここに宿泊されていたらしいが、ど
うだったんだろう。 -
どやどやと十数人のおっさんと女性が入っていく。
左のアンちゃん二人は別。
まあちゃんによると、ここは外省人系の店だというこ
とだ。 -
フロントには野球台湾代表のサイン入りペナントが。
25年も前のものだ。ほかに卓球台湾代表のペナント
も飾られていた。壮行会なんかに使われるのだろう。
大人数なので、大きな部屋が用意されていた。
中に入るとすでに何人か待っていた。それぞれ個別
にごあいさつ。
binchanからはいきなり「どうしたんですか?」
どうしたって何が?
「その体、シェイプアップしてます?」
全然。ぷにゅぷにゅですけど。
「腹筋割れてます? ライザップですか?」
こんなからだ、全然結果にコミットできてませんて。 -
旅行記を書くのに参考にしようと思って撮った
本日のメニュー。
なぐり書きなのか達筆すぎるのか、おかげで全
く解読不能。 -
自己紹介、乾杯、そして料理がどんどん運ばれて
きた。
このころになると飲むのと食うのに集中してしま
い、写真を撮るのをすっかり忘れてしまっていた。 -
昨日食べたのはイカのようでイカではなかったが、
こっちはイカでなさそうでイカだった。
やるやんが紹興酒を持ってきてぼくとけんいち氏
に酒を強要してきた。
自分は口に含んでじんわりと喉を通すくせに、我
々には一気飲みを強要する。
おまけに翌朝本人に確かめると、この時間帯のこ
とは全く記憶から飛んでいるのだという。
タチ悪いなあ、このおっさん。
べろんべろんにする相手が違うだろ。自分のお気
に入りの相手を酔わせて天津大飯店にお持ち帰り
すりゃあいいのに。 -
さて、本日のクライマックス、北京ダック。
一羽丸ごとコックが持ってくると、カメラやスマホ
が一斉に近寄ってシャッターを押していた。ほとん
ど職業病だ。
チャイナドレスのおばちゃんが見事な手際で焼いた
ライスペーパー(?)にネギとタレをつけ、北京ダ
ックを乗せ、巻いてくれた。慣れているとはいえあ
まりの鮮やかな手つきに感心した。
試しにそのまま食べると脂の塊を食べているようだ
った。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、デザートが来て
お開きに。
腰が重く、椅子に座ったままガツガツ食っているだ
けのところにわざわざあいさつに来てくれたアルカ
ロイドダリル女史およびはすのはなさん、どうもあ
りがとうございました。やるやんはもう来なくてい
いから。
さて、我々おっさん御一行はまあちゃんに促され、
近くのカラオケスナックへ。
まあちゃん、しど兄、小橋建太似のnatchanpapa
らは何曲も歌っていた。
この日は見たことのない女が何人か来ていた。ここ
は来るたびに女の顔ぶれが違う。彼女らはいろんな
日系スナックを周って客をつかまえるのだろうか。
こうして年に一度の台北の楽しい夜は過ぎて行った。
まあちゃん、毎年人集めご苦労さまです。
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この旅行記へのコメント (4)
-
- someさん 2017/12/22 16:04:06
- 行きたいような行きたくないような、、、
- ハイペリオンさんこんにちは
蒋介石と蒋経国さんって親子なのに似てませんよねぇ
ひ孫さんたちがちょっとだけ蒋介石の面影あるようなので
血縁はあるんでしょうが
蒋親子を見てると遺伝子の不思議をいつも感じてしまいます。
毛沢東と蒋介石のゆるキャラ?肩組んでるってブラックジョーク?
自国民を何百万人も飢え死にさせた毛沢東と
本省人を迫害圧迫した蒋介石では
いくら懐が深いゆるキャラとしても
受け入れられないキャラですけどね~
この公園 怖いもの見たさで行ってみるのもいいかも?です。
法輪功のメンバーの方あの時期あちこちで抗議行動していましたね
日本のマスコミなんか全く報道しません どこの国のマスコミなんでしょ?
あんなに無残な酷いことを自国民にさえするんだから
小日本に対してはどんな悪行三昧に及ぶか恐怖しかないですわ
- ハイペリオンさん からの返信 2017/12/23 08:18:55
- RE: 行きたいような行きたくないような、、、
- おはようございます。
> 蒋介石と蒋経国さんって親子なのに似てませんよねぇ
> ひ孫さんたちがちょっとだけ蒋介石の面影あるようなので
> 血縁はあるんでしょうが
> 蒋親子を見てると遺伝子の不思議をいつも感じてしまいます。
蒋介石の息子は蒋経国と蒋緯国の2人いますが、
両方とも蔣介石に似ていないですよね。
蒋経国は若いころの写真を見るともっと精悍な
感じで、目元なんかは母親の毛福梅に似ていな
くもないかなという感じです。しかし、それも
「親子」という前提で見ているからそう感じる
だけかもしれません。
蒋緯国が晩年に語ったことを読んだことがある
のですが、彼によると蔣介石は若い時に男の大
事なあそこを火傷かなにかで負傷してしまい、
種無し巨峰になってしまったというのです。
それが、蒋経国が生まれる前なのか後なのかわ
からないのですが。
ちなみに蒋緯国は、自分は養子で実父は戴李陶
で、母親は博多の重松という女性だと明かして
います。戴李陶と国民党の教育関係を司ってい
た人物で、日本と中国を頻繁に往来していたよ
うです。
それで種無しの蒋介石が彼と日本人女性との子
を引き取って養子にしたわけですが、蒋経国も
案外養子かもしれませんね。
なお、蒋緯国と戴李陶は一見して親子とわかる
くらいそっくりです。
> この公園 怖いもの見たさで行ってみるのもいいかも?です。
女性が行くと引いてしまうかも、です。
同じような像がいくつも並んでいる光景はな
かなか不気味でした。
> 法輪功のメンバーの方あの時期あちこちで抗議行動していましたね
> 日本のマスコミなんか全く報道しません どこの国のマスコミなんでしょ?
「大紀元」のHPを見ると、江沢民派に対する
恨みは相当深いことがよくわかります。
中国のある意味真実を報じる法輪功にはがんば
ってもらいたいですね。
では。
- someさん からの返信 2017/12/23 14:29:21
- RE: RE: 行きたいような行きたくないような、、、
- こんにちは someです。
いろいろ教えて頂きありがとうございました。
ハイペリオンさんお詳しいんですね
蒋介石と蒋経国 蒋緯国さんが似ていないのは
そんな訳があったのですね
早速検索して戴李陶の写真を探しました。
確かにそっくりΣ(・□・;)
友人の父上が蒋介石と交流のあった人物だったそうで
ご存命だったらいろいろお話を伺えたのに と、ちょっと残念です。
歴史が好きなので 興味深いですね
法輪功 ほんと頑張って欲しいです。
法輪功だけでなくチベット モンゴル ウイグル…etcもです。
- ハイペリオンさん からの返信 2017/12/25 06:01:51
- RE: RE: RE: 行きたいような行きたくないような、、、
- おはようございます。
> 友人の父上が蒋介石と交流のあった人物だったそうで
> ご存命だったらいろいろお話を伺えたのに と、ちょっと残念です。
すごい方とお付き合いがあったんですね。
私もついでにいろいろ伺いたいことが
あります(笑)。
なぜ日本から賠償金を取らなかったのかとか・・・。
私の方こそsomeさんの博学ぶりに驚かされます。
来年もよろしくお願いします。
良いお年をお迎えください。
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