2017/07/14 - 2017/07/18
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ハイペリオンさん
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今日はオフ会の総帥、まあちゃんに新竹の山奥にある
清泉というところの張学良故居へ連れていってもらう。
張学良というと、まあ普通に高校で歴史を教わったな
らたいてい知っている名前だと思っていたが、前日の
オフ会で妄想天国女史から「張学良って何した人なん
ですか?」と聞かれ、椅子ごと仰向けにひっくり返り
そうになってしまった。
台湾に何度も来ているような人が張学良を知らないな
んて。
何から答えたらいいのかわからなかったが、満洲の軍
閥で関東軍に殺された張作霖の息子で・・・と言った
ら、その張作霖も知らなかった。
それで、張作霖殺害が満洲事変の始まりで、息子の張
学良は・・・と説明しようと思ったら、「そんな話つ
まんないからどうでもいいよ」みたいな顔をしていた
のでやめた。
もっとも、現代史に興味がなく、大学受験で歴史を選
択していなかったら知らないものなのかも。
この日の参加者は10名。訪れた清泉は、張学良の故居
よりも、泰雅(たいやる)族の文化推しの山奥の温
泉地だった。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 3.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- レンタカー 徒歩
-
まずは、天津大飯店の向かいにある食堂で
朝めし。 -
麺と煮込みたまご、それと魯肉飯を食べた。
日本のラーメンライスみたいなものか。ちょっと
量が多く、腹がきつくなった。 -
集合場所は南京東路を渡ったところにある超高級
ホテル、大倉久和前。
まだまだ時間があるのでロビーでくっちゃべって
いると、続々とメンバーが集まってきた。
しかし、遠足は欠席のはずのTAKさんまでいる。
「見送りに来ました」とのこと。やっぱり違うわ、
この人は。旅行者としても人間としても1ランク
上の人だ。TAKさんなら、借用書なしで5万円
くらい貸してくれるだろう。
メンバー10人が揃ったので、ホテル前に停車して
いたマイクロバスに乗り込み出発。 -
出発後1時間くらいたったところで、關西というSA
で休息。
新竹へは台北からほぼ2時間だった。しかし、そこか
らが長い。山間部の狭い道路をうねうねと1時間近く
走った。
対向車とのすれ違いギリギリOKという感じで、側溝
にはふたがなく、バックミラーで見ていると、いつ脱
輪してもおかしくない状態だった。
バスはスピードが出ないので、後続車が金魚のフンの
ように続いてしまう。何台か後ろにたまると、運転手
は気を利かせてスピードを緩めて路肩に車を寄せ、後
続車を先に行かせていた。
清泉に着いたのは12時少し前だった。 -
まあちゃんから自由時間2時間と言われたので、適
当に周辺をうろつくことにした。
車を停めたすぐ近くにあった建物がこれ。
てっきり張学良故居だと思っていたら、原住民族館
というもので、清泉周辺に居住する先住民たちを紹
介する資料館だった。
someさんの旅行記からパクッ・・・によると、こ
こにあった張学良故居は1963年の洪水で損壊したた
め、移築されたということだ。
張学良故居が観光の中心かと思っていたら、周囲には
先住民の屋台があり、先住民推しの観光地のようだ。 -
清泉の谷間には上坪渓という川が流れており、
対岸とは吊り橋がいくつか掛けられていた。 -
頑丈な吊り橋で、人が歩いた程度ではそれほど
大きく揺れることはない。 -
吊り橋を渡ったところに桃山國小という小学校が
あった。 -
運動場は陸上トラックになっていて、周囲には芝生
が敷き詰められていた。 -
以前、宜蘭から南に下った武塔という泰雅(たいやる)
族の村に行った時も、小学校がずいぶんきれいだった
のに驚いたが、ここも立派な造りだった。
山奥の小学校だから生徒数も少ないはすだが、少数民
族の学校は国から補助金のようなものがでているのだ
ろうか。 -
駐車場からすこし新竹に戻ったところの山の中腹に教
会が見える。
教会へ通じる石段は急で、息が切れた。
途中には何軒か民家があり、人の気配もした。 -
汗だくになって階段を上り切ったところに教会はあった。
教会の名は清泉天主堂。
石造りの頑丈そうな建物で、庭もきれいに掃除されていた。 -
内部には簡素な椅子が並び、床はピカピカに磨き上げられ
ていた。 -
ステンドグラスには入口から順番にイエスの物語が描か
れていた。
これはおそらくイエス生誕を表すステンドグラスだろう。 -
入口にあるマリア像を撮っていると、すぐ横の
小さなドアがガタガタと鳴ったかと思うと、い
きなり白人男性が飛び出て来た。
ギクッとしながらも「您好」とあいさつをする
と笑顔を向けた。びっくりしたなあもう。 -
張学良故居の近くにある名所案内の看板にさっき
飛び出してきた神父の写真があった。これはかな
り若いころの写真だ。
神父さんは、バリー・マーティソンというアメリ
カ人。漢字では丁松青。
隣の女性は三毛という中国浙江省出身の作家。
彼女が著した『清泉的故事(清泉の物語)』など
数冊の本を英訳したようなことを書いていたとい
う気がしないでもないような気がしないでもない
んじゃないかな(あやふやすぎる)。
ちなみに、三毛という人が住んでいた家も、温泉
に向かう坂道にあった。 -
2時間ほどあたりを徘徊したあと、車に戻り、昼食へ。
みんなもう既に戻っていた。みんなどこにいたんだろう?
まあちゃんから「張学良の家の方まで行って来たん?」
と聞かれたので「はい」というと、「好きやなあ」
とあきれられた。あんたに連れて来られたんや。
一同バスに乗り、老王客桟というレストランへ。
2階建てで、屋根の上にスプリンクラーのような
ものが据えられており、屋根から水がポタポタと
滴り落ちていた。
周囲の建物も同じような仕組みになっていた。湧
水を引っ張ってきて、建物全体の温度を下げるつ
もりなのだろう。
10人がどやどやと店内に入り、店員がテーブルを
くっつけてくれた。一緒にバスの運転手までがい
すを並べたりしてくれ、おまけに茶碗まで運んだ
りして、店員のようにかいがいしく動いている。
ひょっとして婿養子か? -
料理は完全に山岳民族の料理という感じ。
これは川エビの揚げ物。うまい。 -
こっちは見た通り豚肉の煮込み。
骨ごとぶった切りましたという感じ。 -
昼食を終えて、再びバスに乗り、張学良故居のある
ところまで行った。
ここで再び2時間の自由時間。
一番高いところにある吊り橋を渡ってみようと行っ
たものの、閉鎖されていて渡れなかった。 -
張学良故居は、昼食前に外観だけ見たのだが、
中には入らなかった。
建物の前には石に「張学良故居」と達筆に彫ら
れていた。 -
全体的にはやはり日式建築だが、玄関の戸は
なんかちょっと違うかなという感じ。 -
台湾にはあちこちに誰それの「故居」というのが
あるが、ほとんどがこのような日式家屋である。 -
「館内では喧嘩しないでください」
・・・する奴がいるのか? -
この地に来てからの張学良。
張学良は、1901年に中国東北部の馬賊で、日本軍に
取り立てられて満洲地方の軍閥になった張作霖の長男。
若いころの張学良はなかなかの男前で、同年齢の昭和
天皇と風貌があまりに似ており、20歳のころ来日した
ときには、その酷似ぶりに日本の関係者は驚いたという。
1928年に父張作霖が日本軍の仕掛けた列車事故で殺害
されると、東北軍閥の総指揮官となった。
そして1934年に西安事件を起こすのである。
西安事件は、歴史の教科書では、張学良と共産党の周恩
来が前線視察に来た蔣介石を監禁し、剿共作戦(共産党
壊滅作戦)を中止し、協力して日本軍と戦うことを認め
させたと簡単な記述になっているが、実際には数十人の
張学良軍が100人の兵士で守られた蒋介石の宿舎を襲撃
するという大掛かりなもので、「中国版本能寺の変」と
いっていいものだった。
もっとも、張学良には蔣介石を殺害する意図は全くなく、
内戦をいったんやめ、抗日戦争に向かうことを蔣介石に
納得してもらうだけでよかった。
襲撃された当の蔣介石は、慌てて逃げたため、入れ歯を
はめ忘れるという失態(?)を犯している。よっぽど切
羽詰まっていたのだろう。当時まだ40代である。 -
当時の共産軍は国民党軍に三方から包囲され、
残る一方は甘粛省の砂漠地帯と、完全に袋のネ
ズミ状態だった。
紅軍の頼みの綱とも言える、ソビエト連邦のス
ターリンも交渉相手はあくまで国民党との認識
を抱いており、最終的には毛沢東を見捨てるつ
もりでいた。
あと一押しで紅軍(共産党群)を壊滅できると
確信していた蔣介石は、それまでは、日本軍と
の妥協もやむなしという心境だった。
しかし、時代の流れはそれはを許さず、華北一
帯で学生による抗日デモが頻発していた。もっ
とも、学生の中には共産党員が多くいたのだが、
彼らの内戦を中止して国共協力して日本軍に当
たるべきとの主張に、張学良も傾いていた。
彼が率いる東北軍も、剿共戦には意気が上がら
ず、抗日戦に向かうべしとの突き上げがあり、
彼の盟友とも言える楊虎城は、自軍の中に大量
の共産党員を抱えていることもあって「連合抗
日」の方針に変わっていた。
張学良は何度も内戦を停止して、紅軍とともに
日本軍と戦う方向に転換するよう、何度も蒋介
石に諫言するも聞き入れられず、ついに楊虎城
とともに蔣介石を捕らえ、第2次国共合作を承
知させた。これが西安事件である。
以上、妄想さんにもわかる張学良伝でした。
ちなみに張学良は名笔家としても有名で、求め
られれば書を残している。
彼の故郷、中国の瀋陽にある東北大学の校門に
掲げられた校名の文字も彼によるものである。
おそらくこの詩もそうだろう。 -
西安事件以降の張学良は流転の日々だった。
日中戦争が勃発すると、安徽省黄山、湖南省蘇
仙嶺、沅陵、貴州省修文県陽明洞、息烽、桐梓
と華中、華南を転々させられた。
彼に許されたのは、国民党の機関紙『中央日報』、
蔣介石支持の全国紙『大公報』の購読、明史関
係の歴史書の読書、野菜の栽培と魚の養殖、夫
人の趙一荻との警戒線内の散歩だけであった。
完全な軟禁状態である。
そして、国民党の大陸失陥直前の1946年に台湾
へ送られた。
同行したのは2番目の婦人、趙一荻と十数名の随
員だけだった。
そしてここ、清泉で李登輝が総統の座に就くまで
過ごし、軟禁を解かれると中共の招請を断り、ハ
ワイに移住した。
彼が死去したのは2001年。ちょうど100歳を迎え
た年だった。
ちなみに、最初の婦人、于鳳至は1990年にアメリ
カで、また、2番目の夫人、趙一荻は2000年に死
去している。 -
それにしても、蔣介石はなぜ張学良を殺してしま
わなかったのかが、疑問に残る。
もう一押しで共産党を壊滅させられるところまで
来ていたのに、張学良のせいでそれが頓挫し、挙
句の果てに息を吹き返した共産党に内戦で敗れ、
台湾に逃れるしかなかったのだから、殺しても殺
し足りないほど憎い相手だったはずである。
実際、張学良と行動を共にしていた楊虎城は、張
学良同様、各地を転々とさせられ、最終的には19
49年に重慶において、息子二人と随員とともに殺
害されている。
楊虎城親子3人は顔に硫酸をかけられていたという。
国民党上層部の楊虎城に対する憎しみが表れてい
るような残虐な殺し方だが、ここまで彼が憎まれ
ていたのは、彼が蔣介石を共産党に引き渡し、人
民裁判にかけようとしていたからだと言われている。
楊虎城父子殺害の命令を下したのは、国民党の軍
統保密局で、蔣介石でも当時総統代理の地位にあ
った李宋仁でもなかった。
蔣介石は西安事件後、楊虎城をヨーロッパ視察に
出したりして、自らから遠ざけていただけだった
から、彼を殺すつもりはなかったのかもしれない。
楊虎城の運命に比べると、張学良のその後は、軟
禁状態とはいえずいぶん優雅というか、のんびり
したものだったことがうかがえる。
蔣介石自身が裕福な家の出で、あまり非情になり
切れない一面を持っていたのか、あるいは来る大
陸反攻の際に手駒として使うつもりだったのか。 -
張学良故居を見た後、やるやんやしどにぃ氏らと
温泉のある方へ向かったが、どうもそれらしきも
のが見当たらず、山道を降りてきて周囲をウロウ
ロしていた。
すると、まあちゃんに怒鳴り散らすような大声で
呼び止められた。見ると、みんなで足湯につかっ
ていた。
将軍湯と名付けられた足湯はえらく熱く、50度以
上あるのではないかと思われた。
勢いよく飛び込んだはいいが、あまりの熱さに絶
命したカエルの死骸が浮いていて、その熱さがか
なりのものだということがよくわかった。 -
罰ゲームのような足湯に悲鳴をあげた後、みん
なと別れて瀑布(滝)を見に行こうと、斜面に
作られた遊歩道を歩いた。
人が歩いた形跡はなく、落ち葉や木の枝がたく
さん落ちていた。 -
隊道の壁には少数民族の壁画が描かれていた。
-
黒アゲハが蜜を吸っている。
ここでは黒アゲハをたくさん見かけた。 -
滝のようなものは見当たらず、こんなものしか
なかった。
おかしいなあ、対岸からは見えたはずなんだけど。 -
瀑布を見ることがないうちに遊歩道は終わり、
広い道路に出た。
道路に面して教会が建っていて、真耶蘇教会と
あった。
清泉にある3つの教会のうち、もっとも立派な
教会だった。
それにしても、少数民族が少し住んでいるだけ
の小さな集落になぜ3つもの教会があるのだろう。
このまま道路を歩いて行けば、バスのある所ま
で戻れるのだが、なんとなくつまらないので、
一番長い吊り橋を渡っていくことにした。
吊り橋のある所まで行くと・・・、 -
底抜けとるやないか~い!
ルネッサーンス!
(全然めでたいことないわ)
しかし、よく見ると底板は分厚いし、釘も新しく
頑丈そうなので、渡っている途中で底が抜けて落
下ということはなさそうだ。 -
しかし、渡り始めると少し揺れ始めた。
同じリズムで歩を進めていると段々と揺れが大きく
なってきて、立ち止まって揺れがおさまるまでじっ
としていなければならなかった。
人ひとりが通れる程度の幅なので、真ん中あたりに
来るとやっぱり足がすくんだ。 -
吊り橋の真ん中でこわごわ1枚を撮った。
-
清泉天主堂も1枚。
-
渡り切ったところに不思議な実の植物が。
胡椒の実ってこんなんじゃなかったっけ。 -
道路に出て駐車場の方へ歩いて行くとwinning氏が
歩いてきた。
しかしなぜか、ぼくの200メートルほど手前でUタ
ーンして戻って行った。あの男はいったい何をしに
来たんだ? 挙動不審である。
休憩所のようなところで、みんな勢ぞろいしていた。
どうやらぼくが戻るのを待っていたようだ。どうも
すみません、お待たせして。
みんなでバスへ戻り、台北へ出発。小さいとはいえ
観光地だから日曜の台北方面はまた渋滞かなと思っ
ていたが、そんなこともなかった。 -
まあちゃんが会費の余った分で小さな桃を買って配
ってくれた。
日本の桃はちょっと触ると「うっふ~ん」とへこみ、
こっちを触ると「あっは~ん」とへこんでしまい、
なんだこいつと言いたくなるくらい柔らかいが、こ
っちのはりんごのように硬かった。
行きと同じく關西のSAで休憩したとき、皮をむこ
うとしたが全く剥けなかった。しかたがないから、
ガリッとかじって皮だけ取って食べた。 -
台北に近づくと高速も込んでいて、大倉久和前に着いた
時はもう暗くなっていた。
みんなで、晩飯に行こうとなったが、財布の中には千元
しかない。
これでは持たないので両替しようと、やるやん御用達の
両替屋、金龍の場所を尋ねた。しかし、説明がどうもよ
くわからない。とりあえず、皆と別れて長春路を歩いた。
まあ、見つからなかったら松山空港まで行けばいいかと
思っていたら、お茶屋の店先に日本語で「両替します」
と書かれていたので、ここにした。ちょっとびくびくし
ていただけにひと安心である。
みんながどこで晩めしを食っているかわからなかったの
で、ちょうど通りがかりにあった滷味の屋台で手羽先や
ウィンナー、いかリングを買い、コンビニでビールを買
って天津大飯店に戻った。
ホテルの部屋でテレビを見ながら酒を飲み、つまみを平
らげてそのままベッドで寝ていると、けたたましい電話
の呼び出し音で叩き起こされた。うるせーなあ、このホ
テルの電話。
電話を取ると、番頭(パシリ)のやるやんだった。
「何してんですか?」
「いや、普通に寝てますけど」
「まあちゃんから様子見て来いって言われて来たん
ですよ」
「うー、もう酒飲んで寝てるもんで・・・」
「そうですか・・・」ガチャッ。
受話器を置いて再び寝たら、1時間くらいたっただ
ろうか、またまたけたたましく電話が鳴った。
もし手元に、ガラスの灰皿があったら、投げつけて
いたかもしれない。
受話器を取ったら、またまたやるやんだった。
「ちょっと下に降りてきませんか?」
「あ、はい」
下に降りると、男連中が勢ぞろいしていた。今年のオフ
会には来なかったが、台湾人の邱さんも来ていた。
やるやんからは、痛風に効くからとタウリンのサプリメ
ントをもらった。
男ばかりで雑談となり、おなじみのオフ会の人間関係の
話題になった。
オフ会のメンバーも今年は20人を超える大所帯となり、
主催者のまあちゃんとしては問題も感じているようだ。
カンボジアやフィリピンのリピーターだといろいろな人
がいそうだが、台湾のリピーターだから、皆さん日本社
会でまっとうに生きている方たちなので、「あいつが気
にくわない」「あの人嫌い」「ハイペリオンとかいうハ
ゲがセクハラまがいのことをしてくる」とか、そいうこ
とではないのだが、いろいろと気になることもあるようだ。
「わしもな、4トラの台湾の旅行記見て、名前メモして、
連絡して、断られたら別の人に連涌氏て、これくらいの
人数になるやろと予想して、いろいろ考えてやってんね
ん、その辺をわかってくれ」と苦労を吐露。
こちらは参加させてもらっている身分なので、まあそう
でしょうなあと納得。
天津大飯店の薄暗いロビーで男数人のボソボソした雑談
で台北最後の夜は更けて行ったのだった。
張学良に関しては下の本を参考にした。
『張学良はなぜ西安事変に走ったか』(1995 中公新書)
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この旅行記へのコメント (8)
-
- 妄想天国さん 2017/12/30 11:35:30
- 拝見するのが遅くなりました!
- ハイペの兄貴、こんにちは。
夏の台湾旅行記、今さらながらの
拝見ですみません。
張学良についての解説、
ありがとうございます。
暮れにかなり賢くなったような(笑)
学校で習った記憶がまるで
ないんですよねぇ。
殆ど寝ていたからかな・・・
温暖な銚子ですがここ数日は
とても寒くて。暑い台湾が
少し懐かしいです。
(1日からちょっと行ってきます)
来年も良い旅をされてください。
妄想天国
- ハイペリオンさん からの返信 2018/01/03 12:57:37
- あけましておめでとうございます
- お正月の台湾、いかがでした?
年末年始の旅行先では1位だったらしい
ですから、日本人だらけだったのではな
いでしょうか。
私は「ロンハー」で狩野英孝の台湾どっ
きりを見ていました。「どっきり」って
漢語で「整人」って書くんですね。
> 夏の台湾旅行記、今さらながらの
> 拝見ですみません。
最近ほとんど4トラにアクセス自体され
ていなかったような・・・。
> 張学良についての解説、
> ありがとうございます。
> 暮れにかなり賢くなったような(笑)
> 学校で習った記憶がまるで
> ないんですよねぇ。
> 殆ど寝ていたからかな・・・
他にも知らない人がいまして、受験で現
代史を勉強していないとそういうものか
なと思ってしまいました。
本格的に寒くなってたまりませんねえ。
帰国後のギャップで風邪などひかれません
ようご留意ください。
追伸 ところで2月3日、来るんですか?
- 妄想天国さん からの返信 2018/01/05 12:51:16
- RE: あけましておめでとうございます
- ハイペの兄貴、
新年快樂!
昨夜、台湾より戻りました。
寒いですね〜
台北は日本人は相変わらず多かったですね。
へぇ、「整人」でどっきりですか!
また勉強になりました。
秋ごろからゴタゴタしていて
なかなかログイン出来ていませんでした。
2/3は有給とりたいところですが
月末処理がまだ終わらないので
欠席です。残念です!
妄想天国
- ハイペリオンさん からの返信 2018/01/05 13:23:10
- RE: RE: あけましておめでとうございます
- > 2/3は有給とりたいところですが
> 月末処理がまだ終わらないので
> 欠席です。残念です!
欠席ですか、それは残念です。
まあちゃんも来るようなんですけどねえ。
-
- winningさん 2017/11/15 00:34:47
- 金なら返せん!では無く、金なら貸せん
- どうも、挙動不審のwinningです。
私の旅行記見て頂ければわかる通り、兄貴を迎えに行ったんですよ。で、姿が見えたので皆に伝えに行ったというのが正解です。
まさか滝だけではなく、あの教会まで行っていたとは・・・流石です。
そういえば、日本にいる時から思い出して頂きありがとうございます。
っていうか、日本でキャッシングできるんなら、台北でもできますよ!
金なら貸せないですが、キャッシングのやり方はお教えします。
他にもツッコミたい所はありましたが、今回はこの辺で失礼します。
- ハイペリオンさん からの返信 2017/11/15 07:12:20
- RE: 金なら返せん!では無く、金なら貸せん
- > どうも、挙動不審のwinningです。
おはようございます。
日本では怪しい行動はしていないでしょうか。
> 私の旅行記見て頂ければわかる通り、兄貴を迎えに行ったんですよ。で、姿が見えたので皆に伝えに行ったというのが正解です。
うーむ、なるほど、そういうことでしたか。
> まさか滝だけではなく、あの教会まで行っていたとは・・・流石です。
滝が見えなかったんですよ。遠くからは見えるんですけどねえ。
> っていうか、日本でキャッシングできるんなら、台北でもできますよ!
> 金なら貸せないですが、キャッシングのやり方はお教えします。
多分大丈夫だとは思うのですが、ATMに飲み込まれてそのまま
出て来なかったらどうしようという不安がいつもよぎる、頼れる
のは現金だけの私です。
次回の搭乗は若手CAが配置される右側で頑張ってください。
-
- はすのはなさん 2017/11/14 20:30:24
- 森の中へ消えて行ったハイペリオンさん
- ハイペリオンさん♪
こんばんは( ^ω^ )
今回、初のまあちゃん様オフ会に参加させて頂きました、はすのはなです。
旅行記、楽しみにお待ちしていました♪
清泉温泉での大人の遠足、ハイペリオンさん目線でどのように楽しまれていたのか、気になっておりました。
張学良さん…私も妄想天国さんと同じく存じ上げずでしたが、someさん、ハイペリオンさんが詳しくレポートして下さったので、ようやく理解できているところであります…
貴重な場所にご一緒できたことをありがたく感じました( ^ω^ )
そして、ハイペリオンさん独自の目線での台湾旅行記、今回参加させて頂く前にも拝見しましたが、やはりハードボイルドで、その中にも時代を反映した笑いがちょろっと盛り込まれていて、一気に読み応えがある素敵な旅行記でした。
しばらく何度も読み返したいと思ってます( ^ω^ )
はすのはな
- ハイペリオンさん からの返信 2017/11/15 07:22:22
- RE: 森の中へ消えて行ったハイペリオンさん
- おはようございます。
> 旅行記、楽しみにお待ちしていました♪
お待たせしてすみませんでした。
2日目と3日目でけっこうてこずりまして、時間が
かかってしまいました。
> 張学良さん…私も妄想天国さんと同じく存じ上げずでしたが、someさん、ハイペリオンさんが詳しくレポートして下さったので、ようやく理解できているところであります…
someさんってずいぶん博学ですよね。いろんなことを
ご存じで驚いています。
蔣介石や張学良のことは何年も前に読んだ本を読み返し
たりしてなんとか穴埋めができたような感じです。
過分なお誉めの言葉ありがとうございます。
もう既に来年の席を押さえている方が何人かいらっしゃ
るようですね。気合の入り方がすごいですよね。またお
会い出来ることを楽しみにしています。
では。
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